召し使い様の分際で

月齢

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第16章 王子妃の座をかけて

アーネストからの条件

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 僕はド田舎の領地ダースティンで育ったけれど、祖父の代からウォルドグレイブ家に仕え、あらゆる知識に精通しているジェームズが、勉学はもちろん、およそ貴族として必要な素養はすべて身につけさせてくれた。

「帝都の皇族貴族より、お祖父様やローズマリー様のほうが、ずっとずっと優雅で博識でしたよ」

 ジェームズはよくそう言って、懐かしい話や楽しい想い出話を披露しながら指導してくれた。だから僕は『学び』の時間がとても楽しみだった。
 ジェームズとしては、僕が田舎育ちだからといって、皇族からもほかの貴族からも馬鹿にされてなるものかという、意地があったようだけど。

 でも今ならよくわかる。ジェームズはとっても優秀な教師だった。
 何かといえば倒れたり寝込んだりする僕の体調を考慮しつつ、あれこれと教え込むのは、すごく大変だったと思う。改めて感謝に堪えない。

 ――そんな老執事の苦労に報いて、大きく花ひらかせるときが来た!

 と、僕は前向きに考えているのに、双子は相変わらず『心配でたまらない』という顔で僕を見ている。信用ないなあ。
 けれどそれもこれも、僕が虚弱ゆえなので仕方ない。
 僕は僕にできることを精いっぱいやって、信頼を勝ち取っていくしかないんだ。

 喜ぶ令嬢たちにチラリと視線を走らせた王様が、「それじゃあ」と僕を見た。

「内容がかなりお嬢さんたちに有利だから、アーちゃんの希望も何か取り入れたいけど、何かある?」

 王様のその言葉に、当主たちが眉根を寄せ、警戒心を見せた。
 先ほどからやけに存在感を消していたアルデンホフ氏の表情にも、通常通り、僕への嫌悪が露わになっている。
 でも、大事なのはここからだからね。
 要望はきっちり言わせてもらいましょう。

「ありがとうございます陛下。まず、勝敗の判定方法についてはどうお考えですか?」

「ああ、そうだね。えーと……」
「陛下。畏れながら」
「ん? どしたの刹淵セツエン

 ヒグマ侍従長さんが、王様に何か耳打ちをすると。
 それを聞いた王様は笑みを深めて、僕らを見回した。

「公平な第三者の判定人の目星がついたよ。公表してしまうと買収や妨害などの恐れがあるから、当日まで伏せておこうね」
「当日っていつだよ」

 寒月の問いに、

「そうだねえ。二十日後くらいでどう?」
「それではアーネストのドレスの準備が間に合わない」

 青月が反対すると、歓宜カンギ王女が「任せろ」と僕に向かってニカッと白い歯を見せた。

「私の贔屓の店のデザイナーを紹介してやる。腕が良い上に、いつも無理な注文に対応してくれるからな」
「それは歓宜の圧が怖えからだろ」

 寒月の頭を勢いよく叩いた王女は、「そのぶん通常の十倍は払ってやらねばならんが」と付け足したけど、もちろん僕はその申し出を受けることにした。
 デザイナーの知り合いなんていないから、とても助かる。

「じゃ、正式な日時は明日中にお知らせするけど、二十日後くらいを目安にしといてね」

 四家の父娘たちも了承し、王様が「ほかには何かない?」と訊いてきたところで、肝心な件を追加させてもらうことにした。

「陛下。この競い合いはおそらく周知の事実となり、かなりの注目を集めるはずです。なぜならそこに至るまでの経緯からして、城下街に居合わせた、たくさんの人々に目撃されていましたから」

「「「「そうなのか!?」」」」

 四家の父親たちがギョッとして振り返ると、娘たちは「そうよ」「さっきも言ったじゃない!」と肯定した。

「街中で『裸族四人衆!』とか言われたのよ、信じられる!?」
「ひどい屈辱よ! 競い合いであいつを負かして土下座でもさせなきゃ気が済まない!」

 令嬢たちは憤慨し、父親たちは「どんだけ騒ぎになっているんだ」と呆然としているが、王様が「裸族四人衆」と小さく吹き出したので、全員の視線がそちらへ向いた。

「失礼。それで? アーちゃん」

 王様はまだクックッと笑っているけど、続けよう。

「これはリスクの高い競い合いです。敗者となれば王子妃の座を潔く諦めねばならないのはもちろん、世間の好奇の目や、誹謗中傷に晒されるでしょう。
 けれど失礼ながら、ご令嬢たちにとっては願ってもない機会です。王城の使用人を買収して離宮に侵入した上、王子殿下方に悪質な薬を盛って性行為を強要したのですから、」

「違うわ! わたくしたちは知らずに」
「ドーソンたちの復讐に利用されたのよ!」

 王様はにっこり笑って、当主たちを見た。
 途端、当主たちの血の気が引いて、泡を食って娘たちに「黙っていなさい!」と大声で叱りつける。
 うーむ。何があったか知らないけども、寒月とよく似た男前な王様の笑顔が、恐怖の象徴になっているみたい。
 とにかく話を続けよう。

「――ですからはっきり申し上げますが、本来ご令嬢方は、王子妃になるどころか、裁きの場に出されて当然の身」

 当主たちの表情がこわばった。
 うしろで小声で文句を言っている令嬢たち同様、反論したくてたまらないのだろう。が、

「「当然だな」」

 当の双子が冷たい声音で言い放ったので、彼らもびくりと押し黙った。

「ですが競い合いの勝者となれば、堂々、婚約者として返り咲けるかもしれないのですから。ご令嬢たちにとっては、むしろ降って湧いた幸運でしょう。
 一方、僕には、失うものはあっても、旨味は無い競い合いです。王子妃になれるかどうかはともかく、わざわざ競い合わずとも、その……お二人の愛情を、贅沢なほどにいただいておりますので」

 愛されていると、皆と本人たちの前で主張することの、この恥ずかしさよ。
 頬を熱くしてうつむいたら、左右から頭と頬にキスの雨が降ってきた。

「王子妃になるに決まってんだろ」
「ちっとも贅沢じゃない。一生かけて愛するんだから」

 耳にもキスされながら優しく囁かれて、うっとりと口づけを受け入れ――そうになったところで、視界の端に憎々しげに僕を睨みつける令嬢たちが飛び込んできて、我に返った。

 いかんいかん。
 王様もやけに嬉しそうに僕らを見ているし。
 僕はほんと、双子に関してはチョロい……恥ずかしい。

 膝の上の白銅くんを見て気持ちを切り替え、平静を装って口をひらいた。

「受けずともいい競い合いに応じたのですから、僕にも『旨味』をいただきたいと存じます」
「うんうん、当然だね! で、どんな?」
「はい陛下。勝敗結果に金銭を賭けさせていただきたく。とりあえず、おひとり十億キューズほどで」
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