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王国との戦争

311:二人の戦い

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 始まった瞬間に環ちゃんから土の球を射出する魔術が放たれる。彼女の本気は炎系統だったと思ったんだけど、ここは周りが森だから外した時を考えて配慮したのかもしれない。

 だが魔術の飛んでいった先にはそこにイリンの姿はなく、どこに行ったのかと思えばキィンという澄んだ音が環ちゃんのいる場所から聞こえた。

「おや、意外とやるものですね。もしかしたら今ので終わるかとも思っていたのですけど……」

 イリンが振るった短剣は環ちゃんを覆っている光る何かに阻まれていた。あれは……

「あんまりなめないでもらえるかしら。これぐらいじゃあ終わらないに決まってるで、しょっ!」

 環ちゃんは魔術ではなく、持っていた杖を槍のように勢い良く突き出す事で反撃する。
 その一撃は素人が放ったものとは到底思えないほどに鋭いものだったが、だがそれはイリンにとっては遅すぎる。

「そうでしたか。それは失礼しました」

 イリンは突き出された槍を軽々と避け、環ちゃんから少し距離をとっていた。

「では、次は少し本気で、行きます!」

 イリンはそう言って微笑んだかと思うと、先ほど同様にその姿を消し、またも環ちゃんの目の前で短剣を降った姿勢で現れた。
 だが、今度はそれだけでは終わらない。

 イリンはその後何度も短剣を振るい、環ちゃんを切りつけていく。

「このっ!」

 だが全ては環ちゃんを覆う結界に阻まれ、そのうちの一撃とて彼女に有効打を与えられていない。

「……大分堅いですね。それはあなたの能力ではなかったと思いますが?」

 そう。これは環ちゃんの能力とは違うように思える。どちらかと言うとこれは桜ちゃんのスキルだ。

「ええ。これは私のスキルじゃなくて桜の──友人のスキルよ。私は後衛だから、いざというときのために魔術具を作ってもらったのよ」

 魔術具……。そうか、あの子も俺と同じようにスキルを魔術具に篭めたのか。
 気合で独学でなんとかした俺とは違って、あっちには専門家が何人もいるんだからそう難しい事でもないか。
 ……まあこっちにもケイノアっていう専門家がいないわけじゃなかったけど、あいつには知識を吐き出させることと、最後の確認しかしてもらわなかったからなぁ……。というか、してもらわなかったというよりも、確認しかしてくれなかった……

「私のスキルはこっち」

 俺が少しだけ魔術具作成時の事を思い出していると、環ちゃんがそう言って自身の前方に炎の鬼を出現させた。そしてその数はどんどん増えていき、最終的には二十体ほどまで増えた。
 俺と戦った時ほどではないが、それでも個人を相手にするのであれば多すぎる数だ。

「──行って」

 イリンは迫り来る炎の鬼達に対して嫌そうに顔を顰めて後退する。流石に渡した短剣だけではどうしようもないようだ。

「炎は避けるしかないようね」

 環ちゃんはイリンを追いかける炎の鬼に加え、魔術の詠唱をし始めた。

「けど、いつまで避けていられるかしら?」

 詠唱を終えた環ちゃんが魔術を発動すると、徐々にではあるが訓練場の地面が泥のように変質していった。

「チッ、めんどうですね……」

 変質した地面に足を取られたイリンは顔をしかめている。そして、ほんとうに微かな声ではあったが、確かに今イリンが舌打ちをした。今までそんなの聞いたことないのにしたって事は、状況が悪いというのもあるだろうが、それだけイリンも感情的になっているってことなんだろうか?

「でも──」

 イリンはその場から大きく後方へと飛び退き環ちゃんから距離を取る。
 それを追撃するように炎の鬼達はイリンを追いかける。だが……

「後ろっ!? いつのまにっ!」

 環ちゃんの背後からこの試合中に何度も聞いたキィンという甲高い音が響く。
 環ちゃんが振り向いたその先には、大きく距離をとっていたはずのイリンがいつのまにか環ちゃんの背後に現れて彼女を覆っている結界に短剣を突き立てていた。

「いくら倒せずとも、操られている以上は術者の意識に入らなければ避ける事は可能です。そして、ここまで入って仕舞えばやりようはあります」

 そう言うと、イリンは短剣を持ち直して構えをとった。

 環ちゃんを護るべき鬼達はイリンを追いかけていたので距離が離れている。戻ってくるまでは少しばかり時間がかかるだろう。

「フッ!」

 イリンは逆手に持ち直した左の短剣を、環ちゃんを覆う結界に突き立てる。
 それは結界に阻まれ環ちゃんへ届く事はなかったが、一つ今までと違うことがある。

「罅ッ!? けどそれだけじゃ──」

 そう。環ちゃんの言うように、今まで傷つくことのなかった彼女を覆う結界には罅が入っていた。

「ヤアアッ!」

 罅が入っただけではまだ平気だと魔術を使おうと杖を構えた環ちゃんだが、その前にイリンが動いた。
 イリンは突き立てたままだった短剣の柄尻に右手で掌底を叩き込む。

「うそっ……!」

 イリンの二段構えの攻撃によって短剣は結界を突き破り侵入を果たす。
 だが、それでもまだイリンの攻撃は環ちゃんには届いていない。

 そうこうしているうちに集まっていた炎の鬼達がイリンの周りを囲む。

「これで終わりよ。この勝負は、私の勝ちみたいね」

 環ちゃんは自身の勝利を確信して笑みを浮かべているが、それは俺も同じだ。笑みを浮かべている事が、ではなく、環ちゃんの勝ちだと思った事が、だ。

 イリンは結界に短剣を突き刺す事はできたが、それでもまだ結界は残ったままだ。
 それに対してイリンは短剣に掌底を打ったままの姿勢で固まり、周囲を炎の鬼達に囲まれてしまっている。
 ここからはどう足掻いても勝ち目はないだろう。

 だが、そんな状況であるというのに、イリンは笑った。

「それはどうでしょうか?」
「なに? 今更強がったところで──っ!?」

 掌底をたたき込んだままの体勢でいたイリンの右手に魔力が集まっていき、そして……

「ハアッ!」

 イリン叫びと共にその手に集まった魔力が炸裂し、結界に突き立っていた短剣を押し出し、弾き飛ばした。

「あぐぅっ!」

 そして魔力の炸裂によって押し出された短剣は完全に結界を突き破り環ちゃんの足に刺さる。

 だが、どうやらそれだけでは終わらない。
 今の技はそれなりに威力があったのか、短剣が結界を突き抜けただけではなく、その時の衝撃によって結界は完全に壊れてしまったようだ。
 突如自身の足に発生した予想外の痛みに驚いたからか、環ちゃんは思わずと言った形でその場でしゃがみ込んでしまう。

 そして、蹲み込んだ環ちゃんの顔の前にイリンが短剣を突き出し……

「これで終わりです。この勝負、私の勝ちですね」

 イリンの笑顔と共に、試合はイリンの勝利で終わった。
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