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イリンと神獣

370:環の変化

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 環と一緒に行く事を決め、神獣の元へと進み出したのだが、なぜか環がチラチラと俺の様子を窺っている。

「……私、さっきすごくわがままなこと言ったわよね」
「まあ、そうだな」

 どうやら、先ほどはかっこよく宣言したものの、わがままを言って俺に愛想を尽かされないかを心配しているようだ。
 だが、そんな心配は無駄だ。

「でもいいじゃないか。そう言うわがままを言える関係ってことだろ? 俺は、お前たちが何も言わないでただ言いなりになっているより、そんなふうにわがままを言ってくれる方が嬉しいよ」

 俺のことを好きでいてくれて、俺に迷惑をかけないように気遣ってくれるっていうのは素直に嬉しい。でもその気遣いも行き過ぎれば逆効果だ。
 これはイリンにも言えることだが、俺に嫌われまいと言いなりになっているだけの人形なんて、なって欲しくない。
 わがままを言って、迷惑をかけて、かけられて、それでも支え合うのが恋人であり夫婦だと思っている。
 これは俺の考えだし、夢見がちな考えかもしれないけど、間違ったことは言っていないと思う。

 そんな俺の考えを理解してくれたのか、環はにこりと笑って頷いた。

「なら、これからもわがままを言わせてもらうわね。もちろん、イリンも一緒に」
「ああ、わかったよ。──けど、それもこの先にいるやつを倒してからだな」
「……彰人。絶対に勝ちましょう」
「もちろんだ」

 とりあえず、神獣に会ったらまずは話し合いをする。それでもしかしたら神獣側にも何かしらの理由ってもんがあるのかもしれないから。
 けど、その結果やっぱり話に聞いた通りのクズだったら、全力で、持てる全てを持って倒す。

 とはいえ、やっぱり神獣は殺したらまずい。だから殺さないし、死なせない。
 心が折れ、一生大人しくしていたいと心の底から思うまで、痛い目を見てもらおう。

 死んだ方がいいと思う目に会うかもしれないけど、それは自業自得だと諦めてもらうしかない。

 ……人の嫁を盗ろうとしたんだ。思い切り後悔させてやる。

「……ところで、さっきから何だか話し方が変わったような気がするんだが……」

環は今まで俺に対して敬語を使って話していたが、それがさっきから変わって友人である桜ちゃんや海斗くんと反している時のような話し方になっていた。
それに名前も、以前にも名前を呼び捨てで読んで欲しいと言ったことがあったが、その時はまだ早いといって拒否された。なのに今は俺のことを彰人と呼び捨てにしている。

「あ、これは……」

環は少し戸惑いを見せた後、静かに話し始めた。

「私はあなたに並び立つって宣言したでしょ? でも、思えば私の方から身を引いてた気がするの。言葉ではどう言っていようと、少なくとも気持ちの上では」

まあ、敬語って対等な関係で使うようなものではないしな。
それに態度も余所余所しいとまではいかないものの、多少距離があったように思える。

「だから、まだ完全に横に立っているとは言えないけど、せめて気持ちで置いていかれたくないから」

まずは言葉遣いから変える事にしたというわけか。

「いや、だった?」

心配そうに俺の反応を伺いながらそう尋ねてくる環。
そんな彼女の様子がおかしくて、俺はフッと笑いを溢してしまう。

「いやなんて事はないよ。ああ──ありがとう」

これまでのことを思い出し、万感の思いが胸に溢れ、気づけば感謝の言葉が出ていた。

環はなぜ俺に感謝されたのか分かっていないようで不思議そうに小さく首を傾げているが、俺にとっては不思議でもなんでもない。

本当に、ありがとう。




「環」
「ひゃいっ!」

 しばらく無言のまま歩いていた俺たちだが、俺が隣を歩いていた環に声をかけると、突然声をかけられたことで驚いたのかそんな間の抜けた返事が返ってきた。
 そんな返事をしてしまった事に、環は顔を赤らめて俯いてしまう。
 これから危険な戦いに行こうと言うのにそんな場違いな様子を見せる環に、俺はフッと笑ってしまった。
 そのせいで環はさらに縮こまったが、俺はその頭へと手を伸ばし優しく撫でる。

「いろいろ迷惑かけたし、帰ったら何かお願いを言ってくれれば俺にできる限りは叶えるよ」
「え、でもここにきたのは私の意思だし……」
「まあ良いから。今までも色々迷惑かけたし、そのお礼も兼ねてると思ってさ」
「そんな……あ、でも……なら、その……帰ったら、一緒に寝てくれない? 今回は仕方がないけれど……イリンばっかりずるいわ」

 寝るってのは言葉通りじゃなくて男女的な意味のアレだろう。イリンのことをずるいって言ってるし。
 環は普段はわりと攻めてくるが、こういうことを直接言うような子じゃなかったと思うんだけど、言葉だけではなくこういうところも変わった様だ。

 とはいえ、変わったことが嫌だというわけではなく、その願いを叶えるのは構わない。どうせ初めてってわけじゃないんだし。

「それは──っ!」
「……彰人?」

 俺が途中で言葉を止めたせいだろう。環が不思議そうに俺を見上げている。

「……気を付けろ。どうやらこっちに気がついてるみたいだ。多分聖域とか言う、神獣のテリトリーに入ったんだろうな」

 ここから先はいつ攻撃を受けてもおかしくない。

 俺はいつでも対応できるように収納魔術を発動直前で待機させる。

 チラリと少しだけ視線を動かして環のことを見ると、彼女も武器を構えて戦闘態勢になっている。

「ここでは木が燃えるからスキルはなしだ。神獣のもとに行けば神獣が動けるだけの広場があるみたいだから、そこに行くまでは襲われても渡した魔術具と自前の魔術でどうにかしていくぞ」
「ええ!」

 待ってろよ、神獣とやら。イリンは絶対に渡さないぞ。
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