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治癒の神獣

240:ケイノアに依頼しよう

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「はああああぁぁ~~~……」

 パーティー翌日の昼。何処かへ出かけていたケイノアが家に戻ってくると、盛大に溜息を吐きながらボフンッとソファーに倒れ込んだ。

「どうした、そんな声出して。財布でもスられたか?」
「違うわよ。財布なんて収納魔術の中に入ってるんだから」

 それもそうだな。収納魔術の中に入ってるんだったら盗みようなんてないか。

「ならどうした? お前がそんな声を出してあからさまに落ち込むなんて、珍しいだろ」

 こいつの落ち込む理由は、そのお気に入りのお菓子がないとか、仕事をした事への不満とかそんなのだ。

「……ギルドに行ったのよ」

 ギルド? それが何で落ち込む原因になってんだ?
 喧嘩した? いや、スキットの話を聞く限りこいつはギルドでは『眠り姫』何て呼ばれて餌付けされたりしてチヤホヤされてるみたいだから、喧嘩だとしてもここまで落ち込んだりはしないだろう。

 うーん……まあ考えるより聞いた方が早いか。

「で、ギルドでなにがあったんだ?」
「……お金がなかったのよ」
「いつものことじゃないか」

 つい反射でそう言ってしまったが、考えるまでもなくわかっている事だから別に構わないだろう。

「ちっがうわよ! 確かにお金がないのはいつものことかもしれないけど、今回は違うのよ!」

 ケイノアは、俺の言葉を聞くなり横になっていた体を勢いよく起こして叫んだ。

「なにが違うって?」

 俺が問いかけると、ケイノアはソファーに座り直し腕を組み、ブスッとした表情で話し始めた。

「この間アンデットを倒したじゃない? でもアレって元々は動物系の魔物を狩って、その狩ったやつをギルドに提出すれば、狩った魔物の素材分の報酬が加算されるって依頼だったでしょ?」
「そういえばそんなんだったか? ……ああ、そうだ。確かお前の眠りの魔術が重宝するって話で……」
「それよ!」

 その言葉とともに俺を指差して叫ぶケイノアだが、とりあえず俺の顔先に突き出されていた指を掴んで軽く捻る。

「ちょっ!? 痛っ! 何すんのよ!」

 捻られた指が痛くならないようにと、突然のことに若干涙目になりながら体ごと腕を捻り、指を掴んでいた俺のたから逃げ出すケイノア。

「ほれ、早く先を話せ」
「話の腰を折ったのはあんたじゃない! ……まあいいわ。私はあの時いっぱい眠らせたわ。それこそ、使いすぎて自分が眠くなるくらいにね!」

『眠り姫』の由来だな。魔物も自分も眠ってしまうっていう。幸い冒険者は眠らせてないみたいだけど……

「多少冒険者も寝ちゃったけど、それでも他の冒険者もギルドの職員もみんな褒めてくれたわ。これならかなりの金額が楽に稼げるって。実際、私が眠らせて冒険者たちがトドメを指した魔物の買取り予想額はかなりのもので、あんたの借金だって全部返せるくらいだったんだから!」
「……冒険者も眠らせたのか……」

 冒険者を眠らせたってのは初めて聞いたけど、煩く言われてないって事は本当に極小数だったんだと思う。少なくともそのせいで人が死んだって事はないだろう。

「……けど、そりゃすごいな。残りの借金はそれなりにあったはずなんだけどな」
「でしょ!」

 残っていた借金は、こいつじゃ返せないだろうなって俺は思っていたくらいには大きな額だ。
 それを一気に返せるくらいの金額を稼ぐとなると、魔物を狩ったとしても並大抵の量じゃ済まない。こいつはよほど活躍したんだろう。

「でも俺は借金を返してもらってないし、お前も金がないって言ってたな」

 ……って事は、俺が把握していた以外にも借金があってそっちで取られたとかか?

「そう! そうなのよ! あいつら、『狩った魔物をギルド側に渡しても、その時点ではあくまでも確認と運びやすいように集めていただけであり、ギルドに素材を持ち帰るまでは成果には入らない。だから討伐報酬は渡すが、素材分の追加報酬は渡せない』なんて言うのよ! おかしいでしょ!?」

 つまるところあれだ。遠足は帰るまでが遠足ですよ、というのと同じ。魔物の素材を手に入れたところで、それを拠点まで持ち帰ることが出来なければそれは成果とはならない。

 理屈としては当然だろう。先に報酬を確約した場合、帰る途中で他の魔物や賊に襲われ成果に損害が出てしまっても先に決めた報酬は払わなくてはならない。その分損をするのは依頼主──今回の場合はギルドだ。

 まあ、あれだけの戦いで報酬がなかったらそれはそれで問題になるだろうから、多少の色はつけてあるだろうし、国からも幾らかの金は出てると思うけど。

 だとしても、それで借金を全額返せるほどにもらえるかと言ったら無理だ。ケイノアが稼ぐはずだった金額には到底及ばないだろう。

「文句があれば素材を持って来いって言うけど、素材なんて全部アンデット化したわよ!」
「そういえば、あそこには何にもなかったな」

 大半の敵は収納したから取り出せば何かあるだろうけど……アレを取り出すのかぁ……

 俺の収納の中を確認すれば何かしらの素材はあるだろうけど、大半はアレな状態だし、最後のキモい肉の塊に飲まれてたのもあるだろうしで、まともには使えるものはないだろう。

 というか、早くあのキモい肉塊をどうにかしたいな……

 そんな事を考えていると、不意に先日の宴でのグラティースとの会話を思い出した。

「──最後に伝えておくことがあります。コーキスさんから連絡が来ました。都合が良ければ、一週間後の早朝、門が開く時間に来た門で待ち合わせ、との事です」

 あの城でのパーティーの終わりの時、帰ろうとした俺たちはグラティースに挨拶をしたのだが、何故かその時になって伝言を伝えられた。

「先に話してしまうと、宴を存分に楽しめなかったでしょう?」

 そう言われてしまえば反論なんてできない。
 グラティースの言うようにイリンと踊る前にその話をされれば、いろいろな事を考えすぎて、俺は楽しむどころかまともに踊ることもできなかったと思うから正解ではあるが、なんか悔しかった。

 ……それはともかく、その後に続いた言葉がとても不穏なものだった

「現在王国が動いているようです。いつ、なにが、まではわかっていませんが、十分に気をつけてください」

 王国が動いている。で、それを俺に言ってきたってことはつまり、この国にちょっかいを出そうとしているって事だ。それが嫌がらせの類なのか本格的な戦争なのかはわからないが、最悪この街にも被害が出るかもしれない。

 俺がいる時なら何とかしてやる。何て言えないけど、それでも居れば多少は役に立つと思う。

 それに街そのものもだけど、この家だって大事だ。俺が稼いで買ったわけじゃないけど、壊れて欲しくないと思う程度には愛着がある。

 けど俺は街を離れなくちゃいけないし、その間に街中で何かあったら壊れてしまうかもしれない。それはちょっと嫌だ。

「ケイノア。ちょっと提案があるんだけどいいか?」
「う~、なによぉ……」
「疲れなくて一日中家にいられて高額な仕事があるんだが、やりたくないか?」

 だからこいつに守ってもらおう。人間性はアレだけど、実力はある。戦力としては十分だろう。

 俺はケイノアを頷かせるために、パチッ、パチッ、とあえて音を立てながら金貨をケイノアの前に置いていく。

「え? ……え!? なに、それ!? もらっていいの!?」

 食いつくのが早過ぎだと思うが……まあいい。

「これは仕事の報酬、その前払い分だよ。俺とイリンはしばらく出かけるんだが、どうにもここ最近物騒な奴がいるらしい。だからこの家を守っておいて欲しいんだ。できるか?」
「物騒な奴ら? そんな話の聞いた事ないけど、いいわ! やってあげる! ……で、こ、これはもらってもいいのかしら?」
「ああ」

 それが許可を出すと、普段の動きとはまるで違い素早くテーブルの上にあった金を回収していく

「……へへ……えへへ~。お金がこんなにいっぱい……」

 俺は追い討ちをかけるために、硬貨の詰まった袋をジャラリと音を立てながらテーブルの上に出した。

「これは成功報酬だ。俺達が帰ってきた時にこの家が守られていて、なおかつこの家の周りにも被害がなかったらこれをやるよ」

 この家は守ったけど周りの家は消えました~、ってのは嫌だ。
 消える要因が敵の攻撃かケイノアの攻撃かはわからないけど、どっちにしても消えて欲しくない。

 だから確実に守ってもらうために、相場よりもかなり高い額を報酬とした。そうすればケイノアはやる気になると思ったから。

「完全に、何があっても傷一つつける事なくこの家を守ってみせるわ!」

 やる気になってくれたのはいいけど、そのやる気が空回りしない事を願うぞ?
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