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第16章 王子妃の座をかけて
それで行きましょう
しおりを挟む僕は令嬢たちひとりひとりを見つめながら言った。
「ご令嬢方は、幼い頃より王子妃になるための教育を受け、努力されてきたとのことで」
「その教育とやらで、自分たちになびかない王子の妃になるには、催淫薬と毒を盛って無理矢理子種を得ろと指導されたのか?」
侮蔑たっぷりの野次を飛ばした歓宜王女に、令嬢たちが色をなしたが、それもまた父親たちに制された。
鼻で嗤う王女に苦笑しつつ、話を進める。
「王女殿下からも、『その努力の内容で競い合え』というお言葉がありましたから」
「言ったっけか」
「言ったよ~歓宜姫」
厨房から持ち込んだ干しリンゴをモグモグしながら言った浬祥さんに、王女は「そうか」とうなずいて、一緒に袋いっぱいの干しリンゴを食べ始めた。
王女の口が塞がって静かになっているうちに、急いで話を再開しよう。
両隣の双子が、このわけのわからない事態に、また不機嫌になってきているからね。
「ですから『王子妃教育』の内容に沿うかたちで、競い合うのが妥当かと思います。けれど僕はその内容を存じませんので、陛下の御前にてご助言を賜りつつ、決めさせていただければと」
「そんなの、お前が絶対不利じゃねえか」
寒月が声を荒らげたが、僕は薬湯をチビチビ飲みながら、「うーん」と首をかしげる。
「でも薬草以外に僕が人と競い合えることなんて、そもそも無いからねえ。きみたちの言う通り、体力勝負や大食い競争は無理だし。その点、王子妃教育なら、筋肉勝負の科目は無いでしょ? たぶん」
「それはそうだが……」
青月も渋い顔をしているけれど、王様は「なるほど~」とうなずき、
「じゃあ、久利緒ちゃん。きみが代表して、王子妃教育ではどんなことを学んだのか、教えてくれる?」
「は、はい、承知いたしました陛下」
久利緒嬢はあわてて立ち上がったが、その後は綺麗なカーテシーを見せた。
「お答えいたします。わたくしが思いますに、まず第一に行儀作法、各種式典のしきたりやドレスコードに語学、要人との会話術。主な関係国の情勢も学び、そしてもちろん、ダンスや詩の朗読、歌に楽器演奏、刺繍に美容術、さらには……」
「うーん。もういいよ」
王様は苦笑して久利緒嬢を座らせ、王女に目を向けた。
「歓宜。この内容で、どうやって競い合わせるつもり?」
服の上からでもわかるほど筋肉の盛り上がった腕を組んで、王女も眉根を寄せた。
「確かに地味だな。こんな地味な内容しか無いとは思わなかった。この弟たちに乗っかるくらいだから、格闘技でもやっているかと」
「か、格闘技なんて習いません!」
「するわけありませんでしょう!」
すかさず壱香嬢と繻子那嬢が真っ赤になって反論したが、僕は、うろんな目つきで彼女たちを見た。
虎獣人だけあって、細身ではあっても、着衣状態での印象よりずっと骨格のしっかりした体格だった。
彼女たちの裸体を目にしたときのことを考えると、同時に、同じく全裸の双子との絡みをも思い出してしまう。モヤッとする。
……モヤッとする!
じっとりと双子を見たら、珍しく敏感に僕の気持ちを察したか、青月が気まずそうに横を向いて額を押さえ、寒月も目を逸らして、「歓宜め、よけいなこと言うんじゃねーよ」とぼやいている。
王女の耳にそのぼやきは届かなかったようで、
「もっと派手な科目は無いのか?」
と尋ねた。
「王子妃たるもの、主役は王子殿下であると心得ておりますもの。自分が派手である科目は必要ございませんわ」
ツンと答えて弓庭後侯から「これ!」と注意されている久利緒嬢もほかの令嬢たちも、充分華やかな装いで、街でも浮くほど派手に目立っていたけれど。
そこで王様が質問を変えた。
「んーじゃあ、きみたちの得意科目をひとりずつ言ってみて」
「わたくしはダンスを褒めていただけます」と壱香嬢。
「わたくしはドレスのセンスと着こなし、所作も、教師から合格点をいただけましたわ」と繻子那嬢。
「わたくしは美容術です。お肌のお手入れ法をよく訊かれますの」と久利緒嬢。
「わたくしは……刺繍、でしょうか。それと、リュートを少々」と琅珠嬢。
ふむふむと聞いていた王様は、今度は僕を見てにっこり笑い、
「どう? アーちゃん。この中に競い合いたいなと思うものはある?」
そう尋ねてきたが、口をひらいた僕より先に、王女が「それなら」とニヤリと笑った。
「ぜんぶ合わせればいい。手入れの行き届いた肌でセンスの良いドレスを着て、刺繍作品と楽器演奏を披露し、優雅にダンスを踊って、それぞれ誰が一番出来が良いかを競い合う」
「「「……はい?」」」
声をそろえて訊き返したのは、僕と双子の三人だ。
あんぐりと口をあけて王女を見ているあいだに、令嬢たちはにわかに活気づいて、
「それはよろしいですわね!」
「ぜひ、それで行きましょう!」
「さすが王女殿下、素晴らしいご発想です!」
「けれど男性がドレスはさすがに……いくらお美しい伯爵様でも、骨格が違います。本当にそれでよろしいのですか?」
琅珠嬢の「ドレス」発言を聞いて、ほかの令嬢たちが吹き出した。さすがに王様の前だから、それ以上バカにしてくることはないけれど。
そんな娘たちの前に座る父親たちも、心なしか表情が明るくなっていた。王女が出した提案に乗れば、娘たちが王子妃候補に戻れる可能性大と踏んだのだろうか。
でもまあ、普通はそう考えるよね。
さすがに僕にドレスは無理だ。
そう王女に申し出る前に、寒月が抗議してくれた。
「てめえ、歓宜! なに考えてんだ、アーネストに楽器演奏なんかできるわけないだろうが!」
「え。で、できるよ? 少しは」
「できると言ってるぞ」
歓宜王女はそう言ってるのに、寒月は僕の手をガシッと握って、「無理するな、アーネスト」と慈しみを込めて見つめてきた。
「お前が笛を吹こうものなら呼吸が乱れて倒れるし、リュートなんぞ弾いたら指から血が噴き出すぞ」
「え。で、でも」
「そうだぞアーネスト」
今度は青月が、両手で頬をつつんで見つめてきた。
「お前がダンスなんて踊ったら、呼吸が乱れて倒れるし、足が痛くて失神する」
そんな馬鹿な。
「ちょっ、待って二人とも。僕だってさすがに、」
「大丈夫だ、無理するな」
「税金の計算の早さ競争にしろ。それならお前が一等賞だ」
青月のその提案に、令嬢と四家当主たちがビクッとしたが、僕は「もうっ!」と至近距離にある二人の顔を押しのけた。お膝で白銅くんが寝ているから、太腿をぴっちりくっつけたままお行儀よく。
「僕だって無理しなければ少しは出来るよ、ダンスも楽器演奏も! ケホッ」
「ほら、咳出てるじゃねえか。喉に負担がかかることなんかやめとけ、な?」
「ダンスもけっこうな体力勝負だぞ?」
できると言ってるのに、ちっとも信用してくれない!
僕はキリリと王様を見た。
「僕も王女殿下の仰った条件で異存はありません、それで行きましょう」
「「アーネスト!」」
キャーッ! と令嬢たちが手を取り合って喜ぶ声が響く中、双子がぼそっと言った。
「「お前……ドレスを着ることになるんだぞ?」」
あ。
しまった。
それを忘れてた。
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