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第18章 勝敗と乙女ごころ
ドレス対決
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「本当に艶やかよ、繻子那様! 菫の花の精のよう!」
「やっぱり前からオーダーしてあったドレスで大正解よ。ピュルピュル・ラヴュはいま大評判ではあるけど、デザインの我が強いじゃない?」
「そうね。判定人が大公ご夫妻でいらっしゃるなら、きっと『本物の上質さと美しさを備えたドレスで、かつ本当に似合っている』というごく基本的なところを重要視されると思う。奇抜さは要らないのよ」
琅珠、壱香、久利緒から口々に称賛された繻子那は、
「ありがとう。そうだといいのだけど」
謙遜してみせた。
この競い合いでは、ドレスの着こなしや美しい所作は繻子那の担当だから、三人とも繻子那を立ててくれている。
けれども実際は彼女たちとて、「自分こそ一番目立つ、一番美しいドレスを」と着飾ってきたに違いない。
「美人といっても、所詮は男。あなたには敵わないわ」
「悪目立ちなら向こうの勝ちでしょうよ」
クスクス笑っていると、
「完璧に振舞う心の準備はできているな」
厳しい表情の弓庭後侯爵から確認されて、四人とも「もちろんです」と答えた。
入場は各々の父親にエスコートされることになっていて、アーネストは侍従長が代役をするらしい。
大広間の前に到着すると、扉の向こうから王や臣下たちの賑やかな声が聞こえてきて、さらに胸が高鳴った。
繻子那も、ほかの三人も、こうした華やかな舞台が大好きなのだ。
「それでは、ご入場いただきます! アルデンホフ大臣ご令嬢、琅珠嬢!」
琅珠は、ワンショルダーに大輪の花飾りを流れるようにあしらった、濃紺のドレスだ。華やかに流れる裾に銀糸の精緻な刺繍と真珠がちりばめられていて、彼女のお気に入りの青月を意識していることがよくわかる。
「今宵はまた一段とお美しい!」
「いつもながら、優美この上ないですわね」
聞こえてくる賛美。
当然だ。自分たち四人はいつだって注目の的なのだから。
「蟹清伯爵ご令嬢、壱香嬢!」
「おお、これはまた華やかな」
「大輪の薔薇のようですわ」
壱香は、彼女の性格そのものの深紅のラッフルドレス。腰でキュッと結ばれた金の縁取りの愛らしいリボンは、寒月に憧れている彼女の気持ちの表れだろう。
「弓庭後侯爵ご令嬢、久利緒嬢!」
久利緒は、強気な彼女らしく美しい躰の線を際立たせた、ピンクのドレス。尾骨の辺りまで大胆に背中が露出している。彼女は『美容術』を競うから、自分の肌を最も美しく見せるドレスを選んだのだろう。
「素敵!妖艶でありながら可憐で」
「肌もひときわ艶めいて見えるな」
この競い合いを勝ち抜けば、『双子殿下からフラれたのに、みっともなくすがりついている元王子妃候補たち』なんていう腹立たしい陰口に、いちいち気持ちを乱されなくて済む。
だから三人が気合いを入れて臨むのは、当然なのだけれど。
それでも、最も美しくドレスを着こなしているのは自分だと、繻子那は自負していた。
「守道子爵ご令嬢、繻子那嬢!」
今夜のドレスは、つややかな菫色のポールガウン。肩は出しつつ、ふんわり膨らんだ袖は初々しく見えるはず。微妙に色合いを変えた三色菫が散りばめられている。
幼い頃からドレスに囲まれてきたおかげで養われた審美眼。その理想を追求した夢のドレスだ。
本当は、王子たちの次の誕生日に着ようと作らせていたものだが。
この勝負で負ければ次は無いのだから、出し惜しんでも仕方ない。
と、期待通り、ひときわ大きな歓声が上がった。
「んまあ、なんて洗練された華やかさでしょう!」
「繻子那嬢の典麗さそのものだな」
うっとりとした視線を心地よく浴びながら、足の運びのひとつひとつにまで気を遣って、貴賓席の前へと向かった。
王族と大公夫妻に向かってカーテシーをするとすぐ、令嬢たちに用意された席へと案内された。
目が合って、小さくうなずき合う。
よかった。出だしは上々だ。
繻子那は改めて、白い手袋をはめた手で、ドレスをそっと撫でた。
このドレスを見ていると、純粋に「王子様とお姫様」に憧れていた昔を思い出す。
虎の女は怖いとか、気性が激し過ぎるとか、好きなように評されているし、実際そうなのだろうけれど。
自分たちにだって、頼りになる男性に守られて、子宝に恵まれて、幸せな家庭を持ちたいと夢見る気持ちがあるのだ。
だから。
強く美しい双子王子のどちらかと、そうなるのだと信じてきたのに。
ずっとずっと、そうなるのだと信じてきたのに……。
ギリ、と唇を噛みしめそうになって、あわてて止めた。
エルバータから呼び寄せられた元皇子――双子王子の憎悪の対象だったはずのアーネストが、あっという間に二人の心をさらっていくのを、呆然と見ていることしかできなかった。
今さらその事実は変えようもない。
だが今日の競い合いには必ず勝つ。
奪われた王子たちの心を、奪い返してみせる。
――けれど、最近よく心の中で、幼い頃の自分が話しかけてくるのだ。
『そうじゃないの』
「アーネスト・ルイ・ウォルドグレイブ伯爵!」
我に返った繻子那は、弾かれたように扉のほうを見た。
アーネストは少し遅れて来るとかで、廊下ではまだ会っていなかった。
そうして、入場してきた彼を見た瞬間。
心臓がドクンと大きく脈打った。
大男の刹淵に手を引かれた、白く輝くような妖精が、そこにいた。
月光の下の雪原みたいに、無垢で、それでいて心をざわつかせる輝きの。
あんなにも騒がしかった者たちが、息を呑んでいる。
魅入られるとは、まさにこのことを言うのだろう。
繻子那もまた、貧血を起こしそうになりながら、まばたきも忘れて彼を凝視した。
アーネストのドレスは紫系、そしてオフショルダーのポールガウンという点で、繻子那と被っている。
通常のパーティーならデザイナーたちがほかの参加者の情報を教えてくれるけれど、今回はそれが無いから、何かしら被るかもと思ってはいたが。
ただしアーネストのドレスは紫といっても淡い藤色だ。
夢見るように淡く澄んだ……アーネストの瞳みたいな色。
なんて綺麗な色だろう。
繻子那はこのときまで、その色がこんなに美しいと知らなかった。
たっぷりと使われたアンティークレースが平らな胸をカバーしてボリュームを出しながら、雪白の肩をいっそう儚げに見せている。
腰は男とは思えないほど細くて、そこからふんわりと広がるドレープにはレースが重ねられていた。
そこには裾にいくほど濃色になるよう、濃淡の藤色の花がちりばめられていて、恥ずかしそうに微笑んだアーネストが裾を揺らすと、レースの上の花々が、彼のため咲き乱れているみたいに見えた。
まるで花園の中の妖精だ。
髪には可憐な花冠を着け、ポニーテールに結ったようにつけ毛がしてある。けれど、そんなものは無くとも、この神秘的な美には影響しないだろう。
見たくない、と思いながら、繻子那の視線は双子王子へと向かった。
そして二人の表情を見た瞬間、胸をぎゅっと押さえていた。
『そうじゃないの』
また幼い自分の声が聞こえてくる。
貴賓席の前に進み出て、すべての女の子が真似したくなるようなカーテシーをする妖精と、彼しか眼中に無いという王子たちを見ながら。
『あんなふうに、なりたかったの』
昔の自分が、無邪気に憧れていた。
「やっぱり前からオーダーしてあったドレスで大正解よ。ピュルピュル・ラヴュはいま大評判ではあるけど、デザインの我が強いじゃない?」
「そうね。判定人が大公ご夫妻でいらっしゃるなら、きっと『本物の上質さと美しさを備えたドレスで、かつ本当に似合っている』というごく基本的なところを重要視されると思う。奇抜さは要らないのよ」
琅珠、壱香、久利緒から口々に称賛された繻子那は、
「ありがとう。そうだといいのだけど」
謙遜してみせた。
この競い合いでは、ドレスの着こなしや美しい所作は繻子那の担当だから、三人とも繻子那を立ててくれている。
けれども実際は彼女たちとて、「自分こそ一番目立つ、一番美しいドレスを」と着飾ってきたに違いない。
「美人といっても、所詮は男。あなたには敵わないわ」
「悪目立ちなら向こうの勝ちでしょうよ」
クスクス笑っていると、
「完璧に振舞う心の準備はできているな」
厳しい表情の弓庭後侯爵から確認されて、四人とも「もちろんです」と答えた。
入場は各々の父親にエスコートされることになっていて、アーネストは侍従長が代役をするらしい。
大広間の前に到着すると、扉の向こうから王や臣下たちの賑やかな声が聞こえてきて、さらに胸が高鳴った。
繻子那も、ほかの三人も、こうした華やかな舞台が大好きなのだ。
「それでは、ご入場いただきます! アルデンホフ大臣ご令嬢、琅珠嬢!」
琅珠は、ワンショルダーに大輪の花飾りを流れるようにあしらった、濃紺のドレスだ。華やかに流れる裾に銀糸の精緻な刺繍と真珠がちりばめられていて、彼女のお気に入りの青月を意識していることがよくわかる。
「今宵はまた一段とお美しい!」
「いつもながら、優美この上ないですわね」
聞こえてくる賛美。
当然だ。自分たち四人はいつだって注目の的なのだから。
「蟹清伯爵ご令嬢、壱香嬢!」
「おお、これはまた華やかな」
「大輪の薔薇のようですわ」
壱香は、彼女の性格そのものの深紅のラッフルドレス。腰でキュッと結ばれた金の縁取りの愛らしいリボンは、寒月に憧れている彼女の気持ちの表れだろう。
「弓庭後侯爵ご令嬢、久利緒嬢!」
久利緒は、強気な彼女らしく美しい躰の線を際立たせた、ピンクのドレス。尾骨の辺りまで大胆に背中が露出している。彼女は『美容術』を競うから、自分の肌を最も美しく見せるドレスを選んだのだろう。
「素敵!妖艶でありながら可憐で」
「肌もひときわ艶めいて見えるな」
この競い合いを勝ち抜けば、『双子殿下からフラれたのに、みっともなくすがりついている元王子妃候補たち』なんていう腹立たしい陰口に、いちいち気持ちを乱されなくて済む。
だから三人が気合いを入れて臨むのは、当然なのだけれど。
それでも、最も美しくドレスを着こなしているのは自分だと、繻子那は自負していた。
「守道子爵ご令嬢、繻子那嬢!」
今夜のドレスは、つややかな菫色のポールガウン。肩は出しつつ、ふんわり膨らんだ袖は初々しく見えるはず。微妙に色合いを変えた三色菫が散りばめられている。
幼い頃からドレスに囲まれてきたおかげで養われた審美眼。その理想を追求した夢のドレスだ。
本当は、王子たちの次の誕生日に着ようと作らせていたものだが。
この勝負で負ければ次は無いのだから、出し惜しんでも仕方ない。
と、期待通り、ひときわ大きな歓声が上がった。
「んまあ、なんて洗練された華やかさでしょう!」
「繻子那嬢の典麗さそのものだな」
うっとりとした視線を心地よく浴びながら、足の運びのひとつひとつにまで気を遣って、貴賓席の前へと向かった。
王族と大公夫妻に向かってカーテシーをするとすぐ、令嬢たちに用意された席へと案内された。
目が合って、小さくうなずき合う。
よかった。出だしは上々だ。
繻子那は改めて、白い手袋をはめた手で、ドレスをそっと撫でた。
このドレスを見ていると、純粋に「王子様とお姫様」に憧れていた昔を思い出す。
虎の女は怖いとか、気性が激し過ぎるとか、好きなように評されているし、実際そうなのだろうけれど。
自分たちにだって、頼りになる男性に守られて、子宝に恵まれて、幸せな家庭を持ちたいと夢見る気持ちがあるのだ。
だから。
強く美しい双子王子のどちらかと、そうなるのだと信じてきたのに。
ずっとずっと、そうなるのだと信じてきたのに……。
ギリ、と唇を噛みしめそうになって、あわてて止めた。
エルバータから呼び寄せられた元皇子――双子王子の憎悪の対象だったはずのアーネストが、あっという間に二人の心をさらっていくのを、呆然と見ていることしかできなかった。
今さらその事実は変えようもない。
だが今日の競い合いには必ず勝つ。
奪われた王子たちの心を、奪い返してみせる。
――けれど、最近よく心の中で、幼い頃の自分が話しかけてくるのだ。
『そうじゃないの』
「アーネスト・ルイ・ウォルドグレイブ伯爵!」
我に返った繻子那は、弾かれたように扉のほうを見た。
アーネストは少し遅れて来るとかで、廊下ではまだ会っていなかった。
そうして、入場してきた彼を見た瞬間。
心臓がドクンと大きく脈打った。
大男の刹淵に手を引かれた、白く輝くような妖精が、そこにいた。
月光の下の雪原みたいに、無垢で、それでいて心をざわつかせる輝きの。
あんなにも騒がしかった者たちが、息を呑んでいる。
魅入られるとは、まさにこのことを言うのだろう。
繻子那もまた、貧血を起こしそうになりながら、まばたきも忘れて彼を凝視した。
アーネストのドレスは紫系、そしてオフショルダーのポールガウンという点で、繻子那と被っている。
通常のパーティーならデザイナーたちがほかの参加者の情報を教えてくれるけれど、今回はそれが無いから、何かしら被るかもと思ってはいたが。
ただしアーネストのドレスは紫といっても淡い藤色だ。
夢見るように淡く澄んだ……アーネストの瞳みたいな色。
なんて綺麗な色だろう。
繻子那はこのときまで、その色がこんなに美しいと知らなかった。
たっぷりと使われたアンティークレースが平らな胸をカバーしてボリュームを出しながら、雪白の肩をいっそう儚げに見せている。
腰は男とは思えないほど細くて、そこからふんわりと広がるドレープにはレースが重ねられていた。
そこには裾にいくほど濃色になるよう、濃淡の藤色の花がちりばめられていて、恥ずかしそうに微笑んだアーネストが裾を揺らすと、レースの上の花々が、彼のため咲き乱れているみたいに見えた。
まるで花園の中の妖精だ。
髪には可憐な花冠を着け、ポニーテールに結ったようにつけ毛がしてある。けれど、そんなものは無くとも、この神秘的な美には影響しないだろう。
見たくない、と思いながら、繻子那の視線は双子王子へと向かった。
そして二人の表情を見た瞬間、胸をぎゅっと押さえていた。
『そうじゃないの』
また幼い自分の声が聞こえてくる。
貴賓席の前に進み出て、すべての女の子が真似したくなるようなカーテシーをする妖精と、彼しか眼中に無いという王子たちを見ながら。
『あんなふうに、なりたかったの』
昔の自分が、無邪気に憧れていた。
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