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治癒の神獣

254:ひとまず目標達成

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「え……?」
「簡単に許可したことがそんなに意外だったかしら?」
「え……えっと、まあ……はい」

 治癒をしてもらいに来るという連絡はしていたし、大丈夫だろうと言われていたが、それでもこんなに簡単に承諾が得られるとは思わなかった

「チオーナが連れてきたのだもの。問題はないでしょう。それに、もうある程度はチオーナから聞いていたの。貴方の想いを」
「俺の想い……? ……じゃ、じゃあ、聞いたんですか? 昨日俺が言った言葉を……」
「ええ。でないと判断できないじゃない」
「まじか……」

 ……なんてこったよ……まさかあの時の話が他人に漏れるとは……

 驚きに眼を見開いてから思わず天を仰いでしまった。あまりの驚き具合に敬語を忘れてしまったほどだ。

「何をそんなに恥ずかしがることがあるの? 好きな子のために一生懸命になるなんて素敵なことじゃない。だからこそ私も貴方のお願いを叶えてあげる気になったのだし」

 それは嬉しいことなんだけど、自分の知らないところで話が広がっていくのはちょっと……
 自分がいるところで話されるのも嫌だけどさぁ……

「これが国のためだとか世界平和のためとかだったら断ってたわ。私が聞きたいのはその人の本心であって、上っ面の綺麗事じゃないの。見知らぬ誰かのために本気になれる人なんて、いるわけがないもの」

 俺は、世界崩壊の危機で、なおかつその証拠があるっていうんなら出来る限りのことはすると思うけど、世界平和とか国の安定のためとかだったらまともに頑張らないと思う。

 けど、中に入るんじゃないか? 本当に世界中の人を助けたいって心の底から願う本物の『勇者』が。

「いないわよ、そんなの。誰だって世界を救いたいって言う根底には、もっと違うなんらかの願いがあるものよ。大切な人を守るために国を守る、とかね」

 まあ、そうか。純粋にただ『国を守る』なんて願いを持つ奴なんていないか。騎士なんかは国を守ると『誓ったから』国や王を守るわけだし。

 ……おっと、国や王という言葉で思い出した。そういえばグラティースに頼まれてた事があったな。

「ではイリンの怪我は治していただける、ということでよろしいのですか?」
「ええ。ただ、完全に治るまで少し時間がかかるわ」
「構いません。しばらく滞在する準備はできていますから」

 元々、会うまでに何日か待たされるつもりだったし、治癒の件をすぐには承諾してもらえないと思ってたから最低でも一ヶ月程度は待つつもりだった。

 実際は会うのにも承諾を得るのもすぐに終わったけど。

 そんなわけで時間的にはだいぶ余裕がある。だからイリンの怪我が完治するまで多少の時間がかかったところで問題ない。問題あってもどうにかするだけだが。

「それで、もう一つの用件なのですが……」
「国王からの手紙でしょう?」
「はい。こちらになります」

 グラティースから預かった手紙を収納から取り出して渡そうとしたのだが、いかんせん神獣といえど相手は蛇だ。手紙を読むどころか受け取ることすらできない。

 だが、どうしようかと悩むまでもなくチオーナが近寄ってきたので、手紙を差し出す事にした。

 チオーナは受け取った手紙を開いて神獣に見えるように広げて持つと、神獣はズズズッと体を動かしてその手紙を覗き込んだ。

「……はぁ。あの子も自分でここに来ないものかしらね……」

 あの手紙を書いたのはグラティースなわけだし、神獣の言うあの子ってのはあいつのことであってるのか?
 あいつとこの里の関係を考えるとやけに親しげと言うか、それほど仲が悪いようには見えない。

 グラティースがこの神獣に頼んだ事は毒で寝込んだ娘の治癒だったはずだ。
 多分合ってるとは思うけど一応聞いてみようかな。

「どうされたのですか?」
「うーん、どうしたってわけじゃないんだけど……貴方は知ってるかしら、王の娘が伏せってるのを」
「はい。グラティース本人から聞きました」
「そう。なら話が早いわね。その子を治すために力を貸してほしいみたい」
「それは、かの王がこの地に来る、というわけではないのですよね?」

 チオーナが少し難しげな顔で問いかけたが、それはないと思う。グラティース本人だってそれはまずいと思ってるから俺に頼んだんだろうし。

「ええ。私の血をアンドーさんに渡してほしいって書いてあるわ」

 治すためには神獣の血が必要なのか。血に治癒の力でも籠ってるのか? で、それを……多分飲むんだろうけど、どうにかして使うと解毒ができるという事か。

 だが、もしそうだとしても……

「……無理だろ」

 つい口から漏れてしまったが、それが俺の正直な感想だ。
 森を──相手の領土を勝手に焼いておいていざとなったら力をよこせなど、図々しいなんてものじゃないだろ。

「そうねぇ。私はそれほど気にしてないのだけれど、他の子達がどう思うか……」

 だが俺の感想を違うふうに受け取った神獣。

 どうやら先日会ったコーキスの知り合いのように、グラティースに怒ってる奴らが許さないだろう、という意味で受け取ったようだ。

 他の子が気にするって、自身は気にしてないのか?

「……気にしてないんですか?」
「ええ。そりゃあ全く気にしないというわけではないけれど、必要なことだったと分かっているもの。私はこの森に住んでるチオーナ達を自分の子供や孫だと思っているわ。そんな子達が傷つくのをみたくはないのよ。だから戦争で被害が出る前に森の一部を削ってみんなで非難するというのは賛成だったの。とはいえ、生まれ育った場所を捨てるという決断をするには時間がかかるでしょうからゆっくりと進めるつもりだったけれど」

 でも説得し切る前にグラティースが強硬に進めた、と。

「ただ、方針は認めていてもそのやり方が気に入らないのよね。結果として誰も死んでないから私は何も言わないでいるけれど、あの騙し討ちみたいな方法はどうかと思うのよ。だから私はあの子を邪魔したりはしないけれど、手伝いもしない。……唯一、あの子自身がここに来るって言うのなら住人達との橋渡し、とまではいかないけれど多少は便宜を図ってあげるくらいしてあげるわ。けれどそれくらいね」
「ではその手紙の件は……」
「今回は叶えてあげるわ。あの子がこの場所の事を見捨てたり虐げたりしてるわけじゃない……むしろ気にかけてくれているというのを知っているから」

 話した時にこの場所の事を気にかけてる様子には気づけなかったけど、神獣が言うという事はそうなんだろう。やっぱり本人も罪悪感とかあるんだろうか?

「でも、次は自分で来なさいと伝えておいてくれないかしら」
「はい。悪いのは本人ですし、俺も使いっ走りになんてされたくありませんから」

 怪我の治癒を快く承諾してもらったからか、それとも神獣の穏やかな感じに感化されたのか、俺はつい肩を竦めて冗談めかしてそう言ってしまった。

「あらあら」

 だが、神獣は俺のそんな行動が面白かったのか、ふふふっと笑っていた。

 まだイリンが治ったわけじゃないし、グラティースにモノを届けたわけじゃないけど、ひとまず目標達成ってところかな。
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