召し使い様の分際で

月齢

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第13章 温泉と薬草園

急用……?

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 傷病兵の御一行様が碧雲町に到着した。
 それからはもう、目が回りそうな忙しさ。

 ひとりひとりから詳細に、現状や要望を聞き取ったり、身体測定をしたり、症状に合わせた試食用の薬膳メニューを考えたり、薬湯を処方したり、温泉の入り方を指導したり……。

「おーいコーネルくーん! こっち手伝ってー!」
「はいいっ、いま行きます、店長!」

 傷病兵の方たちに同行して、医師や、薬舗の店長の三自ミツジさんや、数名の薬舗従業員にも来てもらったし、町の皆さんにも協力してもらっているけれど。
 心身共にさまざまな問題を抱える患者さんたちに療養してもらうのは、わかっていたけど改めて大変なことだ。

『ニャーッ! コーネルさん、また雑巾の水こぼしてますっ!』
「うわわっ! ごめんね白銅くん、いま拭くからね、ごめんね」

 軌道に乗るまでは、無理の無い範囲でやって行かねば。
 少数ずつ受け入れて、態勢を整えながら改善点を見つけて。

「コーネルくーん! そちらのお客さんのお部屋はこっちだよーっ!」
「すすすすみません、間違えました! すみませぇん!」

 ……うん。やっぱり療養施設で儲けを見込めるのは、かなり先になりそう。こういう目的の施設だから、赤字にならなければ良いと思っているし。

 栴木センボクさんから出された課題のうち『双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと』については、この施設をつくることで、一件クリアとさせてもらうつもりだ。
『一年以内に』という条件もついているけど、療養に期限を設けるのは無理のある話だし、施設の開業と運営計画だけで許してもらう。
 許してくれなければ駄々をこねてやる。

『フニャーッ! なんで抱っこするんニャーッ!』
「あ、あの、踏まれないかと心配で。ごめんね、ごめ……いたたっ」

 栴木さん案件だけでも、あと三千万キューズ稼がねばならないわけだけど。
 この施設から一年以内にそれだけの儲けを出すのは無理という結論が出た。開業時はとにかく出費が嵩む。
 やっぱりアレかな。
 そろそろアレの結果がわかる頃だよな。

『シャーッ! あたまを吸うニャーッ!』
「ああっ! ご、ごめん、無意識に吸ってた! ごめんね、ごめんねっ!」

 思わず吹き出して、僕は机から顔を上げた。

「本当に賑やかになったなあ」

 例によって僕は体力仕事から外され――青月はもちろん、白銅くんや従業員たちの総意で――宿の一室を作業部屋にして、処方を考えたり、仕事の割り当てを考えたりしているのだけど。
 廊下のほうから聞こえてくる活気あふれる声に、しょっちゅうニヤけたり吹き出したりしていた。
 コーネルくん加入で、なんだか一気に賑やかになった。

 コーネルくんに薬舗で勤めてみないかと提案した理由は二つ。
 ひとつは、単に働き手が欲しかったから。

 薬湯の冤罪騒ぎのとき、僕の薬湯の処方を持ち出したのは、王城の庭師の芭宣バセン親方の口利きで雇った瀬頭セズさんだった。
 そのことを芭宣さんはひどく気に病んで、何度も謝罪された。
 芭宣さんが悪いわけじゃないのに。

 だからコーネルくんのような、周囲をほっとさせる人が仲間入りしてくれれば、芭宣さんもちょっとは心が軽くなるかもしれない……という期待もある。

 もうひとつは、大型犬のモフモフだから。
 ……ではなくて、彼をここに来させた令嬢と、繋がる人物だから。
 未だに令嬢の名を明かさないコーネルくんから、無理に訊き出そうとは思わないけど。
 向こうが僕を陥れたがっているのなら、そのうちまた彼を通じて何か仕掛けてくるかもしれない。

 コーネルくんも最初は、うちの薬舗で働くことに乗り気でなかった。
 たくさん学んで師に恩返しをしたいという願いと、師にとっては仇のような僕のもとで働くのは師に対する裏切りではないかという思いとで、揺れ動いていた。

 でも御形氏には薬師協会から、ドーソン氏には医師協会から、それぞれ一年半の謹慎処分が出ていると聞く。その期間は就業を禁止されているらしく、弟子への指導もできまい。
 それはコーネルくんもわかっていたようで、結局、とにかく学びたい、という欲求が勝ったようだ。それがきっと、恩返しにも繋がるからと。

「決めたからには精いっぱいやります!」

 そう頭を下げて、気力体力が回復するや、早速、働き出してくれた。基本的に頑丈みたい。羨ましい。
 ちなみに白銅くんが、

『あの人、薬膳の食事と薬湯の効き目が凄すぎるって涙目でした』

 と言っていた。それは良かった。

 そんなコーネルくんは意外に力持ちで、患者さんの介助のときなど凄く助かっている。
 要領は悪くとも真面目で丁寧な仕事ぶりを、三自さんも喜んでいるし、患者さんからも好評だ。

 白銅くんだけは、『あの人、油断すると抱っこしてきます!』と怒ってたけど。
 それは仕方ないよ……こんな可愛い子猫がちょこまか歩いていたら、誰でも抱っこしたくなるもの。

 ――こうして僕は、新たなモフ……従業員を獲得し、順調に、療養施設の構想を練っていたわけだけど。

 気になるのは、青月がやけに静かなことだった。
 いつコーネルくんに喧嘩を売りに来るかとヒヤヒヤしてたのに。
 ……まあ、問題が無いのは良いことだよね。
 うんうん、よかったよかった。

 なんて思っていたら、『アーネスト様!』と、半分開けておいた扉から子猫が入ってきた。

「お帰り白銅くん。お膝においで~」

 白銅くんは、ちょっとお尻をフリフリして上手に僕のお膝に飛び乗った。
 小さな頭を撫でるとコロコロ喉を鳴らしたが、ハッとしたように、『いけない、忘れるところでした』と見上げてきた。可愛い。

『寒月様が、こちらに来られニャくなったそうです』
「そうなの? 残念だね。仕事が忙しいのかな」
『そうかもしれません。青月様も、急用ですぐに王都に戻られると』
「ええっ!?」

 初耳。ほんとに急だな。
 事情を訊きに行こうと子猫を腕に抱き立ち上がったら、ちょうど、青月の屋敷の執事さんがやって来た。
 彼が言うには、青月はすでに王都へ向け町を発ったが、寒月の手配で、すぐに浬祥リショウさんがこちらに来るとのこと。
 それを聞いた子猫がガックリとうなだれた。

 ……なんだか胸騒ぎがしてきた。
 いくら急用でも、黙って発つなんて青月らしくない。
 寒月が、僕に帰って来いと言うのでなく、浬祥さんを寄こすのも、らしくない。

 いったい何が起きているのだろう。
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