Happynation番外編。

文月

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若かったころのサカマキたち

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 懐かしの王城の寮。
 王城で働いている者は、全員王城の寮に住んでいる。
 そして、それは、王でも同じだ。
 王は、王城の代表ってだけのこと。‥別に生まれが違うとかそういうことはない。世襲制って、基本的にはない。前王が「次はコイツになら任せられる」って奴を決める。‥馬鹿な奴が子供に任せた‥ってそういうことがあるだけ。(アララキの前の王なんかはそんな感じで後を継いだ「ぼんくら」だった)

 王の私室は大きい。だけど、それも選ばれて代表になってるんだから、それ位は優遇されてるよ、ってだけのこと。
 大きさと‥設備だとかちょっと豪華かなってくらいしか、違いはない。歴代王はみんなその部屋を使っている。そこに、本人の希望とかはない。王が贅沢し放題、‥なんて姿勢を見せれば、他も「そうしてもいいんだ」‥って風になっていく。
 ‥前の王の時はそんな風で財政難に陥ったんだ。
 先ずそういうところから変えて行こう。
 って話になったんだけど、‥贅沢したい‥とか、前世普通の‥一般庶民な地球人だった「記憶がある」アララキには、あんまりなかったのかもね。
 求めるのは、贅沢より便利さ、かな~寧ろ。
 そもそも、食とかに拘りなさすぎるよ。服とかもそうだけど。便利さは追及してないから、けっこう不便なことも多いのに、服とかだけいいの着て‥とか、地球出身者(庶民)には考えられない話だよね! 
 服(特に生地と染料)にはこだわるけど、食に拘りはあんまりない、とかも結構違和感。調理法がそんなに発達してないんだよ。‥調味料とかもね。煮る(塩味)、炊く(塩味)、焼く(塩味)って感じ。
 でも、お酒は好きみたいだね。「いい酒」っていうのは存在してるよ。つまみにはその情熱は注がれなかったみたいで、焼いた魚だとか、ナッツみたいなものを食べる位、かな。
 ‥ここの贅沢って、そうだな~「綺麗なお姉ちゃん(お兄ちゃん)と遊んだりに一晩おいくら万円」って感じかな~。
 一夫多妻制とかじゃないけど、愛人いっぱいいます、って金持ちは多いな。
 食欲より、睡眠欲と性欲って感じかな。‥太ってる人はあんまりいないよ。(太ってたらモテないからね。← 太ってると動きが遅い = 魔獣と戦えない って感じかな)


 アララキに入れてもらった水を飲みながら、サカマキは、はーっとため息をついた。
 只の水だ。アララキに魔力で出してもらった。まじりっけなしの美味しい水だ。
 何だか今は、ホットミルクが飲みたかったけど、アララキの‥王の私室には、キッチンなんてない。
 コンロすらない。調理器具もない。だから、ちょっとお湯を沸かしてお茶を淹れたり、ホットミルクをミルクパンで暖めることすら、出来ない。
 ‥多分普通そんなこと、『普通の王様』はしないんだろう。
 王様は‥というか王城で働いている‥所謂エリートは、そんなこと自分でしない。王城にいたころの自分もそんなこと思いもしなかった。
 ‥というか、コンロ的なものが自室についていない。バス・トイレも高官にならないと各部屋についていない。

 王城に住んでいる者は、全員、寮に住んでるって話はさっきしたと思うんだけど、職種や役職毎に、場所と部屋の大きさと設備が違うんだ。
 見習い~新米・新人は、魔術士だろうが兵士だろうがごっちゃまぜに同じ寮に入ることになっている。そこは、見習い棟って呼ばれている木造二階建ての建物だった。
 三、四人が相部屋で使っており、同室の者同士が特別相性が悪くって喧嘩が絶えない‥とかいう場合なんかは寮長が調節したりするんだ。因みに、俺は‥俺と同室になりたくないって皆が泣いて懇願したから、カツラギとアララキと一緒の部屋だった。知り合い同士の同郷の者が同じ部屋になるってことは、普通は無いことらしい。
 といっても、高位魔法使いの俺や賢者のカツラギはすぐに中央棟に入ることが決まっていたから、ここで過ごしたのは1年だけだ。(俺たちが急に現れたから、引継ぎや準備などの期間が必要だったらしい)高位魔法使いは普通は、賢者が迎えに行くもので、賢者と高位魔法使いが一緒に来るってことは今までなかったらしい。(高位魔法使いが一人きりというのも、今までには無かったらしい)
 俺とカツラギがいなくなった後、アララキと同室になったのが、アララキが王になる手助けをしてくれた奴らなんだけど‥俺を嫌がって会ったことはなかった。
 ほんの最近、俺の高位魔法使いの呪いが解けたことで、初めて会ったんだけど凄くいい人たちだった。
 ‥何故か、アララキが怒って、二度と会わせないと宣言して‥本当にあれっきり会っていない。‥何があったんだろうか。喧嘩は良くない。 (← いうまでもなく、アララキのヤキモチとか嫉妬が関係しているだけ。サカマキが自分に向けられた他人の好意に気付かないのは、ヒロインの特徴『鈍感』ではなく、今までが余りにも嫌われ過ぎて来たから)

 ああ。話が脱線した。

 見習い棟の見習いたちの部屋は、地球でいうところのワンルームマンション‥って感じなのかな? 一部屋に各一セット小さな机(地球のアニメ『ドラ〇もん』の『の〇太』が使ってるような味気ない奴ね)があり、各自にシングルベッドがあるだけのシンプルな小さな部屋だった。(四人部屋だったら、壁に四つの机が並んでて、反対の壁沿いにベッドが二つ並んでるって感じだね。ベッドは二段ベッドなんだ)トイレすら自室にはなく、洗面台共に、共同トイレが各階の両端にある。トイレや風呂は共同になっていて、男女で時間が決まっている上、(場所は別なんだけど、時間はずらされてる。覗きとかの予防かな? )決まった時間にしか入れない。だから、汗をかくことが多い兵士見習いは運動場に備え付けてあるシャワーを使う。食事は総て食堂で取るので、各部屋にキッチンはない。
 男子の棟と女子の棟が向かい合わせにあって、それを繋ぐ形で食堂と風呂がある共同棟があった。(つまり、コの字型って奴だね)ここは、男女の共通棟になっていた。
 共同棟に入って直ぐのところに本なんかが置いてあるちょっとした憩いの場があって、ここではいつも誰かしら人がいて、本を読んで寛いでいたり、友達同士でお菓子やなんかを食べてたりしてたよ。
 フミカやナツカと会ったのは、この寮だった。
 共同スペースは、夜は、飲み会に使われることもあった。見習いっていっても、皆村自慢のエリートたちだったから、憩いの場で軽く酒を飲みながら、兵士や学者関係なしに「これからの王都は‥」とか真面目な話を、熱く議論をしたりしてたよ。それで、場が盛り上がってきたら、いつの間にか、「恋バナ」になってたりして‥大騒ぎして食堂のおばちゃんに怒られて解散‥みたいなね。
 各専門分野の試験にパスすると、見習いではなく、それぞれの専門職として働くようになり、専門分野の寮に移れる。ここの寮は、専門が違っても共通の造り(カツラギやアララキに見せてもらった。フミカは女の子だから流石に見せてもらうわけにはいかなかったが、話しを聞いていると、全く同じだってことがわかった)で、引き出しがついた机と、背もたれがついた椅子と、クイーンサイズって感じかな‥ちょっと大きくなったベッドがついた一人部屋になる。やっぱりトイレや風呂は共通。食事はやっぱり食堂でしかとらないので、部屋にはキッチンはない。
 俺とカツラギは試験とかは無しに、二年目からすぐにこのフロアに移ったわけだ。(だから、最初は先輩たちからの風当たりがきつかったよ。だけど、結局俺と話すのに耐えきれなくなって「調子に乗んなよ! 」って捨て台詞はいて去っていくの。
 各棟の幹部クラスになると、なんと! 簡易のバストイレが部屋につく! でも、他の備品は、皆と同じ。ベッドが若干大きくなる位なのと、部屋がもうちょっとだけ大きくなって、部屋にメイドがお掃除に入ってくれる。(←でも、メイドは専属ではないし、断れば入らない)。食事を食堂で食べることも出来るが、断らない限り、食事は部屋に運んでくれる。幹部は忙しいから、食堂に行く時間がなかなか取れないっていう事情を考慮したものだ。以前呪われていた頃のサカマキは、断ったわけでもないのに、メイドが部屋を掃除するために訪れることもなかったし、食事も運ばれてくることはなかった。
 まあ、何が言いたいって、王城勤務でもそう贅沢な暮らしはしていないって話と、部屋にキッチンはついてないって話。
 火を使うのは危ないし、食堂で食事をとった方が、栄養が取れてるか管理しやすいからだ。この提案は、(転生者である)アララキがした。好きなものしか食べない、食事は缶詰だけとか、酷い奴だと食事より酒‥とかいったアバウトな人間が結構いるからね。
 王城勤務以外の王都の労働者は、単身赴任で来てる働き盛りの男性や成人したばかりの若者が多いから、食事は外食が多い。仕事も忙しいし、日中家にいることがないから、洗濯も「洗濯屋」に任せる。洗濯工房に朝仕事に出る前に出しておいて、帰りに取りに行くらしい。
 王都にある。洗濯屋や肉屋も、一軒家じゃなくって、地球でいうアパートみたいな感じの「集合住宅タイプ」に住んでいる。王都は狭いから、居住スペースを確保するため昔からこうされてきた。勿論賃貸で、賃貸料はかからないけれど、共同費っていうのを毎月払うんだ。その資金を貯蓄していって、老朽化した際の修理につかったりするんだって。(因みに、故意に壊した場合は店子が自分で直さないといけない)
 彼らの家も、寝に帰る位のもので、部屋には湯を沸かすくらいのコンロっぽい魔道具が一つついてるだけで、がっつり自炊‥には向いてない感じ。トイレも共同だし、風呂は街の風呂屋に行く。食事を外で取って、洗濯を引き取りに行って、そのまま酒場で飲んで、後は帰って寝るって感じかな。

 だから、王都は単身者向けで家族に住むのには向いてないんだ。
 結婚したら、地方から通うか、本人だけ‥単身赴任で王都に住んだりするね。

 王都じゃなく、村での暮らしはそうじゃなく、普通に自給自足って感じの生活をしている。
 各家庭で当たり前に料理もするし、洗濯、掃除もする。食料にする為に、狩りに出る者もいる。腕のいいハンターは毎日、多めに獲物を狩ってきて、「今日は肉が採れた」って近隣の村に売りに行ったりする。
 冷蔵の技術はないから、売れ残った分は、干し肉にしたりするんだけど、皆顔見知りばかりだから「今度肉が取れたら買うよ。1キロね」みたいに、注文販売って感じになってるから、売れ残ることはない。
 貨幣による売買だけど、村だったら物々交換も多い。
 アララキたちの育った村もそういった村だった。元冒険者が多かったから、肉やらの食材は100%自給自足だった。
 で、現在、アララキたちの新居もそんな感じだ。
 平日は二人とも王都で働いているので、食事を王都で食べてから帰るんだけど、休日家に居るときは、二人で猟に出たりする。それで、幼馴染に肉をおすそ分けに持っていくと家に招いてくれて、家庭料理をごちそうしてくれたりする。(← サカマキは料理は作らないんだ)

 昔に戻ったみたいで、凄く楽しい。

「あの時、急に三人が出ていくから驚いた」
 って幼馴染たちには随分怒られたよ。
 そういえば、逃げるように出て行ったから、ろくに話をしていなかったな。
 
 思い出してほっこりしていると、アララキが後ろから抱きしめて来た。
「どうしたの? 何か楽しそう」
「懐かしいな、って思って。このキッチンも何もない部屋‥」
 自然に笑顔になった。
 俺の顔を覗き込んで、機嫌よさげな口調で「急にどうしたのさ」ってアララキがふわりって微笑む。
「カツラギとアララキとフミカとナツカ‥見習い棟の共同スペースで、連日議論したり馬鹿な話で盛り上がったり。‥皆が俺を嫌ってて、毎日が辛かったのに、‥あの時だけはそれも忘れられた。別のテーブルを囲んだ他の学生も‥あからさまに目を合わさないようにしていたけど‥別に絡んできたりもしなかったし」
 ‥あの頃の俺って、嬉しいの水準低かったなあ~。
 正面切って文句言われなかったら、「今日はいい日だった」って卑屈すぎるだろ。
 ‥でも、暫くは「高位魔法使いの呪い」に慣れなかったんだ。
 だから、‥良い思い出と悪い思い出の数を比べたら、きっと悪い想い出の方が多い。
 だけど、俺は耐えきった。‥アララキとカツラギ‥数少ない友達がいてくれたから耐えきれた。そして、あの時の辛い経験があったから、今でも時々「あの時は苦しかったけどもっと頑張ってた。‥今の幸せに胡坐をかいてちゃダメだ」って、調子に乗りそうになった時なんかに思い出して、頭をクールダウンさせたり出来てる。

 「happy」が無かった時があったから、今の「happy」に気付ける。「happy」を当たり前だって思わないですむ。
 調子に乗って、小さな「happy」に気付かなくならない様に‥今が「happy」だってこと忘れないように‥。

「若い頃の、苦労は、買ってでもしろ、ってホントかもな」
「‥サカマキたちの場合、押し売りされたって感じだけどね」
 ‥ホントに、高い詐欺商品を無理やり買わされ、その返済をし続けて来た。だけど、実はその詐欺商品の出所が自分‥っていうね。まったく、とんだ「ドМ野郎」だ‥。
 いや、‥良い話が、悪い話になるところだった。
「‥そうではなく、‥色々あったけど、お陰で今は幸せだなって‥」
 アララキはこたえなかった。
 ただ、俺の顔を覗き込んだまま、ふわっと微笑んで、(それこそ、大輪の牡丹が咲くようなゴージャスな笑顔だった)幸せそうに、また俺に口づけた。
 
 100のこころに響く言葉より、一回の優しいキス。
 ‥幸せだなあって、噛みしめるんだ。
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