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第29章 禁断の杯
因縁の離宮
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夜が明け。
本日は朝からよく晴れて、清らかな水色の空が、深夜にひとりでキノコを持って悶えていた身には眩しすぎるほどだった。
あらかじめ今日明日は休養日として、召し使い業務も薬舗の仕事もお休みをもらっているのだけど……というか双子命令で、「八尋たちの相手をしたら疲れるに決まってるんだから」と、休みを取らされていたのだけど。
まさかこういう流れで、休日を活用することになるとは……。
桃マルム入りのお茶を飲んだせいか、体調はすこぶる良い。
でも虎さんたちは本当に朝まで飲んでいたようなので、もしかしたら双子は二日酔いで寝込んでいるんじゃないかな~そしたら今夜の予定はお流れかな~……なんて、ドギマギしながら思っていたら。
二人とも朝食の時間にはちゃんと現れて、お酒の影響などまったく感じさせず、むしろいつもより肌つやも良いのではというくらい元気はつらつだった。
ほんとこの人たちのアルコール耐性は、どうなっているのだろう。
「夕方には八尋たち全員の見送りが終わってるだろうから、それからご褒美時間にしような」
「邪魔が入らないよう、離宮に移動して過ごそう」
浮き浮きした様子でそう言われて、ドキッと心臓が跳ねた。
「り、離宮、というと……」
双子が繁殖期のときに籠るという、あの離宮か。
裸族襲撃事件の現場となった、あの。
「人払いするよう、ハグマイヤーに言っておいた」
「水入らずでゆっくり楽しもう」
色気が滴るような笑みを浮かべた寒月と青月に、なんと答えればいいのやら。
いろいろ致すため離宮に行きましょうと、明確な目的を提示して言われているわけで……「そうですね」とも「わかりました」とも、恥ずかしくて言えやしない。
顔から火が出そうになりながら口をパクパクさせていたら、二人とも、とろけそうなほど甘ったるい笑顔で見つめ返してきた。
く……っ! イケメンたちめ、無闇にドキドキを増殖させないでくれ……!
――そんな内心の大騒ぎを、どうにか押し隠し。
その後は双子や白銅くんと共に、虎さんたちが帰路につくのを見送った。
取引や隠し財産の件は、また日を改めて打ち合わせる予定で、再会を約束して別れたのだった。
⁂ ⁂ ⁂
離宮は王城の北に広がる森の奥に在る。
前回来たときは夜中だったし、雪が積もっていたし、なにより裸族の目的を阻止すべく大急ぎの上、大騒ぎだったので、あれこれ見物する余裕はなかった。
今日もすでに夕闇が迫っていて、せっかくの森を散策して薬草探しをする時間もなかったが、離宮自体は、双子がざっと案内してくれた。
いわゆる箱型の地下一階地上三階の造りで、王城に比べればずっとこじんまりとしてシンプルだけれど、中へ入れば外観から想像するよりずっと広い。
部屋数も多くて、醍牙風の造りの客間や書斎、応接室、エルバータ風の造りの音楽の間、娯楽の間、どこぞの異国風の舞踏の間など、どの部屋も意匠を凝らした内装となっていた。
代々の王様が自分好みに手を加え続けてきたので、家具調度も国際色豊かになっていると説明されたが、不思議とすべて馴染んで違和感がない。
ちなみに前回、双子が使っていた部屋は、固定された私室というわけではなく、来訪するたび適当に部屋を選んで使っているのだとか。
「今日は一番眺めの良い、『朝日の間』を使おう」
例によって双子に交互に抱っこされて運ばれたのは、三階の角部屋。
寒月の言葉通り東に大きな窓があり、庭園にも面しているので、庭と森の向こうに朝日が昇る様を見渡せるのだろう。
あいにく日の入り後で、今は太陽の代わりに月の舟が浮かび、庭も森も夜闇にに沈み行こうとしている。
人払いされた離宮内もまた、この部屋以外は廊下にぽつぽつと灯された明かりのみで、しんと静まり返っていた。
――なんて。
ことさら周囲を観察していたのは、さっきまで、直面した現実から目を逸らそうと努めていたからだ。
だって。だって。だってえぇぇぇ!
「アーネスト、ちゃんと着れたかぁ?」
「やっぱり無理そうなら手伝うぞ?」
衝立の向こうから、寒月と青月の嬉しそうな声が何度も掛けられる。
そう。僕は今、とうとう、例の下着とドレスにお着替え中なのだ……!
下着は特に、あまりになにがどうなっているのかわからない物体だったので、双子が「着用の仕方は習ったから!」と着せたがったが、断固拒否した。
赤ちゃんじゃないんだから……すっぽんぽんになって下着を穿かせてもらうとか耐えられないだろう。
それで結局、二人に着け方を習い、その時点で羞恥のあまり奇声を発して逃げ出したくなるもどうにかこらえて、悪戦苦闘の末、どうにかすべて身に着けたけれど……
「ううう」
見おろす自分の姿に、このまま失神したくなった。
「なんでこんな格好をしてるんだ、僕よ……!」
思わず嘆きの声を漏らしたら、双子に聞こえてしまっていたようで。
「「着れた!?」」
弾んだ声が返ってきた。
ああ、着れたとも。着れたともさ!
僕は諦め悪く、衝立から顔だけ出して訴えた。
「着たよ! 着たから、これで約束は守った! だからもう脱ぐ!」
「「おいおいおいおい!」」
憎たらしいことに優雅にお酒を飲んで待っていた双子が、あわてて立ち上がった。寒月が情けない声で抗議してくる。
「違うだろ、『着てみせて』と言ったろう!?」
「……そうだったかな……記憶にございません」
小首をかしげてすっとぼけるも、それが通用する相手ではなく。
双子は顔を見合わせうなずき合ったのち、あっと声を上げる間もなく、二歩で衝立のこちら側に飛び込んできた。
そうして、驚愕のあまり言葉を失った僕を見下ろすと、頬を赤くし目を輝かせた。
「うおーっ! やっべ。もう勃った」
「想像以上の破壊力だな……」
「うぎゃーっ! 見るなーっ!」
鈍くさい僕は一泊遅れてしゃがみ込んだが、ときすでに遅し。
「もう見ちまったもん」と笑う双子に抱き起こされて、暖炉のそばに立たされた。
ああもう、そうでしょうとも、丸見えでしょうよ!
躰にぴったりフィットする、胸元と背中が大きく開いた黒いレースの透け透けドレスは、お尻がギリギリ隠れるくらいの丈しかない上に、左右の側面は露出しているし! つまり前見頃とうしろ見頃を腰のリボンで結んだだけだし!
さらに、黒いレースリボンを躰に巻いて乳首を隠すという謎の物体と、同じく黒のレースリボンであそこを隠してお尻は丸出しという、下着の定義とは! と小一時間問い詰めたくなる『下着』だし!
「マジ最高じゃん……! アーネストの美脚と美尻がこれほど引き立つ衣装、ほかにあるか!?」
「この絶妙な透け感がマジやばい。八尋たちに見せなくて大正解だった……! あいつらの推しの丸出しより、無限にエロい」
「あーもう、感想言わなくていいっ! もう見たんだから、脱いでいいだろ!?」
ダメだ、こういう趣向は僕には無理! 限界!
「そんなもったいない!」
「脱がすのは俺たちの役目だろう!?」
「ちっとももったいなくなーい!」
照れ隠しに大声を上げたら、ちょっとカスカスしていて、そういえば喉がカラカラだったと自覚した。乾燥は躰に悪い。
とっさに近くの脇机から杯をとって呷ると、またも唇にポヨンとおぼえのある弾力。
「あれ? また……」
透明な液体の中に、桃マルムが浮いている。
口に含んだものをゴクンと飲み込んだと同時、双子が「「あっ!」」と声を上げた。
「おまっ、それ……!」
「強い酒だぞ、アーネスト!」
「ほへ?」
本日は朝からよく晴れて、清らかな水色の空が、深夜にひとりでキノコを持って悶えていた身には眩しすぎるほどだった。
あらかじめ今日明日は休養日として、召し使い業務も薬舗の仕事もお休みをもらっているのだけど……というか双子命令で、「八尋たちの相手をしたら疲れるに決まってるんだから」と、休みを取らされていたのだけど。
まさかこういう流れで、休日を活用することになるとは……。
桃マルム入りのお茶を飲んだせいか、体調はすこぶる良い。
でも虎さんたちは本当に朝まで飲んでいたようなので、もしかしたら双子は二日酔いで寝込んでいるんじゃないかな~そしたら今夜の予定はお流れかな~……なんて、ドギマギしながら思っていたら。
二人とも朝食の時間にはちゃんと現れて、お酒の影響などまったく感じさせず、むしろいつもより肌つやも良いのではというくらい元気はつらつだった。
ほんとこの人たちのアルコール耐性は、どうなっているのだろう。
「夕方には八尋たち全員の見送りが終わってるだろうから、それからご褒美時間にしような」
「邪魔が入らないよう、離宮に移動して過ごそう」
浮き浮きした様子でそう言われて、ドキッと心臓が跳ねた。
「り、離宮、というと……」
双子が繁殖期のときに籠るという、あの離宮か。
裸族襲撃事件の現場となった、あの。
「人払いするよう、ハグマイヤーに言っておいた」
「水入らずでゆっくり楽しもう」
色気が滴るような笑みを浮かべた寒月と青月に、なんと答えればいいのやら。
いろいろ致すため離宮に行きましょうと、明確な目的を提示して言われているわけで……「そうですね」とも「わかりました」とも、恥ずかしくて言えやしない。
顔から火が出そうになりながら口をパクパクさせていたら、二人とも、とろけそうなほど甘ったるい笑顔で見つめ返してきた。
く……っ! イケメンたちめ、無闇にドキドキを増殖させないでくれ……!
――そんな内心の大騒ぎを、どうにか押し隠し。
その後は双子や白銅くんと共に、虎さんたちが帰路につくのを見送った。
取引や隠し財産の件は、また日を改めて打ち合わせる予定で、再会を約束して別れたのだった。
⁂ ⁂ ⁂
離宮は王城の北に広がる森の奥に在る。
前回来たときは夜中だったし、雪が積もっていたし、なにより裸族の目的を阻止すべく大急ぎの上、大騒ぎだったので、あれこれ見物する余裕はなかった。
今日もすでに夕闇が迫っていて、せっかくの森を散策して薬草探しをする時間もなかったが、離宮自体は、双子がざっと案内してくれた。
いわゆる箱型の地下一階地上三階の造りで、王城に比べればずっとこじんまりとしてシンプルだけれど、中へ入れば外観から想像するよりずっと広い。
部屋数も多くて、醍牙風の造りの客間や書斎、応接室、エルバータ風の造りの音楽の間、娯楽の間、どこぞの異国風の舞踏の間など、どの部屋も意匠を凝らした内装となっていた。
代々の王様が自分好みに手を加え続けてきたので、家具調度も国際色豊かになっていると説明されたが、不思議とすべて馴染んで違和感がない。
ちなみに前回、双子が使っていた部屋は、固定された私室というわけではなく、来訪するたび適当に部屋を選んで使っているのだとか。
「今日は一番眺めの良い、『朝日の間』を使おう」
例によって双子に交互に抱っこされて運ばれたのは、三階の角部屋。
寒月の言葉通り東に大きな窓があり、庭園にも面しているので、庭と森の向こうに朝日が昇る様を見渡せるのだろう。
あいにく日の入り後で、今は太陽の代わりに月の舟が浮かび、庭も森も夜闇にに沈み行こうとしている。
人払いされた離宮内もまた、この部屋以外は廊下にぽつぽつと灯された明かりのみで、しんと静まり返っていた。
――なんて。
ことさら周囲を観察していたのは、さっきまで、直面した現実から目を逸らそうと努めていたからだ。
だって。だって。だってえぇぇぇ!
「アーネスト、ちゃんと着れたかぁ?」
「やっぱり無理そうなら手伝うぞ?」
衝立の向こうから、寒月と青月の嬉しそうな声が何度も掛けられる。
そう。僕は今、とうとう、例の下着とドレスにお着替え中なのだ……!
下着は特に、あまりになにがどうなっているのかわからない物体だったので、双子が「着用の仕方は習ったから!」と着せたがったが、断固拒否した。
赤ちゃんじゃないんだから……すっぽんぽんになって下着を穿かせてもらうとか耐えられないだろう。
それで結局、二人に着け方を習い、その時点で羞恥のあまり奇声を発して逃げ出したくなるもどうにかこらえて、悪戦苦闘の末、どうにかすべて身に着けたけれど……
「ううう」
見おろす自分の姿に、このまま失神したくなった。
「なんでこんな格好をしてるんだ、僕よ……!」
思わず嘆きの声を漏らしたら、双子に聞こえてしまっていたようで。
「「着れた!?」」
弾んだ声が返ってきた。
ああ、着れたとも。着れたともさ!
僕は諦め悪く、衝立から顔だけ出して訴えた。
「着たよ! 着たから、これで約束は守った! だからもう脱ぐ!」
「「おいおいおいおい!」」
憎たらしいことに優雅にお酒を飲んで待っていた双子が、あわてて立ち上がった。寒月が情けない声で抗議してくる。
「違うだろ、『着てみせて』と言ったろう!?」
「……そうだったかな……記憶にございません」
小首をかしげてすっとぼけるも、それが通用する相手ではなく。
双子は顔を見合わせうなずき合ったのち、あっと声を上げる間もなく、二歩で衝立のこちら側に飛び込んできた。
そうして、驚愕のあまり言葉を失った僕を見下ろすと、頬を赤くし目を輝かせた。
「うおーっ! やっべ。もう勃った」
「想像以上の破壊力だな……」
「うぎゃーっ! 見るなーっ!」
鈍くさい僕は一泊遅れてしゃがみ込んだが、ときすでに遅し。
「もう見ちまったもん」と笑う双子に抱き起こされて、暖炉のそばに立たされた。
ああもう、そうでしょうとも、丸見えでしょうよ!
躰にぴったりフィットする、胸元と背中が大きく開いた黒いレースの透け透けドレスは、お尻がギリギリ隠れるくらいの丈しかない上に、左右の側面は露出しているし! つまり前見頃とうしろ見頃を腰のリボンで結んだだけだし!
さらに、黒いレースリボンを躰に巻いて乳首を隠すという謎の物体と、同じく黒のレースリボンであそこを隠してお尻は丸出しという、下着の定義とは! と小一時間問い詰めたくなる『下着』だし!
「マジ最高じゃん……! アーネストの美脚と美尻がこれほど引き立つ衣装、ほかにあるか!?」
「この絶妙な透け感がマジやばい。八尋たちに見せなくて大正解だった……! あいつらの推しの丸出しより、無限にエロい」
「あーもう、感想言わなくていいっ! もう見たんだから、脱いでいいだろ!?」
ダメだ、こういう趣向は僕には無理! 限界!
「そんなもったいない!」
「脱がすのは俺たちの役目だろう!?」
「ちっとももったいなくなーい!」
照れ隠しに大声を上げたら、ちょっとカスカスしていて、そういえば喉がカラカラだったと自覚した。乾燥は躰に悪い。
とっさに近くの脇机から杯をとって呷ると、またも唇にポヨンとおぼえのある弾力。
「あれ? また……」
透明な液体の中に、桃マルムが浮いている。
口に含んだものをゴクンと飲み込んだと同時、双子が「「あっ!」」と声を上げた。
「おまっ、それ……!」
「強い酒だぞ、アーネスト!」
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