137 / 259
第18章 勝敗と乙女ごころ
演奏対決
しおりを挟む
笑顔の侍従さんが、場を仕切って進行させていく。
「それでは次なる項目は、楽器演奏となります。刺繍に引き続き、琅珠嬢とウォルドグレイブ伯が演奏してくださいます。
では、あらかじめクジ引きで決められた順番の通り、お先に琅珠嬢からお願いいたします」
拍手で迎えられた琅珠嬢は、私物であろうリュートが置かれた席へと移動し、綺麗に微笑んで会釈をすると、腰をおろしてリュートの丸い背面を撫でた。
そうして皆が静まりかえったところで、長い指が音を紡ぎ始める。
六コースの軽やかな調べから始まり、リュート独特のキュッと弦が鳴る音も小気味よく、高い天井へと音色が抜けていく。
大広間は音がよく響いて、リュートの繊細な響きを引き立たせる効果が抜群だ。
和音を伴う主旋律は、ときには賑わう市場の明るさを思わせ、ときには枯れ野にひとり立ち尽くすような寂寥感も味わわせてくれる。
琅珠嬢は楽器ひとつで、目の前に違う景色を見せてくれた。素晴らしい腕前だ。
穏やかな余韻を残して演奏が終わると、拍手と歓声が沸き起こった。
「『市場にて』と『リュートのための小夜曲』『恋の病』ね。素晴らしかったわ」
「うん、楽団員にも引けを取らないね!」
大公夫妻も大きな拍手を送って称賛している。
頬を紅潮させ、満足そうに微笑む琅珠嬢はもちろん、当主席のアルデンホフ氏に至っては、立ち上がって何度も両こぶしを突き上げ、高らかに拍手をしたり、僕に向かって嘲笑の仕草をしたりしていた。楽しそうだなあ。
しかし本当に素敵な演奏だった。
心からの拍手を送っていたら、隣の繻子那嬢が小声で話しかけてきた。
「ハープシコードを弾くのね?」
その視線は、あらかじめ用意されていた鍵盤楽器へ向けられている。
「そうです」とうなずくと、少し目を丸くして僕を見た。
「エルバータではよく弾かれているの? 醍牙では神殿の神官たちが演奏する楽器という認識なのだけど」
「はい、エルバータ貴族のあいだでは広く親しまれていました。我が家にもあったくらいですから」
ただ、よその貴族のハープシコードは、ときに金箔などを用いて装飾が施され、画家に鍵盤の周囲や響板にまで絵を描かせるなどして、財産価値を高めていた。
けれど我が家のそれは木目そのまま、実用性重視というか、実用性しか無いものではあった。
ジェームズが調律までしてくれたっけ……。
あの頃はそれが当たり前だったけど、いま思うとほんと何でもできたんだなあ、ジェームズは。尊敬しかないよ。
感慨にふけっていた僕をどう思ったか、繻子那嬢は「ふーん」と特に興味もなさそうに呟いて、けれど「ま、頑張れば」と付け加えてくれた。
おおお。
この令嬢たちの中から、普通に激励の言葉が聞ける日が来ようとは! どうした心境の変化だろう。
「何か悪いものでも食べたのでは」
「失礼ね! そういうのは心の声にしときなさいよ!」
「すみません。驚きのあまり、つい」
「前言撤回! 失敗しろ!」
また話し方が素に戻ってますよ~。
「そう仰らず。ほら白銅くんのようにおててを上げて、『がーんばれ、がーんばれ』」
小さなおててを振り上げている子猫をお手本として示すと、繻子那嬢は「どうしてわたくしがあなたを応援する前提なのよ!」と赤くなって眦を吊り上げた。
うーむ。ノリで応援してもらえるかと思ったが、ダメだったか。
しかし彼女たちは、双子を強姦しようとした裸族でもあるんだよね。
馴れ合いを望むわけではないけれど、何が彼女たちをあんな行動に走らせたのかが気になりはする。
しかしそれは、いま気にすべきことではないだろう。
侍従さんに名を呼ばれ、今度は僕が奏者となった。
ハープシコードは打鍵すると爪が鋼鉄の弦を叩く鍵盤楽器で、強弱のない、どちらかといえば硬質な音色だ。
けれどハープの透明感を思わせる音と、装飾音を多用する技法は、確かに神殿で聖歌を奏でるのにも適していると思う。
僕は目を閉じ、軽く深呼吸して、ダースティンでいつも演奏していたときを思い出した。
実は今回は、技巧がたんまり必要な練習曲を弾く予定だった。
でも競い合いを肴に楽しそうに盛り上がっている皆さんを見ていたら、よくダースティンのみんなに弾いて喜ばれていた曲のほうが良いかもと思った。
技巧より、この場の空気に合う曲のほうが、喜んでもらえるよね、きっと。
多彩な装飾音を施しつつ、とっつきやすくリズミカルな旋律を紡いでいく。
ひとりの人間の喜怒哀楽や、恋愛模様。
失恋に泣く切なさや、飲んだくれた男の愚痴。等身大の庶民の曲の数々を。
弾きながら皆さんの反応を窺うと、リズムに乗って躰を揺らしたり、手拍子をしてくれたり、とってもノリノリ! 楽しんいただけてるみたい。
そうして懐かしい曲を次々奏で、最後の音をポロンと鳴らして。
立ち上がってお辞儀をすると、万雷の拍手と「アンコール!」の合唱が起こった。
「ハープシコードでこんなに楽しい曲は初めて!」
「聖歌以外も良いもんだな」
ご好評がとっても嬉しいのでもっと弾きたかったが、進行役の侍従さんがバツを指でつくっている。時間が押しているのかな。
貴賓席では双子や王女が指笛と大げさな拍手を鳴らしてくれていて、大公妃も身を乗り出して問うてきた。
「今のは何という曲かしら。エルバータでは有名な曲だったの? わたくしもぜひおぼえたいわ」
「何というか、盛り上がる曲調ばかりで歌いたくなった! それにもちろん技術も確かで、まるで楽団の演奏を聴いてるみたいな華やかさと重厚感も堪能させてもらったよ」
なんて褒め上手な大公夫妻だろう。それに感性も素晴らしい。
実はどれもダースティンの領民たちお気に入りの民謡だったから、『歌いたくなった』は大正解なんだ。
でも曲名は……すぐにお答えして良いものやら。
『女房と思ったら漬物石』
『旦那と思って話しかけてたらカピバラ』
『うちの爺さん高速泳法』
『うちの婆さん高速スピン』
などなどを、次々アレンジ演奏したのだけど。
『重厚感』のイメージを崩すといけないので、念のため、答えるのは審査のあとにしておくべきか……。
「それでは次なる項目は、楽器演奏となります。刺繍に引き続き、琅珠嬢とウォルドグレイブ伯が演奏してくださいます。
では、あらかじめクジ引きで決められた順番の通り、お先に琅珠嬢からお願いいたします」
拍手で迎えられた琅珠嬢は、私物であろうリュートが置かれた席へと移動し、綺麗に微笑んで会釈をすると、腰をおろしてリュートの丸い背面を撫でた。
そうして皆が静まりかえったところで、長い指が音を紡ぎ始める。
六コースの軽やかな調べから始まり、リュート独特のキュッと弦が鳴る音も小気味よく、高い天井へと音色が抜けていく。
大広間は音がよく響いて、リュートの繊細な響きを引き立たせる効果が抜群だ。
和音を伴う主旋律は、ときには賑わう市場の明るさを思わせ、ときには枯れ野にひとり立ち尽くすような寂寥感も味わわせてくれる。
琅珠嬢は楽器ひとつで、目の前に違う景色を見せてくれた。素晴らしい腕前だ。
穏やかな余韻を残して演奏が終わると、拍手と歓声が沸き起こった。
「『市場にて』と『リュートのための小夜曲』『恋の病』ね。素晴らしかったわ」
「うん、楽団員にも引けを取らないね!」
大公夫妻も大きな拍手を送って称賛している。
頬を紅潮させ、満足そうに微笑む琅珠嬢はもちろん、当主席のアルデンホフ氏に至っては、立ち上がって何度も両こぶしを突き上げ、高らかに拍手をしたり、僕に向かって嘲笑の仕草をしたりしていた。楽しそうだなあ。
しかし本当に素敵な演奏だった。
心からの拍手を送っていたら、隣の繻子那嬢が小声で話しかけてきた。
「ハープシコードを弾くのね?」
その視線は、あらかじめ用意されていた鍵盤楽器へ向けられている。
「そうです」とうなずくと、少し目を丸くして僕を見た。
「エルバータではよく弾かれているの? 醍牙では神殿の神官たちが演奏する楽器という認識なのだけど」
「はい、エルバータ貴族のあいだでは広く親しまれていました。我が家にもあったくらいですから」
ただ、よその貴族のハープシコードは、ときに金箔などを用いて装飾が施され、画家に鍵盤の周囲や響板にまで絵を描かせるなどして、財産価値を高めていた。
けれど我が家のそれは木目そのまま、実用性重視というか、実用性しか無いものではあった。
ジェームズが調律までしてくれたっけ……。
あの頃はそれが当たり前だったけど、いま思うとほんと何でもできたんだなあ、ジェームズは。尊敬しかないよ。
感慨にふけっていた僕をどう思ったか、繻子那嬢は「ふーん」と特に興味もなさそうに呟いて、けれど「ま、頑張れば」と付け加えてくれた。
おおお。
この令嬢たちの中から、普通に激励の言葉が聞ける日が来ようとは! どうした心境の変化だろう。
「何か悪いものでも食べたのでは」
「失礼ね! そういうのは心の声にしときなさいよ!」
「すみません。驚きのあまり、つい」
「前言撤回! 失敗しろ!」
また話し方が素に戻ってますよ~。
「そう仰らず。ほら白銅くんのようにおててを上げて、『がーんばれ、がーんばれ』」
小さなおててを振り上げている子猫をお手本として示すと、繻子那嬢は「どうしてわたくしがあなたを応援する前提なのよ!」と赤くなって眦を吊り上げた。
うーむ。ノリで応援してもらえるかと思ったが、ダメだったか。
しかし彼女たちは、双子を強姦しようとした裸族でもあるんだよね。
馴れ合いを望むわけではないけれど、何が彼女たちをあんな行動に走らせたのかが気になりはする。
しかしそれは、いま気にすべきことではないだろう。
侍従さんに名を呼ばれ、今度は僕が奏者となった。
ハープシコードは打鍵すると爪が鋼鉄の弦を叩く鍵盤楽器で、強弱のない、どちらかといえば硬質な音色だ。
けれどハープの透明感を思わせる音と、装飾音を多用する技法は、確かに神殿で聖歌を奏でるのにも適していると思う。
僕は目を閉じ、軽く深呼吸して、ダースティンでいつも演奏していたときを思い出した。
実は今回は、技巧がたんまり必要な練習曲を弾く予定だった。
でも競い合いを肴に楽しそうに盛り上がっている皆さんを見ていたら、よくダースティンのみんなに弾いて喜ばれていた曲のほうが良いかもと思った。
技巧より、この場の空気に合う曲のほうが、喜んでもらえるよね、きっと。
多彩な装飾音を施しつつ、とっつきやすくリズミカルな旋律を紡いでいく。
ひとりの人間の喜怒哀楽や、恋愛模様。
失恋に泣く切なさや、飲んだくれた男の愚痴。等身大の庶民の曲の数々を。
弾きながら皆さんの反応を窺うと、リズムに乗って躰を揺らしたり、手拍子をしてくれたり、とってもノリノリ! 楽しんいただけてるみたい。
そうして懐かしい曲を次々奏で、最後の音をポロンと鳴らして。
立ち上がってお辞儀をすると、万雷の拍手と「アンコール!」の合唱が起こった。
「ハープシコードでこんなに楽しい曲は初めて!」
「聖歌以外も良いもんだな」
ご好評がとっても嬉しいのでもっと弾きたかったが、進行役の侍従さんがバツを指でつくっている。時間が押しているのかな。
貴賓席では双子や王女が指笛と大げさな拍手を鳴らしてくれていて、大公妃も身を乗り出して問うてきた。
「今のは何という曲かしら。エルバータでは有名な曲だったの? わたくしもぜひおぼえたいわ」
「何というか、盛り上がる曲調ばかりで歌いたくなった! それにもちろん技術も確かで、まるで楽団の演奏を聴いてるみたいな華やかさと重厚感も堪能させてもらったよ」
なんて褒め上手な大公夫妻だろう。それに感性も素晴らしい。
実はどれもダースティンの領民たちお気に入りの民謡だったから、『歌いたくなった』は大正解なんだ。
でも曲名は……すぐにお答えして良いものやら。
『女房と思ったら漬物石』
『旦那と思って話しかけてたらカピバラ』
『うちの爺さん高速泳法』
『うちの婆さん高速スピン』
などなどを、次々アレンジ演奏したのだけど。
『重厚感』のイメージを崩すといけないので、念のため、答えるのは審査のあとにしておくべきか……。
106
お気に入りに追加
6,127
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。