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獣人達の国
144:楽しもう
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…とりあえずこれからどうするか。
ガムラとキリーの試合は見ておきたいが、それは午後からだ。
一旦合流しても良かったんだが、どこにいるかわからないし、あらかじめ今日の予定を聞いていなかったのでどこにいるのかもわからない。探しに行くことはまず無理だろう。
となると、もうどうしようもないので適当に祭りを回った後にここで待ち伏せをして午後の再開時に見つけるくらいしかないだろう。こういう時は、日本に限らず地球の技術が欲しくなる。ケータイでもスマホでもあれば連絡なんてすぐつけることができるのに。なんならトランシーバーでもいい。とにかく連絡がつけられればいいんだから。
因みにそう言ったものは俺が城から持ってきた『宝』の中にはなかった。あっても良さそうなもんだと思ったんだけど、そういえば通信の魔術具は普通にあったなと思い出した。以前俺が王国から逃げ出す時に「通信の魔術具を使えないから~」みたいなことを言った気もする。
まあ要所要所には置いてあるんだと思う。各街に一つづつくらいか? 村にまでは無い筈だ。そんなもの置いておいてもすぐに野盗なんかに襲われて奪われるからな。置いてあるのはある程度自衛ができる場所だけだろう。
だけど、実際に俺が通信の魔術具を持っていたとして、それを使うのかと言ったら疑問だ。
だって使う相手がいないし……。
いやこれはあれだぞ? 別に友達がいないとかいうさみしい感じのやつじゃなくてだな、通信の魔術具を持っている者が少ないってだけだ。
通信の魔術具は宝物庫において置くようなものでは無いとはいえ、その値段はかなり高い。その上限られたものしか手に入れることができない。
それというのも、そうほいほい遠距離で連絡を取り合うことができるようになって仕舞えば、密偵なんかが大活躍することになるだろう。自国のものだけが使えるのなら便利ではあるが、一般に出回ってしまえばそんなことは出来るはずがない。
なので通信の魔術具は国が認めた相手にしか売ることはない。少なくとも王国ではそうだった。この国では知らないけど、多分そう違いはないと思う。
まあここまで言っておいてなんだけど、そもそも通信の魔術具を持ち歩くことはできない。制限がかけられているからとかではなく純粋に持ち歩くことができないのだ。大きすぎて。
俺の知識の中にある通信の魔術具はそれなりに大きかった筈だ。昔の日本で持ち運び電話が出始めた当初の肩掛け型を思い浮かべてくれればいい。あれは携帯しているけど携帯電話ではないと思う。少なくとも俺はあれを持ち運んでまで電話をしたいかっていうとしたくはない。
だが、あれだってこの世界ではかなりすごいものだろう。出たばかりの持ち運び電話だって、今のケータイやスマホを知っているからこそこう言っていられるが、出たばかりの時はすごいすごいと言われていたに違いない。
まあ結局はそれだけの大きさの通信の魔術具があったとしても、一般人は持ち歩かないからあっても無駄なのだ。
俺なら<収納>に入れておけば持ち運ぶこと自体は可能だし、他の人も収納具の中に入れておけば持ち歩くことは出来るが、そうすると今度は肝心の通信ができなくなってしまう。そうなれば本末転倒だ。せっかく高い金を払っても意味がない。
……話がだいぶ逸れたが、結局は連絡がつかないんだから適当に回るしかないってことだ。
「イリン。何か欲しいものとか行きたい場所とかあるか? 金は有り余ってるし、ちゃんと伝えなかったお詫びに奢るぞ」
「そんな! そのような恐れ多いことはできません!」
そういうと思ったが、そうはいかない。
「まあ聞け。俺はこれから色々祭りを回るつもりだが、お前は付いてくるんだろ?」
「はい」
一瞬の間もなく即答されるとそれはそれで不安になるけど……。まあそれはおいておこう。
「だろ? 俺が色々買って祭りを楽しんでいるのに、付いてくるお前が何もないんじゃ周りからおかしく思われるかもしれない。俺はできるだけ目立ちたくないんだ。だから一緒にいるんなら一緒に祭りに参加してもらいたい」
誰もそこまで見ていないだろうが、そう言わないとイリンを納得させることはできないだろう。
「それは……。……思い至らずに申し訳ありませんでした。では私も自費で何か買うことにします」
「だが、さっき全財産使ったって言ってなかったか?」
「それは私の責任です。ご主人様にご迷惑はおかけできません」
……むぅ。頑なだなぁ……。何か適当な理由はないか?
「……いや。やっぱり奢らせて欲しい。こういう時は男が奢るもんだろ。俺が奢らないと目立つかもしれない」
そんな事はないとわかってはいるが、それ以外にまともな言い訳が思いつかなかった。
「ですが……」
いつもならすぐに了承するのに、今日はいまだに難色を示しているイリン。俺と違って一度決めた事はやり通すからな、こいつは。
「いいから。──行くぞ!」
「あっ……」
俺はこのままでは平行線になると思い、イリンの了承を得る事なくその手を取り歩き出す。
つい先日はまともに手を繋ぐことすら怯んでいたのに、今はこうも簡単にできている。どうも俺は祭りの雰囲気に浮かれているようだ。でなければこんなことはしていないだろう。
イリンを治すまでは、といろんなところで言い訳をしていたのに今はイリンと一緒に歩き、祭りを楽しもうとしている。やっぱり俺には覚悟も信念も何もかもが足りない。そんな自分を思うと苛立ち、自然と眉がよってしまうが、繋いだ手から感じる暖かさが俺の苛立ちをやわらげてくれる。
「どうかしましたか?」
最初は戸惑っていたイリンだが、既に遠慮なんてしていない。離すまいと俺の手をがっしりと掴んでいる。握っているではなく掴んでいる。多分、もう俺が手を離したとしてもそう簡単には離れないのではないだろうか。
だが、俺の苛立ちが伝わったのかイリンは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「……なんでもない。さあ行こうか。せっかくの祭りだ。楽しもう」
「はい!」
信念も覚悟も誇りも無くて、中途半端で不甲斐ない俺だけど、今だけは許してもらえないだろうか──。
ガムラとキリーの試合は見ておきたいが、それは午後からだ。
一旦合流しても良かったんだが、どこにいるかわからないし、あらかじめ今日の予定を聞いていなかったのでどこにいるのかもわからない。探しに行くことはまず無理だろう。
となると、もうどうしようもないので適当に祭りを回った後にここで待ち伏せをして午後の再開時に見つけるくらいしかないだろう。こういう時は、日本に限らず地球の技術が欲しくなる。ケータイでもスマホでもあれば連絡なんてすぐつけることができるのに。なんならトランシーバーでもいい。とにかく連絡がつけられればいいんだから。
因みにそう言ったものは俺が城から持ってきた『宝』の中にはなかった。あっても良さそうなもんだと思ったんだけど、そういえば通信の魔術具は普通にあったなと思い出した。以前俺が王国から逃げ出す時に「通信の魔術具を使えないから~」みたいなことを言った気もする。
まあ要所要所には置いてあるんだと思う。各街に一つづつくらいか? 村にまでは無い筈だ。そんなもの置いておいてもすぐに野盗なんかに襲われて奪われるからな。置いてあるのはある程度自衛ができる場所だけだろう。
だけど、実際に俺が通信の魔術具を持っていたとして、それを使うのかと言ったら疑問だ。
だって使う相手がいないし……。
いやこれはあれだぞ? 別に友達がいないとかいうさみしい感じのやつじゃなくてだな、通信の魔術具を持っている者が少ないってだけだ。
通信の魔術具は宝物庫において置くようなものでは無いとはいえ、その値段はかなり高い。その上限られたものしか手に入れることができない。
それというのも、そうほいほい遠距離で連絡を取り合うことができるようになって仕舞えば、密偵なんかが大活躍することになるだろう。自国のものだけが使えるのなら便利ではあるが、一般に出回ってしまえばそんなことは出来るはずがない。
なので通信の魔術具は国が認めた相手にしか売ることはない。少なくとも王国ではそうだった。この国では知らないけど、多分そう違いはないと思う。
まあここまで言っておいてなんだけど、そもそも通信の魔術具を持ち歩くことはできない。制限がかけられているからとかではなく純粋に持ち歩くことができないのだ。大きすぎて。
俺の知識の中にある通信の魔術具はそれなりに大きかった筈だ。昔の日本で持ち運び電話が出始めた当初の肩掛け型を思い浮かべてくれればいい。あれは携帯しているけど携帯電話ではないと思う。少なくとも俺はあれを持ち運んでまで電話をしたいかっていうとしたくはない。
だが、あれだってこの世界ではかなりすごいものだろう。出たばかりの持ち運び電話だって、今のケータイやスマホを知っているからこそこう言っていられるが、出たばかりの時はすごいすごいと言われていたに違いない。
まあ結局はそれだけの大きさの通信の魔術具があったとしても、一般人は持ち歩かないからあっても無駄なのだ。
俺なら<収納>に入れておけば持ち運ぶこと自体は可能だし、他の人も収納具の中に入れておけば持ち歩くことは出来るが、そうすると今度は肝心の通信ができなくなってしまう。そうなれば本末転倒だ。せっかく高い金を払っても意味がない。
……話がだいぶ逸れたが、結局は連絡がつかないんだから適当に回るしかないってことだ。
「イリン。何か欲しいものとか行きたい場所とかあるか? 金は有り余ってるし、ちゃんと伝えなかったお詫びに奢るぞ」
「そんな! そのような恐れ多いことはできません!」
そういうと思ったが、そうはいかない。
「まあ聞け。俺はこれから色々祭りを回るつもりだが、お前は付いてくるんだろ?」
「はい」
一瞬の間もなく即答されるとそれはそれで不安になるけど……。まあそれはおいておこう。
「だろ? 俺が色々買って祭りを楽しんでいるのに、付いてくるお前が何もないんじゃ周りからおかしく思われるかもしれない。俺はできるだけ目立ちたくないんだ。だから一緒にいるんなら一緒に祭りに参加してもらいたい」
誰もそこまで見ていないだろうが、そう言わないとイリンを納得させることはできないだろう。
「それは……。……思い至らずに申し訳ありませんでした。では私も自費で何か買うことにします」
「だが、さっき全財産使ったって言ってなかったか?」
「それは私の責任です。ご主人様にご迷惑はおかけできません」
……むぅ。頑なだなぁ……。何か適当な理由はないか?
「……いや。やっぱり奢らせて欲しい。こういう時は男が奢るもんだろ。俺が奢らないと目立つかもしれない」
そんな事はないとわかってはいるが、それ以外にまともな言い訳が思いつかなかった。
「ですが……」
いつもならすぐに了承するのに、今日はいまだに難色を示しているイリン。俺と違って一度決めた事はやり通すからな、こいつは。
「いいから。──行くぞ!」
「あっ……」
俺はこのままでは平行線になると思い、イリンの了承を得る事なくその手を取り歩き出す。
つい先日はまともに手を繋ぐことすら怯んでいたのに、今はこうも簡単にできている。どうも俺は祭りの雰囲気に浮かれているようだ。でなければこんなことはしていないだろう。
イリンを治すまでは、といろんなところで言い訳をしていたのに今はイリンと一緒に歩き、祭りを楽しもうとしている。やっぱり俺には覚悟も信念も何もかもが足りない。そんな自分を思うと苛立ち、自然と眉がよってしまうが、繋いだ手から感じる暖かさが俺の苛立ちをやわらげてくれる。
「どうかしましたか?」
最初は戸惑っていたイリンだが、既に遠慮なんてしていない。離すまいと俺の手をがっしりと掴んでいる。握っているではなく掴んでいる。多分、もう俺が手を離したとしてもそう簡単には離れないのではないだろうか。
だが、俺の苛立ちが伝わったのかイリンは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「……なんでもない。さあ行こうか。せっかくの祭りだ。楽しもう」
「はい!」
信念も覚悟も誇りも無くて、中途半端で不甲斐ない俺だけど、今だけは許してもらえないだろうか──。
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