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11.お人よしだって自分のことを思ったことはない。(side クラシル)

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 俊哉がローブを脱いで‥
 ローブに隠されていた顔を晒した。
 それを直視していいのか、って一瞬戸惑った。‥だって、咄嗟に俺からローブを奪ってまで俊哉は自分の顔を隠したかったんだ。
 だけど‥(白状する)‥好奇心が勝ってしまったんだ。
 それに、醜い顔って言ってもお互い様だ、どんなに醜い顔だろうと
「気にするな。お互い様だ」
「人間、顔じゃない」
 って笑って言ってやれる準備は出来ていた。

 だけど、
 俊哉の顔を見た瞬間、総ての言葉が頭から抜け落ちた。
 もう‥息をするのさえ忘れた。
 たっぷり2分間‥俺は、動くこともできず、俊哉の顔から目を逸らすこともできず‥その顔を息すら忘れて見つめ続けてしまった。
 ‥見惚れたって奴だ。
 
 ‥人間、あんまり驚くと喋ることも瞬きすることも‥息をすることさえ忘れるんだって初めて思った。

 
 弟に花嫁を奪われた。
 あの時、俺はでも‥そんなに悔しいとか悲しいとか思わなかった。
 怒りは‥思えば不思議となかった。
 驚きはしたけど。

 ‥そんなことってあるんだな。
 そんなことする人間がいるんだ。(しかも、それが自分の弟なんだ! )
 ‥こんなことがあるんだ。生きてたら色んなことあるなあ。

 って他人事みたいに思ったことを今でも覚えている。
 だけど、今のこの驚きに比べたら‥あんなの驚いたうちに入らない。
 あんなの‥目の前に予期せず鳥の糞を落とされた‥程度の驚きだった(今思えばね)。今の驚きは‥急に隕石が目の前に時速100キロ(← 子供か)で降ってきた位の驚きだ。
 ‥何を言っているんだかよく分からないが、つまり‥それ程驚いたってことだ。
 
 まあ‥折角この話をしたんだからついでに言っておくと、俺が弟に花嫁を「譲った」のは、親切心から‥とかじゃ全然ない。弟が可愛いから‥とかじゃない。まして、花嫁の幸せを願ったわけでも、義母に言われたからでもない。
 ただ、なんとなく、だ。
 なんとなく「ああ、そうなんだ」って思って、「じゃあ、そうすればいい」って思ったから。それ以上の感情はなかった。
 だって、今までだってそんなことはよくあった。
 当たり前にあるって思ってた母親の愛情は、母親が死んだことによって「当たり前に」なくなって、そしたら俺に関心が無かった父親が俺に許可を求めるわけもなく俺を快く思わない女を連れてきて、驚くほどすぐに再婚して、女の息子だという子供が弟になって‥
 いままで望んだわけでもないことが自分の周りでは‥自分の意志に関係なく‥繰り返されてきた。
 だから‥まあ今回も「そういうもんなんだな」って思っただけ。

「弟を許すなんてお人よしだな」
 ‥事情を知っている者はそう言った。(ベルクやなんかは知らなかったが、騎士団の中でも事情を知っている者が何人かはいる)
 そんなわけない。
 怒りはなかったが、俺は「これを機会に」弟と絶縁した。勿論、両親ともだ。
 家族とは以前から折り合いが悪かったから、俺にしたらいい機会だったのも確かだ。「イイ口実が出来た」って思う位。‥それをいうと、あの花嫁が「置き土産」みたいでなんか嫌だけどな。だけど、あの娘にしてもいい話だっただろう。
 普通の娘にお金の為に「死んだ方がマシ」なことさせずに済んでよかった。(普通の人間って気付いていたのかって? ‥そりゃ分けるよ。だから、結婚前に家族に‥弟に会わせたんだ。いうならば、「ああなるのは分かってた」ことなんだ。さっきは‥ちょっとは驚いたって言ったけど‥。まあ‥「やっぱりね」って思った。でも、まあ‥驚いたかな「‥あまりにも思った通りことが運ぶなあ」って。‥ちょっとはね、「だけど、そこは‥良心が許さないってちょっとは考えるんじゃない? 」ってあの娘に期待してた。だけど‥ちょっとの良心より生存本能が勝ったみたい。あっさりと俺がちらつかせた「最後の逃げ道」に飛びついた。弟が「(人間的に)いい人間」だとは思わない。ただ‥俺よりは普通の人間にとってはマシかなって思う程度。‥ホントにイイ人間なら、もっといい結婚相手を探してやっただろう)
 そんな程度。
 俺は‥冷たい男なんだ。
 「お人よし」とは程遠い人間だし、自分のことをいい人間、優しい人間だって思ったことはない。

 俺はね。どちらかというと、目的の為には手段を選ばない利己的な人間だ。
 自分の容姿がアレだからって腐ったり、卑屈になったり‥人に対して自分を卑下したりとかはしない。
 それをしないでいいだけの地位を手に入れている。
 騎士団の団長という地位。一人で暮らしていて困らないだけの給料と、衣食住。‥未だに、両親のすねを齧らないと生きていけない弟とは違う。
 その為に人並み以上の努力はして来た。
 だけど、皆が皆それを出来るとは思わない。できなかった奴をダメな奴だとは思わない。人それぞれだし‥やっぱり、人には向き不向きがあるわけだし。
 たまたま俺に剣に対する適性に加えて、高みを‥団長の地位を‥狙えるだけの体力も気力もあったってだけだ。(あと、嫌味を言われても妨害されても気にしないだけの図太さもね)
 勉強だって、剣だって‥やっぱりやる気以前に適性がいる‥なにより、それが幸運だった。

 自分を見下す者に対して腐らず怒らず、その怒りを全部高みに昇華させる不屈の精神力、それを実現しうる体力と気力。
 俺の持っているものの総て。それは、胸を張って自分の長所と言える。だけど‥度が過ぎるそれは、裏を返すと、頑固で、意固地で、執念深く、執着心が強い。

 人に対して独占欲を持ったことがないことだけがせめての救いだって思っていた。
 俺みたいな人間に執着されて、執念深く、独占欲を持たれたら‥もう、相手にとっては恐怖でしかないだろう。
 きっと、手に入れるために手段を選ばないだろうし、一度手に入れたならその行動の全てを知りたがるだろうし、逃げられたら(もしかしたら‥いや、結構な確率で)‥どこまでも追って行くだろう。
 俺みたいな顔と体躯の男にそれをされるんだ‥。もう、恐怖でしかないに違いない。
 
 なのに‥
 俊哉に会った時、危ないかも‥って思ったんだ。
 俊哉は俺に対して恐れたりしない。嫌がったりしない。
 容姿のことで自分もこころに傷を負っているらしいというのに‥家族を亡くして故郷を離れて知らない土地で不安だろうに‥俊哉は腐ったりしないし、自暴自棄になったりもしない。泣いたりはしていたが‥必死に耐えて、前を向こうとしている。それどころか、俺を気遣って、励まそうとしてくれた。‥その強さと健気さ、優しさに‥ちょっと危うく‥惚れかけた。
 絆されかけた。
 それだけでも随分危なかったのに‥好きになりかけてたのに‥
 俊哉の‥人間離れした‥性別を超えた女神のような顔を見た瞬間‥「こりゃダメだ」って思った。
 
 
 俺は‥執着の対象を‥見つけてしまった。
 
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