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第8章 不穏な影
挑戦的に迫るアーネスト
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意味深な御形氏の視線に、当然双子も気づいていた。
発言を禁じられているものだから、グズグズと言い渋る御形氏に「さっさと言えゴラ」などと脅しつけて発言を促すこともできない二人は、苛立ちを募らせて凶悪犯のような目つきになっている。
御形氏は滝のような汗を流しながら、か細い声を出した。
「ハーケン氏の素性は、これ以上ないほど確かです。しかし御本人が、名も氏素性も明かしたくないと、強くご希望されまして……」
「名も? 本名ではないということですか」
「はい。ですが陛下はすでにご存知なので、殿下方もご承知とばかり。ウォルドグレイブ伯爵のお耳にも入れているものと、思い込んでおりました。まことに申しわけありません」
「陛下はご存知……ということは」
刹淵さんも? と見上げれば、微笑を浮かべたまま見つめ返してくる。
うーむ。どういう意味の笑みなのか。
フラフラしてきたし、手っ取り早く話を進めてほしい。
「刹淵さんも、ハーケン氏の素性をご存知なのですね?」
「はい」
まったく悪びれず、にっこり笑う侍従長さん。
さすがというか。王様の側近ともなれば、このくらいの腹芸は朝飯前なんだろうな。
しかし腹芸の真逆を行く寒月が、とうとうキレた。
「どういうことだ刹淵! アーネストを陥れた奴の素性を、親父は知ってたのか!? てめえも知ってて、何の情報も寄こさなかったのか!」
「陛下のご命令ゆえ。――寒月殿下。陛下とのお約束を破ってしまいましたね」
寒月が発言したことに釘を刺した刹淵さんに、青月も怒りを込めて言い放った。
「黙れ刹淵。羆だからって余裕ぶっこいてんじゃねえ。相手が何だろうが、俺たちは殺ると言ったら殺るぞ」
双子の犬歯と爪が伸びて、瞳孔が細くなった。
虎の尾も出現し、戦闘態勢でボンッ! と毛が逆立っている。
地を這うような唸り声がビリビリと窓を揺らし、協会員の皆さんは「ヒイイッ!」と部屋の隅まで避難し震えあがっている。
刹淵さんは微笑を崩さぬまま、口をひらいたが。
その前に僕は、本当にしんどいのだけど、言わねばならないことがあった。
「刹淵さん。陛下にどんなお考えがあってのことかわかりませんが、二人が怒るのも無理はありません。彼らは昨日から今日にかけて、ハーケン氏が僕の不名誉な噂を吹聴するのを聞いたという証人を確保したり、素性を調査するため時間と労力を割いたのですから。ですから……発言する権利が、あるのでは」
「「アーネスト……」」
つかのま怒りを忘れた様子の双子に対し、刹淵さんは相変わらず、
「なるほど」
あくまで笑顔だ。
その余裕の笑顔を、僕は挑戦的に見据えた。
「それから刹淵さん」
「はい」
「羆なんですか」
「……はい?」
初めて刹淵さんから笑みが消えた。代わりにきょとんと目を丸くしている。
僕は攻勢を緩めず畳み掛けた。
「ヒグマッ! 羆の獣人なんですかっ!?」
「は、はい。羆の獣人ですが、それが何か」
「うわあぁぁ。ということは、尻尾がピョコンと小さい、巨大モフモフ……!」
モフモフに関しては、体力の限界を超えてコーフンしてしまう。
羆の獣人さんに出会えた喜びで、もうハーケン氏のことなんて二の次だ。
「よろしければ、お耳だけでも変容していただくなんてことは……」
久し振りにモフモフ変質者と化して、ハァハァしながら震える手をのばすと、心なしか刹淵さん、身を引いて距離をとってる。
そこへ双子が、「「アーネスト!」」と大声で苛立ちを復活させた。
「そんな冷酷な羆野郎にかまうな!」
「そうだ。そいつは親父以外のことはどうでもいいんだ」
「寒月。青月」
羆さんに狙い定めていたところを邪魔されて、僕はキッと二人を睨んだ。
「な、なんだよ」
「なんだ?」
怯む虎さんたちに、僕は声を荒らげた。
「そのまま!」
「「えっ?」」
「尻尾ボン! そのまま!」
僕はめまいも忘れて立ち上がり、双子のもとまでフラフラ歩み寄ると、ボン! と膨らんでいる金と銀の尻尾をふんわり握った。
…………ほわあぁぁぁ。
にぎにぎするたび、ボフッボフッと跳ね返してくる逆立った毛の感触。
もっふり、ふんわり、ふかふかの豪華競演。極上のもふもふ。にぎにぎ。
「お怒りモードの膨らみ尻尾、初めてさわれたあ。しあわせぇぇ」
ふんにゃり笑って頬ずりすると、金の尻尾も銀の尻尾も、スンと通常の状態に戻ってしまった。あうぅ。
でも、これはこれで良い。モフモフはどうあっても素晴らしい。
「……お前ってやつは……」
寒月がガックリとうなだれた。いつのまにか犬歯も引っ込んでる。
青月も同様だけど、プッと吹き出して、刹淵さんを見た。
「驚いただろう、刹淵。お前の表情を崩したヤツ親父以外で初めて見た」
言われた刹淵さんも苦笑を浮かべ、先ほどまでの微笑よりずっと愉快そうに笑った。
「はい、確かに」
「そこがアーネストの凄いとこよな。俺らのような猛獣に、大喜びして寄ってくるという」
寒月もククッと肩を揺らして笑い始めた。
何だね? きみたちは。
今の今まで殺気立っていたくせに、急にみんなして僕を笑いものにするとは。
……何をやっていたんだっけ、僕は。
コーフン状態が醒めた途端、朦朧としてきた。
「おい、アーネスト? どうした!」
「ひどい顔色じゃないか」
寒月と青月が同時に声を上げて、あわてて左右から支えてくれた。
安心して力を抜くと、軽々と抱き上げられる。
「どっか痛いのか? 苦しいのか?」
ぼんやり見上げた先に、翠玉の瞳。なんだか泣き出しそうに見える寒月のおめめ。
「だいじょ……ぶ。たぶん、少し横に……なっていれば……すぐ、治る」
「わかった。寒月、すぐ部屋へ」
「おう!」
協会員の皆さんがざわついているのが、遠く聞こえる。
申しわけない。少し休ませてください。
この感じなら、すぐ治ります。
……たぶん。
逞しい腕に力強く、それでいて宝ものを扱うみたいに丁寧に抱えられ、運ばれて行こうとした、そのとき。
「ちょっと待ったあ!」
壁際に置かれた衝立の向こうで、ガラリと引き戸のあく音がした。
引き戸があったなんて気づかなかった。隣室と中から行き来できる造りらしい。
何にしても、もう限界。
意識を失う寸前に、上擦った声が聞こえた。
「おい! ぼくの正体の話はどうなったんだよ!?」
発言を禁じられているものだから、グズグズと言い渋る御形氏に「さっさと言えゴラ」などと脅しつけて発言を促すこともできない二人は、苛立ちを募らせて凶悪犯のような目つきになっている。
御形氏は滝のような汗を流しながら、か細い声を出した。
「ハーケン氏の素性は、これ以上ないほど確かです。しかし御本人が、名も氏素性も明かしたくないと、強くご希望されまして……」
「名も? 本名ではないということですか」
「はい。ですが陛下はすでにご存知なので、殿下方もご承知とばかり。ウォルドグレイブ伯爵のお耳にも入れているものと、思い込んでおりました。まことに申しわけありません」
「陛下はご存知……ということは」
刹淵さんも? と見上げれば、微笑を浮かべたまま見つめ返してくる。
うーむ。どういう意味の笑みなのか。
フラフラしてきたし、手っ取り早く話を進めてほしい。
「刹淵さんも、ハーケン氏の素性をご存知なのですね?」
「はい」
まったく悪びれず、にっこり笑う侍従長さん。
さすがというか。王様の側近ともなれば、このくらいの腹芸は朝飯前なんだろうな。
しかし腹芸の真逆を行く寒月が、とうとうキレた。
「どういうことだ刹淵! アーネストを陥れた奴の素性を、親父は知ってたのか!? てめえも知ってて、何の情報も寄こさなかったのか!」
「陛下のご命令ゆえ。――寒月殿下。陛下とのお約束を破ってしまいましたね」
寒月が発言したことに釘を刺した刹淵さんに、青月も怒りを込めて言い放った。
「黙れ刹淵。羆だからって余裕ぶっこいてんじゃねえ。相手が何だろうが、俺たちは殺ると言ったら殺るぞ」
双子の犬歯と爪が伸びて、瞳孔が細くなった。
虎の尾も出現し、戦闘態勢でボンッ! と毛が逆立っている。
地を這うような唸り声がビリビリと窓を揺らし、協会員の皆さんは「ヒイイッ!」と部屋の隅まで避難し震えあがっている。
刹淵さんは微笑を崩さぬまま、口をひらいたが。
その前に僕は、本当にしんどいのだけど、言わねばならないことがあった。
「刹淵さん。陛下にどんなお考えがあってのことかわかりませんが、二人が怒るのも無理はありません。彼らは昨日から今日にかけて、ハーケン氏が僕の不名誉な噂を吹聴するのを聞いたという証人を確保したり、素性を調査するため時間と労力を割いたのですから。ですから……発言する権利が、あるのでは」
「「アーネスト……」」
つかのま怒りを忘れた様子の双子に対し、刹淵さんは相変わらず、
「なるほど」
あくまで笑顔だ。
その余裕の笑顔を、僕は挑戦的に見据えた。
「それから刹淵さん」
「はい」
「羆なんですか」
「……はい?」
初めて刹淵さんから笑みが消えた。代わりにきょとんと目を丸くしている。
僕は攻勢を緩めず畳み掛けた。
「ヒグマッ! 羆の獣人なんですかっ!?」
「は、はい。羆の獣人ですが、それが何か」
「うわあぁぁ。ということは、尻尾がピョコンと小さい、巨大モフモフ……!」
モフモフに関しては、体力の限界を超えてコーフンしてしまう。
羆の獣人さんに出会えた喜びで、もうハーケン氏のことなんて二の次だ。
「よろしければ、お耳だけでも変容していただくなんてことは……」
久し振りにモフモフ変質者と化して、ハァハァしながら震える手をのばすと、心なしか刹淵さん、身を引いて距離をとってる。
そこへ双子が、「「アーネスト!」」と大声で苛立ちを復活させた。
「そんな冷酷な羆野郎にかまうな!」
「そうだ。そいつは親父以外のことはどうでもいいんだ」
「寒月。青月」
羆さんに狙い定めていたところを邪魔されて、僕はキッと二人を睨んだ。
「な、なんだよ」
「なんだ?」
怯む虎さんたちに、僕は声を荒らげた。
「そのまま!」
「「えっ?」」
「尻尾ボン! そのまま!」
僕はめまいも忘れて立ち上がり、双子のもとまでフラフラ歩み寄ると、ボン! と膨らんでいる金と銀の尻尾をふんわり握った。
…………ほわあぁぁぁ。
にぎにぎするたび、ボフッボフッと跳ね返してくる逆立った毛の感触。
もっふり、ふんわり、ふかふかの豪華競演。極上のもふもふ。にぎにぎ。
「お怒りモードの膨らみ尻尾、初めてさわれたあ。しあわせぇぇ」
ふんにゃり笑って頬ずりすると、金の尻尾も銀の尻尾も、スンと通常の状態に戻ってしまった。あうぅ。
でも、これはこれで良い。モフモフはどうあっても素晴らしい。
「……お前ってやつは……」
寒月がガックリとうなだれた。いつのまにか犬歯も引っ込んでる。
青月も同様だけど、プッと吹き出して、刹淵さんを見た。
「驚いただろう、刹淵。お前の表情を崩したヤツ親父以外で初めて見た」
言われた刹淵さんも苦笑を浮かべ、先ほどまでの微笑よりずっと愉快そうに笑った。
「はい、確かに」
「そこがアーネストの凄いとこよな。俺らのような猛獣に、大喜びして寄ってくるという」
寒月もククッと肩を揺らして笑い始めた。
何だね? きみたちは。
今の今まで殺気立っていたくせに、急にみんなして僕を笑いものにするとは。
……何をやっていたんだっけ、僕は。
コーフン状態が醒めた途端、朦朧としてきた。
「おい、アーネスト? どうした!」
「ひどい顔色じゃないか」
寒月と青月が同時に声を上げて、あわてて左右から支えてくれた。
安心して力を抜くと、軽々と抱き上げられる。
「どっか痛いのか? 苦しいのか?」
ぼんやり見上げた先に、翠玉の瞳。なんだか泣き出しそうに見える寒月のおめめ。
「だいじょ……ぶ。たぶん、少し横に……なっていれば……すぐ、治る」
「わかった。寒月、すぐ部屋へ」
「おう!」
協会員の皆さんがざわついているのが、遠く聞こえる。
申しわけない。少し休ませてください。
この感じなら、すぐ治ります。
……たぶん。
逞しい腕に力強く、それでいて宝ものを扱うみたいに丁寧に抱えられ、運ばれて行こうとした、そのとき。
「ちょっと待ったあ!」
壁際に置かれた衝立の向こうで、ガラリと引き戸のあく音がした。
引き戸があったなんて気づかなかった。隣室と中から行き来できる造りらしい。
何にしても、もう限界。
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