召し使い様の分際で

月齢

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第18章 勝敗と乙女ごころ

妖精伯爵流・隠れたこだわり

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 誇らしげに、四家当主たちのエスコートで入場してくる令嬢たちを、寒月はふんぞり返って脚を組んだまま眺めていた。
 何度も父から「お行儀よく!」と注意されても耳を素通りし、落ち着きのない貧乏ゆすりで答えていたら、ため息をついて諦めたようだ。

 隣の青月も腕を組んだまま、無表情でピクリともしない。
 以前は、弟のこの反応の薄さにイラつくことが多かった。
 けれど今では、わずかに寄せられた眉にアーネストを案じる気持ちを読み取れてしまう。我ながら変わったものだと、胸中で笑った。

 寒月は見るともなしに令嬢たちを見た。
 彼女らは確かに美女揃いだ。
 虎の女性らしく長身で、豊満な胸と豊かな尻とくびれた腰は、客観的に見て美しい。社交界で「四花」ともてはやされているのも、実家の威光ばかりではあるまい。

 アーネストと出会っていなければ、いつかは独身主義も諦めて、彼女たちの誰かを娶っていたのかもしれない。子づくりする気にもなったかもしれない。
 だが、『たられば』を語っても仕方がない。

 本気で愛する相手と出会った今となっては、こんな競い合いなど無意味だ。
 権力争いに躰の弱いアーネストを巻き込んでしまったことが悔やまれるし、不憫で心配で、居ても立ってもいられない。

 令嬢たちが何色のドレスを着ているかすら目に入らぬまま脚を揺らしていると、大公のイストバが、なだめるように笑った。

「大丈夫だよ。成人男性の女装だって、優秀なデザイナーがついているなら、そうおかしなことにはならないはずだ。恥をかかせるような仕事はしないよ」

 とんちんかんな気遣いを寄こされて、寒月は無視して出入り口を注視した。
 青月もそちらを凝視しているのが、見なくてもわかる。

「アーネスト・ルイ・ウォルドグレイブ伯爵!」

 侍従が告げるや、思わず立ち上がって迎えに飛び出しそうになった。途端、父からベチンと太腿を叩かれる。
 同様に歓宜カンギから頭を引っぱたかれた青月と共に、じろりときつく睨まれた。

「落ち着きなさい。アーちゃんの努力を台無しにするつもりかい?」

 兄弟そろって言葉に詰まったのに合わせたように、気づけばあれほど賑やかだった会場に、沈黙がおりていた。
 あわてて、入場してきた二人に目を向ける。

 そこにいたのは、紛れもないアーネスト。
 だが黒衣の刹淵セツエンと微笑を交わしながら歩いてくる彼は、まったく別の――見知らぬ世界の、アーネストそっくりの別人に見えた。

 まるでそこだけ、幽玄の世界だ。
 仄暗い森の奥で、淡く輝く花の精と、彼を守る黒衣の大男が見つめ合っている。
 寒月の胸がカッと熱くなった。

 なぜだ。
 あれはアーネストのはず。
 だったら、隣にいるのは自分たちのはずだろう。

 腹の奥から灼かれるような嫉妬と怒りがこみ上げてきたが、二人を見つけたアーネストが弾けるような笑顔を見せたので、その愛らしい笑みが一瞬にして、すべてのドス黒いものを吹き飛ばした。

 よかった、アーネストだ。
 やっぱりいつもの、寒月と青月の宝ものの、アーネストだ。ほっとして、

「可愛い過ぎるべ……なんだありゃ」

 思わず呟くと、自分の言葉に吹き出してしまった。
 ぜったい信じられないような美女に仕上がるだろうと思ってはいたが、想像の遥か上を越えている。
 青月など未だまばたきもせず魅入られたまま、

「本当に、妖精が来たと思った」

 呆然と呟いている。
 やはり双子。同じことを感じていたらしい。
 夢見るような沈黙につつまれていた会場にもざわめきが戻り、驚嘆の声やため息は、やがて大歓声と拍手に変わった。

「妖精! 妖精伯爵ウォルドグレイブ様!」
「なんて可憐なの。あなたは花の精そのものです、伯爵様!」
「素敵素敵! さすがピュルピュル・ラヴュね、あんなドレスがわたくしも欲しいわ!」
「わかるけれど……あれは妖精伯爵様しか着こなせないわ」

 割れんばかりの拍手と称賛の中、ほんのりと頬を染めて貴賓席の前まで辿り着いたアーネストは、まずは父王と大公夫妻、栴木センボク叔父、そして歓宜と浬祥リショウに美しくお辞儀をして、最後に寒月と青月に無邪気な笑みを見せると、気品が光となってこぼれるようなカーテシーをしてみせた。

 公平に、と事前に厳命されてはいるが。
 心から溢れ出る感想を口にすることは、許されるべきだろう。

「アーネスト、見違えたぞ。いや、いつも最高に可愛いが、新たに最高に可愛い」
「ああ。いつも通りのお前が好きだが、たまにはドレス姿もいいものだな」

 二人がかりで褒めると、照れくさそうに笑う顔が、またたまらなく愛くるしい。
 ちらりと父を窺うと、注意する気は無いようで、笑顔でうなずいている。
 妻にしか見惚れないと言い切っていたイストバは、まだ赤い顔で口をぽかんと開けたままアーネストを見ていた。
 父がにやりとして声をかけた。

「イーバくん、賭けは僕の勝ちだね」
「うえっ!? あっ! いやこれはその……まいったな」

 生温い笑顔で夫を見ていたレイニアと目が合って、とっさに言い訳を探したイストバだが、すぐに苦笑して首肯した。

「これは予想外だった。認める。さすがは寒月くんと青月くんを夢中にさせるだけあるよ。でも僕が夢中になるのは妻だけだよ? それは本当だからね、ハニー?」

「こんな方に見惚れなかったら、あなたの審美眼を疑いますわ。本当に……夢を見ているよう」

 うっとりと頬に手をあてるレイニアを横目に、歓宜が栴木に尋ねた。

「どうです、叔父上。うちの義弟は」

 大岩のごとき叔父は、こんなときでも顔色ひとつ変えぬままムッスリと、

「――表面は取り繕える。わたしが重要視しているのは最初から、エルバータ人が獣人に差別意識は無いのか、王子を支えられるのか、獣人の国の王子妃として相応しいのかどうか、だ」

「今はドレス対決だろうがよ」

 苛立ちを隠さず寒月が言い返すと、浬祥があわてて「そうですよ父上!」とあいだに入ろうとしたが、険悪な空気の中、レイニアが「あら?」と不思議そうな声を上げた。

 令嬢たちと同じく用意された席へ案内されようとしていたアーネストが、何やらドレスのドレープを気にしていると思いきや。
 そこにはなんと、みごとに隠されたポケットがつくられていて……灰色の子猫が、ぴょこっと顔を出した。

「「「「「あっ!?」」」」」

 貴賓席からも臣下たちの席からも、驚きの声が上がった。
 アーネストはそれに気づくと、双子へと振り返り、笑いながら小声で言った。

「凄いでしょう? ピュルリラさんに無理を言って作ってもらった、白銅くん専用ポケット!」

 両手で抱いた子猫を得意そうに見せたところで、微笑を浮かべたままの刹淵に子猫を没収され、「ああっ! 白銅くんっ」『ニャーッ! アーネスト様ー!』と、小さな騒動を起こしている。

 それを見ていた父王が吹き出し、すると臣下たちのあいだにも、

「なんとまあ、子猫の従僕をあんなに可愛がって」

 暖かな笑いが広がって、一気に場の空気が和んだ。

「……差別意識があるように見えるか?」

 冷たい声で問うた青月を、栴木は無言で一瞥しただけだった。
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