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第263話
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朝食を食べ終えた2人は、直ぐに森の中へと入った。
桜が先に森の中を突き進み、日向はその後ろから追いかけていく。
「……………………」
「……………………」
その間、2人は会話をしなかった。
別に、お互い会話をしたくないわけではない。
ただ、先程の話もあってか、どうしても気まずい空気が流れてしまう。
これには話の話題を振るのが得意な日向も、何故か遠慮してしまって口を開けなかった。
(桜……嫌じゃねぇのかな)
日向は、自分の前を行く桜の背中を見つめた。
桜は今、志柳の長の屋敷が残っている場所に案内してくれている。
桜の話では、その場所を知っているのは桜だけ。
他の瑞杜の住民は、桜のように森の近くに住んでいる人はほとんど居ないため、その屋敷の存在すら知らないのだとか。
だからこれは、桜だけが知っていた手がかりだったのだ。
だがその手がかりは、桜が密かに憎んでいる鬼の王に、繋がるかもしれないもの。
そんな場所に案内するのは、桜としては不快では無いのだろうか。
日向は、それが気がかりだった。
(何か、話題をっ)
そう、日向が空気を変えようとした時……
「……ごめんね、日向くん」
「えっ!」
突然、桜が口を開いた。
日向は予想外のことに、つい声が裏返ってしまう。
すると桜は、歩きながら続けた。
「さっき、八つ当たりみたいなことしちゃって。
日向くんはこの地の歴史に、関係ないのに」
「あっ……い、いや!平気だよ!僕の方こそ、嫌な思いさせちまってごめんな」
「ううん。日向くんは何も知らないんだから、謝る必要なんてないの。私が、馬鹿なだけ……」
桜は、先程の日向に対する態度をずっと後悔していた。
咄嗟に出てきた鬼の王の名前に、つい苛立ちを感じてしまい……。
とはいえ、それは日向に八つ当たりをしていい理由にはならない。
今だって、気を遣わせてしまっていることも申し訳なく感じていた。
だが、日向は何も気にしてないと言ってくれる。
それは今の桜にとっては、とても有難いものだった。
「ねぇ、日向くん」
ふと、桜が日向の名を呼びながら立ち止まった。
そして、くるっと日向の方へと振り返る。
日向が顔を上げると、桜は目を伏せて尋ねた。
「日向くんは、会ったことあるの?その、鬼の王に」
「っ……………………」
日向は桜の質問に、息が詰まった。
まさか彼女の方から、鬼の王に関する話題を振られるとは。
日向は戸惑いながら、「あぁっ……」と声を漏らした。
一つ一つが彼女の不安を募らせ、そして不快な思いにさせるかもしれない。
でも、全てに嘘をつく理由だって無い。
そう思いながら、日向は少し言いづらそうに口を開いた。
「……ある。しっかり見た」
「っ…………」
日向の言葉に、桜は顔を上げた。
そう返事をする日向は、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
だって、今ここで何を言っても、目の前にいる桜は鬼の王のことが嫌いだ。
日向にとっては好きな人であっても、彼女にとっては憎むべき相手であって。
だから、何を言っても……………………
「……そんな顔をするってことは、やっぱり違うのかな」
「……えっ?」
その時……桜が、小さくそう呟いた。
日向はその言葉の意味が分からず首を傾げると、桜は少し複雑な表情を浮かべながら、日向に尋ねる。
「鬼の王って……根っからの悪い妖魔じゃ、ないんでしょう?」
「っ……!」
そう話す桜の声は、少し震えていた。
その声は、何処か戸惑いを隠しきれていない感じがして。
本当の事が、信じられないような。
でも、なぜそんなことを急に尋ねてきたのだろう。
日向が驚いて固まっていると、桜は「あははっ……」と弱々しく笑いながら、再び歩き出す。
日向もその後を追いかけながら、桜の話に耳を傾けた。
「実は私……鬼の王を、見たことがあるの」
「えっ……!いつ、ど、どこで……?」
「……つい最近。昨日みたいに、瑞杜の外へ出た時に見た。私ね、よく1人で瑞杜の外へ出るの。木の実を取りに行ったり、外の世界を見たいなぁって散歩に出かけたり……その時に、たまたま見たんだ」
桜は、鬼の王を見た日の記憶を思い出す。
その日は……夜だった。
「あの日は、散歩に出かけてた。人も妖魔も居ない静かな場所を通ってて、いつも通り歩いてたの。
その時……ある大きな町が、妖魔に襲われているのを見掛けて」
「妖魔に……?」
「うん。凄く大きくて、凄く強くて。その時……鬼の王が、その町にやって来て……。
ある2人の仙人と、一緒に町を守ってたんだ」
「……えっ……」
桜の言葉に、日向は足を止めた。
魁蓮が、仙人と共に、人間の町を守った……?
それは、あまりにも耳を疑う内容だった。
いや、日向以外の者が聞いても同じ反応をする。
だってそれは、ずっと語られている鬼の王の姿とは、随分とかけ離れているから。
すると桜は、顎に手を当てながら続けた。
「手を組んでいたのかは、分からない。でも、町を襲ってた妖魔は鬼の王が相手していて、その間に仙人が町の人を避難させてたの。
そして鬼の王は、避難する人々から遠く離れた場所で妖魔と戦って、人々には一切手を出していなかった」
「っ……………………」
「私、それを見た時……凄く驚いたの。だって、私が聞いてきた鬼の王と、あの日見た鬼の王は、まるで別人のようだったから。
それからずっと、鬼の王のことが気になってて。彼は……本当に、ただ残虐な妖魔なのかなって」
その時、桜はあることを思い出す。
「そういえば、鬼の王がその妖魔を倒した後、2人の仙人と話してたわ。それで、何か貰ってた。
箱……みたいな」
「…………箱…………?」
「うん。何か、お土産みたいなものだった。
確か……「小夏茶屋」って書いてたから、お菓子かな?でも変よね。鬼の王にお菓子なんて……」
「っ!!!!!」
その名前に、日向は目を見開いた。
小夏茶屋……それは、日向が愛してやまない大福が売られている、日向のお気に入りの茶屋の店名だ。
そして日向は、ある日のことを思い出す。
少し前……3ヶ月現世に居座ってたはずの魁蓮が、怪我をした状態で突然帰ってきて、日向が夜な夜な治療をしたあの日。
その日、日向は……魁蓮から、土産を貰った。
【土産だ】
【…………えっ、これって…………
魁蓮……何で、これをっ……】
【先程、現世であの餓鬼共に会った】
【えっ、餓鬼共って……瀧と凪に会ったの!?】
【訳あってな。それで、賢い方の餓鬼が、お前に渡して欲しいと頼んできた。それだけだ】
【えっ……。
……瀧と凪は、元気だった……?】
【……さぁな。まあ……変わりはなかったと思うが】
【そっか……そっかぁ……凪が、僕に…………】
【………………餓鬼共は、今でもお前を案じていた】
【っ……………………】
【だから…………伝えてきた、小僧は元気だと】
【……伝えて、くれたの?2人に……僕のこと……】
【……あぁ……
とりあえず、頼まれたことはした。好きに食え】
(あの日……絶対、あの日だっ…………)
日向は、熱くなる自分の胸を抑えた。
あの日魁蓮が言った「訳あって」とは、恐らく桜が今話してくれたことだろう。
そして桜の言った2人の仙人は、きっと瀧と凪だ。
どういう経緯で彼らが接触することになったのかは分からないが、あの日、日向の知らないところでそんなことが起きていたとは。
いや、それ以上に、日向の脳裏にあったのは……
(……人間と、瀧と凪を、守ってくれたんだっ……)
魁蓮が、誰も殺さなかったという嬉しさだった。
日向は、現世での魁蓮の動きを知らない。
誰と会い、何をして、どこに居るのか。
だから彼に何が起きたのか、知る由もなかった。
魁蓮だって聞いても答えてはくれない、いつもはぐらかしてばかり。
だが今の話を聞いて、日向はたまらなく嬉しかった。
見えないところで、日向との約束を守ってくれるどころか、瀧と凪に手を貸していた。
彼は人間が、大嫌いなはずなのに……。
「……?日向くん?」
ふと、桜は日向からの反応が無くなったことに気づき、日向へと振り返る。
その時…………
「……魁蓮っ……」
「っ………………」
桜が振り返った先にあったのは……
今まで見てきた中で、1番幸せそうな表情を浮かべる日向の姿。
そして、愛しさをいっぱい込めた声。
その姿はとても美しく、可愛らしく、桜はつい言葉を失った。
そんな顔もするのかと、衝撃を受ける程だ。
(魁……蓮……?)
そして聞こえたのは、名前のようなもの。
いや、桜は知っている……その名前が、鬼の王の名前だということを。
でもどうして日向が、ましてそんな甘い声で呟いているのか。
不安がじわじわと膨らみながら、桜がその事について尋ねようとするも……あまりにも愛らしい笑顔を浮かべる日向に、桜は言葉を挟めなかった。
(日向くんにとって、鬼の王って…………)
どうしてそんな顔をしているのか、何をそんなに嬉しそうにしているのか。
数ある疑問の中、桜は今まで自分が抱いていた常識に疑問を持つ。
日向が見たという鬼の王は……善、なのか。
「……………………」
桜は、聞きたいことをグッと飲み込むと、首を横に振って気を取り直す。
そして、再び前を向いた。
「さあ、日向くん。あともう少しだから、頑張ろ」
「っ……あぁ」
日向は深呼吸をすると、桜と一緒に歩き出す。
今度は、彼女の隣に並んで。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
それからしばらく歩き続けていた2人は、ある場所にたどり着いた。
「ここだよ」
「……これはっ……」
日向の前に現れたのは……
とんでもなく大きな、中が見えない白い結界。
日向はその結界を、じっと見つめた。
すると桜は、少し申し訳なさそうに口を開く。
「実はこの結界の中に、何があるかは私も見たことがないの。ただ、志柳がまだ滅んでいなかった頃、丁度この場所に長の屋敷があったらしくて、だからこの結界の中にあるのは長の屋敷だって私は考えてる。
だからごめんなさい、結界の中は私の推測なの……」
桜は、自分の推測で連れてきてしまったことに、少し申し訳なく感じていた。
だが、日向にとっては大当たりの手がかりだ。
何せ日向は、この白い結界を見たことがある。
(昨日の……大きな穴を守ってた結界と、同じ)
それは、日向が昨日森の中で見つけた白い結界。
謎の大きな穴を守っていた結界と、今目の前にある結界は同じものだ。
つまりこの結界は……………………
カタカタカタカタカタ……………………。
その時、ふと奇妙な音がした。
その音は、日向が予め持ってきていた矢籠から聞こえる。
昨日と同じ……ある一種の矢が、結界に反応している。
(やっぱり……)
日向が視線を落とすと、カタカタと音を鳴らして揺れていたのは、虎珀の矢だ。
つまり昨日と同様、この結界は虎珀のものなのだ。
ならば、結界を破る方法は……ただ1つ。
「桜、少し下がっててくれねぇか」
「えっ?わ、分かった」
日向は桜にそう言うと、虎珀の矢を1本取りだして、弓矢の準備を始めた。
慣れた手つきで弓を構えると、大きな白い結界へと矢の先を向ける。
「日向くん?何をっ」
桜が日向の行動の理由を尋ねようとした、直後……
パンっ…………!!!!!!!!!!
日向の構えた虎珀の矢が、真っ直ぐ結界へ伸びていく。
そして矢が、結界へ強く当たった瞬間……
バリンっ!!!!!!!!!!!!!!
結界は……大きな音とともに、激しく割れた。
直後、割れた衝撃で日向たちの方に突風が。
「っ!桜!!!」
「えっ?うわっ!!!」
こちらに向かってくる風に、日向は咄嗟に桜を守ろうと彼女の腕を引っ張って、ギュッと抱きしめる。
そして結界の方に背中を向けると、桜に怪我をさせないようにと彼女を包み込んだ。
桜は日向の行動に、顔を真っ赤にしている。
そしてようやく風が落ち着くと、日向は慌てて桜の様子を伺う。
「桜!大丈夫か!?怪我してないか!?」
「だ、だだ、大丈夫っ!」
「ほんとか?あぁ、良かった。いやぁビビったな」
「あの、日向くんは?大丈夫だった?」
「僕?何ともないぜ。ありがとな、心配してくれて」
日向は桜を安心させようと、ニコッと笑う。
いつも通りの日向に、桜もホッと胸を撫で下ろした。
それから日向は桜の状態を確認し終えると、2人は一緒に結界の方へと向き直った。
「「……わあっ……」」
激しく割れた結界、その中にあったもの。
それは、とても大きく立派な屋敷だった。
これこそまさに、桜が言っていた長の屋敷だろう。
「桜ぁ!大当たりじゃん!本当に屋敷があったぜ!」
「お、大きい……」
まさに最高の手がかり。
舞い上がって喜ぶ日向に対し、桜は突然現れた屋敷に圧倒されていた。
結界に守られていたとはいえ、屋敷は少し古臭さを感じる。
だが、長い年月が経っている割には、酷く廃っている感じは無かった。
(この中に……黒神の全てがっ……!)
自分の求めているものがあるかもしれない可能性に、日向はいてもたってもいられず、足を踏み出す。
「早く入ってみようぜ!」
「あ、ま、待って日向くん!」
日向は興奮したまま、バッと屋敷へと駆け出した。
桜は慌てて日向の後を追いかけて、2人は固く閉ざされた屋敷の扉を一緒に押す。
ギギっ……と今にも壊れそうな軋む音をたてて、2人が扉を開けると……
「っ…………」
開けた扉の先にあったのは……
誰かが暮らしていた痕跡が残る、大きな部屋だった。
桜が先に森の中を突き進み、日向はその後ろから追いかけていく。
「……………………」
「……………………」
その間、2人は会話をしなかった。
別に、お互い会話をしたくないわけではない。
ただ、先程の話もあってか、どうしても気まずい空気が流れてしまう。
これには話の話題を振るのが得意な日向も、何故か遠慮してしまって口を開けなかった。
(桜……嫌じゃねぇのかな)
日向は、自分の前を行く桜の背中を見つめた。
桜は今、志柳の長の屋敷が残っている場所に案内してくれている。
桜の話では、その場所を知っているのは桜だけ。
他の瑞杜の住民は、桜のように森の近くに住んでいる人はほとんど居ないため、その屋敷の存在すら知らないのだとか。
だからこれは、桜だけが知っていた手がかりだったのだ。
だがその手がかりは、桜が密かに憎んでいる鬼の王に、繋がるかもしれないもの。
そんな場所に案内するのは、桜としては不快では無いのだろうか。
日向は、それが気がかりだった。
(何か、話題をっ)
そう、日向が空気を変えようとした時……
「……ごめんね、日向くん」
「えっ!」
突然、桜が口を開いた。
日向は予想外のことに、つい声が裏返ってしまう。
すると桜は、歩きながら続けた。
「さっき、八つ当たりみたいなことしちゃって。
日向くんはこの地の歴史に、関係ないのに」
「あっ……い、いや!平気だよ!僕の方こそ、嫌な思いさせちまってごめんな」
「ううん。日向くんは何も知らないんだから、謝る必要なんてないの。私が、馬鹿なだけ……」
桜は、先程の日向に対する態度をずっと後悔していた。
咄嗟に出てきた鬼の王の名前に、つい苛立ちを感じてしまい……。
とはいえ、それは日向に八つ当たりをしていい理由にはならない。
今だって、気を遣わせてしまっていることも申し訳なく感じていた。
だが、日向は何も気にしてないと言ってくれる。
それは今の桜にとっては、とても有難いものだった。
「ねぇ、日向くん」
ふと、桜が日向の名を呼びながら立ち止まった。
そして、くるっと日向の方へと振り返る。
日向が顔を上げると、桜は目を伏せて尋ねた。
「日向くんは、会ったことあるの?その、鬼の王に」
「っ……………………」
日向は桜の質問に、息が詰まった。
まさか彼女の方から、鬼の王に関する話題を振られるとは。
日向は戸惑いながら、「あぁっ……」と声を漏らした。
一つ一つが彼女の不安を募らせ、そして不快な思いにさせるかもしれない。
でも、全てに嘘をつく理由だって無い。
そう思いながら、日向は少し言いづらそうに口を開いた。
「……ある。しっかり見た」
「っ…………」
日向の言葉に、桜は顔を上げた。
そう返事をする日向は、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
だって、今ここで何を言っても、目の前にいる桜は鬼の王のことが嫌いだ。
日向にとっては好きな人であっても、彼女にとっては憎むべき相手であって。
だから、何を言っても……………………
「……そんな顔をするってことは、やっぱり違うのかな」
「……えっ?」
その時……桜が、小さくそう呟いた。
日向はその言葉の意味が分からず首を傾げると、桜は少し複雑な表情を浮かべながら、日向に尋ねる。
「鬼の王って……根っからの悪い妖魔じゃ、ないんでしょう?」
「っ……!」
そう話す桜の声は、少し震えていた。
その声は、何処か戸惑いを隠しきれていない感じがして。
本当の事が、信じられないような。
でも、なぜそんなことを急に尋ねてきたのだろう。
日向が驚いて固まっていると、桜は「あははっ……」と弱々しく笑いながら、再び歩き出す。
日向もその後を追いかけながら、桜の話に耳を傾けた。
「実は私……鬼の王を、見たことがあるの」
「えっ……!いつ、ど、どこで……?」
「……つい最近。昨日みたいに、瑞杜の外へ出た時に見た。私ね、よく1人で瑞杜の外へ出るの。木の実を取りに行ったり、外の世界を見たいなぁって散歩に出かけたり……その時に、たまたま見たんだ」
桜は、鬼の王を見た日の記憶を思い出す。
その日は……夜だった。
「あの日は、散歩に出かけてた。人も妖魔も居ない静かな場所を通ってて、いつも通り歩いてたの。
その時……ある大きな町が、妖魔に襲われているのを見掛けて」
「妖魔に……?」
「うん。凄く大きくて、凄く強くて。その時……鬼の王が、その町にやって来て……。
ある2人の仙人と、一緒に町を守ってたんだ」
「……えっ……」
桜の言葉に、日向は足を止めた。
魁蓮が、仙人と共に、人間の町を守った……?
それは、あまりにも耳を疑う内容だった。
いや、日向以外の者が聞いても同じ反応をする。
だってそれは、ずっと語られている鬼の王の姿とは、随分とかけ離れているから。
すると桜は、顎に手を当てながら続けた。
「手を組んでいたのかは、分からない。でも、町を襲ってた妖魔は鬼の王が相手していて、その間に仙人が町の人を避難させてたの。
そして鬼の王は、避難する人々から遠く離れた場所で妖魔と戦って、人々には一切手を出していなかった」
「っ……………………」
「私、それを見た時……凄く驚いたの。だって、私が聞いてきた鬼の王と、あの日見た鬼の王は、まるで別人のようだったから。
それからずっと、鬼の王のことが気になってて。彼は……本当に、ただ残虐な妖魔なのかなって」
その時、桜はあることを思い出す。
「そういえば、鬼の王がその妖魔を倒した後、2人の仙人と話してたわ。それで、何か貰ってた。
箱……みたいな」
「…………箱…………?」
「うん。何か、お土産みたいなものだった。
確か……「小夏茶屋」って書いてたから、お菓子かな?でも変よね。鬼の王にお菓子なんて……」
「っ!!!!!」
その名前に、日向は目を見開いた。
小夏茶屋……それは、日向が愛してやまない大福が売られている、日向のお気に入りの茶屋の店名だ。
そして日向は、ある日のことを思い出す。
少し前……3ヶ月現世に居座ってたはずの魁蓮が、怪我をした状態で突然帰ってきて、日向が夜な夜な治療をしたあの日。
その日、日向は……魁蓮から、土産を貰った。
【土産だ】
【…………えっ、これって…………
魁蓮……何で、これをっ……】
【先程、現世であの餓鬼共に会った】
【えっ、餓鬼共って……瀧と凪に会ったの!?】
【訳あってな。それで、賢い方の餓鬼が、お前に渡して欲しいと頼んできた。それだけだ】
【えっ……。
……瀧と凪は、元気だった……?】
【……さぁな。まあ……変わりはなかったと思うが】
【そっか……そっかぁ……凪が、僕に…………】
【………………餓鬼共は、今でもお前を案じていた】
【っ……………………】
【だから…………伝えてきた、小僧は元気だと】
【……伝えて、くれたの?2人に……僕のこと……】
【……あぁ……
とりあえず、頼まれたことはした。好きに食え】
(あの日……絶対、あの日だっ…………)
日向は、熱くなる自分の胸を抑えた。
あの日魁蓮が言った「訳あって」とは、恐らく桜が今話してくれたことだろう。
そして桜の言った2人の仙人は、きっと瀧と凪だ。
どういう経緯で彼らが接触することになったのかは分からないが、あの日、日向の知らないところでそんなことが起きていたとは。
いや、それ以上に、日向の脳裏にあったのは……
(……人間と、瀧と凪を、守ってくれたんだっ……)
魁蓮が、誰も殺さなかったという嬉しさだった。
日向は、現世での魁蓮の動きを知らない。
誰と会い、何をして、どこに居るのか。
だから彼に何が起きたのか、知る由もなかった。
魁蓮だって聞いても答えてはくれない、いつもはぐらかしてばかり。
だが今の話を聞いて、日向はたまらなく嬉しかった。
見えないところで、日向との約束を守ってくれるどころか、瀧と凪に手を貸していた。
彼は人間が、大嫌いなはずなのに……。
「……?日向くん?」
ふと、桜は日向からの反応が無くなったことに気づき、日向へと振り返る。
その時…………
「……魁蓮っ……」
「っ………………」
桜が振り返った先にあったのは……
今まで見てきた中で、1番幸せそうな表情を浮かべる日向の姿。
そして、愛しさをいっぱい込めた声。
その姿はとても美しく、可愛らしく、桜はつい言葉を失った。
そんな顔もするのかと、衝撃を受ける程だ。
(魁……蓮……?)
そして聞こえたのは、名前のようなもの。
いや、桜は知っている……その名前が、鬼の王の名前だということを。
でもどうして日向が、ましてそんな甘い声で呟いているのか。
不安がじわじわと膨らみながら、桜がその事について尋ねようとするも……あまりにも愛らしい笑顔を浮かべる日向に、桜は言葉を挟めなかった。
(日向くんにとって、鬼の王って…………)
どうしてそんな顔をしているのか、何をそんなに嬉しそうにしているのか。
数ある疑問の中、桜は今まで自分が抱いていた常識に疑問を持つ。
日向が見たという鬼の王は……善、なのか。
「……………………」
桜は、聞きたいことをグッと飲み込むと、首を横に振って気を取り直す。
そして、再び前を向いた。
「さあ、日向くん。あともう少しだから、頑張ろ」
「っ……あぁ」
日向は深呼吸をすると、桜と一緒に歩き出す。
今度は、彼女の隣に並んで。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
それからしばらく歩き続けていた2人は、ある場所にたどり着いた。
「ここだよ」
「……これはっ……」
日向の前に現れたのは……
とんでもなく大きな、中が見えない白い結界。
日向はその結界を、じっと見つめた。
すると桜は、少し申し訳なさそうに口を開く。
「実はこの結界の中に、何があるかは私も見たことがないの。ただ、志柳がまだ滅んでいなかった頃、丁度この場所に長の屋敷があったらしくて、だからこの結界の中にあるのは長の屋敷だって私は考えてる。
だからごめんなさい、結界の中は私の推測なの……」
桜は、自分の推測で連れてきてしまったことに、少し申し訳なく感じていた。
だが、日向にとっては大当たりの手がかりだ。
何せ日向は、この白い結界を見たことがある。
(昨日の……大きな穴を守ってた結界と、同じ)
それは、日向が昨日森の中で見つけた白い結界。
謎の大きな穴を守っていた結界と、今目の前にある結界は同じものだ。
つまりこの結界は……………………
カタカタカタカタカタ……………………。
その時、ふと奇妙な音がした。
その音は、日向が予め持ってきていた矢籠から聞こえる。
昨日と同じ……ある一種の矢が、結界に反応している。
(やっぱり……)
日向が視線を落とすと、カタカタと音を鳴らして揺れていたのは、虎珀の矢だ。
つまり昨日と同様、この結界は虎珀のものなのだ。
ならば、結界を破る方法は……ただ1つ。
「桜、少し下がっててくれねぇか」
「えっ?わ、分かった」
日向は桜にそう言うと、虎珀の矢を1本取りだして、弓矢の準備を始めた。
慣れた手つきで弓を構えると、大きな白い結界へと矢の先を向ける。
「日向くん?何をっ」
桜が日向の行動の理由を尋ねようとした、直後……
パンっ…………!!!!!!!!!!
日向の構えた虎珀の矢が、真っ直ぐ結界へ伸びていく。
そして矢が、結界へ強く当たった瞬間……
バリンっ!!!!!!!!!!!!!!
結界は……大きな音とともに、激しく割れた。
直後、割れた衝撃で日向たちの方に突風が。
「っ!桜!!!」
「えっ?うわっ!!!」
こちらに向かってくる風に、日向は咄嗟に桜を守ろうと彼女の腕を引っ張って、ギュッと抱きしめる。
そして結界の方に背中を向けると、桜に怪我をさせないようにと彼女を包み込んだ。
桜は日向の行動に、顔を真っ赤にしている。
そしてようやく風が落ち着くと、日向は慌てて桜の様子を伺う。
「桜!大丈夫か!?怪我してないか!?」
「だ、だだ、大丈夫っ!」
「ほんとか?あぁ、良かった。いやぁビビったな」
「あの、日向くんは?大丈夫だった?」
「僕?何ともないぜ。ありがとな、心配してくれて」
日向は桜を安心させようと、ニコッと笑う。
いつも通りの日向に、桜もホッと胸を撫で下ろした。
それから日向は桜の状態を確認し終えると、2人は一緒に結界の方へと向き直った。
「「……わあっ……」」
激しく割れた結界、その中にあったもの。
それは、とても大きく立派な屋敷だった。
これこそまさに、桜が言っていた長の屋敷だろう。
「桜ぁ!大当たりじゃん!本当に屋敷があったぜ!」
「お、大きい……」
まさに最高の手がかり。
舞い上がって喜ぶ日向に対し、桜は突然現れた屋敷に圧倒されていた。
結界に守られていたとはいえ、屋敷は少し古臭さを感じる。
だが、長い年月が経っている割には、酷く廃っている感じは無かった。
(この中に……黒神の全てがっ……!)
自分の求めているものがあるかもしれない可能性に、日向はいてもたってもいられず、足を踏み出す。
「早く入ってみようぜ!」
「あ、ま、待って日向くん!」
日向は興奮したまま、バッと屋敷へと駆け出した。
桜は慌てて日向の後を追いかけて、2人は固く閉ざされた屋敷の扉を一緒に押す。
ギギっ……と今にも壊れそうな軋む音をたてて、2人が扉を開けると……
「っ…………」
開けた扉の先にあったのは……
誰かが暮らしていた痕跡が残る、大きな部屋だった。
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