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獣人達の国

145:既視感

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「お疲れ様」

 イリンと適当に祭りを回っていると時間になったので大会の会場の入り口に向かうと、そこにはキリーとなぜか不機嫌そうなガムラの姿があった。

「ああ、ありがとう。……で、どうしたんだそれ。なんかあったのか?」

 ガムラのことを指差しながら言うと、キリーは苦笑いしながら教えてくれた。

「あんたが負けたことに腹を立ててるみたいだね」

 なるほどな。こいつは俺と再選したがってたし、無理もないのか?
 だが、このままなんの言い訳のもなく終われば機嫌は悪いままだろう。俺は用意しておいた言い訳を使う。

「そうは言うが、あれは仕方がないだろ。所詮は予選だと思ってたのにあんなのが出てきたんだぞ? なんの準備もしていない状態で相手できるわけないだろ」

『あんなの』とは俺に食いかかってきた赤い髪の女性の事だ。あれは多分それなりに名のしれた奴ではないだろうか。あれで無名だったら、あんなのがそこらへんにうようよいることになる。それはないだろう。もしいるんだったら、獣人の国はどんな人外魔境だって話だ。

「……ありゃぁ『赤刃』だ。負けんのは仕方がねえ」

『赤刃』? あいつの呼び方か?んー、冒険者の二つ名だろうか?

「だがな、おめえ最後に手ェ抜いただろ」

 ……バレてたか~。まあその可能性もあるかな~、とは思ってたんだけど、本当にバレるとは……。

「真面目に戦って負けんのは仕方がねえ。そりゃ相手の方が上だったってだけだからな。だけどよ、手ェ抜いて負けるってのは許せねえよ」

 ……こいつにとってはそれほどまでに大事なものだったのか……。
 こいつにはこいつなりの何か覚悟や信念のようなものがあるんだろう。それを知らずにとはいえ蔑ろにする行為は許せるものではなかったのだろう。

「すまな──」
「これじゃ俺がお前と戦えねえじゃねえかよ! お前と戦えると思って昂ぶりはどうすりゃいいんだよ!」

 うん。違ったわ。こいつの信念とかじゃなくて、ただ単にこいつが戦いたかっただけだわこれ。

「俺はやっとお前と戦えるって楽しみにしてたんだぜ!?」
「いや知らねえよそんなこと」

勝手にどうにかしてくれ。

「そんなこと言うなよぉ。……そうだ! せっかくだからこれから訓練場行こうぜ!」
「何が折角なのか分からないし、お前これから試合だろうが。せめて試合が終わってからにしろよ」

 俺が呆れていると、何を思ったのかガムラはその凶悪な顔を歪めて笑った。

「そうだな! じゃあ試合が終わったら待ってろよ!」

 そう言い残すと控え室へと走っていった。

「……なんだか最後の言葉、ちょっとおかしくなかったか?」

 試合が終わったら待っていろとはどう言う意味だろうか?勿論待ち合わせの約束のようにも思えるが、なんだか違う気がする。

「あ~、あれは多分あんたの言った『試合が終わってから』って言葉を『試合が終わったら戦ってやる』と勘違いしてんじゃないのかねぇ」
「は? 俺戦わないぞ?」
「それは本人に言いな。……聞くかは分からないけどね」
「マジか……」

 ガムラのさっきの言葉は、長く付き合いのあるキリーがそう言うんだから多分そう言う意味であってるんだろう。というかもう俺にもそうだとしか思えないし。

「ククッ。まあ相手してやったらどうだい?」
「……他人事だと思ってるだろ」
「実際他人事だからね。仕方がないだろう?」

 はぁ……。なんとかならないものか。

「……キリーは試合の準備をしなくていいのか?」
「まだガムラの試合も始まってないからね。私の試合まではまだまだ余裕があるよ」

 俺の状況を楽しんでいるキリーに、ちょっと八つ当たり気味にそう言うが、キリーはそれすらも楽しんでいるように見える。……ちょっと悔しい。

「──って言っても、試合が早まる事はあるし、もう行くとしようかね」

 キリーはそう言うと手を振ってからガムラと同じように控え室の方に歩いて行った。

「俺達も観客席に行くか」
「はい」

 ガムラの試合は観ておかないとだよな。俺が負けた上に、自分の戦いを見てなかったとなれば後でうるさいだろうな。
 まあこれも祭りの娯楽として楽しむとするか。俺、こういう感じのやつ参加した事なかったし丁度良い機会だと思うことにしよう。



「どうだアンドウ! 俺の戦いを見たか!?」

 そろそろ日が落ち始める時間帯。今日の試合が全て終わったので、合流しようと思い昼と同じように入ってすぐのホールで待機していると、今にも誰かを食べ出してしまいそうな凶悪な顔をしたガムラがキリーと共にやって来た。

「ああ見た見た。見たから落ち着け」
「んだよ、それだけか~? もっとなんかねえのかよ?」
「……お前酔ってないよな?」

 いつにも増して絡みがうざいガムラを見て、もしやこいつは酔っているのではなかろうか?と思って一緒にいたキリーに顔を向ける。

「あたしは知らないよ。あたしが合流した時からそんなだったんだ。……ん? あたしがあった時にはもう少しマシだったかね?」
「……合流した後に何かなかったのか?」
「何もなかったと思うけどねぇ。……精々予選突破を褒めたぐらいだと思うよ」

 ……ああ、それだ。ガムラはキリーに褒められて舞い上がってるんだろう。

「まあ理由はいいとして、こいつどうにかならないか?」
「ならないね。……いや、あんたが今から戦ってやるって言えば収まるんじゃないかい?」
「や──」
「なんだ戦ってくれるのか!?」

 俺が嫌だという前に割り込んできた。どんだけ戦いたいんだよ! もう今日は大会に出たんだから十分だろう!?

「やだよ。俺はゆっくりしたいんだ」
「ククッ、まあその辺りにしておきな、ガムラ。それよりあたしはすぐに帰るけど、あんた達はどうすんだい?」
「すぐに……? ああ店か。大変だな」
「まあ稼ぎどきだからね。でも仕込み自体はもう終わってるからそれほど大変ってわけでもないよ」
「それでも体を壊さないようにしろよ? 俺たちはまだしばらく回ってから戻るよ」
「はいよ。で、あんたはどうすんだい?」
「あー。俺も戻らぁ」

 急に大人しくなったガムラに違和感を持ったが、まあキリーと帰れるからではなかろうか。



 二人を見送ってまだ暗くなっていない空を眺めてから俺たちは再び祭りを楽しむために歩き出す。

「待てっ!」

 ──事は出来なかった。

 ……こんな感じのこと、以前にも起こったことがあるような気がする。すごい既視感だ。
 
 正直後ろを振り向きたくはないなぁ。
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