召し使い様の分際で

月齢

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第8章 不穏な影

意外な正体

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 気づくと、自分の部屋の寝台で寝かされていた。
 うとうとしているうちにまた眠ってしまい、その間に双子がせわしなく、様子を見に来たのは知っている。
 少し眠って、次にまた目ざめると、二人が小声で喋っているところだった。

 ……いいなあ、こういうの。
 躰がしんどくても、目がさめたら愛する人がそばにいてくれるって。なんだかとっても安心するよね。

「とりあえず、あのクソ野郎を縛り上げて地下牢に放り込んどこうぜ」
「晒し台に頭突っ込んで、城門前に放置するのは?」
「さすがに裁判前に晒し刑はまずいだろ」
「甘いな寒月」
「てめえこそ、アーネストが関わると即キレるのやめろ。俺がキレる暇がねえじゃねえか。勝手に晒して親父にバレたら、俺らが地下牢行きだっつーの」
「チッ」
「だからよ、地下牢に入れときゃいいんだよ。紙パンツ一枚のみで」
「それはそれで凍死するだろう」

 安心どころか物騒な話だった。

「……誰の話……?」

 ぼーっとしたまま尋ねると、二人同時にビクンと躰を揺らし、二人一緒に顔を覗き込んできた。息ぴったり。

「アーネスト!」
「大丈夫か? 水飲むか?」
「うん……ありがとう」

 まるで危篤状態から甦った人を扱うみたいに、寒月の腕にしっかり抱えられ、青月にそっと水を飲ませてもらい、

「心配したぞアーネスト」
「すぐ目ざめてくれてよかった、アーネスト」

 頭にキスされ、額にキスされ、頬にもキスされ、手の甲にも首すじにもキスされ。
 しばらくはおとなしく、左右からチュッチュチュッチュされていたが、ようやくすっきり覚醒したところで、「だあっ!」と双子を押しのけた。

「チュッチュしてる場合か! 僕はどのくらい寝てたの? 審問会は?」
「ん? 四半刻くらいかな?」

 首をかしげた寒月に、青月もうなずいた。

「審問会は、アーネストが寝てるあいだに『ハーケン』から少し話を聞いて、軽くヤキ入れて、その後中断してる。お前が起きられそうもないようなら、続きはまた日を改めてと話し合ったところで、念のため様子を見に来たんだ」

「そうかあ、今からでも再開できそうだね。よかった……って、ちょっと待って。軽くヤキって何!」
「心配すんな。顔中に暖炉の灰を塗りたくって泣かせただけだから」
「はああ? 何てことを!」

 目を剥いて寒月を見たが、彼は肩をすくめて言い放った。

「いいだろ、お前と俺たちに喧嘩売ってきたのは奴のほうだし」
「よくない! これから名誉棄損で訴えるつもりなのに、下手に手を出したら賠償金をぶんどれなくなるかもしれないじゃないか!」

「ぶ、ぶんどる……」
「そっちの心配かよ」

 ぽかんと口をあけた青月の隣で、寒月が吹き出した。
 笑いごとではない。僕は本気だ!
 あれ? そういえば……。

「倒れる寸前に、『ぼくの正体はどうなった』とかって、叫んでる人がいたような」

 寒月の彫刻のような顔に、嘲笑が浮かぶ。

「あれが『ハーケン』だよ。あいつ、ドーソンたちと結託して隣室に隠れてやがったんだ」

 青月も青い瞳を冷笑で細めた。

「頃合いを見て登場して、『ウォルドグレイブ伯爵の罪を暴き』『己の苦労と功績を証明してみせる』つもりだったらしい。
 なのにお前が早々に倒れたものだから、出番を失うかもしれないと焦ったあげく、馬鹿丸出しで飛び出して来たってわけだ」

「はあ……それはまた……申しわけない」

 ハーケン氏の自己演出を、虚弱が台無しにしてしまったわけか。
 だが寒月は、侮蔑も露わに「何も申しわけなくねえよ」と声を荒らげた。

「馬鹿が馬鹿たるゆえんを披露しただけだ。しばらく隠れ住んでるあいだに、ちったあマシになる機会もあったろうに。馬鹿に磨きをかけてただけだったとはな」

「あの元祖クソ馬鹿女が手塩にかけて馬鹿に育て上げたんだから、そう簡単に治るわけがない」

「だな」とうなずき合う双子。
 うーむ。よくわからない。

「えっと。ハーケン氏は偽名で、きみたちは彼の正体を知ってると思っていたと、御形氏が言っていたよね。やっぱり顔見知りだったの?」

「ああ、そうだった。肝心なことを言い忘れてた。奴は皓月コウゲツだ」

「皓、月?」

 その名は確か。
 寒月の言葉に目を瞠ると、青月が補足してくれた。

「俺らの異母弟。栴木のオッサンが手紙で、『後継者に第三王子の皓月を推すぞ』と脅してきてたろう。推したきゃ勝手にやれという話だが。あの皓月だ」

「ほひい……」

 間の抜けた声が漏れてしまった。
 第三王子殿下? ハーケン氏が?

「何でまた……」
「その理由も含めて、主張しに来たんだとよ」
「あそこまで突き抜けた馬鹿だと、自分が馬鹿だと気づけないんだな」
 
 何度も馬鹿馬鹿と言うばかりで、二人の話からはハーケン氏……ならぬ皓月王子の人となりがよくわからない。
 いずれにせよ、一日も早く疑いを晴らして、一時休業中の薬舗を再開したい僕としては、審問会もさっさと終わらせてしまいたかった。

 ゆえに、「まだ休んでろ」と止める双子を説得して、審問会も再開してもらうことにした。
 ただし、協会員さんたちが待つ第三会議室まで、二人にかわるがわるお姫様抱っこされて運ばれるという羞恥プレイを、またもやらされる羽目になったが……。
 すれ違う人たちの驚きの視線と、やたらあったかい祝福の笑顔が恥ずかしすぎる。

 でも……とても幸せそうに僕を抱っこする双子を見ていたら、下ろしてくれとジタバタするより、素直に委ねてぴっとりくっついてるほうがいいな……なんて思っちゃったりして。
 はあ……幸せ。チュウしたい。

 ――じゃなくて!

「あのっ!」
「どうした?」
 
 照れ隠しに大声で呼びかけたら、現在僕を抱っこ中の青月をビクッとさせてしまった。ごめんね。

「皓月王子は、王妃の領地で暮らしてたんだよね?」
「ああ、そうだ。ずっと王都から離れてた」
「その領地は、豊かなところ? 産業とか農業とか売りがある?」
「あ、ああ。それはまあ。……それ、いま必要な情報なのか?」

 僕は姫抱っこされたまま、キリリと答えた。

「もちろん、必要な情報ですよ」
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