召し使い様の分際で

月齢

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第18章 勝敗と乙女ごころ

演奏対決

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 笑顔の侍従さんが、場を仕切って進行させていく。

「それでは次なる項目は、楽器演奏となります。刺繍に引き続き、琅珠ロウジュ嬢とウォルドグレイブ伯が演奏してくださいます。
 では、あらかじめクジ引きで決められた順番の通り、お先に琅珠嬢からお願いいたします」

 拍手で迎えられた琅珠嬢は、私物であろうリュートが置かれた席へと移動し、綺麗に微笑んで会釈をすると、腰をおろしてリュートの丸い背面を撫でた。
 そうして皆が静まりかえったところで、長い指が音を紡ぎ始める。

 六コースの軽やかな調べから始まり、リュート独特のキュッと弦が鳴る音も小気味よく、高い天井へと音色が抜けていく。
 大広間は音がよく響いて、リュートの繊細な響きを引き立たせる効果が抜群だ。
 和音を伴う主旋律は、ときには賑わう市場の明るさを思わせ、ときには枯れ野にひとり立ち尽くすような寂寥感も味わわせてくれる。
 琅珠嬢は楽器ひとつで、目の前に違う景色を見せてくれた。素晴らしい腕前だ。

 穏やかな余韻を残して演奏が終わると、拍手と歓声が沸き起こった。

「『市場にて』と『リュートのための小夜曲』『恋の病』ね。素晴らしかったわ」
「うん、楽団員にも引けを取らないね!」

 大公夫妻も大きな拍手を送って称賛している。
 頬を紅潮させ、満足そうに微笑む琅珠嬢はもちろん、当主席のアルデンホフ氏に至っては、立ち上がって何度も両こぶしを突き上げ、高らかに拍手をしたり、僕に向かって嘲笑の仕草をしたりしていた。楽しそうだなあ。

 しかし本当に素敵な演奏だった。
 心からの拍手を送っていたら、隣の繻子那シュスナ嬢が小声で話しかけてきた。

「ハープシコードを弾くのね?」

 その視線は、あらかじめ用意されていた鍵盤楽器へ向けられている。
「そうです」とうなずくと、少し目を丸くして僕を見た。

「エルバータではよく弾かれているの? 醍牙ダイガでは神殿の神官たちが演奏する楽器という認識なのだけど」
「はい、エルバータ貴族のあいだでは広く親しまれていました。我が家にもあったくらいですから」
 
 ただ、よその貴族のハープシコードは、ときに金箔などを用いて装飾が施され、画家に鍵盤の周囲や響板にまで絵を描かせるなどして、財産価値を高めていた。
 けれど我が家のそれは木目そのまま、実用性重視というか、実用性しか無いものではあった。
 ジェームズが調律までしてくれたっけ……。
 あの頃はそれが当たり前だったけど、いま思うとほんと何でもできたんだなあ、ジェームズは。尊敬しかないよ。

 感慨にふけっていた僕をどう思ったか、繻子那嬢は「ふーん」と特に興味もなさそうに呟いて、けれど「ま、頑張れば」と付け加えてくれた。
 おおお。
 この令嬢たちの中から、普通に激励の言葉が聞ける日が来ようとは! どうした心境の変化だろう。

「何か悪いものでも食べたのでは」
「失礼ね! そういうのは心の声にしときなさいよ!」
「すみません。驚きのあまり、つい」
「前言撤回! 失敗しろ!」

 また話し方が素に戻ってますよ~。

「そう仰らず。ほら白銅くんのようにおててを上げて、『がーんばれ、がーんばれ』」

 小さなおててを振り上げている子猫をお手本として示すと、繻子那嬢は「どうしてわたくしがあなたを応援する前提なのよ!」と赤くなって眦を吊り上げた。
 うーむ。ノリで応援してもらえるかと思ったが、ダメだったか。

 しかし彼女たちは、双子を強姦しようとした裸族でもあるんだよね。
 馴れ合いを望むわけではないけれど、何が彼女たちをあんな行動に走らせたのかが気になりはする。

 しかしそれは、いま気にすべきことではないだろう。
 侍従さんに名を呼ばれ、今度は僕が奏者となった。

 ハープシコードは打鍵すると爪が鋼鉄の弦を叩く鍵盤楽器で、強弱のない、どちらかといえば硬質な音色だ。
 けれどハープの透明感を思わせる音と、装飾音を多用する技法は、確かに神殿で聖歌を奏でるのにも適していると思う。

 僕は目を閉じ、軽く深呼吸して、ダースティンでいつも演奏していたときを思い出した。

 実は今回は、技巧がたんまり必要な練習曲を弾く予定だった。
 でも競い合いを肴に楽しそうに盛り上がっている皆さんを見ていたら、よくダースティンのみんなに弾いて喜ばれていた曲のほうが良いかもと思った。
 技巧より、この場の空気に合う曲のほうが、喜んでもらえるよね、きっと。

 多彩な装飾音を施しつつ、とっつきやすくリズミカルな旋律を紡いでいく。
 ひとりの人間の喜怒哀楽や、恋愛模様。
 失恋に泣く切なさや、飲んだくれた男の愚痴。等身大の庶民の曲の数々を。

 弾きながら皆さんの反応を窺うと、リズムに乗って躰を揺らしたり、手拍子をしてくれたり、とってもノリノリ! 楽しんいただけてるみたい。

 そうして懐かしい曲を次々奏で、最後の音をポロンと鳴らして。
 立ち上がってお辞儀をすると、万雷の拍手と「アンコール!」の合唱が起こった。

「ハープシコードでこんなに楽しい曲は初めて!」
「聖歌以外も良いもんだな」

 ご好評がとっても嬉しいのでもっと弾きたかったが、進行役の侍従さんがバツを指でつくっている。時間が押しているのかな。

 貴賓席では双子や王女が指笛と大げさな拍手を鳴らしてくれていて、大公妃も身を乗り出して問うてきた。

「今のは何という曲かしら。エルバータでは有名な曲だったの? わたくしもぜひおぼえたいわ」
「何というか、盛り上がる曲調ばかりで歌いたくなった! それにもちろん技術も確かで、まるで楽団の演奏を聴いてるみたいな華やかさと重厚感も堪能させてもらったよ」

 なんて褒め上手な大公夫妻だろう。それに感性も素晴らしい。
 実はどれもダースティンの領民たちお気に入りの民謡だったから、『歌いたくなった』は大正解なんだ。
 でも曲名は……すぐにお答えして良いものやら。 

『女房と思ったら漬物石』
『旦那と思って話しかけてたらカピバラ』
『うちの爺さん高速泳法』
『うちの婆さん高速スピン』

 などなどを、次々アレンジ演奏したのだけど。
『重厚感』のイメージを崩すといけないので、念のため、答えるのは審査のあとにしておくべきか……。 
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