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イリンと神獣

371:神獣戦開始

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 結局、俺たちの警戒に反して、神獣の元へたどり着く道中には何もなかった。

 だが、前方から感じる気配はどんどん強くなっている。

「この先にいるのが……」

 神獣。そう呟こうとした瞬間、以前こことは違う場所にいた神獣であるスーラと話したときのような頭の中に直接言葉が聞こえてくるような感覚がした。

「──貴様らは何者だ。あの娘ではないと言うことは、あの男は逆らう道を選んだという事か」

 突然のそれに俺と環は神獣を警戒しながらも視線を交わし、そのまま前へと進んでいく。

 そして草木をかき分けて進んだ先には突然森が終わったかのようにも思えるほどの広さがある空き地があり、そこには見上げるほどに巨大な狼。今は寝そべっているが、立ち上がればもっと大きく感じる事だろう。
 その体毛は銀色に輝く緑とでもいうべき輝きを放っており、業腹な事に一瞬ではあるがその姿を美しいと思ってしまった。

 そして、それと同時に『ああ、こいつはダメだ』とも思った。
 自分の方が上である、他者が自分の命令を聞くのは当たり前。まだ何もしておらず、ほんの少し言葉を聞いただけだというのに、そういった傲慢さを目の前のこいつからは感じた。

「……お前みたいなのが神獣だとはな……同じ神獣でも、スーラとは全然違う」

 ボソリと呟いた俺の言葉だが、神獣は俺の言葉に反応した。

「スーラ? 誰だそれは」
「お前と同じ神獣と呼ばれるやつだ。もっとも、同じと言うとスーラに失礼すぎるけどな」

 目の前にいる獣と、以前に世話になった神獣を比べると、比べるのが失礼になるほどに違っていた。

「ほう。我以外にも神獣に会ったことがあるか」

 目の前の神獣を名乗る獣は、何度か鼻を鳴らして確認している。
 俺たちがスーラとあったのは何ヶ月も前だが、わかるものなんだろうか?

「……ふむ。貴様からは微かではあるが蛇の匂いがする。いや、これは別の者のか? ……もしや貴様のあったことがある神獣とは北の蛇か?」

 まさか本当にわかるとは……

 とはいえ、実際に匂いを嗅いでいたわけではないだろうと思う。何せ俺があったのは数ヶ月も前だ。匂いなんてとっくに消えている。だから匂い以外の何かを近くしたんだろう。
 そういえばさっき別の者って言ってたし、もしかしてイリンの匂いか? イリンはスーラの術の影響をもろに受けていたし、その時の残りがあったとしてもおかしくはない。

 まあそれでも分かるのはどう考えても『普通』じゃないが。
 やっぱりこいつは常識の埒外の存在……腐っても神獣ってことか。

「そうだ」
「なるほど。そうか。あれはまだ変わっておらぬか……」

 どうやら面識があるようだ。俺と言う敵が目の前にいるのに目を瞑った。スーラのことを懐かしんででもいるんだろうか?
 ……ああ、そういえばスーラもイリンに力を与えた神獣について知ってるようなことを言ってたっけ。ものすごく嫌いだとも言ってたけど。

「元が人であったからか知らぬが、愚かしい」

 だが、神獣はスーラのことを懐かしんでいたのではないようだ。再び開いた目には侮蔑が宿っていた。

「スーラが人だった?」

 しかし、そんな神獣の態度なんかよりも気になることを言っていた。スーラが元は人だったとはいったいどういうことだ?

「おい、それはどう言う──」
「黙れ。話すことなどない。貴様らは黙って我が糧となれば良いのだ」

 神獣に問いかけるが、そんな俺の言葉は遮られてしまった。

「貴様ほどの魔力の持ち主を喰らえば、我はさらに強くなれるだろう。それに、貴様からはあの娘の匂いがするな」

 あの娘というのは、今度こそイリンのことでいいんだろう。ここにくるまで一緒にいたんだから、匂いがついていてもおかしくない。

「……ああそうか。貴様がアレの言っていた思い人とやらか。なるほど。確かにそれほどの魔力を持っていれば、アレが求めるのもわからなくはない」

 神獣は何かを思い出したかのように呟いているが、それは俺たちに聞かせようとしているのではない。多分だが、思念の回線を切り忘れたとか、いちいち繋げ直すのが面倒だったとかそんな感じだと思う。

 さて、一度話を切られた以上ダメだとは思うが、一応話をしよう。

「俺たちは──」
「だが、アレは我の物だ。我が力を貸してやったのだから、その恩を返してもらうために、我の子を孕ませる。そうして産まれた子はさらに強き者として我が糧となるであろう」

 ………………やめだ。話なんて必要ない。

 アレは我の物だと? 我が子を孕んでもらうだと?

 ふざけるなよ、害獣風情が。

「貴様を殺して死体を見せれば、アレとて諦めて我が子を産むだろう。強き者の子を産むのは雌としての本能であるからな」

 神獣はそう言いながら若干煩わしそうに立ち上がると、俺たちを見下ろした。
 その大きさは最初に思った通りにかなり大きく、一般的な家よりも大きく感じることから、全高は十メートル以上あると思う。

「その横にいる者からも匂いがすると言うことは、関係者であろう。ならば殺せば心を折ることもたやすく……む?」

 神獣は話している途中で何か疑問を感じたらしく、俺たちを……いや、俺ではなく環だけを注視している。
 そして何か分かったのか、楽しげに呟いた。

「……いや、貴様もそれなりに力を持っているな。この感じは異界の者か。……ならば貴様にも我が子を孕んでもらうとしよう。できるかはわからぬが、まあできなければそれは構わぬ」

 新たに吐き出されたその言葉はあまりにも下衆なものだった。
 良い加減、我慢の限界だ。イリンのことだけでも腹が立っているというのに、その上環までその下衆な考えの標的にするだと?

 そんなこと、許すはずがないだろうが。

「いい加減その口を閉じろ、クソ犬」

 神獣の頭上から収納魔術の渦を叩きつけて神獣の頭を地面へと弾く。

「ぐううう!?」

 ズウウンと地鳴りがするほどに勢いよく地面に頭を弾かれた神獣。
 様子を見る限り怪我なんかはしていないようだが、それでも収納魔術は通じた。なら、十分だ。それがわかれば、こんな獣なんて怖くない。

「話してみて説得をできれば、なんて考えたが、もうやめだ。人の嫁に何言ってんだよ」

 俺は挑発するように一歩、また一歩と距離を詰めて近づいていく。

「人の嫁を孕ませるだと? やってみろ。その前に去勢してやるよ!」

 神獣の頭の上に展開した収納魔術は消し、今度は少し持ち上がっていた顎の下に渦を展開して叩きつけ、アッパーを喰らわせたかのように神獣の頭を上に弾く。

「がっ! ……たかだか力を持っただけの人間のくせに生意気な」

 二度も攻撃をくらったことでよほど頭にきたのか、神獣はその身に強大な魔力を纏い始めた。

「思いあがるでないわ!」

 神獣の纏う魔力が風となり、その風によって周囲の砂や葉、自身の体毛などが神獣を中心に渦を巻いて舞っている。

 ──アオオオオオオオオン!

 神獣が遠吠えをした。
 その声はかなり大きく、敵の前だというのに思わず耳を塞いでしまうほどだった。
 だがそれも当然か。何せ相手は十メートル以上の巨体だ。肺だってそれに準じた大きさになるに決まってる。

 耳を塞いでもなお頭を揺さぶるような叫びだが、本命はその遠吠えによる大きな音ではなかった。
 神獣が遠吠えをすると、さっきまで宙を舞っていた神獣自身の体毛が姿を変え、小さな狼となって現れた。
 狼の群れは神獣の背後に並び、他にも俺たちがいる広場を囲むようにして森の中に隠れている。その数は全部で百は超えている。というか百どころかその倍は確実にいる。

 自分の毛を変身させるとか、孫悟空かよ。

 どうする? これだけいると収納魔術による攻撃は避けられるだろうし、武器の射出もあまり効果があるとは思えない。全く意味がないってw換えでもないんだろうけど……
 また落とし穴でも作って埋めてみるか?
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