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治癒の神獣

245:対立の原因

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「我々がグラティース王を嫌う理由。それは奴が我らの故郷を焼いたからだ」
「……焼いた? あいつがか?」

 コーキスはそう言ったが、それが俺には信じられなかった。
 グラティースは何かを企んだりするだろうが、それでも森を焼くなどという過激な事はしないんじゃないだろうかと思う。

「もちろんあちらにも言い分はあろうよ。私としても、あの者の考えを理解はできる」

 俺の動揺を察したかのようにコーキスはグラティースをフォローするが、それでもその表情は幾分か険しいように感じる。

「……だが、それと感情はまた別なのだ」

 コーキスは拳を硬く握りしめ、絞り出すように言葉を出した。

 隠しきれない怒りを纏うコーキス。
 これ程までに怒りを抱いた人物など会ったことがない俺は、そんなコーキスの姿に怯んでしまった。

 だが、このまま引くわけにはいかない。このまま何も知らずに神獣に会いに行けば、俺の願いが叶わなくなってしまう可能性もあるのだから。

「……グラティースが森を焼いた『考え』ってのは、聞いてもいいのか?」
「無論。でなくば忠告を理解してもらう事はできなかろう」

 コーキスは一旦目を閉じ、しばらく後に息を吐きだしてから再び俺の姿をその鋭い視線で捉えた。

「……この国が隣の人間の国と戦争をしているのは知っていよう?」
「ああ」
「ならば、魔族達がちょっかいを出してきているのは?」
「知っている」
「そうか。……人間の国は巨大な壁に守られており、その壁のある場所から攻める事はできん。唯一まともに攻める事のできる場所は、巨大な壁にふさわしいほどの巨大な門のある場所だけだ」

 実際にこの目で見た事はないが、その門ってのは俺が王国から逃げるときに使ったやつと同じようなやつだろう。

 王国の東、この国からすると西、やや北寄りの位置にあるものだろう。それ以外にこの辺に門はないはずだし。

「が、それは向こうも同じ事。こちらに攻め込むときはどうしてもその門から出てこなくてはならぬ。故に戦争が本格化するときは、必ず同じ場所で戦うことになるのだ」

 門の位置が固定されてんだから、攻める場所が固定されるってのも当然か。
 そう考えると、あの壁って守りの時は良いけど攻めるときには邪魔にしかならないよな。事実、壁があるせいで攻めあぐねて勇者召喚なんてするぐらいだし。

 もっとも、壁がなかったらもう国が攻め落とされてたのかもしれないけど。

「人間の狙いがこの国ではなく隣の魔族の方であったとしても、門があるのはこの国であるが故に規模の大小はあれど必ず争いが起こる」

 そういえば王女の、というか王国の連中は獣人国よりも魔族達の方を目の敵にしてたな。

 前に読んだ歴史書でもこの国は素通りして魔族に攻め入った事もあったみたいだし、それほどまでに何かがあるんだろうか?

「そして、その戦場となる平原の一部に我らの故郷の森が広がっていた。奴は、あの場所に森があれば防衛に支障が出る可能性があると言って、森を焼いたのだ」

 戦場の近くに森があったら潜伏することができるし、その中を通って奇襲する事だって出来る。あるのとないの、どっちがいいかって言ったら、そりゃあ戦場に森なんてない方がいい。

 それも状況次第なんだろうけど、安定を求めるのなら平地で真正面からぶつかるしかない状況にした方がこの国は強いだろう。

 これが戦場全体が森で覆われてて、そこでの戦いに慣れてるとかだったらいいんだろうな、エルフみたいに。
 けど、そうじゃないんなら森があるだけで敵の作戦の幅を広げてしまう事になりかねない。

 だから、森を焼く、というグラティースの判断も理解できた。

「その森が我らの故郷と言っても、いくつかの集落に分かれて森全体に点在していた。焼かれたあの場所にも一つの集落があった」

 焼いた場所に集落があっただと?

「まさか、集落ごと……?」
「いや、流石に何度も警告がされ、結果としては誰一人として死んだ者はいなかった」

 良かった。あいつもそこまでじゃなかったか。

 だが、俺がほっとしたのとは逆に、コーキスは先程までよりも表情を険しくしていた。

「……だが、傷ついた者がいないわけではない」

 今までの真剣な声とも違う身体の奥に響くような重い声がコーキスから発せられた。

「何度警告をされようと我らがその場を離れないからと、あの者は料理に眠り薬を混ぜた。そして集落の全員が眠ったところで、住民を集落から離れたところに作った場所に運び込み、森を焼いた」

 ……まさか、そんなことをされているとは思わなかった。

 グラティースのやった事も理解できないわけではない。あいつはこの国の王であり、あいつも国を守るために必死なんだろうと思うから。

 ただ、眠らされている間に故郷が燃やされました、なんて事になったのならコーキス達が怒るのも無理はないだろうとも思う。

「確かにあの者の言い分は私も理解できた。あの位置に森があれば敵に利用され、この国は不利になるだろうと。だが、ならば敵など入ってこられぬように我々が森を守ると言ったのだ。方々に散らばっている集落も戦場に近い場所に集め防衛に当てると。だが、奴は聞き入れなかったっ! 死人はでなかっただと? それがどうした! 先祖から受け継いだ故郷を捨てる事はできない。ここは自分たちの家だ。この場所こそが帰る場所なのだ。だから守るのだと。そう言っていた者達の覚悟を、想いを、奴は踏みにじったのだ! ふざけるな、赦せるものかよ!」

 ドンッ! と握った拳を地面に叩きつけるコーキス。その一撃にはかなりの力が込められていたのか、地面は抉れ、その衝撃で俺たちの前にあったカップは倒れてしまった。

 コーキスはその事に気がつくと、ハッとしたように怒りを鎮めて、すまないという言葉とともに軽く頭を下げた。

 だが、その内に眠っている怒りは到底隠し切れるものではなく、鎮まった今もなおコーキスの怒りが感じ取れる。

「……国を治める者としては正しいのであろう。いくら守ると言っても、我らは所詮は特殊な力を持っただけの一部族でしかない。国を相手にすればどうしても無理が出る。そこが崩されてしまえば全体に危険が及ぶ。それは理解できる……だが、理性と感情は別なのだ。故郷を焼かれ、恨まないものなどいまい」

 全てを語り終えたのか、コーキスは黙り、俺たちの間には沈黙が訪れた。

 何も言えない。何を言って良いのかわからない。

「……これが我らがこの国の王を恨む理由だ。私はまだマシな方だが、実際に集落を焼かれた者、その縁者は相当恨んでいよう。以前起こった戦争では、この国の被害は軽く終わったので森を焼いた意味はあったのだろう。それ故にあの者の行いに理解を示すものもいるが、皆、周りとの反発を恐れて何かをするという事はしないのであまり期待しないほうがいいだろう」
「……そうか。話してくれてありがとう。知らないとまずい事になっただろうな」
「いや、本来関係のない貴殿を恨むのは筋違いなのだ。その事で何かあったとしたら悪いのはこちらだ。だが、我らの事情も理解してほしい」
「……俺は、自分の願いを叶えにコーキス達の故郷に行くが、それでも出来る限り問題は起こさないようにするよ」

 想像以上に厄介な関係だな。強硬な手段を取ったグラティースが悪いとも思うが、王である以上は国を守るためには仕方がないとも思ってしまう。

 誰もが傷つかない安全な解決方法なんてあるはずがないのはわかってる。けど、それでも、もっと良い方法はなかったのだろうか……

 そんな事を考えながらその日は眠りにつく事になった。
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