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第8章 不穏な影
まだ審問会。虚弱注意報発令。
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双子と刹淵さんが暴れ出さないうちに、さくさく答えることにしよう。
「『人を使えば容易い』と仰いますが、僕は賠償金を背負い、王子殿下お二人が監視を引き受けてくださって、ようやく自由を得た身です。
僕が悪い人脈をつくり悪さをしたとして、その間、殿下方はまったく何も気づかなかったとでも?」
「そ、それはっ」
「それ以前に。そんな乱暴な理屈が通るようでは、冤罪が累々と成立しますよ」
ドーソン氏の言い分が乱暴だと思った人は医者側の協会員にもいたようで、僕の答えを聞いてプッと吹き出したが、ドーソン氏にギロリと睨まれ、あわてて顔を伏せた。
ドーソン氏はまだ何か言いかけていたが、今度は僕が先んじて釘を刺した。
「そもそも薬舗の薬湯は、在庫が無くなっていたのです。おかげさまで大変ご好評をいただいておりましたから、各施設に寄贈した時点で在庫切れとなり、品質管理用のわずかな量しか残っていませんでした。
現在同じ薬湯は生産中で、現物が無いのですから、すり替えようがありません。よってドーソン氏の『人を使って云々』の推測は無意味です」
「なっ!」
ドーソン氏、ぷるぷるしている。熱くなりすぎて躰に悪影響が出ないといいが。
しかし僕、さっきから好きなように反論させてもらってるけど……これで良いのだろうか。
ちらりと刹淵さんを横目で窺うと、静かに微笑を浮かべている。その視線はなぜか、議長に向けられていた。
議長もちょうど今、刹淵さんの注視に気づいたらしい。
まるで捕食者に見つかったように顔を引きつらせたかと思うと、急にあたふたとドーソン氏に告げた。
「ドーソンくん。確かに仮定や推測による糾弾は建設的ではありません。ほかに質問が無ければ、次の質問者に移ります」
「お待ちを議長!」
「ではでは、薬師協会部長、御形くん、どうぞ」
「はい、議長」
御形と呼ばれた中年男性は、議長の急なあわてっぷりとドーソン氏の不満顔を気にしながらも、疑わしそうな目つきで僕をじろじろ見ることも忘れなかった。
その流れで目が合ったので、挨拶代わりにニッコリ微笑むと、
「うっ!」
急に赤面してあとずさり、ついでに椅子を蹴り倒して、派手な音をたてた。
さらになぜか、彼の周囲の人たちまで「ひええ」と奇声を発して悶えている。
「わっ、笑った! 笑うと破壊力がさらに増して、きゃわわ~」
「見るな落ち着け、しっかりしろ! もったいないが忘れろ!」
「まともに見るなと最初に注意し合ったではないか!」
……何を盛り上がっているのか……。
後方の双子からは、さらなる不機嫌オーラが漂ってくるし。
困惑して刹淵さんを見れば、渋い男前は、相変わらず静かに笑みを浮かべたまま、
「全員いますぐ黙らせましょうか?」
と言った。
低いがよく通る声は、その場の全員に聞こえてしまったらしい。
協会員たちは椅子から転げ落ちそうなほど驚き、双子は賛同するように机をバンバン叩いている。
議長がさらにあわてふためきながら叫んだ。
「さあどうぞ御形くん!」
「もちろんです議長! ウォルドグレイブ卿にお尋ねします、卿の薬舗の商品はすべて、薬師ハーケンの処方の盗用であるという訴えが複数、薬師協会に上がっております。薬師の処方は薬師の財産。それが事実であれば協会としても見過ごすわけにはまいりません、まずは卿の見解をお聞かせ願いたいっ」
「ありがとう御形くん! ウォルドグレイブ伯爵どうぞ!」
二人してすごい早口でまくしたててる。
刹淵さん……優しげな侍従長さんなのに、ここまでみんなをビビらせるとは、いったい何者?
いや、今はその疑問は脇に置いておかねば。
旅から帰ってすぐ動き回ったせいだろうか……ちょっと体調が悪くなってきた。
いや、疲労というより……原因はアレかも。
とにかく、早く審問会を終わらせてもらわないとまずい。
長年の虚弱体質が、「早く休んだほうがいい」と訴えている。
「まず、その訴えの内容は事実無根です。僕の処方はウォルドグレイブ家に代々伝わるものです。記録が残されているので証明できます。さらに僕が手を加えて作った処方もありますが、すべて記録してあります。
その上で、できれば訴え出た方々や、ハーケン氏と直接話をさせていただきたいのですが。どういう根拠があって僕が盗用していると考えたのか、僕には知る権利があります。場合によっては、名誉棄損でこちらから訴えますから」
御形氏や議長さんやドーソン氏や、みんなが驚いて僕を見た。
いや、当然でしょう。完全に営業妨害だもの。
双子が派手に指笛を鳴らしたり机を叩いたりして大喜びしているが、微笑を崩さぬ刹淵さんがゆっくり振り向くと、チッと舌打ちして静かになった。
発言禁止でも指笛なら許されると思ったのか、双子……。
はあ……本当にクラクラしてきたぞ。
この会議が、みんな座ったままでの対話形式でよかった。発言のたび立ち上がってたら、僕もう倒れてる。
「えー、直接の話し合いの場は、もちろん必要でしょう。ですが今日のところはウォルドグレイブ伯爵の弁明の場ということで、えー……」
「ところで、そのハーケン氏とは、どういう方なのですか?」
しんどいけど、そこは聞いておかねばなるまい。
すると御形氏が、意外そうに目を丸くした。
「卿はご存知ないのですか?」
「はい」
「そうですか……てっきり、」
言いながら双子のほうを見てから、ハッとしたように口をつぐむ。
何だろう。双子と関係あるのかな? けど双子も、ハーケン氏の名は初耳だったはず。
御形氏は、ほかの協会員や議長さんたちと目を見交わし、説明の役目をなすりつけ合っていたが、刹淵さんが微笑んだまま長い脚を組み直すと、ギクリと震え上がって、もう一度双子を見た。
「『人を使えば容易い』と仰いますが、僕は賠償金を背負い、王子殿下お二人が監視を引き受けてくださって、ようやく自由を得た身です。
僕が悪い人脈をつくり悪さをしたとして、その間、殿下方はまったく何も気づかなかったとでも?」
「そ、それはっ」
「それ以前に。そんな乱暴な理屈が通るようでは、冤罪が累々と成立しますよ」
ドーソン氏の言い分が乱暴だと思った人は医者側の協会員にもいたようで、僕の答えを聞いてプッと吹き出したが、ドーソン氏にギロリと睨まれ、あわてて顔を伏せた。
ドーソン氏はまだ何か言いかけていたが、今度は僕が先んじて釘を刺した。
「そもそも薬舗の薬湯は、在庫が無くなっていたのです。おかげさまで大変ご好評をいただいておりましたから、各施設に寄贈した時点で在庫切れとなり、品質管理用のわずかな量しか残っていませんでした。
現在同じ薬湯は生産中で、現物が無いのですから、すり替えようがありません。よってドーソン氏の『人を使って云々』の推測は無意味です」
「なっ!」
ドーソン氏、ぷるぷるしている。熱くなりすぎて躰に悪影響が出ないといいが。
しかし僕、さっきから好きなように反論させてもらってるけど……これで良いのだろうか。
ちらりと刹淵さんを横目で窺うと、静かに微笑を浮かべている。その視線はなぜか、議長に向けられていた。
議長もちょうど今、刹淵さんの注視に気づいたらしい。
まるで捕食者に見つかったように顔を引きつらせたかと思うと、急にあたふたとドーソン氏に告げた。
「ドーソンくん。確かに仮定や推測による糾弾は建設的ではありません。ほかに質問が無ければ、次の質問者に移ります」
「お待ちを議長!」
「ではでは、薬師協会部長、御形くん、どうぞ」
「はい、議長」
御形と呼ばれた中年男性は、議長の急なあわてっぷりとドーソン氏の不満顔を気にしながらも、疑わしそうな目つきで僕をじろじろ見ることも忘れなかった。
その流れで目が合ったので、挨拶代わりにニッコリ微笑むと、
「うっ!」
急に赤面してあとずさり、ついでに椅子を蹴り倒して、派手な音をたてた。
さらになぜか、彼の周囲の人たちまで「ひええ」と奇声を発して悶えている。
「わっ、笑った! 笑うと破壊力がさらに増して、きゃわわ~」
「見るな落ち着け、しっかりしろ! もったいないが忘れろ!」
「まともに見るなと最初に注意し合ったではないか!」
……何を盛り上がっているのか……。
後方の双子からは、さらなる不機嫌オーラが漂ってくるし。
困惑して刹淵さんを見れば、渋い男前は、相変わらず静かに笑みを浮かべたまま、
「全員いますぐ黙らせましょうか?」
と言った。
低いがよく通る声は、その場の全員に聞こえてしまったらしい。
協会員たちは椅子から転げ落ちそうなほど驚き、双子は賛同するように机をバンバン叩いている。
議長がさらにあわてふためきながら叫んだ。
「さあどうぞ御形くん!」
「もちろんです議長! ウォルドグレイブ卿にお尋ねします、卿の薬舗の商品はすべて、薬師ハーケンの処方の盗用であるという訴えが複数、薬師協会に上がっております。薬師の処方は薬師の財産。それが事実であれば協会としても見過ごすわけにはまいりません、まずは卿の見解をお聞かせ願いたいっ」
「ありがとう御形くん! ウォルドグレイブ伯爵どうぞ!」
二人してすごい早口でまくしたててる。
刹淵さん……優しげな侍従長さんなのに、ここまでみんなをビビらせるとは、いったい何者?
いや、今はその疑問は脇に置いておかねば。
旅から帰ってすぐ動き回ったせいだろうか……ちょっと体調が悪くなってきた。
いや、疲労というより……原因はアレかも。
とにかく、早く審問会を終わらせてもらわないとまずい。
長年の虚弱体質が、「早く休んだほうがいい」と訴えている。
「まず、その訴えの内容は事実無根です。僕の処方はウォルドグレイブ家に代々伝わるものです。記録が残されているので証明できます。さらに僕が手を加えて作った処方もありますが、すべて記録してあります。
その上で、できれば訴え出た方々や、ハーケン氏と直接話をさせていただきたいのですが。どういう根拠があって僕が盗用していると考えたのか、僕には知る権利があります。場合によっては、名誉棄損でこちらから訴えますから」
御形氏や議長さんやドーソン氏や、みんなが驚いて僕を見た。
いや、当然でしょう。完全に営業妨害だもの。
双子が派手に指笛を鳴らしたり机を叩いたりして大喜びしているが、微笑を崩さぬ刹淵さんがゆっくり振り向くと、チッと舌打ちして静かになった。
発言禁止でも指笛なら許されると思ったのか、双子……。
はあ……本当にクラクラしてきたぞ。
この会議が、みんな座ったままでの対話形式でよかった。発言のたび立ち上がってたら、僕もう倒れてる。
「えー、直接の話し合いの場は、もちろん必要でしょう。ですが今日のところはウォルドグレイブ伯爵の弁明の場ということで、えー……」
「ところで、そのハーケン氏とは、どういう方なのですか?」
しんどいけど、そこは聞いておかねばなるまい。
すると御形氏が、意外そうに目を丸くした。
「卿はご存知ないのですか?」
「はい」
「そうですか……てっきり、」
言いながら双子のほうを見てから、ハッとしたように口をつぐむ。
何だろう。双子と関係あるのかな? けど双子も、ハーケン氏の名は初耳だったはず。
御形氏は、ほかの協会員や議長さんたちと目を見交わし、説明の役目をなすりつけ合っていたが、刹淵さんが微笑んだまま長い脚を組み直すと、ギクリと震え上がって、もう一度双子を見た。
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