召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
95 / 259
第13章 温泉と薬草園

とんでもニャい令嬢

しおりを挟む
 モフス……コーネルくんは、つっかえながらも包み隠さず、碧雲町に至るまでの経緯を話してくれた。

 語り終えた彼は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、ずいぶんとすっきりした表情に見えた。
 嘘の苦手な、人の好い青年のようだから、こっそりと『ウォルドグレイブ伯爵の不正を探す』なんて、最初から気の重い任務だったのだろう。

『そのとんでもニャい令嬢は、どこの誰ですか!』

 白銅くんがシャキンと爪を出して問い詰めたけど、コーネルくんはそこだけは頑として口を割らなかった。
 幼馴染みの青年に、虎の王子の領地に潜入するよう唆すなんて、あまり思いやりのある女性とは思えないけれど……。もしもその目的が青月にバレていたら、コーネルくんはただでは済まなかっただろうに。
 それでも庇ってしまうんだね。

「悪いのは、善悪の判断ができなかったぼくだから……」
『あなたが悪いのはわかってます! でも、その令嬢はもっと悪いです!』

 ちっちゃな尻尾をパシパシ打ち付けて怒る白銅くん。
 コーネルくんはそんな子猫にビクビクしっぱなしだけど、子供相手に偉ぶらず、きちんと話を聞くところも、素直に反省できるのも、良い性質だと僕は思う。
 隠し事には向かないけどね。
 令嬢の身許を隠そうとしているのも、かなり今さら感だし……。

「その幼馴染みのご令嬢は」
「は、はい」
「コーネルくんのお父さんとも、親しく話す間柄なんだね。となると、そのご令嬢のおうちも資産家か、もしくは貴族?」
「ええっ!? ど、どうして……」

 どうしてわかるのか、という顔だけど。彼の話を聞いていれば、鈍い僕でもそのくらいはわかる。

「だってコーネルくん、医師の学校を五回受験したのでしょう?」
『あ、そうですよね。お金持ちじゃないと無理です』

 白銅くんのほうが、コーネルくん自身より先に気がついた。

「うん。医師の学校はものすごく費用がかかるもの。エルバータもそうだったけど、受験料だけでも相当な額になるでしょう」

『はい。だから元を取るためなのか、医師の治療代も、すごくお高いです』

「うん。残念ながら今のところは、かなりの資産家でなければ医師にはなれないのが現実なんだ。
 ゆえにコーネルくんのおうちは資産家。親しく振る舞うそのご令嬢のお家も同等か、それなりに権勢のある貴族かも」

 ぽかーんと口をひらいて僕らを見ているコーネルくんに、子猫が『そうだ!』と目を三角にした。

『スリに遭う前、不用心に、全財産の入った袋を人前で出したりしてたんじゃニャいでしょうね』

「う、うん。宿の支払いのとき出したよ。そのあとすぐ、買い物中にスられて」

『宿なんて人目が多いのに! 目をつけられてたんですよ、どうして小分けにしないんです? それに長旅なら、いざというときのために、靴とかにお金を忍ばせておくものですよ』

 そうなのか……。
 僕もそれは知らなかった。

「うう。そ、そうだよね。今度から必ずそうするよ!」
「うん。僕も」

 一緒にうなずいた僕の声は聞こえなかったのか、白銅くんはコーネルくんへの追及を再開した。

『それでその令嬢は、どこの家門の方ニャんです』
「ええっ!? そ、それは、それは……」
「ふーむ」

 僕も一緒に考えてみる。

「そのご令嬢は『すごい大物の婚約者になるはず』って言ったよね?」
「あっ!」

 この質問にコーネルくんは、やけに大きくたじろいだ。
 白銅くんも、子猫なりに怪訝な表情になっている。可愛いばかりだが。

「さらにそのご令嬢は、碧雲町に温泉が湧いて、療養所をつくる予定があって、傷病兵の方たちを招いて何をするかまで把握していた。
 なぜなら『あの方たちに関する情報は入ってくる立場』だから」

『「お父様たちは諦めていニャい」けど、「相手の恋ごころはほかの方に向いている」とも言っていましニャ』

「相手に『あの方たち』と複数形を使う、権勢のある家門のご令嬢で、『すごい大物の婚約者になるはず』という条件に合う人は、そう多くはなさそうだねえ」

『アーネスト様。いま僕の頭に、ある高貴ニャお立場の男性二人に娘を嫁がせたがっている父親たちと、その令嬢たち、四名ずつの顔が浮かびました』

「僕もだよ、白銅くん」

 僕と子猫は、そろってニンマリと口角を上げてコーネルくんを見た。

「あわわわわ」

 話の流れを呆然と聞いていた彼は、導かれた結論にあわてふためいている。
 コーネルくんの幼馴染みの令嬢は、双子の婚約者候補四人のうちの誰かで、間違いなさそうだ。

 まあ、相手が誰にせよ。
 悪意を持って金儲けの……じゃなくて商売の妨害をしようというのなら、受けて立ちますよ。
 借金返済のその日まで、守銭奴への道は誰にも邪魔させぬ……!

『どうしますか、アーネスト様。青月殿下に言いつけますか?』

 ご機嫌が直ったか楽しそうに訊いてきた白銅くんと、「そ、それはやめてっ」と焦っているコーネルくんの対比が面白い。
 うん。とりあえず。

「コーネルくん。回復したら、うちの薬舗に勤めてみる?」
「はひ?」
『ニャッ!?』
しおりを挟む
感想 834

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。