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治癒の神獣
239:王の友
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「聞きたいこと、言いたいこともあるでしょうけれど、まずはこちらへどうぞ」
グラティースに促されて席に着いた俺たちの前に飲み物が出される。
「この度は宴に参加してくださってありがとうございます」
「それで、用件は?」
王からの言葉に対してぞんざいに返した俺に対して周りの奴らから視線やら威圧やらが飛んでくるが、俺が何かをする前にグラティースがそちらに視線を向けると、それらはすぐに収まった。
「特に私からはこれといってありません。強いていうのなら、他の者と貴方を会わせておきたかった、というところでしょうか。まあ、私からはそれだけですが、貴方からは何かあるのではないかと思いまして」
他の者ってのは、他の王族、って意味か? だからいつもは人払いしてるのに今日はこんな人がいる所に呼んだのか。
まあいい。それよりも、聞きたいことを聞いていいって言うんなら、存分に聞かせてもらおうか。
「俺はこの国の所属じゃないし、所属するつもりはない。それはお前も分かってるはずだ。なんであんな勲章なんて渡した」
「所属するつもりはない言っても、それは今の時点で、でしょう? いつかはこの国の一員となってくださるかもしれないではありませんか。それに、あなたがこの国に所属しないとしても、少なくとも勝手に敵対するということはないと思いますから」
「……どうしてそこまで信じられる?』
グラティースは俺がこの国を見捨てないと信じてるが、正直言って俺に信用できる要素なんてないと思う。
こいつは俺が勇者だって事を知ってる。なら当然俺が仲間を、国を裏切って逃げてきた事承知しているはずだ。一度裏切った人間をそう簡単に信じられるかって言ったら、少なくとも俺には無理だ。
俺の質問に、グラティースは一瞬の躊躇いを見せたもののすぐに話し始めた。
「最初は苛立ちからだったのでしょうけれど、貴方は王である私に対して敵意をぶつけ、そのあとも対等の立場で振る舞っています」
「気に入らないか?」
「いいえ、逆です。私はこれでもあなたのことを気に入っているのですよ。私のやっている事は各種族の調整役ですが、曲がりなりにも『王』です。私が王になってからは誰もが私を『王』として見ます。まあ当然のことなのですが、それでも『外』を見ていると時折思うのです。もしかしたら別の生き方もあったかもしれない、と」
そこで一旦言葉を止めると、グラティースは手元にあった飲み物に口をつけ軽く目を瞑り、そのまま話を続けた。
「王族である以上は仕事はあったでしょうが、それでも今よりも自由があって、友人や妻と共に遊んでいられる世界があったかもしれない。私と対等として振舞う貴方はそんな、もしかしたら、という夢を感じさせてくれるのです」
……王である以上、その生活は大変だとは理解していた。理解したつもりだった。でも、そうじゃないんだな。
こいつはうまくやっているように見えたが、実際は……
「……ああ、そうは言っても、今の自分に絶望しているわけではありませんよ。生きているのですから当然様々な文句はありますが、それでも楽しんでやっています」
グラティースは閉じていた目を開いて再び俺と向かい合った。
「貴方がこの国に所属するつもりがないというのは存じていますが、出来ることならば、私を一人の友人として認めてはいただけませんか?」
俺を見るその表情は、いつものグラティースらしくなく、どこか強張っているようにも感じられた。
その表情が、その態度が嘘だというのなら、騙されてやろう。その時は、よくも騙したな、と殴りに来てやろう。
──だから今は、こいつを信じよう。
「わかった。これからもよろしく頼む」
「ええ。貴方は今まで通り変わらずにいて下さい」
お互いに握手を交わしながら不敵に笑う。
「さて、新たな友が出来たことは喜ばしいのですが、まだ聞きたい事の途中でしたね。何かありますか?」
握っていた手を離すとグラティースは先ほどよりも真剣な表情になり、俺もそれに釣られて姿勢を正す。
「……なら勲章の正確な効果というか、意味を教えてくれ」
「はい。貴方に渡した勲章は、渡した王──つまりは私が生きている間のみ効力を発揮します。その効果は貴方が国内で罪を犯した時に無罪とし、その責任は全て私が負うというものです。もちろん私が死んだ後もそれなりに効果はあるでしょう。ですが、罪の取り消しなどは出来ず、ただ先代の王に信頼されていた、という証明にしかなりません。なのでそこは気をつけて下さい」
「そもそも罪の取り消しなんてする気はないよ」
「知ってますよ。貴方は易々とは使わないでしょう。だから渡したのですし。とはいえ、それが必要になる場面もあるかもしれません。勲章を持つ事によって発生する面倒事は基本的にこちらで処理しますが、そちらにもある程度は行ってしまうかもしれません。その場合は申し訳ありませんが、ご自身で対処するか、私の方に連絡をお願いします」
多少の面倒程度では割りに合わないほどの特権が手に入るのだから普通なら文句はないだろう。俺もこの段階に至っては断る気なんてない。
「わかった。その時は頼む」
俺が納得して勲章を受け取った事に安堵したのか、グラティースは小さくフッと息を吐き出した。
「ああ、祝いの場だというのに堅苦しい話になってしまいましたね。一応私からの話は終わりましたが、まだ聞きたい事はありますか?」
「いや、ないな」
「そうですか。でしたら、せっかくですので、イリンさんと踊ってきてはいかがですか? 違いはありますが、人間の国のものを参考にしてるのでそれほど大きく外れているという事はないと思いますよ」
その言葉につい顔を顰めてしまう。俺だってその事を考えなかったわけではないのだ。目に着くところで踊られていたら、どうしたって考えてしまう。
だが、俺はダンスなんてまともに踊った事はない。一度だけ王国のパーティーの時に踊ったが、それは脳内に埋め込まれた知識と現実を擦り合わせながら、強化された身体能力で無理矢理なんとかしたものだ。しかも、その時はリードしてくれる相手が用意されていた。
それは例えるのなら、教師が横で読み方を教えながら物語りを音読をしていたようなもの。
多少の互換性はあるものの、リードしてくれ流相手がいない状況で踊れるかと言ったら……
「……多少は知ってるが、踊れるってほどじゃない……」
「そこまで深く考える必要はありませんよ。ただ曲に合わせて適当にくるくると回っていればいいんです。ほら、今踊ってるものたちも、全員だいぶ適当でしょう?」
階下で踊る者たちを見てみると、上手いと思うやつもあまり上手くない、というか下手なやつも混じって踊っている。
「これは宴なのですから、そこまで気にする必要はありませんよ。失敗したところで、元々がそういった失敗を失敗とも思わずに笑い話にするような種族の集まりですから、この国は」
そこまで言われて踊らない、というのも情けなさすぎる。
覚悟を決めろ、俺。どうせイリンと踊ってみたいとは思ってたんだ。
「……あー……ふぅ」
俺は一緒に立ち上がろうとしたイリンを制止して、一人だけ立ち上がりイリンの横に歩いていくと、今度はイリンに向かって跪いき手を伸ばす。
「……俺と踊ってくれないか?」
「はい!」
結果はあれだ……まあ、来て良かったと思ったよ。
……ダンスの練習をする機会があったらもう少し練習しておこうとも思ったけど。
グラティースに促されて席に着いた俺たちの前に飲み物が出される。
「この度は宴に参加してくださってありがとうございます」
「それで、用件は?」
王からの言葉に対してぞんざいに返した俺に対して周りの奴らから視線やら威圧やらが飛んでくるが、俺が何かをする前にグラティースがそちらに視線を向けると、それらはすぐに収まった。
「特に私からはこれといってありません。強いていうのなら、他の者と貴方を会わせておきたかった、というところでしょうか。まあ、私からはそれだけですが、貴方からは何かあるのではないかと思いまして」
他の者ってのは、他の王族、って意味か? だからいつもは人払いしてるのに今日はこんな人がいる所に呼んだのか。
まあいい。それよりも、聞きたいことを聞いていいって言うんなら、存分に聞かせてもらおうか。
「俺はこの国の所属じゃないし、所属するつもりはない。それはお前も分かってるはずだ。なんであんな勲章なんて渡した」
「所属するつもりはない言っても、それは今の時点で、でしょう? いつかはこの国の一員となってくださるかもしれないではありませんか。それに、あなたがこの国に所属しないとしても、少なくとも勝手に敵対するということはないと思いますから」
「……どうしてそこまで信じられる?』
グラティースは俺がこの国を見捨てないと信じてるが、正直言って俺に信用できる要素なんてないと思う。
こいつは俺が勇者だって事を知ってる。なら当然俺が仲間を、国を裏切って逃げてきた事承知しているはずだ。一度裏切った人間をそう簡単に信じられるかって言ったら、少なくとも俺には無理だ。
俺の質問に、グラティースは一瞬の躊躇いを見せたもののすぐに話し始めた。
「最初は苛立ちからだったのでしょうけれど、貴方は王である私に対して敵意をぶつけ、そのあとも対等の立場で振る舞っています」
「気に入らないか?」
「いいえ、逆です。私はこれでもあなたのことを気に入っているのですよ。私のやっている事は各種族の調整役ですが、曲がりなりにも『王』です。私が王になってからは誰もが私を『王』として見ます。まあ当然のことなのですが、それでも『外』を見ていると時折思うのです。もしかしたら別の生き方もあったかもしれない、と」
そこで一旦言葉を止めると、グラティースは手元にあった飲み物に口をつけ軽く目を瞑り、そのまま話を続けた。
「王族である以上は仕事はあったでしょうが、それでも今よりも自由があって、友人や妻と共に遊んでいられる世界があったかもしれない。私と対等として振舞う貴方はそんな、もしかしたら、という夢を感じさせてくれるのです」
……王である以上、その生活は大変だとは理解していた。理解したつもりだった。でも、そうじゃないんだな。
こいつはうまくやっているように見えたが、実際は……
「……ああ、そうは言っても、今の自分に絶望しているわけではありませんよ。生きているのですから当然様々な文句はありますが、それでも楽しんでやっています」
グラティースは閉じていた目を開いて再び俺と向かい合った。
「貴方がこの国に所属するつもりがないというのは存じていますが、出来ることならば、私を一人の友人として認めてはいただけませんか?」
俺を見るその表情は、いつものグラティースらしくなく、どこか強張っているようにも感じられた。
その表情が、その態度が嘘だというのなら、騙されてやろう。その時は、よくも騙したな、と殴りに来てやろう。
──だから今は、こいつを信じよう。
「わかった。これからもよろしく頼む」
「ええ。貴方は今まで通り変わらずにいて下さい」
お互いに握手を交わしながら不敵に笑う。
「さて、新たな友が出来たことは喜ばしいのですが、まだ聞きたい事の途中でしたね。何かありますか?」
握っていた手を離すとグラティースは先ほどよりも真剣な表情になり、俺もそれに釣られて姿勢を正す。
「……なら勲章の正確な効果というか、意味を教えてくれ」
「はい。貴方に渡した勲章は、渡した王──つまりは私が生きている間のみ効力を発揮します。その効果は貴方が国内で罪を犯した時に無罪とし、その責任は全て私が負うというものです。もちろん私が死んだ後もそれなりに効果はあるでしょう。ですが、罪の取り消しなどは出来ず、ただ先代の王に信頼されていた、という証明にしかなりません。なのでそこは気をつけて下さい」
「そもそも罪の取り消しなんてする気はないよ」
「知ってますよ。貴方は易々とは使わないでしょう。だから渡したのですし。とはいえ、それが必要になる場面もあるかもしれません。勲章を持つ事によって発生する面倒事は基本的にこちらで処理しますが、そちらにもある程度は行ってしまうかもしれません。その場合は申し訳ありませんが、ご自身で対処するか、私の方に連絡をお願いします」
多少の面倒程度では割りに合わないほどの特権が手に入るのだから普通なら文句はないだろう。俺もこの段階に至っては断る気なんてない。
「わかった。その時は頼む」
俺が納得して勲章を受け取った事に安堵したのか、グラティースは小さくフッと息を吐き出した。
「ああ、祝いの場だというのに堅苦しい話になってしまいましたね。一応私からの話は終わりましたが、まだ聞きたい事はありますか?」
「いや、ないな」
「そうですか。でしたら、せっかくですので、イリンさんと踊ってきてはいかがですか? 違いはありますが、人間の国のものを参考にしてるのでそれほど大きく外れているという事はないと思いますよ」
その言葉につい顔を顰めてしまう。俺だってその事を考えなかったわけではないのだ。目に着くところで踊られていたら、どうしたって考えてしまう。
だが、俺はダンスなんてまともに踊った事はない。一度だけ王国のパーティーの時に踊ったが、それは脳内に埋め込まれた知識と現実を擦り合わせながら、強化された身体能力で無理矢理なんとかしたものだ。しかも、その時はリードしてくれる相手が用意されていた。
それは例えるのなら、教師が横で読み方を教えながら物語りを音読をしていたようなもの。
多少の互換性はあるものの、リードしてくれ流相手がいない状況で踊れるかと言ったら……
「……多少は知ってるが、踊れるってほどじゃない……」
「そこまで深く考える必要はありませんよ。ただ曲に合わせて適当にくるくると回っていればいいんです。ほら、今踊ってるものたちも、全員だいぶ適当でしょう?」
階下で踊る者たちを見てみると、上手いと思うやつもあまり上手くない、というか下手なやつも混じって踊っている。
「これは宴なのですから、そこまで気にする必要はありませんよ。失敗したところで、元々がそういった失敗を失敗とも思わずに笑い話にするような種族の集まりですから、この国は」
そこまで言われて踊らない、というのも情けなさすぎる。
覚悟を決めろ、俺。どうせイリンと踊ってみたいとは思ってたんだ。
「……あー……ふぅ」
俺は一緒に立ち上がろうとしたイリンを制止して、一人だけ立ち上がりイリンの横に歩いていくと、今度はイリンに向かって跪いき手を伸ばす。
「……俺と踊ってくれないか?」
「はい!」
結果はあれだ……まあ、来て良かったと思ったよ。
……ダンスの練習をする機会があったらもう少し練習しておこうとも思ったけど。
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