相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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五章.周辺事情

6.紅葉の大事な思い出

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 その後、「デート」(?)を続けるのも、なんだかなあって感じで、お茶を飲んで別れることになった。その際、次の約束を取り付けたがる相崎は、四朗が黙らせて先に帰した。
「それじゃあ。四朗君また」
 紅葉が、丁寧にお辞儀をしながら言う。四朗も頷いて「また」って言って別れた後、紅葉が携帯電話を鞄から取り出したのは、桜に連絡を取るのだろう。
 そんな姿を黙ってみていると、
「うちん家に寄ってかないの? 」
 するり‥とそんな言葉が出て来た。
 つい‥って感じ。自分でも「なぜこんなこと言った? 」って驚いた。
 でも‥なんかね。
「それも味気ないよな」
 って思ったんだ。
 だって、彼女は確かに「柊 紅葉」で、今から彼女は自分の家に帰るんだけど、‥今まで彼女は8年間も「相生 四朗」として、「ここ」で暮らしていたんだ。
 そのまま「はいさよなら」ってあまりに味気なくない? 
 って‥そんな風にも思ったわけだけど‥そう思ったのは自分だけか? ってすぐに思い直した。
 こんなこと急に言われても困るんじゃない? 
 って。
 しかし、暫く考える様な顔をした紅葉からは
「‥お邪魔してよろしいでしょうか? 」
 と、まったく予想外の答えが返って来た。
「え? 」
 それには、思わず(自分から言ったのに)四朗が驚いた。
 

「あ、家こっち‥って知ってるよね」
 ボケツッコミする気はなかったけど、動揺したからか、ちょっと変な感じになってしまった。
 だって、七年も身代わりをしてもらっていた人だけど、当然のことながら、ろくに知らない。何なら会ったことすら今日で二回目。一回目はバタバタしてたし、ろくに話しもしていない。
 自分(四朗)より、家族のほうが親しい人。
 勿論、家族はそれを知らないんだけど。
 家に着いて、博史との部屋に案内した。(って、ここも知ってるわけなんだけど)
 清さんと母さんが、驚いた顔をした後、ちょっと嬉しそうな顔をした。
 って、違うからな!
 視線に耐えられなかった‥とかじゃないけど、自然な流れで襖を閉めた。
 男と女が密室で二人っきり‥って雰囲気では勿論の事ながらない。
 懐かしそうに部屋を見る紅葉を見て。
「急にああなった(入れ替わった)から‥私物とかもあったんじゃないかなって思って‥」
 って言葉がホントに奇跡的に‥すっと出て来た。
 
 ホントだよ! あるだろ私物! 
 我ながら、いいこと気付いた!

 って一瞬自分の提案に感動してしまう。
 紅葉がまたちょっと驚いた後、微かに微笑んだのが分かった。
「有難う。私物は‥でも、ないかな。財布は通学鞄に入れて持ち歩いてたし、学生証はあの時交換したし‥。私物って言ったら趣味のものとかになるんだろうけど‥結構忙しくって特に何も‥
 本を買うことすらもなかったしね。 
 ここで私が手に入れたものは知識だとか‥そんな譲渡不可能な物ばかりだよ。
 ‥ホントに感謝している」
 そんなキラキラした笑顔で言われて‥かえって「スミマセン」って気持ちになる。
 総て母・桜の我儘‥ってか勝手な思い付きのせいで‥君の貴重な時間をホントすみません‥
 四朗は、罪悪感でいっぱいになる。
「あ、でもこれだけ」
 紅葉はすっと立ち上がり、四朗に一言断わると、引き出しの中から黄色と青の折り紙で折った「手裏剣」を出した。
「手裏剣? 」
 首を傾げる四朗に、紅葉が
「これ、十歳の誕生日に博史君からもらったんです。‥記念にって思って」
 と説明した。
「博史から‥」
 そういえば、九歳の時にももらったな。あの時は鶴だっけ? 奴さんだっけ? やっぱり折り紙だった。いつの間にか無くなってたんだけど、紅葉ちゃんはそれを大事に持っていたのか。
 なんか‥じんときた。
 そうして、もう一つ。
「これはお母さんから」
 白い封筒。それも七つも。
 首を傾げる四朗に、紅葉が開くように促す。
「お守り‥」
 学業成就、交通安全‥。交通安全が殆んどだったけれど、最近の分には健康祈願と書いてあった。
 (紅葉ちゃん時代)一か月に一回ほど調子を崩していた‥と報告を受けていた。
 母さんには心配させてたんだろう。
「これを頂いても? 」
 手裏剣を手に持つ紅葉に、四朗は頷いた。
「それは、紅葉ちゃんのものです」
 そしてお守りも手渡そうとすると
「それは四朗さんのものでしょ? 」
 ってことわられた。

「自分の部屋に自分の知らない物があるってなんか、変な話だね」
 って四朗が言うと
「それは私の台詞ですよ。化粧水とか今まで使ったこともなかったものがずらっと洗面台に並んでいて、しかもそれが自分のものだっていうんだから! 千佳に「くれちゃんの化粧水借りるね~」って言われて初めて「私の者だったのか! 」って気付いたよ」
 ああそうだった。そんな説明もしてなかった。
 四朗は慌てて、朝のお手入れ、夜のお手入れの話を紅葉にした。
 朝は顔を洗い、ちゃんと化粧水をはたきましょう。日焼け止めをしましょう。
 昼休みに日焼け止めを塗りなおしましょう。
 夜はきちんと洗顔料で日焼け止めを落としてから化粧水と乳液をつけましょう。
 そう説明した時の紅葉のポカンとした顔ったら!

 最後に
「本当に、すみませんでした。紅葉ちゃんの大事な七年間を‥」
 って四朗が改めて謝ると、(入れ替わりの時も散々謝った)紅葉は「止めてくださいよ~」ってそんな四朗を止め、
「楽しかったですよ。家族はみんな優しかったし、相崎はあんな感じで見てていつも‥面白かったし。面白いといえば、相崎の、今まで男として暮らしてきたときの私への態度と今日見た女としての私への態度の違い、おもしろかったな~」
 と、からからと笑った。

 ‥哀れ、相崎。

「俺相手だからだよ。相崎は昔から俺がやたら嫌いだったから。‥なんか、ごめんね」
 紅葉には嫌な思いさせただろう。それは、申し訳ない。
 だけど、紅葉はけろりとした顔で
「気のせいではないですか? 」
 と言って、首を傾げた。
 いいや? と四朗は無言で否定する。
「相崎は、男ならみんな嫌いだよね。特に自分よりもモテる人なんかは。四朗君もきっとそれじゃないですか? あと、武生さんみたいに厳しくされるのも苦手みたいだったね。モテることが生活の基盤って。‥あれで、別に悪い奴じゃないんだけど、残念すぎるよね。まあ、精神が丈夫そうだから暮らしていけるよ。大丈夫だよ」
 からからと男の時のような口調で言って紅葉ちゃんが笑った。その様子はとても楽しそうで見ていて四朗も嬉しくなった。
 ‥七年間の記憶、かあ。
 俺、紅葉ちゃんととして暮らしてきた時の友人との思い出なんて、ないぞ。
 それはそれでまずいな。
 四朗がそんなことを考えていると、
「千佳は何か失礼なこと言わなかったですか? 「この頃変だ」とか。

 ‥ないか。入れ替わる以前からそんなに話すこともなかったし」
 紅葉が真面目な口調で言った。しかしながら、少し言い淀んだ後半‥はちょっと肩をすくめて困ったような顔になる。
「ん? 」
 四朗が首をかしげる。
 なんでさっき間があったんだろう? って思っていると、紅葉が「私は‥妹との距離が測りかねてるんです」と苦笑いして告白してきた。「どうして? 」って疑問に思い更に首を傾げる四朗に、
「何を話したらいいかわからなくて‥気が付いたらあまり会話のない姉妹になってて‥私が頼りない姉だからあの子に苦労ばかり掛けてきたから仕方がないことなんだけどね‥」
 紅葉は、自信なさげな表情で‥自嘲的な微笑を浮かべる。
 ふと、「(紅葉は)自分にとっていい姉でありたいと無理ばかりする」と言ってた千佳の言葉を思い出した四朗は
「大丈夫だよ。千佳ちゃんは紅葉ちゃんのこと大好きだって、近くにいた間ずっと伝わってきてた」
 って言って、紅葉を慰めた。
 口下手な自分に女の子を慰めるなんて器用なことできるとは思えなかったが、千佳の気持ちが伝わればいいな、とだけ思った。
 四朗の言葉を聞いた紅葉はぱっと明るい顔になって
「そうなの! 千佳はいい子だから」
 弾むような口調で言った。
「そうだね。千佳ちゃんは、いい子だね」
 四朗の口角が思わずすこし上がった。妹のことを褒められたのを自分の事みたいに喜ぶ姉が微笑ましかったからだ。
「そうでしょ。私の自慢の妹だよ! ホントにいい子なんだ! 」
 まったく、いい子はどっちやら。
 ああ、両方ともいい子なんだな。‥こんな姉妹は羨ましいなって思った。

「紅葉ちゃんもね」
 四朗が優しい顔でほほ笑んだ。
「え? 」
 紅葉が首を傾げる。
「紅葉ちゃんもいい子だよ」
 穏やかな笑顔のままで四朗が言った。
 その顔に嘘はなかった。四朗は、口数も少なくお世辞も言わない。だから、一言一言が重めだ。

「‥‥」
 なんて返したらいいのか分からなかった紅葉は、言い淀んで下を向いた。(恥ずかしかったんだ)
 四朗はそんな紅葉を見ながら、
「でも、あんまり頑張って千佳ちゃんや母さんに心配かけちゃだめだよ」
 優しく言った。
「‥‥」
 紅葉は、やっぱり何を言ったらいいのかわからなくて黙ったままだった。
「母さんたち、言ってた。無理しすぎて心配だって。‥聞かなかったふり、したけど」

「そっか‥。私は心配かけてばっかりだね」
 下を向いたまま、紅葉が微かに自嘲の笑みを浮かべた。それが、四朗にはやっぱり不服だった。
「家族だから、心配して当たり前なんじゃない? 」
「そっか」
 小さくため息をつくみたいに、紅葉が言った。

 千佳は、自分のことを「頑固だ」っていうけど、千佳だってそうじゃない。いくら私が「気にするな」って言ったって、私のこと気にしてばかり。

「そうだよ」
 四朗はわざと少し明るい声を出して言った。この話はおしまい、の合図だ。
 と、コンコンと襖の枠を小さく叩く音がした。四朗が立って行って襖を開ける。
「四朗様。お茶をお持ちしましたが」
 ちょっと、困り顔の清さんだった。
 邪魔になるだろうか、でもお茶もお出ししないのもな、と悩んだのだろう。
「気を使わないで、入ってよ。‥博文も。自分の部屋だろ」
 四朗が、笑顔で清さんのお盆を受け取った。と、後ろにいつの間にか立っていた弟にも声をかける。
「こんにちは」
 ぎくしゃくした様子で、博史が紅葉に挨拶をする。
「あ‥こんにちは」
 それにつられて、紅葉もぎくしゃくした様子で挨拶を返す。
 そして、チラッと携帯で時間を確認して立ち上がりながら
「では、私はもう帰りますね。小菊さんが迎えに来てくれるって言ってたから。お邪魔してすみませんでした」
 と清さんに、きちりと姿勢を正して笑顔でお礼を言った。
 小菊というのは、この前四朗たちがすり替わった時にいた女中の名前だ。
「ここに? 」
 四朗も同じように立ち上がりながら言う。
「はい。さっき連絡したんです」
 暫くして迎えに来た小菊と共に、紅葉は四朗の母親や清さんにも丁寧に挨拶をして帰っていった。

「素敵な娘さんねえ」
「そうですわねえ」
 女性陣二人は興奮気味に言ったが、そんなんじゃない。
「彼女? 」
 と、博史までが聞いてくる。しかし、こちらはちょっとからかい気味だ。
「違う。断じて」
 四朗はきっぱりと否定した。
「ふうん? なんでそんなに否定するんだか。でも、まあ彼女の方もそんな感じじゃなかったね」
 博史が、納得したような顔をする。

 博史はちょっと「勘が鋭い」から。

 紅葉ちゃんについて、証拠はないが、何となくそうじゃないかな‥って思ったことがある。
 あの子は、俺にとってそんなに遠い親戚じゃないと思う。なんといっても見た目もよく似ているし。
 博史はさっきチラッと見ただけでこれだけのことを「観察」していたんだ。
 父方の親戚は全員知っている。ってことはきっと母方‥四朗の母方(桜)の親戚ってことだろう。
 それを、母さん(静の母さん)は知っていない様だ。‥じゃあ、絶対言うべきではない。
 
 というか‥顔とか「関係性」とは別に‥

「あの人、兄ちゃんになんか似てるね。顔じゃなくて‥なんか感じがさ。なんか‥性格とかも似てそう」
 博史が首をひねりながら不思議そうな顔をして言った。

 ‥正確には「ここにいた七年間の四朗と似ている」だけどね!

「‥‥」
 四朗はギクリとしたが‥表情には出さない様にして‥「そうか? 」とだけ答えた。

 こいつ、なんだか侮れない!
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