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第13章 温泉と薬草園
とんでもニャい令嬢
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モフス……コーネルくんは、つっかえながらも包み隠さず、碧雲町に至るまでの経緯を話してくれた。
語り終えた彼は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、ずいぶんとすっきりした表情に見えた。
嘘の苦手な、人の好い青年のようだから、こっそりと『ウォルドグレイブ伯爵の不正を探す』なんて、最初から気の重い任務だったのだろう。
『そのとんでもニャい令嬢は、どこの誰ですか!』
白銅くんがシャキンと爪を出して問い詰めたけど、コーネルくんはそこだけは頑として口を割らなかった。
幼馴染みの青年に、虎の王子の領地に潜入するよう唆すなんて、あまり思いやりのある女性とは思えないけれど……。もしもその目的が青月にバレていたら、コーネルくんはただでは済まなかっただろうに。
それでも庇ってしまうんだね。
「悪いのは、善悪の判断ができなかったぼくだから……」
『あなたが悪いのはわかってます! でも、その令嬢はもっと悪いです!』
ちっちゃな尻尾をパシパシ打ち付けて怒る白銅くん。
コーネルくんはそんな子猫にビクビクしっぱなしだけど、子供相手に偉ぶらず、きちんと話を聞くところも、素直に反省できるのも、良い性質だと僕は思う。
隠し事には向かないけどね。
令嬢の身許を隠そうとしているのも、かなり今さら感だし……。
「その幼馴染みのご令嬢は」
「は、はい」
「コーネルくんのお父さんとも、親しく話す間柄なんだね。となると、そのご令嬢のおうちも資産家か、もしくは貴族?」
「ええっ!? ど、どうして……」
どうしてわかるのか、という顔だけど。彼の話を聞いていれば、鈍い僕でもそのくらいはわかる。
「だってコーネルくん、医師の学校を五回受験したのでしょう?」
『あ、そうですよね。お金持ちじゃないと無理です』
白銅くんのほうが、コーネルくん自身より先に気がついた。
「うん。医師の学校はものすごく費用がかかるもの。エルバータもそうだったけど、受験料だけでも相当な額になるでしょう」
『はい。だから元を取るためなのか、医師の治療代も、すごくお高いです』
「うん。残念ながら今のところは、かなりの資産家でなければ医師にはなれないのが現実なんだ。
ゆえにコーネルくんのおうちは資産家。親しく振る舞うそのご令嬢のお家も同等か、それなりに権勢のある貴族かも」
ぽかーんと口をひらいて僕らを見ているコーネルくんに、子猫が『そうだ!』と目を三角にした。
『スリに遭う前、不用心に、全財産の入った袋を人前で出したりしてたんじゃニャいでしょうね』
「う、うん。宿の支払いのとき出したよ。そのあとすぐ、買い物中にスられて」
『宿なんて人目が多いのに! 目をつけられてたんですよ、どうして小分けにしないんです? それに長旅なら、いざというときのために、靴とかにお金を忍ばせておくものですよ』
そうなのか……。
僕もそれは知らなかった。
「うう。そ、そうだよね。今度から必ずそうするよ!」
「うん。僕も」
一緒にうなずいた僕の声は聞こえなかったのか、白銅くんはコーネルくんへの追及を再開した。
『それでその令嬢は、どこの家門の方ニャんです』
「ええっ!? そ、それは、それは……」
「ふーむ」
僕も一緒に考えてみる。
「そのご令嬢は『すごい大物の婚約者になるはず』って言ったよね?」
「あっ!」
この質問にコーネルくんは、やけに大きくたじろいだ。
白銅くんも、子猫なりに怪訝な表情になっている。可愛いばかりだが。
「さらにそのご令嬢は、碧雲町に温泉が湧いて、療養所をつくる予定があって、傷病兵の方たちを招いて何をするかまで把握していた。
なぜなら『あの方たちに関する情報は入ってくる立場』だから」
『「お父様たちは諦めていニャい」けど、「相手の恋ごころはほかの方に向いている」とも言っていましニャ』
「相手に『あの方たち』と複数形を使う、権勢のある家門のご令嬢で、『すごい大物の婚約者になるはず』という条件に合う人は、そう多くはなさそうだねえ」
『アーネスト様。いま僕の頭に、ある高貴ニャお立場の男性二人に娘を嫁がせたがっている父親たちと、その令嬢たち、四名ずつの顔が浮かびました』
「僕もだよ、白銅くん」
僕と子猫は、そろってニンマリと口角を上げてコーネルくんを見た。
「あわわわわ」
話の流れを呆然と聞いていた彼は、導かれた結論にあわてふためいている。
コーネルくんの幼馴染みの令嬢は、双子の婚約者候補四人のうちの誰かで、間違いなさそうだ。
まあ、相手が誰にせよ。
悪意を持って金儲けの……じゃなくて商売の妨害をしようというのなら、受けて立ちますよ。
借金返済のその日まで、守銭奴への道は誰にも邪魔させぬ……!
『どうしますか、アーネスト様。青月殿下に言いつけますか?』
ご機嫌が直ったか楽しそうに訊いてきた白銅くんと、「そ、それはやめてっ」と焦っているコーネルくんの対比が面白い。
うん。とりあえず。
「コーネルくん。回復したら、うちの薬舗に勤めてみる?」
「はひ?」
『ニャッ!?』
語り終えた彼は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、ずいぶんとすっきりした表情に見えた。
嘘の苦手な、人の好い青年のようだから、こっそりと『ウォルドグレイブ伯爵の不正を探す』なんて、最初から気の重い任務だったのだろう。
『そのとんでもニャい令嬢は、どこの誰ですか!』
白銅くんがシャキンと爪を出して問い詰めたけど、コーネルくんはそこだけは頑として口を割らなかった。
幼馴染みの青年に、虎の王子の領地に潜入するよう唆すなんて、あまり思いやりのある女性とは思えないけれど……。もしもその目的が青月にバレていたら、コーネルくんはただでは済まなかっただろうに。
それでも庇ってしまうんだね。
「悪いのは、善悪の判断ができなかったぼくだから……」
『あなたが悪いのはわかってます! でも、その令嬢はもっと悪いです!』
ちっちゃな尻尾をパシパシ打ち付けて怒る白銅くん。
コーネルくんはそんな子猫にビクビクしっぱなしだけど、子供相手に偉ぶらず、きちんと話を聞くところも、素直に反省できるのも、良い性質だと僕は思う。
隠し事には向かないけどね。
令嬢の身許を隠そうとしているのも、かなり今さら感だし……。
「その幼馴染みのご令嬢は」
「は、はい」
「コーネルくんのお父さんとも、親しく話す間柄なんだね。となると、そのご令嬢のおうちも資産家か、もしくは貴族?」
「ええっ!? ど、どうして……」
どうしてわかるのか、という顔だけど。彼の話を聞いていれば、鈍い僕でもそのくらいはわかる。
「だってコーネルくん、医師の学校を五回受験したのでしょう?」
『あ、そうですよね。お金持ちじゃないと無理です』
白銅くんのほうが、コーネルくん自身より先に気がついた。
「うん。医師の学校はものすごく費用がかかるもの。エルバータもそうだったけど、受験料だけでも相当な額になるでしょう」
『はい。だから元を取るためなのか、医師の治療代も、すごくお高いです』
「うん。残念ながら今のところは、かなりの資産家でなければ医師にはなれないのが現実なんだ。
ゆえにコーネルくんのおうちは資産家。親しく振る舞うそのご令嬢のお家も同等か、それなりに権勢のある貴族かも」
ぽかーんと口をひらいて僕らを見ているコーネルくんに、子猫が『そうだ!』と目を三角にした。
『スリに遭う前、不用心に、全財産の入った袋を人前で出したりしてたんじゃニャいでしょうね』
「う、うん。宿の支払いのとき出したよ。そのあとすぐ、買い物中にスられて」
『宿なんて人目が多いのに! 目をつけられてたんですよ、どうして小分けにしないんです? それに長旅なら、いざというときのために、靴とかにお金を忍ばせておくものですよ』
そうなのか……。
僕もそれは知らなかった。
「うう。そ、そうだよね。今度から必ずそうするよ!」
「うん。僕も」
一緒にうなずいた僕の声は聞こえなかったのか、白銅くんはコーネルくんへの追及を再開した。
『それでその令嬢は、どこの家門の方ニャんです』
「ええっ!? そ、それは、それは……」
「ふーむ」
僕も一緒に考えてみる。
「そのご令嬢は『すごい大物の婚約者になるはず』って言ったよね?」
「あっ!」
この質問にコーネルくんは、やけに大きくたじろいだ。
白銅くんも、子猫なりに怪訝な表情になっている。可愛いばかりだが。
「さらにそのご令嬢は、碧雲町に温泉が湧いて、療養所をつくる予定があって、傷病兵の方たちを招いて何をするかまで把握していた。
なぜなら『あの方たちに関する情報は入ってくる立場』だから」
『「お父様たちは諦めていニャい」けど、「相手の恋ごころはほかの方に向いている」とも言っていましニャ』
「相手に『あの方たち』と複数形を使う、権勢のある家門のご令嬢で、『すごい大物の婚約者になるはず』という条件に合う人は、そう多くはなさそうだねえ」
『アーネスト様。いま僕の頭に、ある高貴ニャお立場の男性二人に娘を嫁がせたがっている父親たちと、その令嬢たち、四名ずつの顔が浮かびました』
「僕もだよ、白銅くん」
僕と子猫は、そろってニンマリと口角を上げてコーネルくんを見た。
「あわわわわ」
話の流れを呆然と聞いていた彼は、導かれた結論にあわてふためいている。
コーネルくんの幼馴染みの令嬢は、双子の婚約者候補四人のうちの誰かで、間違いなさそうだ。
まあ、相手が誰にせよ。
悪意を持って金儲けの……じゃなくて商売の妨害をしようというのなら、受けて立ちますよ。
借金返済のその日まで、守銭奴への道は誰にも邪魔させぬ……!
『どうしますか、アーネスト様。青月殿下に言いつけますか?』
ご機嫌が直ったか楽しそうに訊いてきた白銅くんと、「そ、それはやめてっ」と焦っているコーネルくんの対比が面白い。
うん。とりあえず。
「コーネルくん。回復したら、うちの薬舗に勤めてみる?」
「はひ?」
『ニャッ!?』
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