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獣人達の国

143:予選落ち

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 大会の予選で負けること。

 それが俺の目的。俺が大会に出ることを承諾した理由。

 本当はもっと目立つことなく適当なところで足を踏み外した感じで場外に出ようとしたんだが、この女が乱入したせいで計画が狂った。

 まあこんなのがいれば負けても仕方がないとガムラを説得できるから良しとしよう。流石にこいつの戦いを見ればガムラだって納得するだろう。……するよな? きっとする筈だ。でなければ困る。

 俺は吹き飛ばされた時に受け身を取りはしたが、それでも全身が痛い。俺はバレない程度に『宝』で身を固めているんだが、その上からでもダメージが通るってどんだけ力込めたんだよ。魔術具の防御がなかったら重症だったんじゃないか?
 ただでさえ俺は勇者として呼ばれた奴の中じゃ一番弱いんだから手加減くらい欲しいね。

 俺は立ち上がり、退場しようとするが……

「……ふっ、ざけんなあ!!」

 だが、どうあっても俺の期待どおりには進まないらしい。女が怒りを露わにしてこちらに近づいてきた。

 その足取りはゆっくりではあるものの、一歩一歩確実に距離を詰めている。

 咄嗟のことで動けなかった大会の運営もその様子を見てこのままではまずいと思ったのか、俺の前に現れ武器を構えた。

「止まって下さい! 敗者への故意の攻撃は禁止されています!」

 だがそれでも女の歩みは止まらない。

「警告はしましたよ。……やれ!」

 運営側の人達が迷いながらも女に仕掛けたが、その程度では意味がなかった。

 最弱とは言っても勇者をまともに相手して善戦どころかおすような奴に対して一般の警備兵くらいじゃ簡単に終わってしまう。
 剣を構えた者も槍を構えた者も盾を構えた者も、全てが同じように弾かれ吹き飛んでいった。

 流石は警備兵といったところか。吹き飛ばされてもすぐに動けるようになっているところを見ると彼らも俺と同じようになんらかの魔術具を持っているのだろう。
 だがそれでもすぐに動ける様になるというのは疑問が残る。恐らくはあの女も意識か無意識かは知らないけど、ちゃんと加減はしていたんだろう。でなければ、警備兵の全員が俺の持つ『宝』以上の魔術具を持っていることになってしまう。それはないだろう。

 そしてその兵らが時間を稼いでいる間に追加できた援軍が魔法を使い、光の帯の様なもので女を縛り上げる。
 魔法に対しての抵抗力というか対応能力は低いのか、素直に捕まった女。

 これで終わりだ。

「あああああああ!」

 そう安心した警備の者達の期待を裏切る様に女は自身を縛る魔法の帯を力任せに引きちぎった。

 そして再び取り押さえようとした兵たちを先ほどと同じ様に吹き飛ばす。今度は先ほどよりも力を入れていたのか、兵たちは起き上がらない。

 そして女が今度こそと俺の方に足を向け歩き出したところで、その歩みが止まる。

「……どこにいった……」

 だがそれを予想していた俺はこっそりとその場から逃げ去っていたのだ。現在は探知で女の状況を確認しながらイリンの待つ場所に向かっている最中だ。

 待ち合わせの場所に着くと、もういいだろうと探知を解き人ごみに紛れる。遠くからなんだか怒り狂った獣の咆哮のようなものが聞こえるが、気のせいだろう。

「お疲れ様でした」
「ありがとう。悪かったな、こんなところで待たせて。もっと人が少ないものだと思ってたんだが……」

 現在は大会の会場である建物の中、正面から入ってすぐのホールにいるのだが、そこは人で溢れていた。

 そんな中待たせてしまったのだから少し申し訳なく思う。

「にしてもなんでこんなに人が多いんだ?」

 今日は予選だし、観客席は賑わっても、ここがこれ程までに混雑するとは思ってもいなかった。なんでこんなに人が多いんだろうか?

「あちらで賭けをおこなっているからではないでしょうか?」

 イリンが手で示す方向には人ごみの中でもたしかに人がより密集している感じがした。

「賭け、か……」

 まあこういうイベントでは定番だな。横を見ると騎士のような厳つい格好をしたものが控えているので、問題は起こらないと思う。出来れば客の整理なんかもしてほしいが、それだと安全の確保という点でダメなのだろう。

「……どうせならガムラとキリーに賭けてみるか?」

 キリーの実力は知らないが、ガムラはあれほど自信を持って本戦に出場するといっていたので、勝つ確率は高いだろう。
 もし負けたとしても話の種にはなるから完全な無駄ということはない。

 ……俺は金を稼ぐ手段はあるんだし、今は金に困ってないんだからガムラには悪いけど、負けてもらったほうがいいんじゃないか? だってそうすれば俺が予選で負けたことに何も言われないだろ? 自分も負けてんだから。

 そうなるといいなぁ。なんて思いながらも賭けに行くために歩き出そうとしてイリンのことを思い出した。
 正確にはイリンのことをというか、イリンとはぐれてしまうのではないかという事を、だ。この人混みの中では、子供でなくとも簡単にはぐれてしまうだろう。

 俺はイリンに一緒に行くかここで待ってるかを聞こうと思い、イリンを見たが、その様子はどことなく落ち込んでいるように見える。

 いつもであるのなら、イリンは俺といる時にはしっぽが揺れているが、今はその揺れが小さい気がする。
 いつもの尻尾の揺れが俺の勘違いや自意識過剰とかでないのなら、ではあるけれど違うと思う。

「どうかしたか?」

 とりあえずわからないので聞いてみる。
 まともに答えるかはわからないけど、聞かないことには何もわからないままだ。

「あっいえ、なんでもありません。申し訳ありませんでした」

 ……まあそう言う気はしてたよ。

 だが俺もそのまま引くつもりはない。未だヘタレて覚悟の付いていない中途半端な俺だが、だからこそこういう対処できるところはしっかりと対処していきたい。

「何もないならそれでいいんだが、何かあるんなら話してくれないか?」
「……。……実は私も賭けをしていたのです」

 ああ、俺に賭けたのか。それで俺が負けたからがっかりしてたって感じか。

「そうか、それは悪かったな。初めから負ける気だったんだからちゃんと言っておけばよかったな」
「いえっ! ご主人様の思惑を読み取ることのできなかった私が悪いのです」

 確かに賭けは負けたとしても自業自得と言えるが、一言言っておけば仲間を止められたという意味では俺も悪いのかもしれない。

「まあ、せっかくの祭りなんだ。一緒に回らないか?」
「はい!」



 ……そういえばイリンは俺にいくら賭けてくれたんだろう? 聞いたら答えてくれるかな?

「私の全財産をかけました」
「え?」
「もちろん今後必要な金額は残しておりますが、その他のものは全て使いました」

 ……それは本当に申し訳ないことをしたな。そこまでしているとは思わなかった。今後はちゃんと伝えておこう。
 とりあえず今日は俺の奢りということで祭りを楽しんでもらおうかな。

「あっ! 以前ご主人様からいただいた貴金属類やお金はまだしっかりと持っていますのでご安心ください!」

 ……それはご安心できないわ~。どうせならそれを先に使って欲しかったよ。
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