【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

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第一夜

019.緑の君との初夜(一)

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 やっばい。完全に寝坊した。やばい、やばい、やばい。
 わたしは今、緑色の服を着て廊下を全力疾走――は、体力的に厳しいから、できる限り頑張って走っている。
 あの絶倫体力オバケにガツガツ貪られて、食事もできずにソファで寝落ちてしまい、係の宮女官たちがシーツや布団を替えてくれているのにも気づかず爆睡。テーブルに置かれていたパンと水を飲んで、お風呂に入ったあと、今度はベッドで熟睡してしまった。
 四つ時の前にはテレサもスサンナも他の女官もいなくなってしまうから、わたしが時鐘の音を聞いて夫を迎えに行かないといけない。とは言っても、扉のある部屋からわたしの部屋までは一本の廊下しかないのだから、どんな方向音痴でも無事にたどり着けるようにはなっている。
 まぁ、でも、めっちゃめかし込んで扉を開けても、その先に花嫁がいなかったら絶望的でしょ。わたしの夫にそんな気持ちを味わわせたくはない。なるべく。
 ……四日目で気が緩んだのよ、ほんと申し訳ない。蓄光石のランプが薄暗くなっていて、マジびっくりしたんだもん。

 七つの扉の部屋にたどり着いても、そこに夫はいなかった。ゼェゼェ言いながら緑色の扉をノックする。けれど、反応はない。何度も、強めに、ノックする。返事はない。
「聖女でーす!」と間抜けな自己紹介をしても、返事はない。
 怒らせちゃったかな。悪いことしたなぁ。花嫁が遅刻とか、ありえないもんね。夫は高貴な身分の人も含まれるって言うし、定刻通りに物事が運ばないと蔑ろにされたと感ずる人もいるかもしれない。
 ……仕方がない。

「すみませーん! 緑の君様! お出でいただけないようでしたら、こちらから伺いますねー!」

 ラルスからは「夫の居室へ行ってはいけない」とは言われていないし、食べ物だけ気をつけていれば大丈夫でしょ。何か言われたらあとで謝ろう。わたしはそれ以上悩むことなく、鍵の開いている緑の扉を押し開いた。
 扉の向こう側には廊下が続いている。少し下り坂になっている真っ直ぐな廊下を、ランプの薄明かりを頼りに歩く。廊下には窓がなく、外の景色はわからない。ここも新築の匂いがする。扉の部屋の状態から、放射線状に夫たちの居室が造られているのだろうと推察する。

 ずんずん歩いていると、廊下の先に同じような薄い明かりが見えた。人がいるのかな。でも、聖女がいきなり現れたらびっくりされるよねぇ。ドラマでの知識しかないけど、大奥は将軍が来るときは鈴が鳴っていた気がするし。「聖女でーす」なんて言いながらわたしが歩いてきたら、大混乱になるかも。
 とりあえず、今はこっそり歩くことにする。夫の邸宅にこっそりやって来るなんて、完全に夜這いじゃん。夜這い聖女って、世間体的に大丈夫なのかしら。まぁラルスあたりがちゃんと処理してくれるはず。

「行かないと言っているだろう!」

 突然、どこかの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。喧嘩かしら、と思いながら廊下を進む。まさかわたしの夫? その可能性は高いんだろうな。

「しかし、リヤーフ様。聖女様と睦み合ってもらわねば、我が国は滅びの道をたどる一方です。疫病の収束のめどもたたず、このまま国民に命の実が渡らなければ、王家の権威など回復できません。国のためと思って、どうか……」
「それなら、兄たちが離縁して聖女と結婚すればよかっただろう! 俺は結婚などしたくなかった!」
「そ、そんなことを申されてはなりません! どこで誰が聞いているやもわかりません」

 はい、めっちゃ聞いちゃいました、夜這い聖女です、どうも。
 開け放たれた扉の向こうをこっそり覗くと、わたしのリビングと同じような造りの居室に二人の男の人がいる。一人は豪奢な緑色の服を着た、褐色の青年。緑がかった黒い長髪を緩く結び、ソファでふんぞり返っている。たぶん、わたしの夫。めっちゃ態度悪いなぁ。性格も悪そう。
 あと一人は、ラルスが着ているのと同じような服を着て、夫らしき青年を諌めている。従者なのかな。パワハラ上司を持つと使用人はつらいね。

「俺はアルマースと結婚する予定だったはずだ。なぜ、アルマース以外の女と同衾せねばならん」
「アルマース様のことはもうお忘れなさいませ。リヤーフ様との婚約を解消なさったあと、弟君との婚約が決まったではありませんか」
「あの母の考えそうなことだな、アルマースをカーリムに宛てがうとは。俺のことなど、産まなかったことにするのだろう。記録から第四王子の名前を抹消することなど、容易く想像できる」
「王妃様のお考えは……難解でございますから」

 ふむ、緑の夫リヤーフは、婚約者と引き離されて、国益のためにわたしと結婚させられたわけね。かわいそうな王子様。そりゃ、ひねくれた性格になるよなぁ。……いや、ひねくれた性格だからこそ、厄介払いされたとも考えられる。母親と折り合いが悪そうだし。

「とにかく、俺は聖女の宮には行かない。わかったか」
「夫が初夜をすっぽかすなど前代未聞ですよ! 考え直されますようお願い申し上げます」
「行かん!」

 うわぁ。すごい頑固。従者も大変だな、こんな人に仕えなきゃいけないなんて。
 でも、わたしが登場するタイミング、逃しちゃったなぁ。こんな殺伐とした空気の中、どんな顔して出て行けばいいの?

「リヤーフ様も素直じゃありませんから。初夜の衣装をきちんと着ておりますのに、どうしてあんなふうに意地をお張りになるのやら」
「だよねぇ。あの衣装格好いいよね」
「聖女様もそう思われますか? 良かったぁ。針子たちが頑張った甲斐がありましたねぇ」

 ……ん?
 振り向くと、褐色の肌の青年が同じようにこっそりと部屋の様子を窺っている。二人の会話を聞くので精一杯で、彼の気配に全く気づかなかった。

「僕はサーディク。リヤーフ様にお仕えする者です」
「あ、初めまして、聖女です」
「やはり聖女様でいらっしゃいましたか。そうではないかと思っておりました。女人禁制のこの邸宅で、女の人は聖女様しかいらっしゃいませんから」

 女人禁制なんだ? それは初耳。愛人を囲うことがないように、という規則なのかもしれない。……男の愛人の可能性も、あると思うけど。

「今リヤーフ様を説得なさっているのは、バラーという者です。しかし、聖女様がいらっしゃるのであれば、説得する必要はありませんね。明日の朝まで人払いをしておきますので、ゆっくりとお寛ぎください」

 言って、サーディクは夫の部屋へと入っていく。そして、バラーに何事か囁く。バラーは一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、まぁ下手くそな芝居を始めた。

「し、仕方ありません。リヤーフ様が行きたくないと仰るのであれば、わ、我々は無理にお連れするわけにはまいりません。どうぞどうぞ、部屋でお寛ぎください」
「ん」
「そうですね。聖文官には結婚したくないとも伝えておきましょう。リヤーフ様がどうしても、ど・う・し・て・も結婚したくないと言うのであれば、新たに夫の候補を選ばなければなりませんから」
「ん?」
「ご自身の都合で聖女様と離婚したとなれば、王子と言えども臣籍降下と国外追放は免れないでしょうね」
「おい」
「仕方ありません。我々も新たな仕事を探さねばなりませんね。もうお暇いたしましょう、バラー殿」
「おい」
「おやすみなさいませ、リヤーフ様」
「待て、おい」

 パワハラ上司の扱い方には慣れているのか、バラーもサーディクも「待て」の声には従わない。意外と強いな、この二人。
 残されたリヤーフは部屋の中で何事か喚いていたが、二人はさっさと退室した。そして、薄暗い廊下で、バラーはわたしに「リヤーフ様が申し訳ありませんでした」と頭を下げる。普通の中年男性だ。サラリーマンだ。マジお疲れ様です。

「リヤーフ様は気難しく、誰も信用しておられません。わたくしたちのことさえ疑っておいでです。しかし、元来は大変お優しい方なのです。リヤーフ様が変わられたことには深い深い理由があるのですが」
「あ、そのへんの事情は聞かないわ。話長くなりそうだし、先入観なしで夫に会いたいし。ね?」
「さ、さようでございますか」

 二人に間取りのことだけ聞いておく。ランプが消えたら、手探りで寝室の扉にたどり着かないといけないわけだもの。
 バラーはペコペコと頭を下げながら、サーディクは手をヒラヒラと振りながら、去っていった。廊下に残されたのはわたしだけだ。
 さて、どうしよう。どのタイミングで夜這いを仕掛けよう? サーディクが気を利かせて扉を少し開けておいてくれたおかげで、室内の様子は割とわかる。薄暗いけれど。

「まったく! なぜ、俺が! 行かなければならん!? あちらから来るべきではないか!」

 うわぁ。今までの夫たちとは全然タイプが違うなぁ。オーウェンもセルゲイもヒューゴも、ちゃんと着飾って扉まで来ていたもの。だって、初夜だもの。
 王子様ってこんなに傲慢なの? それとも、緑の国の考え方が男尊女卑なの? 従者二人からはそういう風土は感じられなかったから、たぶん、彼の性格なのだろう。
 こんな我儘な王子様が夫なの?
 正直に言うと、まぁだいぶがっかりした。顔はイケメンでも、心はそうとは限らないのだ。元の世界でも同じだったことを思い出す。
 帰っちゃおうかなぁ、なんて考える。だって結婚したくなかったんでしょ? 婚約者と結婚する予定だったんでしょう? じゃあ、わたし、必要? そんなふうに思っちゃうよね。

「俺は! 行かない! ぞ!」

 まだやってる。何なんだろ、この人。意味不明。従者に行きたくないアピールしてんのかな? もうバラーもサーディクもいないのに。

「だって聖女は……こんな醜い俺、なんかを」

 ……あれ? 泣いてる? 酔っ払ってんの? あ、あぁ、あのグラスと瓶、もしかしてお酒が入ってたのかな? どれだけ飲んだらああなるんだろう?

「俺なんかを! 好いてくれるわけが! ない!」

 こんなに醜い俺を好いてくれるわけがない……誰が? わたしが? まぁ、クズだったり性根が腐っていたり暴力振るったりする男はどうかとは思うけど、そんなの何日かは一緒に過ごしてみないとわからない。結婚してみないとわからないことだってある。オーウェンもセルゲイもヒューゴも、どんな人かなんて未知数だもの。
 ……って、うわぁ、瓶ラッパ飲み。酔い潰れる気満々だー!

「俺なんか……俺なんか……愛される資格など……」

 完全に、ソファで寝る気だな、リヤーフ。傲慢で、我儘で、酒癖悪くて、ちょっとバカ。つまり、どこにでもいる青年だ。
 予想した通り、リヤーフはソファで寝始めた。結婚初夜に、待ち合わせに遅刻した妻、酔っ払って寝入ってしまう夫。これもよくあるすれ違い。
 溜め息をついて、わたしはリヤーフの部屋の扉を押し開けた。好いてあげられるか、愛される資格があるのかどうか、あなたの妻が、試してあげようじゃないの。


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