召し使い様の分際で

月齢

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第24章 本当の出会い

子虎たちの逃走

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 淡々とした響きに、かえって積年の怒りと悲しみを感じて、やるせない気持ちになった。
 でも青月は事務的に話を進め、記憶を探るように、綿雪が静かに降り続ける窓外を見つめた。

「さらわれた日のことは……誰にどうやって連れ出されたのか、まったくおぼえていない。お袋が飲まされてた花の香りの蜜入り丸薬のせいで、嗅覚もひどく鈍っていたから、他人のにおいを判別できなかった。
 寒月とまとめて袋に入れられたことはおぼえている。乱暴に運ばれて、乱暴に床の上に放り出されて、袋の中で揉みくちゃになってた。暑い、寒い、痛い、苦しい。居心地は最悪だったな」

 おそらく、王様たちはすでに知っている話なのだろう。
 それでも誰もが、初めて聴く僕と同じように顔を歪めていた。……栴木さんはいつもしかめっ面なので、違いがわからないけども。
 寒月もその辺りのことは強く記憶しているらしく、苛々と膝を揺すりながら、「そんで、気づけば檻の中だったんだよ」と続けた。

「地下牢的な場所だったと思う。じめっとして夜は底冷えがして、腹は減るし全身しんどいし、鳴けば蹴り飛ばされるし。水と半分腐った肉の切れ端みたいなもんを出されてよ」

「ただひとつ幸運だったのは、運ばれてる最中に少しずつ嗅覚が戻ったんだ。いま思えば、母乳による悪影響が抜けたんだろう。だからどんだけ飢えても、身の危険を感じるようなものは口にしなかった」

 青月の言葉に、鼻をすすりながら「赤ちゃんなのに、偉かったね」と言うと、優しく苦笑して頭を撫でられた。

「獣はそういうものだ。体調が悪いと食べることも止めて、じっとうずくまって回復を図る」
「周りは、うるさい奴らが多かったな」

 そう言った寒月の大きな手が、「すべすべ」と言いながら僕の頬をつつむ。
 三人並んで長椅子に座り、いつものように二人に挟まれて、いつものように左右から抱き寄せられたり引っ張られたりしているのだけど、今日は「子供か」と叱る気にはなれない。

「俺たちのほかにも、奴隷市に出される『売りもの』が、たくさん収容されていたんだろう。呻き声やら泣き声やら叫び声やら、奴隷商人たちの怒鳴り声やら。せっかく戻った嗅覚が、またやられそうなくらい臭かった」 

 ボロボロの子虎たちが、劣悪な環境で寄り添って、震えながら苦痛に耐えている光景を想像したら、悲しみと怒りでぶわっと目が熱くなった。
 いかん、いかん。
 涙よ引っ込め。急いで深呼吸。

 感情的になってはいけない。
 今は『早く本当の事情を聞きたい』という、双子の気持ちが最優先なのだから。そのために嫌なことを頑張って話してくれている二人の、邪魔をしてはいけない。

 すると青月が優しく微笑んで言った。

「俺たちのために悲しんでくれなくても、大丈夫だから」

 泣きそうになってたの、バレてたみたい……。
 優しく言われて余計に切なくなって、「そんな……無理だよ」と本音を漏らした。

「いくら昔のことでも、悲しいよ」
「大丈夫だ。その奴隷商人の一団は、親父たちが一網打尽にしたのち、しかるべき措置をしたから。それはもう丁寧に」
「丁寧?」

 寒月も「そう」と、安心させるようにうなずいた。

「一切手を抜かず、ひとりひとりに考え得る限り最高のもてなしをしたから。大丈夫」
「もてなし、とは?」
「「大丈夫!」」

 声をそろえて言われた。
 さらに訊いていいものか戸惑っていたら、双子は互いに、僕に回した腕をどけさせようとして、僕を挟んだまま取っ組み合いになりかけた。

「うがーっ!」

 揉みくちゃにされて唸り声を上げながら二人を押し返し、「早く続きを話す!」と叱りつけた。結局いつもの展開。
 ……そんな二人に、ちょっと安心するけれど。
 そして王様たちの表情も和らいだので、そこもよかったけれども。

 しぶしぶ手を離した寒月は、「どこまで話したっけ」と首をかしげてから、「まあ、そんなこんなで」と乱れた前髪をかき上げた。うう、かっこいい。

「奴隷市に出すため地下牢? らしき場所から初めて外に引き出されたその日、俺たちは逃げ出した。外の匂いを嗅いだとき、ちっこいながらも『今しかない』と思ったんだろうな」

「本当に、弱った躰でよく逃げられたね」

 大きな木の根元で震えていた、ちっちゃなボロボロの毛玉を思い出して、また涙が出そうになったが、寒月は得意そうにニカッと笑った。

「向こうも、動けないし目も見えないと思って油断してたんだろ。赤ん坊といえど虎獣人を舐めんなっつー話だぜ」
「無我夢中で、『臭くない』ほうへ走った。人がいないほう、草木の匂いがするほうを目指して」

 二人が奴隷商人の手に落ちていたのは、エルバータへの移動期間なども含めて二ヶ月ほどらしい。そしてうちで過ごしたのは、半年くらいと思われる。
 今だから双子も明るく話してるけど、赤ちゃん虎たちが生き抜いたのは奇跡だ。
 よく頑張ってくれたなぁと思うにつけ、また泣きたくなる。
 王様と目が合って、同じように考えているのが伝わってきたものだから、心震えまくり。

 そんな僕を、青月は「本当に」と感慨深げに見つめてきた。

「アーネストと母君は命の恩人だ。お前たちに会えなかったら、ひっそりとあの森で死んで、カラスの餌にでもなってたんだろうな」

「ああ。臭くて痛くて苦しいものにばかり触れてきたあとで出会った、アーネストと母君のやわらかさと良い匂いは、ガツンと俺たちの記憶に刻まれた」

「ジェームズの匂いはおぼえてないの?」
「「ない。いたのか?」」

 ……中年男性の匂いと硬さは、存在ごと忘れるほど、子虎たちの好みに合わなかったらしい。
 そうして二人と話しながら、王様たちを窺うと、小声で何か確認し合っているようだった。
 双子もそれに気づいて、また不機嫌顔になった。

「俺たちにわかることは話したぞ! 今度はそっちの番だ!」

 寒月が吠えると、王様が「ちょっと待ちなさい」と制した。

「エルバータの恩人親子はアーちゃんと母君だと、本当に確定したんだね?」
「そう言ってんだろ!」

 唸る寒月を押さえて、「確定だと思います」と僕が答えた。

「もふもふあかちゃん……共通の記憶があるので」
「そう、かあ……こんなことがあるんだねぇ……」

 王様は再度、栴木さんと視線を交わした。
 でも次に口をひらいたのは、王様でも栴木さんでもなく、藍剛将軍だった。

「僭越ながら。次はわしから、殿下方を見つけてお迎えに参じた経緯を、説明させていただきますぞ」
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