相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

三章．意識と無意識

５．相崎男として悩む。

「正光さん、車の用意が出来ましたよ」
　菊池　翔が言った。相崎が私用に車を使う際に使っている運転手の名前だ。因みに、相崎の家の運転手の菊池　小太郎は翔の父親である。

　因みに、正光は相崎自身の名前だ。

　四朗にもある「代々継承される名前ではなく、個人の名前」ってやつだ。やっぱり、この名前は家族以外に呼ばれることは無いが、相崎はこの名前を別に隠してはいない。むしろ、学校以外の遊び友達には、この名前を名乗っている。
「具合、悪いんです？　今日は、ジム行くのやめときます？　」
　ぼーとした感じで、翔の言葉に気づかなかった相崎に、翔は、友達に話すようなややフラットな敬語で言った。
　相崎が堅苦しい敬語を断ったせいだ。
　実際、歳もそう遠くない二人は随分と親しくなり、この頃では翔もついうっかり敬語を忘れて話してしまうこともある。だけど、父親に紹介してもらったバイトとはいえ、仕事だ。まさかそんなことではいけない、と翔が反省し‥今の様な中途半端な敬語に落ち着いたのだ。
　相崎が顔を上げ、やっと翔を見る。
「まさか。やめないよ。むしろ、体を動かした方が気分転換になるかもじゃない？　」
　小さく首を振って否定すると、相崎は、翔が扉を開ける車に乗り込んだ。
　その間、愛想笑いの一つもないのは、翔が男だからだろう。
　（周りに女の子もいないのに）男に振りまく愛想はない。
　‥相崎は徹底している。

「何か悩み？　」
　車を発進させながら、翔が相崎に声を掛けた。
「悩みっていうか、気になるけど、その答えがわからないっていうか」
　ぼそっと相崎が返事する。
「あるよねえ、そういうこと。むしろ世の中そんなのばっかでしょ」
　翔が、はは、と軽く笑った。
「そうだよな。気にしても仕方がないよな。うん、どうせわかんないんだしな」
　相崎は、普段からそんなに悩んだりするタイプではない。気になる事、気に食わないことがあったら、そのもやもやした感情を体を動かしたり他に転嫁したりして発散させる。八つ当たりをしないところは、評価できる。
　まあ、気になることを解決させなければ、納得するまで突き詰めなければ‥というタイプではない。
　むしろ、そういうタイプは相生　四朗（本体）だ。じっくり納得するまで考えたり、人の意見を参考にしたりする。武生はもっと割り切っていて、自分で何とかできるか何ともできないかを先に判断してから問題解決を目指す。自分で何ともできないことはさっさと諦める。
　例えば、顔が怖いと子供に泣かれたとき（四朗や相崎はそんなことないだろうが）
　ムッと来るけど、「まあ‥どうでもいいや」ってスポーツで怒りを発散させるのが相崎。
　落ち込んで、だけど誰にも言わずこっそり「怖がられない表情」を研究するのが四朗（本体）。
　「生まれつきだからしょうがないだろ。なんともしようがないや」とさっさと諦めて、忘れちゃうのが武生。

　四朗みたいに、なんでも自分一人で抱え込んだりはしない。

　もっとも、今四朗の代わりに四朗として生活している紅葉は、武生と全く同じタイプだから、二人の行動はすごく良く似ている。

　‥しんちゃんじゃないとして、しんちゃんとして生活しても周りにばれない‥つまり、性格も顔もしんちゃん似の女の子‥。ないわあ。ない。全然「好み」じゃない。

　相崎は、もちろん鏡の秘儀なんて知らない。
　だから、今の四朗を四朗の双子の姉か妹だとか思っている。
　そう考えたら、まあ、こうなる。

　自分より身長が高いってのも、俺はちょっと‥だし。筋肉質なのもちょっと‥だし。（※　学校以外の相崎の一人称は俺）

　と、更に考えたりした。
　そういえば、女だと考えたらあの体力のなさも、頷ける。
　つまり、ちょっとすばしっこいだけなんだ。あの子がいくら頑張っても、男女の体力の差は如何ともし難い。
　女の子には優しく、がモットーな俺だけど、四朗の関係者だし、変に勘違いされても全くタイプじゃないから、惚れられても困るし。
　男ってのは、女の子に対して常に責任ある行動を心掛けなければいけない。「そんな気はなかったんだ」とか、そういう卑怯な態度はダメ。
　そもそも‥「本気じゃなきゃ」そういうこと言わなきゃならないような「真面目な」子に関わるのは‥考えものだ。
　例えば「可愛いね！　」って言っても「も～やぁねぇ」って返ってくるような子とは楽しく遊べるけど、それだけで「あの人‥私の事好きなんじゃ‥」って勘違いするような子には容易にこんなこと言えないワケじゃない。
　男なら、そういうこと考えながら物を言えってことだ。
　相崎が気に掛けることは、もっかのところこんなとこだ。

　実は、なんで入れ替わっているのか、とかそういう考えなければいけないところは他にも満載なのだが、そんなことはどうでもいいのが相崎のすごいところだ。
　相崎的には「男として」として考えなければならないことは考えた。それで十分なのだ。

　つまり、
　あの子は四朗の関係者で女の子。
　なんか事情があって入れ替わってるらしいけど、それは俺には関係ないしどうでもいい。
　だけど、事実入れ替わりが行われていて、だけど、それは誰にも内緒らしいし、誰もそのことに気付いていないらしい。‥俺以外。
　女の子には親切にしなきゃならないけど、親切にして惚れられても困る。
　だから、いっそ関わらない方がいい。
　ってこと。

　やっぱり、俺ってちゃんといろいろと考えて行動しているな。
　なんて、自画自賛して、相崎の考え事は終了したのだった。


　（変に関わらないでくれそうなので）結果オーライな四朗と紅葉だった。