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第二夜
047.ラルスの苦悩
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確かに黄の国の高位貴族のサインがある紹介状を持ち、ルネは聖女宮へやって来た。ラルスは黄の国の事情には疎いため、その貴族と、副主教や大主教との関わりはわからない。ラルスが訝しげに見つめても、ルネは顔色一つ変えずに座していただけだ。
「……わかりました。まずは清掃の宮女官の下について勉強を」
「わたくしは聖女様にお仕えしたく存じます」
ルネはラルスから視線を外さない。彼女から強い意志を感じ、ラルスは溜め息をつく。
「しかし、あなたに女官の経験はないでしょう? この世界で唯一無二の存在である聖女様に、失礼があってはなりません。私は宮の責任者として、あなたを聖女様の前には出せません」
「経験がないからではなく、黄の国の者だから近づけたくないのだと仰っていただければ納得いたしますが、そうでないのなら承服いたしかねます」
口が立つ上に頑固。紹介状の貴族のサインも、無理やり書かせたのではないかとラルスは勘ぐる。そこまでして宮女官になりたがる理由、それも不透明だ。
「なぜ宮女官を志したのか、お聞きにならないのですか?」
「聞いたところで、本当のことを話す気などないでしょう」
「よくご存知で」
「同じように気が強く聡明な者と毎日会話をしておりますから」
もちろん、似ているからと言って、聖女に抱くような情を、ルネに抱けるわけもない。黄の国出身だというだけで、警戒の対象だ。彼女を聖女に近づけたくない、というのが本音だ。彼女が誰と繋がっているかわからない以上、何をしでかすかわからないのだから。
しかし、それは同時に、強く拒絶もできないということだ。彼女の報告が誰の耳に入るのかがわからない以上、迂闊な言動はできない。今、宮文官を外されるわけにはいかないのだ。
「あなたの行動により聖女様に何かあったら、即刻宮女官の職から退いていただきます」
「もとより覚悟はできております」
「……仕方ありません。では、聖女様についている宮女官の補佐を頼みます。高齢の者が多いゆえ、若い人手は重宝されるでしょう」
「承知いたしました、ラルス様」
ルネはにっこりと微笑んだ。その食えない笑顔は、聖女そっくりだ。ラルスは何度目ともわからない溜め息を吐き出すのだった。
水滴のついた七色の花冠が木箱を埋めている。五つの花びらを持つこの花はそれぞれの国から送られてきたものだ。
聖樹がつけた花、命の実の花。
ラルスは七色の花びらを眺め、「ようやく揃ったか」と呟く。
結実までが早かったため、収穫係に枯れる前の花びらをすぐに送るよう手配しておいた。聖水を振りかけておけば一月は枯れない。紫の花弁は、先ほど届いたのだ。
木箱を携え、ラルスは聖女の部屋へと向かう。聖女は寝室ではなく居室のソファで眠っていた。緑色の寝間着ははだけ、足も放り出したまま寝入っている姿に、無防備にもほどがある、とラルスは苦言を呈したくなる。もちろん、聖女には響かないだろうが。
スサンナは女官経験のないルネ――レナータを教育するため、部屋のあちこちを歩き回り、引き出しを開け、道具の使い方などを教えている。レナータは聖女の様子を気にしながら、スサンナの話を真剣な面持ちで聞いている。根は真面目なのかもしれない。
「聖女様、お疲れですか?」
ラルスが声をかけると、ソファに寝転んだ聖女は薄く目を開け、破顔した。
「あぁ、ラルス。おはよ」
「おはようございます。今、よろしいですか?」
「ん、いいよー」
ラルスはスサンナとレナータに退室を指示する。レナータは不服そうであったが、スサンナが引っ張っていったのを確認し、ラルスは鍵をかけた。
「なぁに、それ」
「聖樹の花びらです」
「わぁ、綺麗!」
テーブルに置いた木箱を覗き込み、聖女は感嘆の声を上げた。ラルスは湯が沸いていることを確認し、ポットに湯を入れ、テーブルへと持っていく。そして、花冠から外した七色の花弁をポットの中へと落とし入れた。
「わ、いい香り!」
「聖樹の花には滋養強壮の効能がございます」
「へぇー……ん? どういうこと?」
「肉体の疲労を回復なさいませ」
ようやく意味に気づいたのか、「それ一番欲しかったやつ!」と聖女は両手を挙げて喜んだ。七色の花弁が混ざり合うと何とも言えない配色の飲み物となるが、聖女は「エモい」と言いながらカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹き掛けながら少しずつ飲んでいく。
ラルスは少し安心していた。七色の花茶は昔から肉体の疲労を回復するため、栄養を補うために飲まれてきた。しかし、ここ二年は花も実もならなかったため、今朝ようやくすべてを入手できた。毎日ぐったりしている聖女に、早く飲ませてやりたかったのだ。
「へぇ、これ、七色全部揃わないとダメなんだ?」
「はい。枯れた花では効果が半減します。これで少しは疲れが取れると良いのですが」
「お風呂に浮かべてもいい?」
「もちろん。浮かべるのはそれぞれの花冠を一つずつで十分ですよ」
「うふふ。やったぁ。今夜も頑張れそう」
「……ご自愛くださいませ」
ラルスは聖女から目を逸らす。先ほどから、目のやり場に困っていたのだ。寝間着の胸元のボタンは留められておらず、白い肌には赤い痣が無数に散らばっている。胸元だけでなく、足にも。
仲が睦まじいようで何よりです、と皮肉を言おうとしてラルスは口ごもる。そう、皮肉だ。微笑ましいからではない。明らかに嫉妬したのだ。所有痕を残すことができる夫たちに。
たかが宮文官の分際で、何様のつもりなのだ。ラルスは自嘲する。毎日聖女と会っていても、ラルスは夫ではない。七日に一度しか会えなくても、聖女に触れることができる夫たちを、羨ましいと考えるなど――あってはならないことだ。
「命の実はそろそろ熟れる? 実もカラフル、ええと、色とりどりなの?」
「黄の国の実は熟れたようです。花はそれぞれの国の色ですが、皮と実はどの国のものも共通して白く、種だけが花と同じ色をしています」
「へぇ、不思議。白い実、見てみたいな! 難しい?」
「緑の国の実が結実したと聞きました。黄の国よりは近いので、小さいものを取ってきてもらいましょうか」
「ありがと、ラルス」
聖女の無邪気な笑顔に、ラルスは劣情を催したことを恥じ入る。同時に、自身を嫌悪する。
「ラルス、命の実は二つもらえないかな」
「なぜですか?」
「ラルス、子ども欲しいでしょ? 熟れたやつを聖水に浸して奥さんに食べさせてあげればいいんじゃない?」
「それは無理ですよ、聖女様」
聖水は各国の聖樹殿に湧く水だ。本来は門外不出のものだ。命の実を授かるにも、順番がある。勝手に収穫したものを勝手に聖水につけて食べるわけにはいかない。もちろん、罰則がある。
また、命の実はなるべく夫か妻の出身国の実を食べることが推奨されている。住んでいる国が出身国から離れている場合、出身国へ向かい実を授かるか、出身国から各聖樹殿に送られてきた実を授かるかのどちらかになる。
ラルスはそう聖女に説明する。だから、個人で命の実を貰い受けてもどうすることもできないのだ。
ただ、妻との間に子どもを作るべきではないと思い始めていることは、聖女には伝えない。妻への想いが急速に冷めてしまっていても、聖女に明かすようなことではないと判断した。
「紫の国から私たち夫婦用の命の実を送ってもらう手はずは整えてあります。ご心配ありがとうございます」
「そっか、それなら良かった。じゃあ、わたしが命の実を食べるときは、夫と一緒に聖樹殿に行って、順番が来たら実を食べたらいいの?」
「そうですね。しかし、聖女様には最大限の配慮がなされますので、聖樹殿に行かず、宮にて命の実を食べることになるでしょう。そのための実は各国で確保されますので」
なるほど、と聖女は唸る。
「あ、じゃあ、七人の夫全員を集めて七つの実を食べると、誰の子を妊娠するんだろう?」
「聖女様、ご自身の体でそのような因果を含ませるような真似はおやめください」
「だって、誰の子を最初に生めばいいのかわかんないんだもん」
「だからといって、賭け事のようなことをなさらぬよう」
聖女は心底不思議そうな顔をしてラルスを見つめる。
「わたしは誰の子でも構わないもん。どの夫の子でも、どんな色の子でも、絶対可愛いじゃん。皆イケメンだから、子どもは美男美女に育つでしょ。めっちゃ楽しみじゃん」
聖女は屈託なく笑う。
「あ、でも、わたしと同じように真っ黒ってこともあるかもしれないよねぇ。そしたら、誰の子かわかんないよね……えっ、そうなったらどうなるの?」
「主に髪のほうに夫の特徴が現れ、瞳は母の特徴を引き継ぐことが多いです。稀に反対になることもありますが、髪か瞳どちらかにそれぞれの特徴が現れますので、そのようなことは……」
口にして、ラルスは気づく。妻は、銀色の髪か、黒色の瞳が欲しいのではないか。神聖な白に近い銀色、聖女に近い黒色――聖職者にするにはうってつけではないか。自分のように。
妻は、総主教の母になりたいのかもしれない。義父は自らが総主教になり、孫さえも総主教にしたいのかもしれない。
考え、ラルスは「違うな」と鼻で笑う。妻も義父も、自らの欲を抑えられなかっただけに違いない。ただ私利私欲に走っただけだ。
聖女はそんなラルスをじぃっと見つめる。上から下まで眺め、疑問を口にする。
「じゃあ、ラルスは聖女の血を引いているの?」
「えっ……?」
「銀色も黒色も、七国には当てはまらないじゃん。じゃあ、聖女の特徴なんじゃないかなって」
七色に当てはまらないがゆえに、育ててくれた聖職者たちからは、ただの変異だと教えられてきた。だから、驚いた親に捨てられたのだと。ラルスはそれ以外のことを疑ったことなど、なかった。
「聖女……?」
「わたしとラルスの子が生まれたら、真っ黒になるかもしれ……とと、可能性の話ね、もちろん! ラルスは、ほら、奥さんがいるもんね! 早く食べられるといいね、命の実!」
「聖女の血……?」
「紫色の赤ちゃんなんて、めっちゃ可愛いんだろうなー! 紫の髪も、瞳も、ねぇ、ラルス!」
聖女が何か取り繕っているのを、ラルスはぼんやり眺めている。
聖女の血を継ぐ者は大抵要職に就くことになる。前の聖女の子も同じだ。歴代聖女の子孫は七聖教に管理されている。しかし、秘密裏に生まれた子がいないとも限らない。過去には黒翼地帯に連れ去られたという聖女もいた。彼女がもし子を宿しており、紫の国の近くで産み落としていたとしたら、その子孫は七聖教の管理外となる。
もしも、自分に聖女の血が流れているのだとしたら。聖女の血筋だと知って、義父や妻が自分との結婚を決めたのだとしたら。
「まさか」とラルスは呟き、笑った。そんなことが、あるわけがない。ただの妄想だ。七色に属さないことにより奇異の目で見られてきた過去を、肯定したいがための空想だ。
しかし――可能性がないわけではない。何事も。そう、何事も。
「そうですね……可愛いでしょうね」
聖女のホッとした表情を見つめ、ラルスは微笑む。邪な願いが胸のうちに宿ったことを自覚しながら、彼女の前では微笑んでみせるのだ。暗く濁り始めた心に、気づかれぬように。
「……わかりました。まずは清掃の宮女官の下について勉強を」
「わたくしは聖女様にお仕えしたく存じます」
ルネはラルスから視線を外さない。彼女から強い意志を感じ、ラルスは溜め息をつく。
「しかし、あなたに女官の経験はないでしょう? この世界で唯一無二の存在である聖女様に、失礼があってはなりません。私は宮の責任者として、あなたを聖女様の前には出せません」
「経験がないからではなく、黄の国の者だから近づけたくないのだと仰っていただければ納得いたしますが、そうでないのなら承服いたしかねます」
口が立つ上に頑固。紹介状の貴族のサインも、無理やり書かせたのではないかとラルスは勘ぐる。そこまでして宮女官になりたがる理由、それも不透明だ。
「なぜ宮女官を志したのか、お聞きにならないのですか?」
「聞いたところで、本当のことを話す気などないでしょう」
「よくご存知で」
「同じように気が強く聡明な者と毎日会話をしておりますから」
もちろん、似ているからと言って、聖女に抱くような情を、ルネに抱けるわけもない。黄の国出身だというだけで、警戒の対象だ。彼女を聖女に近づけたくない、というのが本音だ。彼女が誰と繋がっているかわからない以上、何をしでかすかわからないのだから。
しかし、それは同時に、強く拒絶もできないということだ。彼女の報告が誰の耳に入るのかがわからない以上、迂闊な言動はできない。今、宮文官を外されるわけにはいかないのだ。
「あなたの行動により聖女様に何かあったら、即刻宮女官の職から退いていただきます」
「もとより覚悟はできております」
「……仕方ありません。では、聖女様についている宮女官の補佐を頼みます。高齢の者が多いゆえ、若い人手は重宝されるでしょう」
「承知いたしました、ラルス様」
ルネはにっこりと微笑んだ。その食えない笑顔は、聖女そっくりだ。ラルスは何度目ともわからない溜め息を吐き出すのだった。
水滴のついた七色の花冠が木箱を埋めている。五つの花びらを持つこの花はそれぞれの国から送られてきたものだ。
聖樹がつけた花、命の実の花。
ラルスは七色の花びらを眺め、「ようやく揃ったか」と呟く。
結実までが早かったため、収穫係に枯れる前の花びらをすぐに送るよう手配しておいた。聖水を振りかけておけば一月は枯れない。紫の花弁は、先ほど届いたのだ。
木箱を携え、ラルスは聖女の部屋へと向かう。聖女は寝室ではなく居室のソファで眠っていた。緑色の寝間着ははだけ、足も放り出したまま寝入っている姿に、無防備にもほどがある、とラルスは苦言を呈したくなる。もちろん、聖女には響かないだろうが。
スサンナは女官経験のないルネ――レナータを教育するため、部屋のあちこちを歩き回り、引き出しを開け、道具の使い方などを教えている。レナータは聖女の様子を気にしながら、スサンナの話を真剣な面持ちで聞いている。根は真面目なのかもしれない。
「聖女様、お疲れですか?」
ラルスが声をかけると、ソファに寝転んだ聖女は薄く目を開け、破顔した。
「あぁ、ラルス。おはよ」
「おはようございます。今、よろしいですか?」
「ん、いいよー」
ラルスはスサンナとレナータに退室を指示する。レナータは不服そうであったが、スサンナが引っ張っていったのを確認し、ラルスは鍵をかけた。
「なぁに、それ」
「聖樹の花びらです」
「わぁ、綺麗!」
テーブルに置いた木箱を覗き込み、聖女は感嘆の声を上げた。ラルスは湯が沸いていることを確認し、ポットに湯を入れ、テーブルへと持っていく。そして、花冠から外した七色の花弁をポットの中へと落とし入れた。
「わ、いい香り!」
「聖樹の花には滋養強壮の効能がございます」
「へぇー……ん? どういうこと?」
「肉体の疲労を回復なさいませ」
ようやく意味に気づいたのか、「それ一番欲しかったやつ!」と聖女は両手を挙げて喜んだ。七色の花弁が混ざり合うと何とも言えない配色の飲み物となるが、聖女は「エモい」と言いながらカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹き掛けながら少しずつ飲んでいく。
ラルスは少し安心していた。七色の花茶は昔から肉体の疲労を回復するため、栄養を補うために飲まれてきた。しかし、ここ二年は花も実もならなかったため、今朝ようやくすべてを入手できた。毎日ぐったりしている聖女に、早く飲ませてやりたかったのだ。
「へぇ、これ、七色全部揃わないとダメなんだ?」
「はい。枯れた花では効果が半減します。これで少しは疲れが取れると良いのですが」
「お風呂に浮かべてもいい?」
「もちろん。浮かべるのはそれぞれの花冠を一つずつで十分ですよ」
「うふふ。やったぁ。今夜も頑張れそう」
「……ご自愛くださいませ」
ラルスは聖女から目を逸らす。先ほどから、目のやり場に困っていたのだ。寝間着の胸元のボタンは留められておらず、白い肌には赤い痣が無数に散らばっている。胸元だけでなく、足にも。
仲が睦まじいようで何よりです、と皮肉を言おうとしてラルスは口ごもる。そう、皮肉だ。微笑ましいからではない。明らかに嫉妬したのだ。所有痕を残すことができる夫たちに。
たかが宮文官の分際で、何様のつもりなのだ。ラルスは自嘲する。毎日聖女と会っていても、ラルスは夫ではない。七日に一度しか会えなくても、聖女に触れることができる夫たちを、羨ましいと考えるなど――あってはならないことだ。
「命の実はそろそろ熟れる? 実もカラフル、ええと、色とりどりなの?」
「黄の国の実は熟れたようです。花はそれぞれの国の色ですが、皮と実はどの国のものも共通して白く、種だけが花と同じ色をしています」
「へぇ、不思議。白い実、見てみたいな! 難しい?」
「緑の国の実が結実したと聞きました。黄の国よりは近いので、小さいものを取ってきてもらいましょうか」
「ありがと、ラルス」
聖女の無邪気な笑顔に、ラルスは劣情を催したことを恥じ入る。同時に、自身を嫌悪する。
「ラルス、命の実は二つもらえないかな」
「なぜですか?」
「ラルス、子ども欲しいでしょ? 熟れたやつを聖水に浸して奥さんに食べさせてあげればいいんじゃない?」
「それは無理ですよ、聖女様」
聖水は各国の聖樹殿に湧く水だ。本来は門外不出のものだ。命の実を授かるにも、順番がある。勝手に収穫したものを勝手に聖水につけて食べるわけにはいかない。もちろん、罰則がある。
また、命の実はなるべく夫か妻の出身国の実を食べることが推奨されている。住んでいる国が出身国から離れている場合、出身国へ向かい実を授かるか、出身国から各聖樹殿に送られてきた実を授かるかのどちらかになる。
ラルスはそう聖女に説明する。だから、個人で命の実を貰い受けてもどうすることもできないのだ。
ただ、妻との間に子どもを作るべきではないと思い始めていることは、聖女には伝えない。妻への想いが急速に冷めてしまっていても、聖女に明かすようなことではないと判断した。
「紫の国から私たち夫婦用の命の実を送ってもらう手はずは整えてあります。ご心配ありがとうございます」
「そっか、それなら良かった。じゃあ、わたしが命の実を食べるときは、夫と一緒に聖樹殿に行って、順番が来たら実を食べたらいいの?」
「そうですね。しかし、聖女様には最大限の配慮がなされますので、聖樹殿に行かず、宮にて命の実を食べることになるでしょう。そのための実は各国で確保されますので」
なるほど、と聖女は唸る。
「あ、じゃあ、七人の夫全員を集めて七つの実を食べると、誰の子を妊娠するんだろう?」
「聖女様、ご自身の体でそのような因果を含ませるような真似はおやめください」
「だって、誰の子を最初に生めばいいのかわかんないんだもん」
「だからといって、賭け事のようなことをなさらぬよう」
聖女は心底不思議そうな顔をしてラルスを見つめる。
「わたしは誰の子でも構わないもん。どの夫の子でも、どんな色の子でも、絶対可愛いじゃん。皆イケメンだから、子どもは美男美女に育つでしょ。めっちゃ楽しみじゃん」
聖女は屈託なく笑う。
「あ、でも、わたしと同じように真っ黒ってこともあるかもしれないよねぇ。そしたら、誰の子かわかんないよね……えっ、そうなったらどうなるの?」
「主に髪のほうに夫の特徴が現れ、瞳は母の特徴を引き継ぐことが多いです。稀に反対になることもありますが、髪か瞳どちらかにそれぞれの特徴が現れますので、そのようなことは……」
口にして、ラルスは気づく。妻は、銀色の髪か、黒色の瞳が欲しいのではないか。神聖な白に近い銀色、聖女に近い黒色――聖職者にするにはうってつけではないか。自分のように。
妻は、総主教の母になりたいのかもしれない。義父は自らが総主教になり、孫さえも総主教にしたいのかもしれない。
考え、ラルスは「違うな」と鼻で笑う。妻も義父も、自らの欲を抑えられなかっただけに違いない。ただ私利私欲に走っただけだ。
聖女はそんなラルスをじぃっと見つめる。上から下まで眺め、疑問を口にする。
「じゃあ、ラルスは聖女の血を引いているの?」
「えっ……?」
「銀色も黒色も、七国には当てはまらないじゃん。じゃあ、聖女の特徴なんじゃないかなって」
七色に当てはまらないがゆえに、育ててくれた聖職者たちからは、ただの変異だと教えられてきた。だから、驚いた親に捨てられたのだと。ラルスはそれ以外のことを疑ったことなど、なかった。
「聖女……?」
「わたしとラルスの子が生まれたら、真っ黒になるかもしれ……とと、可能性の話ね、もちろん! ラルスは、ほら、奥さんがいるもんね! 早く食べられるといいね、命の実!」
「聖女の血……?」
「紫色の赤ちゃんなんて、めっちゃ可愛いんだろうなー! 紫の髪も、瞳も、ねぇ、ラルス!」
聖女が何か取り繕っているのを、ラルスはぼんやり眺めている。
聖女の血を継ぐ者は大抵要職に就くことになる。前の聖女の子も同じだ。歴代聖女の子孫は七聖教に管理されている。しかし、秘密裏に生まれた子がいないとも限らない。過去には黒翼地帯に連れ去られたという聖女もいた。彼女がもし子を宿しており、紫の国の近くで産み落としていたとしたら、その子孫は七聖教の管理外となる。
もしも、自分に聖女の血が流れているのだとしたら。聖女の血筋だと知って、義父や妻が自分との結婚を決めたのだとしたら。
「まさか」とラルスは呟き、笑った。そんなことが、あるわけがない。ただの妄想だ。七色に属さないことにより奇異の目で見られてきた過去を、肯定したいがための空想だ。
しかし――可能性がないわけではない。何事も。そう、何事も。
「そうですね……可愛いでしょうね」
聖女のホッとした表情を見つめ、ラルスは微笑む。邪な願いが胸のうちに宿ったことを自覚しながら、彼女の前では微笑んでみせるのだ。暗く濁り始めた心に、気づかれぬように。
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