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イリンと神獣

374:イリンの異常

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 目の前には頭部のなくなった巨大な獣が地面を赤く染めて倒れている。

 どうしてこいつは頭を弾けさせて死んでんだ? 訳が分からない。
 ……いや、本当のところ言うと、なんとなくではあるが分かってる。あの時、俺が飛び退いた後に聞こえた轟音と感じた衝撃。あれが原因だろう。

 轟音の正体は、イリンだろう。俺の背後、俺を挟んで神獣とは逆側にいたはずなのに、気がつけばイリンは神獣のいた場所に立っていた。多分だが、俺が攻撃されると理解して神獣を攻撃したのだろう。そして、上か下か右か左か。どの方向にか分からないが、とにかく神獣はイリンの攻撃で吹き飛んだ。……

 収納魔術の渦は、神獣の顔を上下から挟むように配置されていた。
 ついでに左右も同じように挟み込む形だった。そんな状態でどれか一つに勢いよく衝突してみろ。弾かれた頭は別の渦にぶつかり、そしてまた弾かれて別の渦にぶつかる。
 以前クーデリアや、環の作った炎の巨人相手にやったことと同じだ。弾かれた頭は倍の威力で渦にぶつかり、さらに倍になって別の渦へと弾かれる。
 そうして倍、倍と限界まで威力が高まり、ついには神獣の耐久値を超えてしまい、目の前の惨状という訳だ。収納魔術への負荷が突然高まったのも、轟音を聞いてから神獣が破裂するまでに多少の時間があった違和感もそれで説明できる。

 理由は分かったが、これは……

「ぅぐ──」
「イリンッ!?」

 小さく呻き声を上げながらその場に膝をつくイリン。
 俺は血溜まりの中で苦しむイリンの元へと走り寄る。

 くそっ、もうなのか!?
 神獣が死んだらその力与えられていたイリン達に何か起こるかもしれないとは聞いていたが、あまりにも早すぎる! まだ何にも対策が思いついていないのにっ!

「イリンッ! しっかりしろ!」

 倒れそうなイリンの体を支え、声をかける。
 何か……何か方法を考えろ。じゃないとイリンがっ!

 だがそう思っても焦る心は何も思いつてくれない。

「イリンッ! 死んじゃだめ。死んじゃだめよ!」

 環も血溜まりの中をバシャバシャと駆け寄るが、どうしていいのか分からないようだ。何か助けるヒントになるものでも探しているのか、視線をあちこちへと彷徨わせている。

 どうする。どうすればいい!? 考えろ! 絶対に死なせたりなんかしない!

 今回のこれは、イリン達と神獣の間にラインが繋がってたことで、それを通して神獣が死んだ影響が出るかもしれないって話だった。
 なら、そのラインを切るコトができれば助かる? だがそんなもんどうやって……
 仮にその繋がりを切ることができたとしても、本当にそれで助かるのか? 

 そう考えて何も動けずにいると、神獣の死体が輝き、その体からは緑色の光が蛍のように舞い上がった。

「……これ……魔力?」
「魔力? これが? こんなに?」

 魔術として発現する前の魔力というものは、感じることはできても見ることはそうそうできない。見ることができるとしたら、それはよほどの濃度がある場合だが……それがこんなに?

「──ぅあ……ああっ……!」

 その光景に身を奪われていると、その光は迷うことなく一直線にイリンへと進み、その体の中へと入り込んでいった。
 そしてその影響だろう。イリンが苦しげに呻き声を上げた。

「イリン!?」
「この光か! 邪魔だっ!」

 この光が魔力の塊なら魔力を放出すれば吹き飛ばせると考えたのだが、全力で魔力の放出を行なっても、光の速度は遅くなれどその進路を変えることはなかった。

「なんでだっ!」

 そうこうしているうちに光は全てイリンの中へと入り込んでしまった。

「──あ」

 そしてイリンはビクンッと大きく一度体を跳ねさせると、今まではなんとか力の入っていた体から完全に力を抜き、だらりと俺に倒れ込んだ。

「イリン! イリンッ! おい、しっかりしろ!」

 このまま死んでしまうんじゃ……
 そんなふざけた考えを振り払うように、俺はイリンの名を叫んで呼びかける。

「ちょっと、イリン。起きなさい! このままだなんて、許さないわ!」

 環も俺の前に膝をつき、イリンの手を握っている。

 すると、そんな必死な呼びかけに意味はあったのか、イリンは薄く目を開けた。

「……あ……ごめん、なさい」

 そして、先ほどの様子が嘘のように、若干ふらつきながらも体を起こした。

「だい、じょうぶです。ちょっと熱っぽいけど、むしろ力が溢れてきてどうにかなりそう……」
「力が、あふれる……?」

 起き上がろうとするイリンを制しながらも、そう言ったイリンの言葉について考えて見る。
 すると、一つの考えが思い浮かんだ。

「……さっきのやつか」
「彰人? 何かわかったの?」
「さっきの光。あれは神獣のため込んでた魔力だと思うが、これはいいか?」

 あれほどの可視化できるほどの魔力が突然たくさん現れるだなんて、何か原因がないと考えられない。そしてその理由はこの状況から考えると、一番可能性として考えられるのは神獣だ。

「それは、ええ。状況的にもそう考えるのが自然だと思うわ」
「で、その魔力は神獣が死んだ後空気中に散るはずだったが、同じ神獣の力を持つイリンがそばにいたことで、神獣とイリンの繋がりを辿ってイリンまで流れ込んだんじゃないかと思ってる。熱っぽいのも苦しいのも、魔力が過剰になった奴に現れる症状だったはずだ」

 魔力を使いすぎると飢餓感や頭痛などの症状が出るが、逆に多すぎても異常は出る。それは酒に酔った状態に似ており、魔力酔いとも呼ばれている症状が出る。

「……じゃあ、イリンはなんともないの? 神獣が死んだことでの影響は?」
「それは……もう少し様子をみないと分からない」
「そう、よね……ごめんなさい」

 環はそう言って謝ったが、一先ずのところは安心していいと思う。これから事態が急変するかもしれないが、それは今考えたところで仕方がない。
 里の方はどうなっているのかわからないし、一回落ち着いて状況を把握しないとだ。最悪、イリンは無事だが里の者は全員死んだって可能性だって……

「いや……とにかく、今は里に戻ろう。こんなところで寝かせるよりはいいはずだ」

 俺はそう結論付けると、イリンを抱き抱えて立ち上がった。

「わ、私は大丈夫です。自分で歩けます。これ以上迷惑をかけるわけには……」
「迷惑をかけられただなんて思ってないよ。むしろもっと迷惑をかけてくれ。お前からの迷惑だったら、喜んで引き受けるからさ」

 そう言いながら降りようとするイリンを力任せに抱き込むと、イリンはそれ以上暴れなくなった。

「帰るぞ」

 里がどんな状況になってるか、イリンがどうなるか分からないが、ひとまず帰るとしよう。
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