召し使い様の分際で

月齢

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第24章 本当の出会い

恩人の母子の名は

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 ゴホンと咳払いした老将軍に、

「二人を見つけたのは、藍剛将軍だったのですか?」

 と尋ねると、「いえいえ」と、優しい目が細められた。

「殿下方の居所を突き止めたのも、お迎えされたのも、栴木閣下であります」

 すかさず双子が噛みついた。

「「だったらなんで藍剛が説明するんだよ!」」
「殿下方……失礼ながら、栴木閣下にお任せするより、わしから話させていただくほうが、短く済むと思いますぞ?」
「うっ」
「確かに……」

 藍剛将軍、本人の目の前で、本当にちょっと失礼な物言いをしてるけど。栴木さんは特に反応なし。実際、彼の重い口がひらくのを待っていたら、かなり時間がかかりそう。
 藍剛将軍はもう一度咳払いをしてから、遠くを見るような目つきになった。

「早いもので……あの頃のわしは、ピッチピチの五十代。まだ虎毛に白髪が混じることもなく、人型になると腰痛になりやすいということもなく、また将来頻尿に悩まされることになるとも知らずにいた、あの頃」

 本当に、かなり遠くを見ているようだ。遠すぎて、双子と無関係の過去にまで想いを馳せている様子。
 案の定、双子がイライラと話を遮った。

「頻尿はどうでもいいんだよ! さっさと俺らを見つけた話をしろっつーの」
「藍剛に喋らせても、結局時間がかかるんじゃないか?」

 確かに。
 しかし将軍はさすがに双子の扱いに慣れていて、「失敬、失敬」と笑いながら話を戻した。

「ここからは当時、栴木閣下から伺ったお話になりますがの。閣下。わしの話に間違いがあれば、訂正をお願いいたします」

 岩が揺れた。じゃなくて、栴木さんがうなずいた。
 藍剛将軍が今度こそ、「たいせつな王子殿下お二人が、いなくなったとあって」と肝心な話を始めた。

「大げさでなく、国中が引っ繰り返るのではという大騒ぎになりました。精鋭部隊をすべて投入した捜索の結果、拉致専門の犯罪組織にさらわれたこと、その組織がエルバータの奴隷商とつながりのあることが判明したのです」

「その時点では、弓庭後家の介入の証拠は掴めなかったのですね?」

 念のため確認すると、将軍は無念そうに肯定した。

「そうなのです。拉致を実行した者たちは捕らえましたが、それを指示した上の者たちは、すでに行方をくらましておりましたし。
 のちに捕まえた奴隷商たちも、話せる状態の者を数名、獄吏ごと毒殺されてしまいましてな」

「とっておいた?」

「そうなのです。おかげで陛下が怒りにまかせて大暴れして、この黒牙コクガ城の西翼を半分破壊されましてな。わしらみんな決死の覚悟でお止めしたのですが、まあ、止まらない止まらない。壁が崩れて頭上から瓦礫が落ちてくるのが、やけにゆーっくり見えたときには、本気で『あ、もう終わった』と思いましたわい」

 カッカッカッと笑う将軍に、王様が、

「もう、何度も謝ったじゃないかあ。恥ずかしいなあ」

 テヘッと舌を出して笑っている。
 お城を破壊してテヘッで済ませるとは、さすが双子と王女の父親だけある。
 ……ん? その前に、何か不穏な発言があったような?
 小首をかしげて口をひらいたが、先に声を発したのは刹淵さんだった。

「本当に、あのときの陛下は大変でしたね」
「お前さんも一緒になって暴れていたではないか、刹淵。何を他人ごとのように」
「その通り! むしろお前のほうが破壊してなかったか?」

 将軍と王様にツッコまれても、「勘違いでしょう」と言い切る侍従長。いろんな意味で強い。
 そこで双子の冷たい視線に気づいた将軍は、「それで」と話を再開した。

「エルバータの憲兵たちに見つからぬよう、深夜に奴隷商を襲撃したわけですが、殿下方のお姿はすでに無く。そこからまた大捜索です。あいにく雨で痕跡が流され難航いたしましたが、『獣人の子が選びそうな経路』を人海戦術でくまなく捜した結果、陣頭指揮を執られていた栴木閣下の部隊が、とうとう、町はずれの一軒家にいる殿下方を見つけ出しました……!」

 そこで将軍は、感極まったように、目頭を押さえた。

「その一報が届いたときの、陛下や我々の、いや、国を挙げての歓喜たるや……! 今度は喜びのあまり大暴れした陛下が、東翼の棟も半分破壊されて大騒ぎに」
「本当に、陛下は仕方のない方ですね」
「漏れなくお前も同罪じゃろうが、刹淵」

 呵呵大笑する人生の先輩たち。
 しかし僕は彼らの会話のおかげで、大切なことを思い出した。
 話が逸れるので申しわけないが、この際訊いておこうと思う。

「あの、陛下。質問してよろしいでしょうか」
「なあに? アーちゃん。何でも訊いて!」
「弓庭後家の、素晴らしい観光資源になるであろうお城を破壊したというのは、本当で」
「うん、話の続きだね! 藍剛、早く早くっ! アーちゃんが待ちくたびれてるよっ」

 いや、そうではなくて。
 あ……将軍の話が再開してしまった。

「当然、栴木閣下は、その町はずれの家の主を調べました。ひと目で高貴なお方とわかる美しい女性が、幼い子供と、たったひとりの使用人と、三人きりで住んでいるのですから。それも人目を避けるように。
 なんにせよ、殿下方がたいそうお元気なご様子で、その家の方々に保護されているのは明白でしたから、閣下は母子に礼を尽くして、殿下方をお引渡しいただくのが良いだろうと考えました。ゆえに、その前に、女性の身元を知りたかったのです。そうでしたな、閣下?」

 岩がうなずいた。じゃなくて栴木さんが……
 うん、この際もうどちらでもいい。早く話の続きが知りたい。

「町の者たちにそれとなく聞き込むと、その母子は、『皇帝陛下の愛人と隠し子らしい』とのことでした。なぜならそこは皇帝の領地である上、馬車に皇族の紋章が刻印されていたことに、目ざとく気づいた者もおったからです。
 皇帝には愛人が大勢いるが、いずれも皇后から逃げ回っているというのは周知の事実。だからあの美しい方も、きっと皇后の魔の手から逃れるためやって来たのだ――と、まことしやかに噂されていたのですな」

 なるほど。
 母とジェームズは皇后から逃れるため、父上の直轄領にある別荘を移り住んでいたと聞いている。きっとその際は、できる限り帝都から離れた場所を選んでいただろう。
 ダースティンもそうだったけど、田舎には皇族に関する正確な情報など、なかなか入ってこない。
 だからその町民たちも、まさか皇帝の第二妃が、たったひとりの供しか連れずに、町はずれの一軒家に滞在しているとは発想できなかったのだろう。
 それに確か――

「その貴婦人の名は、確か……えー。あー。うー」

 唸り始めた将軍に、栴木さんがボソッと

「アイリス・グラント」

 と教えた。将軍が「そうでしたな!」と膝を打つ。

「アイリス・グラント様というお方だと、こちら側は認識しておりました」
「執事から教わっています。地方を移り住むときは、大抵、偽名を使っていたと」

 優しい笑顔で僕の言葉にうなずいた将軍は、次いで栴木さんへと視線を移した。

「閣下は取り急ぎ礼の品などを用意しつつ、アイリス・グラント様へ、訪問の許可を願う文を出されたわけです」
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