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第19章 勝敗と守銭奴ごころ
頑張るね!
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「あ、あなた様がウォルドグレイブ伯爵のダンスのお相手を務められるのですか!?」
蟹清伯爵と壱香嬢、目をまん丸にして、あんぐりと口をひらいた顔がよく似ている。
久利緒嬢のときもそうだったけど、似ていない親子と思っていても、ふと無防備な表情をしたときに『あ、やっぱり似てる』となるものなんだね。面白いな。
それはともかく、僕の隣で屈伸をしていた歓宜王女が、「悪いか?」と目を細めた。
「この呑気者を競い合いに参加させたのは私だからな。ちっとは協力せねばなるまい。問題あるか?」
「いっ、いえいえ、そういうわけでは。ただ、かなり予想外だったものですから」
蟹清伯爵がブンブンと首を横に振ると、頭上の巻きうん……カールした髪の束も、ぶるんと小さな竜巻のように震えた。
うわあ。ものすごく面白い。
とっさに腕の中の白銅くんを見ると、白銅くんもびっくりおめめになって僕を見た。二人して無言で喜び、二人同時に視線を蟹清伯爵の頭に戻した。
もう一度やってくれないかな……!
――なんて思っている場合ではなかった。
壱香嬢は驚愕が過ぎて、不快そうに顔を歪めている。
「ずいぶんウォルドグレイブ伯爵を可愛がってらっしゃるのですね、王女殿下。すでに王子殿下方のお妃と確定したかのような」
「そのつもりだが?」
「なっ!」
「こ、これ壱香。無礼だぞ」
諫めた父親をギロリと睨んで、壱香嬢は声を荒らげた。
「『公平に』という条件のはずです! 王女殿下が参加されたら、大公ご夫妻も栴木公爵も、忖度しないわけにいかないのでは!?」
「あの大公夫妻と栴木叔父が、その程度の小物だと言いたいわけか」
「……いえ、そうではなく」
冷たい薄笑いを浮かべた王女に壱香嬢が怯んだところで、再び蟹清伯爵が「いいかげんにしなさい」と止めに入った。しかし壱香嬢も再度、父親を無視して言い返した。強い強い。
「そうですわね、わたくしが浅はかでした。判定は公平であるに決まっていますわ。けれど忖度も期待できないのに、よく男性役などお引き受けになりましたこと! 男性ながらドレスを美しく着こなす妖精のような伯爵のお相手が、男性のごとく凛々しい、この国のたったひとりの王女殿下とは。なんだか、これは仮装舞踏会だったかしらと思えてきましたわ! おほほほほ!」
「アーネスト、ちゃんと柔軟したか?」
「それなりに……柔軟で力尽きると困るので」
「そりゃまた難儀なことだな」
こちらはこちらで会話をしていたら、「無視か!」と壱香嬢が肩を怒らせた。
今度こそ蟹清伯爵が娘の口を塞ごうとしたが、彼女はそれを振り払い、僕を睨みつけてきた。
「付け焼刃の男性パートなんて、こんな大舞台で上手くいくとは思えない! 刹淵に頼めばよかったのに、馬鹿ね!」
「わあ、心配してくれているのですか。ありがとうございます」
「し・て・な・い・し! 勝つのはわたくしよ! 負けろ妖精!」
繻子那嬢と仲良さそうなだけあって、反応が似てるなあ。
にこにこしてたら、壱香嬢は真っ赤になって、ふん! と身をひるがえし、離れた場所まで移動していった。
蟹清伯爵が汗を拭き拭き王女に謝ったけど、今回は王女も特に腹を立ててはいないようで、
「どうしてあいつらは、ああも短気で怒りっぽいんだ」
と呆れている。
「そうですねえ」
僕も王女と出会った途端に怒られて、置き去りにされ死にかけたけども。
そんな王女を、今では心から信頼できる人だと思っているし、王女もいつのまにか僕を「義弟」と呼んでくれるようになっていたのだから、人生とはわからないものだよ。
王女がダンスパートナーを申し出てくれたと双子に話したら、反対はされなかった。
「一応女であるだけ歓宜のがマシだ」
という理由だったけど……姉のダンスの腕前を、双子も認めているということだと思う。そうでなければ全力で止められたはず。
今日の王女は騎馬隊の正装を思わせる装いで、全体的にタイトなシルエットが、鍛え上げられた長身にとてもよく似合っている。王女は僕より頭半分以上は背が高いんだよね。
舞踏会にドレスを着ていなくても、馬の管理を仕事にして、乗馬用品の店も経営している王女だから、誰も違和感を抱かないだろう。そもそも王女はドレス姿のほうが珍しいし。
実は王女の装いに助言してくれたのもピュルリラさんで、僕の藤色を基調にしたドレスと調和するよう、深い葡萄色の服を薦めていた。
女官たちが張り切って編み込みポニーテールにした鮮やかな赤毛とも、よく合っている。双子や王様といい、ほんと華やかで見栄えのする家族だよ。
『メヌエットと二種類のワルツを踊るのですよね?』
腕の中の白銅くんが見上げてきたので、「そうだよ」と頭を撫でた。
実はそのダンスを指定されたことも、王女の申し出を受けた理由だ。
メヌエットというのは簡単に言うと、ワルツのように身を寄せて踊るのでなく、踊りながら互いに手を取ったり離れたりを繰り返す。そうして膝を曲げ伸ばししつつ特定のステップを踏み、特定の軌跡を描いて踊る。
小さな歩幅で人形のように動くダンスなので……大男の刹淵さんが踊ると思うと……なんと言うか……
見たらぜったい吹き出すだろうな。――と、いう確信があった。
そんな失礼な事態になってはいけない。きっと、微笑んだまま激怒される。
そうなる前に、王女の申し出を喜んで受けたのだった。
案内役の侍従さんが「ご準備は整いましたでしょうか」とやって来たところで、王女が僕の手から白銅くんをひょいと取り上げ、侍従さんに渡した。
「父上たちのところにいろ、白銅」
『はい。頑張ってください、アーネスト様! あと歓宜様も!』
「ありがとう白銅くん。頑張るね!」
おててを振り振り連れられて行く白銅くんにこぶしを握って見せていたら、王女が「白銅め。私の応援はついでか」と呟き、その直後、進行役の声が大広間から響いてきた。
「さあ、いよいよ最後の項目となりましたダンスです! メヌエットと二種のワルツを、二組同時に踊っていただきます。それでは、ご入場いただきましょう!」
蟹清伯爵と壱香嬢、目をまん丸にして、あんぐりと口をひらいた顔がよく似ている。
久利緒嬢のときもそうだったけど、似ていない親子と思っていても、ふと無防備な表情をしたときに『あ、やっぱり似てる』となるものなんだね。面白いな。
それはともかく、僕の隣で屈伸をしていた歓宜王女が、「悪いか?」と目を細めた。
「この呑気者を競い合いに参加させたのは私だからな。ちっとは協力せねばなるまい。問題あるか?」
「いっ、いえいえ、そういうわけでは。ただ、かなり予想外だったものですから」
蟹清伯爵がブンブンと首を横に振ると、頭上の巻きうん……カールした髪の束も、ぶるんと小さな竜巻のように震えた。
うわあ。ものすごく面白い。
とっさに腕の中の白銅くんを見ると、白銅くんもびっくりおめめになって僕を見た。二人して無言で喜び、二人同時に視線を蟹清伯爵の頭に戻した。
もう一度やってくれないかな……!
――なんて思っている場合ではなかった。
壱香嬢は驚愕が過ぎて、不快そうに顔を歪めている。
「ずいぶんウォルドグレイブ伯爵を可愛がってらっしゃるのですね、王女殿下。すでに王子殿下方のお妃と確定したかのような」
「そのつもりだが?」
「なっ!」
「こ、これ壱香。無礼だぞ」
諫めた父親をギロリと睨んで、壱香嬢は声を荒らげた。
「『公平に』という条件のはずです! 王女殿下が参加されたら、大公ご夫妻も栴木公爵も、忖度しないわけにいかないのでは!?」
「あの大公夫妻と栴木叔父が、その程度の小物だと言いたいわけか」
「……いえ、そうではなく」
冷たい薄笑いを浮かべた王女に壱香嬢が怯んだところで、再び蟹清伯爵が「いいかげんにしなさい」と止めに入った。しかし壱香嬢も再度、父親を無視して言い返した。強い強い。
「そうですわね、わたくしが浅はかでした。判定は公平であるに決まっていますわ。けれど忖度も期待できないのに、よく男性役などお引き受けになりましたこと! 男性ながらドレスを美しく着こなす妖精のような伯爵のお相手が、男性のごとく凛々しい、この国のたったひとりの王女殿下とは。なんだか、これは仮装舞踏会だったかしらと思えてきましたわ! おほほほほ!」
「アーネスト、ちゃんと柔軟したか?」
「それなりに……柔軟で力尽きると困るので」
「そりゃまた難儀なことだな」
こちらはこちらで会話をしていたら、「無視か!」と壱香嬢が肩を怒らせた。
今度こそ蟹清伯爵が娘の口を塞ごうとしたが、彼女はそれを振り払い、僕を睨みつけてきた。
「付け焼刃の男性パートなんて、こんな大舞台で上手くいくとは思えない! 刹淵に頼めばよかったのに、馬鹿ね!」
「わあ、心配してくれているのですか。ありがとうございます」
「し・て・な・い・し! 勝つのはわたくしよ! 負けろ妖精!」
繻子那嬢と仲良さそうなだけあって、反応が似てるなあ。
にこにこしてたら、壱香嬢は真っ赤になって、ふん! と身をひるがえし、離れた場所まで移動していった。
蟹清伯爵が汗を拭き拭き王女に謝ったけど、今回は王女も特に腹を立ててはいないようで、
「どうしてあいつらは、ああも短気で怒りっぽいんだ」
と呆れている。
「そうですねえ」
僕も王女と出会った途端に怒られて、置き去りにされ死にかけたけども。
そんな王女を、今では心から信頼できる人だと思っているし、王女もいつのまにか僕を「義弟」と呼んでくれるようになっていたのだから、人生とはわからないものだよ。
王女がダンスパートナーを申し出てくれたと双子に話したら、反対はされなかった。
「一応女であるだけ歓宜のがマシだ」
という理由だったけど……姉のダンスの腕前を、双子も認めているということだと思う。そうでなければ全力で止められたはず。
今日の王女は騎馬隊の正装を思わせる装いで、全体的にタイトなシルエットが、鍛え上げられた長身にとてもよく似合っている。王女は僕より頭半分以上は背が高いんだよね。
舞踏会にドレスを着ていなくても、馬の管理を仕事にして、乗馬用品の店も経営している王女だから、誰も違和感を抱かないだろう。そもそも王女はドレス姿のほうが珍しいし。
実は王女の装いに助言してくれたのもピュルリラさんで、僕の藤色を基調にしたドレスと調和するよう、深い葡萄色の服を薦めていた。
女官たちが張り切って編み込みポニーテールにした鮮やかな赤毛とも、よく合っている。双子や王様といい、ほんと華やかで見栄えのする家族だよ。
『メヌエットと二種類のワルツを踊るのですよね?』
腕の中の白銅くんが見上げてきたので、「そうだよ」と頭を撫でた。
実はそのダンスを指定されたことも、王女の申し出を受けた理由だ。
メヌエットというのは簡単に言うと、ワルツのように身を寄せて踊るのでなく、踊りながら互いに手を取ったり離れたりを繰り返す。そうして膝を曲げ伸ばししつつ特定のステップを踏み、特定の軌跡を描いて踊る。
小さな歩幅で人形のように動くダンスなので……大男の刹淵さんが踊ると思うと……なんと言うか……
見たらぜったい吹き出すだろうな。――と、いう確信があった。
そんな失礼な事態になってはいけない。きっと、微笑んだまま激怒される。
そうなる前に、王女の申し出を喜んで受けたのだった。
案内役の侍従さんが「ご準備は整いましたでしょうか」とやって来たところで、王女が僕の手から白銅くんをひょいと取り上げ、侍従さんに渡した。
「父上たちのところにいろ、白銅」
『はい。頑張ってください、アーネスト様! あと歓宜様も!』
「ありがとう白銅くん。頑張るね!」
おててを振り振り連れられて行く白銅くんにこぶしを握って見せていたら、王女が「白銅め。私の応援はついでか」と呟き、その直後、進行役の声が大広間から響いてきた。
「さあ、いよいよ最後の項目となりましたダンスです! メヌエットと二種のワルツを、二組同時に踊っていただきます。それでは、ご入場いただきましょう!」
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