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第18章 勝敗と乙女ごころ
刺繍対決
しおりを挟む舞踏会を見たことがないという白銅くんに、ならば眠くなるまでだけでも一緒に参席しようかと提案すると、すごく喜んでくれていた。
なのに……。
今や彼は、刹淵さんの懐に囚われて、ピャーピャー鳴いている。
返してもらおうとピョンピョン跳びはねていたら、案内役の侍従さんが刹淵さんの顔を窺いつつ、席に着くよう促してきた。
仕方ない……ここで駄々をこねるわけにもいかないし。
しょんぼりしながら従うと、花で飾った円卓を囲んだ令嬢たちが、冷たい視線で迎えてくれた。
「皆様、ご機嫌うるわしゅう」
微笑んで挨拶すると、令嬢たちもにこやかに挨拶を返してくる。
王子妃としての素養を見られているこの場で、驕慢な振る舞いをするほど愚かではないらしい。ちょっとほっとした。
浅く腰かけたところで、刹淵さんがすぐに薬湯を出してくれた。
跳びはねたために、ちょっと息切れしていたから、とても助かる。お礼を言って見上げると、さらに膝の上に子猫を乗せてくれた。
「わあぁ、白銅くーん!」
『ニャアアァ! アーネスト様ーっ』
「白銅。人型に戻りそうだと自覚したら、すぐさま貴賓席のテーブルクロスの下に隠れなさい。そのくらいは出来るな?」
『はいっ!』
「ありがとうございます、刹淵さん」
わーいわーいと子猫の手をとって喜びあっていたら、令嬢たちが呆れた視線を向けてきた。
「子猫を連れていらっしゃるなんて、可愛らしいこと」
「ほんと、あざといほどに」
壱香嬢も久利緒嬢も、扇で口元を隠して口調は明るいけれど、目はまったく笑っていない。
ただ、隣の席の繻子那嬢だけは興味津々、
「そのポケットはどうなっているのかしら」
顔を傾けしげしげと視線を寄こしてから、はっとしたように背筋を伸ばして咳払いした。
……せっかくだからポケット、見てほしいのに。
そのとき、進行役の侍従さんの声が響いた。
「お召し物の着こなしや美麗な所作への審査は、このまま進めていただきまして。お先に次なる項目、琅珠嬢とウォルドグレイブ伯による『刺繍作品』の競い合いとなります!」
歓声と拍手が起こった。みんなお祭り騒ぎが好きだなあ。
「あらかじめ、刹淵侍従長立ち会いのもと、衝立で仕切られた同室内にて、同じ日数、同じ時間内に作成していただきました。モチーフや使用する糸、色数、どんな作品を作るかは自由となっております。
それではまず、琅珠嬢の作品をご覧いただきましょう。刺繍入りの手巾です!」
王様と大公夫妻が、黒漆の長角盆で運ばれてきた手巾を手に取り、感嘆の声を上げた。
「これは美しい薔薇だ。とっても華やかだね!」
「うんうん。深紅の花びらに金糸が実に効果的に使われている」
「本当ね。この花弁の重なった部分なんて、ごちゃつかせず端正に仕上げるのは、とても難しいのよ。こんな手巾を贈られたら、殿方は鼻高々ね」
アルデンホフ氏が当主席で、こぶしを握って鼻を膨らませているのが見えた。
ただ、栴木さんは相変わらずムッスリしたまま、宝石の鑑定でもしているみたいに観察して、無言のまま歓宜王女に手渡した。
双子や浬祥さんの手にも渡ったのち、再び盆にのせられて僕らの円卓に置かれると、久利緒嬢が「まあ!」と嬉しそうな声を上げた。
「本当に豪華で繊細な薔薇ね! 短期間でこんなにも手の込んだ作品に仕上げるなんて、さすがだわ琅珠様!」
繻子那嬢と壱香嬢も口々に褒めそやし、琅珠嬢は嬉しそうに「ありがとう」と微笑んだ。
僕も白銅くんと一緒に見せてもらった。
「わあ! 綺麗だねえ、白銅くん」
『はい、綺麗です』
大小の七輪の薔薇と小花、そしてリボンが華やかに配置されて、とても見栄えのする力作だ。得意だと自負するだけある。
上質な絹糸の艶やかさと、ふんだんに使われた金糸のバランスもとても良い。確かにこれを贈られて嫌な気持ちになる人はいないと思う。
「伯爵様の作品を拝見するのも、とても楽しみですわ」
琅珠嬢の言葉に、壱香嬢が眉根を寄せた。
「殿方にあなたと同程度の刺繍を期待するのは酷というものよ」
同情を装いつつ、四人で視線を交わして含み笑いをしている。
……まあ、そう考えるのが普通だろうなあ。
「それでは次は、ウォルドグレイブ伯の作品。刺繍入りの襯衣でございます!」
え、と令嬢たちの口が同じかたちにひらいた。
その視線が集中した先、貴賓席では、王様たちが大騒ぎしながらシャツに見入っている。
「ギャーッ! かっこいい! アーちゃん、これぼくにも作って!」
「盈くん、いいなあ! ぼくも欲しいっ」
「凄いわ……ぷっくり立体的で、毛並みもまるで生きてるみたい。これ寒月くんと青月くんよね、そうでしょう?」
声を弾ませ問うてきた大公妃に、微笑んで肯定すると、栴木さんより先にシャツに手をのばしていた双子も、目を輝かせて僕を見た。
ふふ。喜んでくれたかなー。
僕は紳士用のシャツの両袖に、それぞれ金と銀の虎を、雪の結晶と合わせて刺繍した。
「あら? 金糸かと思ったら……違うわね?」
大公妃、なんて良い質問を!
僕は内心の商魂を押し隠して解説した。
「はい。王女殿下と共同開発を進めてきた、ゴブショット羊毛とダースティン産キターノ羊毛を合わせて染色した刺繍糸でございます」
「ゴブショットはわかるけど、キターノ羊毛は初耳だ。エルバータにおけるゴブショットみたいな毛糸なのかい?」
今度は大公から訊かれて、「いえいえ」と両手を振った。
「廉価な庶民向けの羊毛です。けれどとても応用が利く上に品質も良いので、新たに活用いたしました。こちらの刺繍糸は薬草で染色しており、薄い黄色と、薄い灰色の糸です。けれど刺繍で寄り集まるとこうして金や銀に見えますし、混合したゴブショット羊毛ならではの艶も引き立ちます」
「そんなの初耳だよ! いいなあ、これいいなあ! 商品化してるの? 歓宜ちゃん」
「ああ。実は、とあるルートで試験的に販売もして、大好評だったと知らせが来ている」
ニヤリと笑った王女と目が合うと、モリッと上腕の筋肉を盛り上げてみせてくれた。ほんと楽しい王女様だよ。
以前、ゴブショットとキターノを合わせて「ウハウハな商売をする」と言っていた企画の一部は、王女の協力のおかげで順調に進めていたのだけど。
それを思いがけず、この競い合いに活用できた。
本当によかった……こんな素晴らしい宣伝の場を、利用しない手はないからね……!
「なんだなんだ」
「見てみたいわ、どんな糸なのかしら」
王様と大公夫妻のおかげで、良い感じに臣下の皆さんも興味津々。
宣伝じゃ。宣伝祭りじゃー! うはははは!
……と心の中で『老いぼれ捕物帳』の悪代官風に叫んでいたら、大公妃が、ほう、と吐息をこぼした。
「何より、この刺繍が素晴らしいわ。目に力のある雄々しい虎の姿も、乱れぬ運針も。妖精の魔法みたいに完璧よ。結晶と合わせた意匠には、醍牙への親愛まで感じる」
嬉しい感想のおかげで、臣下たちも感心したようにうなずいている。
僕は『妖精ドレス』にそぐわぬよう、微笑んでお礼を言った。
売れる。
糸も関連商品も、これは売れる!
ちょうど白銅くんが何かを招くように前肢で顔を掻いたので、『商売繁盛!』と胸中で拝んでいると、琅珠嬢がぼそりと呟いた。
「まさか……そんな高度な刺繍なんて、できるわけない……不自然すぎるわ」
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