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治癒の神獣

253:治癒の神獣

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「この先が神獣様のいらっしゃる場所です」

 コーキスの故郷であり、俺の求めている治癒の力を持った神獣の棲む里に着いた次の日
 今日はとうとう神獣の元に案内してもらうことになった。

 因みにチオーナと話した後のイリンへの対応だが、あまり、というか全く話せていない。

 一回だけ視線が合った時には、イリンの耳と尻尾が服の上からでも分かるほどにピンっと伸び、その後へにゃりと倒れた。
 それと同時に顔も若干俯いてしまい、それからはろくに顔を合わせられていない。

 喜んでいるのなら嬉しいが、どう思っているのかなんて、恥ずかしくて聞けない。

 というか、そもそもが好きだというのは予定外だったんだ。本当なら怪我が完全に治ってから言うはずだったんだから。

 だからその時が来たらもう一度俺からハッキリと言おう。イリンの答えを聞くのはそれからでも遅くない……よな?

「わかりました。あの……大丈夫ですか?」

 俺たちは神獣の元に行くためにチオーナの案内を受けて森の中を歩いているのだが、これがなかなかに険しい道を進んでいる。

 老婆と言っても問題ないチオーナに本当に道案内なんて頼んでも大丈夫なのだろうか?

 今にも倒れてしまいそうに思えて心配になる。

「ええ、心配してくださってありがとうございます。ですが大丈夫ですよ、これくらい。一人で神獣様の元に辿り着けないようでは神子として失格ですから」

 だとしても流石に歳を考えれば神子の役割を交代した方がいいんじゃないだろうか?

 というか、そもそも神子ってなんなんだ?

「あの、差し支えなければ『神子』というものについて教えてもらうことってできますか?」
「あら? コーキスから聞いていないかしら?」
「基本的な概要というか役割は聞きましたが、それ以外は聞いていません」
「うーん。多分貴方が聞いた事がほとんどだと思うけれど……貴方が聞きたいのはそういう事ではなくて私の見た目について、かしらね?」

 里に来るまでにコーキスから聞いた話では、神獣の世話役であり里のまとめ役であるそうだが、それ以外には聞いていない。

 神子──神の子などと言うくらいなのだから、そう呼ぶだけの特殊な何かがあるんだと思う。

 何よりその見た目。あまりにも人間に近すぎる。いや、近いというよりも人間そのものだ。

「はい。不躾ながら貴方は他の者達と随分と違うように思えますから」
「ふふっ、そんなに畏まらなくても良いわよ。教えても特に問題があるってわけでもないし、かまわないわ」

 チオーナは一旦後ろを振り返って俺たちのことを見て笑いかけると、前を向きなおって歩みを止める事なく話し始めた。

「神子っていうのはね、簡単に言えば神獣様に一番近い存在なのよ」
「神獣に近い存在……」
「そう。人の身でありながら神獣様のもつ特殊な力をありえないの強さで使える者。それが神子よ。今の里では、私以外にコーキスが一番近いかしらね」

 確かにコーキスの力はとてもではないが普通とはいえない。生まれ持った才能と種族的な特性が合わさったとしてもあれだけの再生能力は手に入らないだろう。

 だが、だとしても疑問がある。

「ですが、コーキスは他の者と変わらない外見をしていますが……」

 もしかして、神子という存在には見た目は関係なく、目の前にいるチオーナが特殊なだけなのだろうか?

「それはそうでしょうね。私も昔は同じような姿だったもの」

 は? なんだって?

 昔は同じような姿だった、といった。ならばその昔というのはいつなのかと言ったら、今の話の流れからしてだろう。

「……それはつまり、神子として選ばれた後になんらかの方法で外見が変わる、という事ですか?」
「その通りよ。神子として選ばれた者は神獣様の元に行って契約を交わすの。そうすると私みたいに人間と変わらない姿になるのよ」

 契約で姿が変わるのか……。それにしても……

「……なんで人間なんだ?」

 神獣というのはこの国の各地にいるみたいだが、それでもその姿は一つの例外なく人ならざるものだという。

 人間が選ばれて神獣の姿に似る、というのなら理解できる。だがそうではない。元々神獣に似ているはずの存在が人間という神獣自身から遠い存在に変化するのだ。何故だ?

「なんででしょうね? なんで人間の姿になるのかは分からないけれど、多分神獣様はご存知よ。以前に私も聞いたことがあるのよ」
「神獣はなんと?」

 聞いたという事は、やはりチオーナも不思議に思ったようだ。

 だが、チオーナは首を横に振った。

「何も。けれど、神獣様は私たちが危険になるようなことから守ってきてくださったわ。その上で話さないというのなら、そこに危険はないのでしょう」

 そうか……にしても、姿が変わるだなんてイリン達みたいだな。
 イリン達は選ばれた個人じゃなくて一族全員がそうみたいだし、子供から大人の姿にって違いはあるけど姿が変わるってのは合ってる。

 もしかして神獣ってのは全員が、配下となった者の見た目を変えられるんだろうか?

「そろそろ着くわ。準備はいいかしら?」

 そんな風に軽く雑談をしながら歩いていると、チオーナから声がかかった。

 ……やっと着く。

 里からここまで決して長いという道のりではなかった。精々が一時間というところだと思う。

 だが、俺の気持ちとしては何時間もかかっているように感じた。それだけ待ち遠しかったという事なんだろう。

 そしてやっとここにたどり着き目の前に求めていたものがあるというのに、いざとなると緊張してしまう。

 ゴクリと唾を飲み込み、深呼吸をして逸る気持ちを落ち着かせる。

「──はい」




「よく来たわねチオーナ」

 森の奥にあった泉。その傍らには見上げるほどの大きな蛇がいた。
 その蛇は基本的には茶色なのだが、光の加減のせいなのか時折虹色に光っている。

 これが神獣なのだろう。

「お時間をとっていただき、ありがとうございます」
「良いわよ。私も特にやることがあるというわけではないのだから、貴方に会えるのは楽しみなのよ」

 先ほどまで俺と話していた軽い態度ではなく、しっかりとした態度で神獣に相対するチオーナ
 。

 そしてそんなチオーナが礼を向けた相手である大蛇の姿をした神獣は、その鋭い眼で俺たち……いや、俺の事を見ている。

「それで、そっちのが例のお客様であってるわよね?」
「はい。こちらの方はアンドーとイリンと申します」
「そう」

 チオーナからの紹介を受けてから俺は一歩前に出て、王国にいた時に学んだ作法を全力で思い出しながら礼をする。
 相手の機嫌を損ねないように出来る限りの事をしなければ。

「お初にお目に掛かります。私の名は安堂彰人と申します。こちらの者はイリン・イーヴィン。この度は貴方様にお願いしたい儀があって参りました。叶えていただけるのであれば相応の対価を用意する所存です。どうか私の願いを聞き届けていただけないでしょうか?」

 俺に用意できるものならなんでも用意するし、出来る事ならばなんでもする。

 いや、用意できずとも、出来ない事であろうともなんとかする。俺はその覚悟を持ってここに来たはずだ。

 ……でも、これで断られでもしたら、その時は……

「良いわよ」
「……は?」

 だが、俺の覚悟を知ってか知らずか、予想外にもあっさりと受け入れられてしまった。
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