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治癒の神獣

244:野営の準備

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 俺達が街を出発してからもうすぐ一週間が経とうとしていた。

 俺は出発前に、楽しい旅に~、なんて言ってたけど、ぶっちゃけここまでの道のりは微妙だった。

 べつにイリンやコーキスと一緒にいるのが苦痛ってわけじゃないんだけど、あまりにも普通すぎたのだ。

 普通に街道を進み、普通の魔物に遭遇し、普通に倒して普通に歩き出す。

 何もないというのは普通の旅人にとっては嬉しい事なのだろうが、出発時の俺のテンションに比べ、あまりにも普通すぎた。

 イリンの治癒が遅れるから何か事件に巻き込まれても厄介だが、それでももうちょっとイベント的な何かが、起きたりはしないもんだろうか……こう、綺麗な景色があるとか……

「……相変わらず、貴殿の能力は便利であるな……」

 そんな事を考えながら野営の準備をしていると、俺の準備を見てコーキスは呆れたように呟いた。

 俺の野営の準備とは簡単だ。岩盤を収納してくり抜いて作った家を出現させる。それだけだ。
 それだけではあるが、コーキスの言うように便利であるのは確かだ。しっかりと建築系を学んだわけじゃないから少々不格好な造りだけど、それでも家だ。テントなんかとは比べ物にならない。

「ん? まあな。自分でも非常識だし風情がないと思うが……まあ便利だし……」

 普通の冒険者ならこんな事はしない、というかできない。俺も目立たずに一般人に紛れようとするのならこんな事をせずに普通に野営をするべきだとは思う。

 だが、言い訳をさせてほしい。人は一度楽を知ったらそれを手放せなくなる生き物だ。
 田舎暮らしのやつなら問題なかったのだろうが、俺が日本で住んでいたところは田舎ではなかった。まあ都会とも言えないような微妙な位置なのだが、それはどうでも良い。

 何が言いたいのかというと──虫だ。

 寝ている最中にウゾウゾと自分の体を這ってくるんだ。あれはない。マジで無理。

 あとは地面。雨上がりの次の日とかだと最悪だ。一応、場所を選んだり下に敷物をするが、それでも問題がないわけじゃないのだ。

 この世界に来た時は色々と切羽詰まってたし、仕方がないと割り切ることができたけど、改めて安全を確保した上で考えると、不満しかなかった。

 それでも普通はどうしようもないことなので諦めるのだろうが、生憎と俺には解決する手段があった。

 目立ちたくはないけど、背に腹は変えられない。

 というか、もう大会とかで目立ってんだしぶっちゃけ意味なくね? とも思ってからはもう仕方がないと割り切ることにした。割り切って家を出してそこで寝泊りをする。

「やっぱりコーキスも中で寝るか?」

 家の中はそんなに広いわけでもないが、それでも三人ぐらいなら余裕がある。
 家の中にいれば突然の雨に濡れることもないし、魔術具を配置してあるので温度も適温に維持される。

 だというのにコーキスは一人で外で寝ていた。

 とはいえ、流石にコーキス一人に夜番を任せるというのもできないので、俺たちも時間になったら外に出てるけど。

「いや、雨が降ったときに軒を貸してもらえてばそれでいい。恋仲でもない私がイリンと同じ部屋に寝泊りするというのは問題があろう」

 そんな事を気にするような奴はここにはいないだろうに。真面目な奴だなぁ、と思わずにはいられない。

「それよりも、そろそろ我らの故郷に着くが一つ言っておく事がある」
「言っておく事?」
「そうだ。私に勝った以上、神獣様への面会の場は整えるが、それでも住人たちはあまり良い顔はせぬであろう。場合によっては貴殿に絡む輩もいると思われる。その場合は倒してしまって構わぬが、殺しはしないで欲しい」

 いや、流石に襲い掛かられた程度で殺したりなんてしないよ。

 ……ん? 町中で一般人が暴漢に襲われたときに、返り討ちで殺してもおかしくはないのか?

 いやまあ、今の俺なら暴漢に襲われた程度なら殺さなくても対処できるけど。コーキスもそれを知ってるからの言葉だろうし。

「絡まれたくらいで殺したりなんてしないけど……やっぱり排他的な場所なのか?」
「排他的、とは少々違う。確かに部外者を快く受け入れるというわけではないが、全く受け入れないというわけでもない」

 そうなのか? 話を聞いた限りでは今回みたいなのは例外で、基本的には鎖国というか、外部との接触を極力無くしてる場所だと思ったんだけど。

「具体的には婚姻だな。一族の者達だけでの婚姻は良くないと言われているので、時折外に出て相手を探してくる者がいるのだ。これは私もその一人なのだがな」
「は?」

 突然のカミングアウトに思わず間の抜けた声を出してしまい、そのまま動きを止めて固まってしまったが、それも仕方のない事だと思うんだよ。

 だってまさか武人然としたコーキスがそんな理由で旅をしているだなんて、想像すらしなかったのだから。

「……え? ……コーキスって結婚相手探しで旅してたのか?」
「私の場合は主は修行であり、其方はあくまでも理由の一つというだけではあるが、まあその通りだ。一族に迎えても問題ないと思える強者で、尚且つ私と共にきても良いという者であれば里に連れていくつもりだ」

 結婚相手うんぬんが気になったので、戸惑いながらも恐る恐ると聞いてみた。
 聞いた後になって、なんとなく聞いちゃまずかったかな? なんて思ったけど、コーキス自身はその事をどうとも思っていないようでしっかりと答えてくれた。

「……まあ、その話はどうでもいい。話を戻そう。──婚姻以外ではあまり受け入れているとは言えないが、それでも先ほども言ったように全く受け入れていないというわけではない。迷った者や怪我をした者などにはそれなりの対応する。まあ、その者らが帰る際にはあまり近寄るな、里の事を言いふらすなと注意はするが、言ってしまえばそれだけだ」

 ああそうなんだ、と思ったが考えてみれば当然か。

 婚姻以外では受け入れないという事は、逆にいえば婚姻ならば一族として受け入れるという事だ。そして受け入れられたとはいえ、その者は元々は外で住んでいた者なのだから、外から来た者にそこまで辛く当たる事はできないだろう。

「だが、貴殿の場合は少々問題がある」
「問題……」
「貴殿はグラティース王からの使者でもあるのだろう?」
「まあ、一応は。手紙とかもらってるし、頼まれたこともある」
「今回はその王の遣いという立場が問題なのだ」

 十中八九以前言っていた関係の悪さが理由なんだろうな……

「……仲が悪いとは聞いていたが、それほどなのか?」
「仲が悪い、か。……貴殿は我らの関係をどこまで知っている?」
「いや。それほど、というか全く知らない。ただ仲が悪いとだけ」

 正直そんなに深く関わるつもりはなかったし、頼まれごとをされているとは言ってもその件に関しては部外者なんだから、余り聞かない方がいいと思っていた。
 王の使者と言っても、気分は子供のお使いとか、精々が郵便配達人だったし、手紙を届けるだけなんだからそれほど気にする事もないだろうとも。

 だが、そうはいかないらしい。

「そうか。ふむ。ならば話しておこう。我々の関係を」

 そうしてコーキスはグラティースと里の間にあった事について話し始めた。
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