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五章.周辺事情

7.ライバルっていうなら勝負でしょう

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「もう一度だけ会いたいんだ」
 朝、学校に来た四朗は早々に相崎の呼び出しを食らっていた。
 要件は、紅葉にもう一度会いたいということらしい。
 って、昨日俺も聞き流したし、紅葉ちゃんからもやんわりと断られてたのに、丈夫な奴だな。
「しつこいなあ。だから。俺云々じゃなくて‥」
「‥分かってる。今すぐって言ってるんじゃないんだ」
 四朗の言葉を遮って相崎が珍しく真剣な顔で言った。
「まずは、しんちゃんに認められてからって思ってる。っていうか、しんちゃんが納得してからって」
「なんで俺」
 四朗があきれ顔で相崎から目を逸らした。
「紅葉ちゃんはしんちゃんの顔色をうかがってるから。だから、しんちゃんがうんと言わないと会ってくれないんだろうなって思って」
 ‥顔色を伺うって、なんか俺が悪い人みたいじゃないか。失礼なことを言うやつだな。
 ふっと、不機嫌な気持ちになるのを、二三回無理に瞬きをして散らした。
「俺は紅葉ちゃんの保護者か」
 しかし口から出たのは、やっぱり不機嫌そのものの声で、俺もまだまだだなあと思った。
「彼女にとってはそういうのじゃない? しんちゃんもそういう感じだと思ってるでしょう? 。表向きには」
 なんだか、相崎の言っていること、言わんとしていることがわからなくて、面倒くさくなってきた。
「表向きには? 」
 投げやりに言葉をそのまま返す。
 ‥だから、何が言いたいんだ。はっきりわかりやすく言え。
 いらだつ四朗には「我関せず」って感じで、相崎はうっとりと‥先日会った、可憐で可愛く‥だけど強く凛々しい紅葉を想い出す。
 ちらりと四朗を見ると、「まったく君は理解が悪いな~」って呆れたような仕草をして、
「だって、入れ替わりを頼んだりする程、彼女とは信頼関係があるわけだし」
 って言ったんだ。
 さらにイラつく四朗。
「それで何で保護者? 」
「二人の様子を見ていたらそんな風に見えたよ。いや、紅葉ちゃんの様子と、しんちゃんの話から、かな」
 相変わらず相崎の言葉は要領を得ない。
 と、ここで言葉を選ぶように言いよどんだ。
「でも‥」
 そして。考え考え言葉を続ける。
「でも? 」
 四朗が顔を上げて、続きを促した。
 顔を上げると、四朗の視線は相崎と比べて丁度拳一つ分高くなる。
 相崎が一度大きく頷いて、目線を上げて四朗の目を見る。

「態度はそうじゃないね」
 断言する相崎。
「相じゃなかったら‥どうなのさ」
 ドン引きする四朗。

「本当に無自覚なの? いい加減に認めなよ。しんちゃんは紅葉ちゃんのことが好きなんだよ。‥今までそういう話を聞いたことがないから、もしかしたら、やたら遅いけど初恋かもしれないね」
 相崎が言った。
 (やたら遅いどころか‥)信じられない遅さだけどね。と付け加えた言葉は、しかしながら、独り言のように小声だった。
「そういうのじゃないって言ってるんだけど‥」
 四朗がため息をつく。
「はいはい。そういうのなの」
 まるで言い含めるように相崎がもう一度言った。

 しつこい。こいつの話ときたら恋だの愛だのばっかり。こいつの頭は年中お花畑か。

 四朗は、ちょっとイラつきを覚えながら目を伏せる。
 もういいかな、もう話すのも嫌なんだけど。
 四朗が「じゃあ、もういいでしょ」といいながら相崎に背を向けようとした、次の瞬間

「だから、勝負だ! 」

「はああ? 」

 相崎の口から出て来た言葉に、四朗は驚いて逸らしかけた肩をぐいっと、相崎の方に戻してしまった。
 二人の視線がばっちりとぶつかり合う。
 今度は、条件反射で相崎が目を逸らす。

 四朗が、今度は大きくため息をつく。
 ‥まったく。
 そうだ、こいつはもう黙らせよう。

「ねえ、相崎? 」

 四朗は、低い怒気を含んだ言葉で相崎を睨みつけて、その眼をゆっくり合わせようとする。
 それは冷ややかで、そして逆らうのが難しい程威圧感のある視線だったが、相崎は鉄の意志でそれを逸らし続けた。
「しんちゃん。無駄だよ! 俺には効かないよ! 」
 思いっきり目を逸らしながら相崎が高らかに宣言する。
 しかし、口調がもう負けてしまっている。目を合わせられていないことも、また然り。
 相崎は知っている、これは、「魔王相生モード」だ。
 絶対、聞いちゃだめだし、目を合わせちゃいけないやつだ。

「逃げてちゃ‥現実から目を逸らしてちゃ駄目だよ! しんちゃん! 自分に向き合わなきゃ。
 自分では分からないこともあるってことも認めなきゃいけない。それで、時には、人とも対立しなきゃ! 
 正々堂々とね! ‥そういう、ズルはダメだ! 」
 冷静にびしっと言ってやりたいが、ちょっと腰が引けてしまって、声がほんの少し上ずってしまう。

 ‥、駄目だ! 冷や汗出てきた。こいつ、ホント人間か? ラスボス・魔王は相生のじいさんとして、こいつも魔物の一員であるのは絶対だな!! 
 そんな相崎とは逆に、四朗は白けた顔をしている。

 ‥こいつ、こんなに暑苦しい奴だっけ? まあ。確かに昔からやけに勝負を挑んでくる奴だったけど。
 ‥面倒くさい。

 気持ちは、そんな感じだ。

 負けるか! なめるなよ!

 相崎はぐいっと顔だけ四朗に戻して(視線が合わない様に目を逸らしたまま、だ)
「俺としんちゃんはライバルなんだよ。ライバルって言ったら勝負でしょう! 」
 一方的に宣言して走り去った。
 四朗は、呆然とそこに取り残された。
 結果、(四朗は了承もしていないわけなんだけど)まあ半ば強引にそういうことになった。

 え? で、結局何の為の勝負? 
 もう、ぽかーん、だ。


「まずは、テニスだ! 」
 次の日、すっかり本調子を取り戻した(懲りない)相崎がにこにこと四朗に提案してきた。
「学生といえば勉強じゃないの? 」
 教科書を差し出す四朗の腕を取って立ち上がらせると、
「爽やかじゃないだろ」
 相崎が言った。

 ‥お前がテニス得意なだけじゃないのか?

 テニスか。俺はあんまり得意じゃないんだけどなあ。せめて剣道とかにしてくれないかなあ。
 ラケットを学校に借りに行って、試験前でコートが部活動によって利用されていないのを確かめてコートに向かう。
 その際、先生に呆れ顔で
「相生はともかく、相崎お前は試験勉強をしろ」
 と言われたわけだが。

 2セット先取した方が勝ちってルールで試合は始まった。

 経験者相崎とテニス未経験の四朗が勝負になるわけがない。
 だけど、そこは「何事も器用で」「運動神経抜群で」「体力馬鹿な」四朗だ。普通の人間よりは、器用に対応している。
 だけど所詮、取り敢えず慣れるまでは相崎のボールをとにかく返すことに専念し、慣れてきたら、打ち返す際に、打ちにくいところを狙って打つ。
 技術とか、勿論の事ながらない。兎に角力いっぱい打ち返し、「コートに入ったらラッキー! 」だ。
 それっ位のことしか、出来ない。
 やたら必死で、我ながら余裕なんてどこにもない。相手の相崎はそれでも余裕のある顔をしているのが憎らしい。

 それでもかなり汗はかいているようだ。いつも気にしてかきあげている少し癖のある細い髪が今は額に張り付いたようになっている。
 ‥だけど、背中まで汗ぐっしょりな四朗ほどではない。
 これのどこが爽やかなスポーツなわけ?
 四朗は、汗を袖で拭いながら思った。

「あれ、四朗君がばててない。体力がついてきたのかな」
 目立つ二人のことだ。いつの間にか周りにはギャラリーが出来ていた。
 相崎様素敵! 相生様頑張って~だの黄色い悲鳴に交じって、田中がぼそりと冷静に言った。
「ボレーの応酬は止めたのか? 」
 と、これは池谷。
 そこで、相崎の勝ちで1セット終了。

「ホントにやたら紅葉ちゃんに代わってもらってたんだね。前とプレーが違ってるよ。あの時はもっと、俺に息を合わせるみたいにしてたよ」
 汗を拭いている四朗に相崎が近づいてきて小声で言った。少し息が上がっているがそれも四朗程ではない。
 四朗が答える代わりに、相崎を睨みつける。

 紅葉ちゃんは西遠寺家の‥当主(桜)の秘蔵っ子だからね! 鏡の秘術で人の動きを合わせるのはお手の物なんだよ!
 (鏡の秘術)俺も使えるハズらしいんだけど‥

 でも、
 名は呪‥
 俺は、西遠寺なんて知らない。俺は‥相生でしかない‥
 なんでこんなに頑なに俺は相生であろうとしているんだろう。
 俺は、俺。「相生だから」「西遠寺 桜の息子だから」じゃなくて「(ただの)俺だから」‥ってどうしても思えない。
 きっとこの頑なな思いが俺の西遠寺の力を覚える妨げになっている。

「さ! 第二セットだ! 」
 息が整った相崎は、さっさとコートに帰っていった。
 結果は、2セット目も相崎がとって、2-0で四朗の負け。
「勝負はこれからだよ」
 なんてにやりと笑うと相崎は帰っていった。
「あれ、今日四朗君不調だ。あるんだね。不調」
 佐藤がやけにしみじみと言った。

 ‥テニス、練習しよう‥。確か、博史がテニス部だったはずだ‥。

 後に残された四朗は密かにリベンジを誓った。
 (相崎と)ライバル云々はどうでもいいとしても、シンプルに負けず嫌いな四朗なのだった。
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