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第28章 裏・春の精コンテスト
明日
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朝まで飲み続けるという虎さんたちに退席を詫びて、僕はお先に休むことにした。
すでに夜半過ぎ。賑やかな客棟を出れば、城内はひんやりと闇に沈んでいる。
繻子那嬢と壱香嬢も送らねばと思ったが、「まだまだ飲み足りないので」と、宴会に残るそうだ。あれほど飲んでまだ足りないとは……さすが虎の女性。
王女ともすっかり打ち解けたようで、心から楽しそうな様子に、見ているこちらまで嬉しくなって、ほっこりしながら退出した。
ほっこりしたのは心だけではない。
『春の精』に選んでもらったことで、ゴブショット羊毛や薬草などの取引と値引き、販路拡大の際の援助と協力も確約されたのだから、商売の面でもほっこり、というか、正直ウハウハである。
そして――エルバータの元皇族や貴族たちの監視担当とも、密に情報をやり取りする彼らの情報によると、各地の監視担当から「言動から推測するに、隠し財産はまだ存在する」という報告が上がってきているらしい。が、今のところ手がかりはないとのこと。
しかし。
僕は今、その『手がかり』を持っているのだ。
「んじゃ、俺たちは戻ってあいつらの相手してくる。アーネストは先に休んでろよ。俺らがいなくても、ちゃんとあったかくして寝るんだぞ?」
「ちょっと待って、寒月、青月」
僕を部屋まで送ってくれた二人がお客様のところへ戻ろうとしたのを引き留め、ジェームズが送ってきた手紙を見せた。
奪い合うようにしてそれを読んだ彼らの目に、興奮の色が浮かぶ。
「……マジか。どうなってんだ、アーネストの執事」
「俺らや八尋たちすら掴めなかった情報を、いったいどうやって」
「ジェームズは昔から、なんでも知ってるから」
「いやいや、これは物知りじーさんのレベルじゃねえぞ?」
「実は執事を装った諜報員なんじゃないのか……?」
まあ、二人が目の色を変えるのも無理はない。
だってジェームズが手紙に書いて寄越したのは、件の『元皇侯貴族たちの隠し財産』が保管されていると思しき場所の情報だったのだから。
ジェームズは、ダースティンにしか住んだことのない僕と違って、祖父や母上に随行して帝都や複数の王領地に滞在したことがあるし、人嫌いなわりに人脈も広い。昔からなぜか貴族のご婦人にモテモテなせいだろうか。
博識で記憶力もすごくて、なんでも教えてくれた自慢の執事のジェームズ。
だからこの手紙の内容に驚きはしたけど、彼が財産の隠し場所を突き止めたから驚いたというより、もう年なのに関節痛やら頻尿やらを押して、よく調べ回ってくれたものだという驚きと感謝のほうが強い。
「ちなみに信憑性はどのくらいあると思う?」
青月が遠慮がちに訊いてきたので、僕は満面の笑みで答えた。
「絶対間違いない! ジェームズは、やると決めたらやるし、僕にいいかげんなことは言わない」
そろって目を丸くした双子が、これまたそろってフッと笑った。
「さすがアーネストの育ての親だな」
「う?」
寒月の言葉に目をぱちくりさせた僕に、青月も「ああ」とうなずいた。
「アーネストとよく似てる。やると決めたらやる、いいかげんなことは言わない」
「そ、う?」
似ているだろうか。ジェームズのほうがずっと頼りになるし万能だけど……でも、二人がそう思ってくれているのなら嬉しいな。
「えへへっ」
ちょっとほっぺを火照らせながら笑ったら、双子が「「くっ」」と変な声を出して、いきなり抱きしめてきた。
「なんだその顔は~可愛すぎるんだよ! あーもう、どけ青月!」
「てめえがどけ寒月。アーネスト、もっと笑って?」
そんなふうに言われたら、恥ずかしくて笑えない。
僕はさらに顔を熱くして、「そ、その手紙の内容」と話を変えた。
「八尋様や灯曄様たちにも、伝えてもらって大丈夫かな……?」
「「ああ、もちろんだ」」
「じゃあ、もう戻らないと……あんまりお客様をお待たせしてはいけないし」
双子の背中を軽く押すと、寒月が「よし」と力強くうなずいた。
「とりあえず、今夜はゆっくり休んどけよアーネスト。俺たちへのご褒美は、明日ってことで!」
「ご褒美?」
「アーネストが勝利したら、ピュルリラとアガーテの力作を着て見せてくれるって、約束したもんなー? 楽しみすぎて昇天しそうだぜ!」
「……あっ!」
そうだった! あのドレスとあの下着! すっかり忘れてた……!
「そ、そそそそれは、その、あの」
あわあわと前言撤回の言いわけを探す僕に、青月もうっとりと微笑んだ。
「桃マルムのお墨付きだし」
「えっ? ももも桃マルムは、お墨付きなんて与えませんけど!?」
「恥ずかしがるお前も、この上なく可愛い」
「ああ。もうこのまま食っちまいてえ」
切れ長の目尻をほんのり赤く染めた青月と、愛しくてたまらないという目で煽情的に見つめてくる寒月と。
左右から、チュ、チュ、と音を立てて頬に触れた唇は、少しずつ場所を変えて……
「……ん……」
ついばむだけだった口づけが、いつしか深まっていた。二人と代わる代わる舌を絡めるたび、熱い吐息がこぼれる。
口内を探られる動きが、深部へと受け入れる行為を思い出させた。その連想の卑猥さに、下腹が熱を帯びる。僕は、僕は、なんていやらしいことを考える人間になってしまったんだろう……!
「お酒くさい」
自分の破廉恥っぷりをごまかすためそう呟いたら、双子は「そうだった」「すまん」と苦笑して、未練たっぷりのキスで締めてから身を離した。
……未練たっぷりなのは、僕のほうだったかもしれないけど……。
今度こそ宴会へ戻っていった二人の、広い背中を見送って、僕は火照る頬に両手を押し当てた。
明日……明日、か。
そうか、明日……。
いや、次の夜という意味なら、正確には今日の夜か?
どちらにせよ、体力温存して臨まねば。薬草茶も今日は滋養強壮効果を重視して……って、なに!? このやる気満々な発想!
「…………ぐぎゃーっ!」
恥ずかしい! 自分の発想のすべてが恥ずかしい!
普通はどうやって『そのとき』を待つものなの?
わからぬ……恋愛初心者には、このエッチい待機時間の過ごし方がわからぬ!
とりあえず桃マルムを両手でつつんで奇声を発しながら、部屋の中をウロウロしたり転げ回ったりして過ごした。
もしもこの様子を誰かに目撃されていたならば、『怪しげな儀式が行われている』と衛兵を呼ばれていたかもしれない。
すでに夜半過ぎ。賑やかな客棟を出れば、城内はひんやりと闇に沈んでいる。
繻子那嬢と壱香嬢も送らねばと思ったが、「まだまだ飲み足りないので」と、宴会に残るそうだ。あれほど飲んでまだ足りないとは……さすが虎の女性。
王女ともすっかり打ち解けたようで、心から楽しそうな様子に、見ているこちらまで嬉しくなって、ほっこりしながら退出した。
ほっこりしたのは心だけではない。
『春の精』に選んでもらったことで、ゴブショット羊毛や薬草などの取引と値引き、販路拡大の際の援助と協力も確約されたのだから、商売の面でもほっこり、というか、正直ウハウハである。
そして――エルバータの元皇族や貴族たちの監視担当とも、密に情報をやり取りする彼らの情報によると、各地の監視担当から「言動から推測するに、隠し財産はまだ存在する」という報告が上がってきているらしい。が、今のところ手がかりはないとのこと。
しかし。
僕は今、その『手がかり』を持っているのだ。
「んじゃ、俺たちは戻ってあいつらの相手してくる。アーネストは先に休んでろよ。俺らがいなくても、ちゃんとあったかくして寝るんだぞ?」
「ちょっと待って、寒月、青月」
僕を部屋まで送ってくれた二人がお客様のところへ戻ろうとしたのを引き留め、ジェームズが送ってきた手紙を見せた。
奪い合うようにしてそれを読んだ彼らの目に、興奮の色が浮かぶ。
「……マジか。どうなってんだ、アーネストの執事」
「俺らや八尋たちすら掴めなかった情報を、いったいどうやって」
「ジェームズは昔から、なんでも知ってるから」
「いやいや、これは物知りじーさんのレベルじゃねえぞ?」
「実は執事を装った諜報員なんじゃないのか……?」
まあ、二人が目の色を変えるのも無理はない。
だってジェームズが手紙に書いて寄越したのは、件の『元皇侯貴族たちの隠し財産』が保管されていると思しき場所の情報だったのだから。
ジェームズは、ダースティンにしか住んだことのない僕と違って、祖父や母上に随行して帝都や複数の王領地に滞在したことがあるし、人嫌いなわりに人脈も広い。昔からなぜか貴族のご婦人にモテモテなせいだろうか。
博識で記憶力もすごくて、なんでも教えてくれた自慢の執事のジェームズ。
だからこの手紙の内容に驚きはしたけど、彼が財産の隠し場所を突き止めたから驚いたというより、もう年なのに関節痛やら頻尿やらを押して、よく調べ回ってくれたものだという驚きと感謝のほうが強い。
「ちなみに信憑性はどのくらいあると思う?」
青月が遠慮がちに訊いてきたので、僕は満面の笑みで答えた。
「絶対間違いない! ジェームズは、やると決めたらやるし、僕にいいかげんなことは言わない」
そろって目を丸くした双子が、これまたそろってフッと笑った。
「さすがアーネストの育ての親だな」
「う?」
寒月の言葉に目をぱちくりさせた僕に、青月も「ああ」とうなずいた。
「アーネストとよく似てる。やると決めたらやる、いいかげんなことは言わない」
「そ、う?」
似ているだろうか。ジェームズのほうがずっと頼りになるし万能だけど……でも、二人がそう思ってくれているのなら嬉しいな。
「えへへっ」
ちょっとほっぺを火照らせながら笑ったら、双子が「「くっ」」と変な声を出して、いきなり抱きしめてきた。
「なんだその顔は~可愛すぎるんだよ! あーもう、どけ青月!」
「てめえがどけ寒月。アーネスト、もっと笑って?」
そんなふうに言われたら、恥ずかしくて笑えない。
僕はさらに顔を熱くして、「そ、その手紙の内容」と話を変えた。
「八尋様や灯曄様たちにも、伝えてもらって大丈夫かな……?」
「「ああ、もちろんだ」」
「じゃあ、もう戻らないと……あんまりお客様をお待たせしてはいけないし」
双子の背中を軽く押すと、寒月が「よし」と力強くうなずいた。
「とりあえず、今夜はゆっくり休んどけよアーネスト。俺たちへのご褒美は、明日ってことで!」
「ご褒美?」
「アーネストが勝利したら、ピュルリラとアガーテの力作を着て見せてくれるって、約束したもんなー? 楽しみすぎて昇天しそうだぜ!」
「……あっ!」
そうだった! あのドレスとあの下着! すっかり忘れてた……!
「そ、そそそそれは、その、あの」
あわあわと前言撤回の言いわけを探す僕に、青月もうっとりと微笑んだ。
「桃マルムのお墨付きだし」
「えっ? ももも桃マルムは、お墨付きなんて与えませんけど!?」
「恥ずかしがるお前も、この上なく可愛い」
「ああ。もうこのまま食っちまいてえ」
切れ長の目尻をほんのり赤く染めた青月と、愛しくてたまらないという目で煽情的に見つめてくる寒月と。
左右から、チュ、チュ、と音を立てて頬に触れた唇は、少しずつ場所を変えて……
「……ん……」
ついばむだけだった口づけが、いつしか深まっていた。二人と代わる代わる舌を絡めるたび、熱い吐息がこぼれる。
口内を探られる動きが、深部へと受け入れる行為を思い出させた。その連想の卑猥さに、下腹が熱を帯びる。僕は、僕は、なんていやらしいことを考える人間になってしまったんだろう……!
「お酒くさい」
自分の破廉恥っぷりをごまかすためそう呟いたら、双子は「そうだった」「すまん」と苦笑して、未練たっぷりのキスで締めてから身を離した。
……未練たっぷりなのは、僕のほうだったかもしれないけど……。
今度こそ宴会へ戻っていった二人の、広い背中を見送って、僕は火照る頬に両手を押し当てた。
明日……明日、か。
そうか、明日……。
いや、次の夜という意味なら、正確には今日の夜か?
どちらにせよ、体力温存して臨まねば。薬草茶も今日は滋養強壮効果を重視して……って、なに!? このやる気満々な発想!
「…………ぐぎゃーっ!」
恥ずかしい! 自分の発想のすべてが恥ずかしい!
普通はどうやって『そのとき』を待つものなの?
わからぬ……恋愛初心者には、このエッチい待機時間の過ごし方がわからぬ!
とりあえず桃マルムを両手でつつんで奇声を発しながら、部屋の中をウロウロしたり転げ回ったりして過ごした。
もしもこの様子を誰かに目撃されていたならば、『怪しげな儀式が行われている』と衛兵を呼ばれていたかもしれない。
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