召し使い様の分際で

月齢

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第28章 裏・春の精コンテスト

ご縁と偶然

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「……なぜに」

 なぜいきなり薬草茶の中に入っているのだ、桃マルム。
 いや、それ以前に、なにゆえこのタイミングで。
 桃マルムが出現するときというのは大抵、あの、その……ナニを致しましょうかというときなのでは。

 そう考えた途端、過去のあれこれを思い出して、ボッ! と顔が熱くなった。

「ほぎゃー……!」

 恥ずかしさのあまり奇声を発しながら、あわあわと茶で濡れた桃マルムを拭った。
 とにかくこんな物騒なものは隠さねば。よかった、ピュルリラさんがポケットを付けてくれて、本当によかった!
 しかし肉球付きの手でポケットに押し込むのは、けっこう難しい。焦りも相まって余計に。もたもたしていたら……

「なにしてんだ?」
「うぎゃっ!」

 急に背後から声をかけられて跳び上がった。
 振り向くと寒月と青月が、目を丸くして僕を見ている。
 心臓が飛び出しそうとは、まさにこのことだ。

「そっ、ソレは、コッチの台詞デス! ナンデいきなり背後にいるデスカ!」

 バコバコと心臓が抗議する胸を押さえながら尋ねると、「なんでって」と二人は顔を見合わせた。

「そろそろ疲れたんじゃねえかと気になったから」
「体調悪くなりそうだったら、もう引き上げても……ん?」

 喋りながら、青月の視線がなにかを捉えて床に下りた。それにつられて寒月もそちらを見て、同じく僕も二人の視線の先を追った。そうして僕らがそろって目にしたのは。
 ポケットに入れ損ねて床に横たわる、桃マルムだった。

「もぎゃーっ!」

 驚愕の声を発した僕の口を、双子があわてて「うわっ、アーネスト!」「しーっ!」と塞いできた。
 寒月が「あいつらに聞こえるぞっ」と小声で制するあいだに、青月が目にもとまらぬ早業で桃マルムを回収し、僕のポケットに突っ込んだ。
 ……唯一飲んでないくせに、一番取り乱している僕。
 幸い、酒豪対決中のみなさんの耳にはとどいていなかったようだけど……ううっ、情けない。

「……それ、どうしたんだ?」

 寒月が当然の質問をしてきたので、観念して答えた。

「なぜかお茶と一緒に入ってた……」
「茶に!?」
「で、隠そうとしたんだな?」

 うぅ、青月め。冷静に指摘しよる。
 
「そ、そりゃあ隠すよ! 隠すでしょ!? こんなところで……」
「そりゃそうだ。こんなところで、そんな危険物は出せんな」
「しかるべきときに、しかるべき場所で出さないとな」

 双子がニヤリと笑みを浮かべ、爛々と目を瞳を輝かせた。
 こわっ! モロ肉食獣の目になっている! 助けて白銅くーん!
 思わず胸中で子猫に助けを求めていると、わあっ! とひときわ大きな歓声が上がった。見れば今まさに、酒豪対決の決着がついたところだった。

「おみごと、繻子那嬢に壱香嬢! 早口言葉も記憶力ゲームもすべて完璧な『チーム妖精の部下』のお二人が、勝ち残りましたぞーい!」
「すげえぞーい!」
「よくやったぞーい!」
「酒豪対決の賞品は、一年分の酒ぞーい!」

 桃マルムに翻弄されているあいだに、酒豪対決の勝負がついていた。
 ……本当に勝っちゃったのか、令嬢たち。
 あれほど彼女たちと折り合いの悪かった王女まで盛んに拍手を送り、抱き合って勝利を喜び合っている。これが酒の力というやつか。
 繻子那嬢と目が合うと、赤くなった顔で得意げに笑った。

「わたくしたちを雇ってよかったでしょう?」

 まったく、仰る通りです!


⁂ ⁂ ⁂



 その後、虎さんたちの話し合いの結果――
「想定外の色気と美味で最も場を盛り上げ、且つ酒豪対決を制した」として、なんと僕が『裏・春の精』に決まった!
 い、いいのだろうか……かなりオマケしてもらった感が否めないが。

「あのう、僕……」

 辞退した方がいいのかもと躊躇したが、直後の寒月と青月の言葉で、そんな考えは吹っ飛んだ。

「おう、おめーら。約束はおぼえてるよな? アーネストが勝ったら、アーネストの商売に無償で全面協力!」
「そして原材料を格安で提供」

 そうだった。それがあったんだ。
 借金持ちが遠慮してる場合ではない。
 双子の呼びかけに、まず灯曄様が鷹揚にうなずいた。

「約束は守らねばね。では我らは、わが領地自慢の養蚕業から、上質な絹糸を格安で提供しよう。活用については一流の職人が協力してくれるはずだ」

 緑花さんと渉大んさんも「はいはーい!」と申し出てくれた。

「わたしも渉大も、両親が絹糸の染色や加工の職人なんです!」
「桑を栽培する傍ら、さまざまな種苗管理もしています。ウォルドグレイブ伯爵のお役に立てるものがあれば、なんなりとお申しつけください」

「じゃあ俺たちは、ゴブショット羊毛を涙が出るほど格安で」

 八尋様と嘉織様、それに音威様は、ゴブショット羊の牧場を持っているらしい。

「あたしたちはとりあえず、多方面に顔が広いから。そういう点ではお役に立てるわよぉ?」

 カタリナさんとリアンさんのお父君は、八尋様の領地のいわゆる『夜の街』の顔役で、醍牙の国中に『知人』がいるのだという。
 そして揚羽さんと紋白さんも、二人の占いの信奉者だという人たちが政財界に多くいて、幅広い人脈があるのだとか。占いの真偽はともかく、この二人が協力を申し出てくれたのは意外だったけど……

「あなたは『強大な幸運の星』の持ち主です。お会いした瞬間にわかりました」
「運の良い方とご縁を持つのは、我らにとっても利になります」

 そんな星を持ったおぼえはないのに、いいのだろうか。
 ともかく、これほど多くの、頼りになる人たちとのご縁ができた。
 これもすべて双子のお膳立てのおかげだ……!
 どの申し出も本当にありがたくて、みなさんにお礼を言っていたら、寒月と青月が「喜ぶのはまだ早い」とニヤリと笑った。

「アーネスト。俺らが以前、エルバータの元皇族や貴族たちの隠し財産を没収したことがあっただろ? 実はそのときに特に尽力してくれたのが、こいつらなんだ」
「どこに相手方の内通者がいるかわからないから、絶対に信用できる者だけでひそかに動いていた」

 思わぬ話の展開に、大きく鼓動が跳ねた。

 ――こんな偶然、あるのだろうか……。

 僕はポケット越しに、桃マルムと共にそこに在る手紙を撫でた。
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