愛恋の呪縛

サラ

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第263話

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 朝食を食べ終えた2人は、直ぐに森の中へと入った。
 桜が先に森の中を突き進み、日向はその後ろから追いかけていく。



「……………………」

「……………………」



 その間、2人は会話をしなかった。
 別に、お互い会話をしたくないわけではない。
 ただ、先程の話もあってか、どうしても気まずい空気が流れてしまう。
 これには話の話題を振るのが得意な日向も、何故か遠慮してしまって口を開けなかった。



 (桜……嫌じゃねぇのかな)



 日向は、自分の前を行く桜の背中を見つめた。

 桜は今、志柳の長の屋敷が残っている場所に案内してくれている。
 桜の話では、その場所を知っているのは桜だけ。
 他の瑞杜の住民は、桜のように森の近くに住んでいる人はほとんど居ないため、その屋敷の存在すら知らないのだとか。
 だからこれは、桜だけが知っていた手がかりだったのだ。
 だがその手がかりは、桜が密かに憎んでいる鬼の王に、繋がるかもしれないもの。
 そんな場所に案内するのは、桜としては不快では無いのだろうか。
 日向は、それが気がかりだった。



 (何か、話題をっ)



 そう、日向が空気を変えようとした時……



「……ごめんね、日向くん」

「えっ!」



 突然、桜が口を開いた。
 日向は予想外のことに、つい声が裏返ってしまう。
 すると桜は、歩きながら続けた。



「さっき、八つ当たりみたいなことしちゃって。
 日向くんはこの地の歴史に、関係ないのに」

「あっ……い、いや!平気だよ!僕の方こそ、嫌な思いさせちまってごめんな」

「ううん。日向くんは何も知らないんだから、謝る必要なんてないの。私が、馬鹿なだけ……」



 桜は、先程の日向に対する態度をずっと後悔していた。
 咄嗟に出てきた鬼の王の名前に、つい苛立ちを感じてしまい……。
 とはいえ、それは日向に八つ当たりをしていい理由にはならない。
 今だって、気を遣わせてしまっていることも申し訳なく感じていた。

 だが、日向は何も気にしてないと言ってくれる。
 それは今の桜にとっては、とても有難いものだった。



「ねぇ、日向くん」



 ふと、桜が日向の名を呼びながら立ち止まった。
 そして、くるっと日向の方へと振り返る。
 日向が顔を上げると、桜は目を伏せて尋ねた。



「日向くんは、会ったことあるの?その、鬼の王に」

「っ……………………」



 日向は桜の質問に、息が詰まった。
 まさか彼女の方から、鬼の王に関する話題を振られるとは。
 日向は戸惑いながら、「あぁっ……」と声を漏らした。
 一つ一つが彼女の不安を募らせ、そして不快な思いにさせるかもしれない。
 でも、全てに嘘をつく理由だって無い。
 そう思いながら、日向は少し言いづらそうに口を開いた。



「……ある。しっかり見た」

「っ…………」



 日向の言葉に、桜は顔を上げた。
 そう返事をする日向は、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
 だって、今ここで何を言っても、目の前にいる桜は鬼の王のことが嫌いだ。
 日向にとっては好きな人であっても、彼女にとっては憎むべき相手であって。
 だから、何を言っても……………………



「……そんな顔をするってことは、やっぱり違うのかな」

「……えっ?」



 その時……桜が、小さくそう呟いた。
 日向はその言葉の意味が分からず首を傾げると、桜は少し複雑な表情を浮かべながら、日向に尋ねる。



「鬼の王って……根っからの悪い妖魔じゃ、ないんでしょう?」

「っ……!」



 そう話す桜の声は、少し震えていた。
 その声は、何処か戸惑いを隠しきれていない感じがして。
 本当の事が、信じられないような。
 でも、なぜそんなことを急に尋ねてきたのだろう。
 日向が驚いて固まっていると、桜は「あははっ……」と弱々しく笑いながら、再び歩き出す。
 日向もその後を追いかけながら、桜の話に耳を傾けた。



「実は私……鬼の王を、見たことがあるの」

「えっ……!いつ、ど、どこで……?」

「……つい最近。昨日みたいに、瑞杜の外へ出た時に見た。私ね、よく1人で瑞杜の外へ出るの。木の実を取りに行ったり、外の世界を見たいなぁって散歩に出かけたり……その時に、たまたま見たんだ」



 桜は、鬼の王を見た日の記憶を思い出す。
 その日は……夜だった。



「あの日は、散歩に出かけてた。人も妖魔も居ない静かな場所を通ってて、いつも通り歩いてたの。
 その時……ある大きな町が、妖魔に襲われているのを見掛けて」

「妖魔に……?」

「うん。凄く大きくて、凄く強くて。その時……鬼の王が、その町にやって来て……。
 ある2人の仙人と、一緒に町を守ってたんだ」

「……えっ……」



 桜の言葉に、日向は足を止めた。
 魁蓮が、仙人と共に、人間の町を守った……?
 それは、あまりにも耳を疑う内容だった。
 いや、日向以外の者が聞いても同じ反応をする。
 だってそれは、ずっと語られている鬼の王の姿とは、随分とかけ離れているから。
 すると桜は、顎に手を当てながら続けた。



「手を組んでいたのかは、分からない。でも、町を襲ってた妖魔は鬼の王が相手していて、その間に仙人が町の人を避難させてたの。
 そして鬼の王は、避難する人々から遠く離れた場所で妖魔と戦って、人々には一切手を出していなかった」

「っ……………………」

「私、それを見た時……凄く驚いたの。だって、私が聞いてきた鬼の王と、あの日見た鬼の王は、まるで別人のようだったから。
 それからずっと、鬼の王のことが気になってて。彼は……本当に、ただ残虐な妖魔なのかなって」



 その時、桜はあることを思い出す。



「そういえば、鬼の王がその妖魔を倒した後、2人の仙人と話してたわ。それで、何か貰ってた。
 箱……みたいな」

「…………箱…………?」

「うん。何か、お土産みたいなものだった。
 確か……「小夏茶屋」って書いてたから、お菓子かな?でも変よね。鬼の王にお菓子なんて……」

「っ!!!!!」



 その名前に、日向は目を見開いた。
 小夏茶屋……それは、日向が愛してやまない大福が売られている、日向のお気に入りの茶屋の店名だ。
 そして日向は、ある日のことを思い出す。

 少し前……3ヶ月現世に居座ってたはずの魁蓮が、怪我をした状態で突然帰ってきて、日向が夜な夜な治療をしたあの日。
 その日、日向は……魁蓮から、土産を貰った。





【土産だ】

【…………えっ、これって…………
 魁蓮……何で、これをっ……】

【先程、現世であの餓鬼共に会った】

【えっ、餓鬼共って……瀧と凪に会ったの!?】

な。それで、賢い方の餓鬼が、お前に渡して欲しいと頼んできた。それだけだ】

【えっ……。
 ……瀧と凪は、元気だった……?】

【……さぁな。まあ……変わりはなかったと思うが】

【そっか……そっかぁ……凪が、僕に…………】

【………………餓鬼共は、今でもお前を案じていた】

【っ……………………】

【だから…………伝えてきた、小僧は元気だと】

【……伝えて、くれたの?2人に……僕のこと……】

【……あぁ……
 とりあえず、頼まれたことはした。好きに食え】





 (あの日……絶対、あの日だっ…………)



 日向は、熱くなる自分の胸を抑えた。
 あの日魁蓮が言った「訳あって」とは、恐らく桜が今話してくれたことだろう。
 そして桜の言った2人の仙人は、きっと瀧と凪だ。
 どういう経緯で彼らが接触することになったのかは分からないが、あの日、日向の知らないところでそんなことが起きていたとは。
 いや、それ以上に、日向の脳裏にあったのは……



 (……人間と、瀧と凪を、守ってくれたんだっ……)



 魁蓮が、誰も殺さなかったという嬉しさだった。
 日向は、現世での魁蓮の動きを知らない。
 誰と会い、何をして、どこに居るのか。
 だから彼に何が起きたのか、知る由もなかった。
 魁蓮だって聞いても答えてはくれない、いつもはぐらかしてばかり。
 だが今の話を聞いて、日向はたまらなく嬉しかった。

 見えないところで、日向との約束を守ってくれるどころか、瀧と凪に手を貸していた。
 彼は人間が、大嫌いなはずなのに……。



「……?日向くん?」



 ふと、桜は日向からの反応が無くなったことに気づき、日向へと振り返る。
 その時…………





「……魁蓮っ……」

「っ………………」





 桜が振り返った先にあったのは……
 今まで見てきた中で、1番幸せそうな表情を浮かべる日向の姿。
 そして、愛しさをいっぱい込めた声。
 その姿はとても美しく、可愛らしく、桜はつい言葉を失った。
 そんな顔もするのかと、衝撃を受ける程だ。



 (魁……蓮……?)



 そして聞こえたのは、名前のようなもの。
 いや、桜は知っている……その名前が、鬼の王の名前だということを。
 でもどうして日向が、ましてそんな甘い声で呟いているのか。
 不安がじわじわと膨らみながら、桜がその事について尋ねようとするも……あまりにも愛らしい笑顔を浮かべる日向に、桜は言葉を挟めなかった。



 (日向くんにとって、鬼の王って…………)



 どうしてそんな顔をしているのか、何をそんなに嬉しそうにしているのか。
 数ある疑問の中、桜は今まで自分が抱いていた常識に疑問を持つ。

 日向が見たという鬼の王は……善、なのか。



「……………………」



 桜は、聞きたいことをグッと飲み込むと、首を横に振って気を取り直す。
 そして、再び前を向いた。



「さあ、日向くん。あともう少しだから、頑張ろ」

「っ……あぁ」



 日向は深呼吸をすると、桜と一緒に歩き出す。
 今度は、彼女の隣に並んで。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 それからしばらく歩き続けていた2人は、ある場所にたどり着いた。



「ここだよ」

「……これはっ……」



 日向の前に現れたのは……
 とんでもなく大きな、中が見えない白い結界。
 日向はその結界を、じっと見つめた。
 すると桜は、少し申し訳なさそうに口を開く。



「実はこの結界の中に、何があるかは私も見たことがないの。ただ、志柳がまだ滅んでいなかった頃、丁度この場所に長の屋敷があったらしくて、だからこの結界の中にあるのは長の屋敷だって私は考えてる。
 だからごめんなさい、結界の中は私の推測なの……」



 桜は、自分の推測で連れてきてしまったことに、少し申し訳なく感じていた。

 だが、日向にとっては大当たりの手がかりだ。
 何せ日向は、この白い結界を見たことがある。



 (昨日の……大きな穴を守ってた結界と、同じ)



 それは、日向が昨日森の中で見つけた白い結界。
 謎の大きな穴を守っていた結界と、今目の前にある結界は同じものだ。
 つまりこの結界は……………………





 カタカタカタカタカタ……………………。





 その時、ふと奇妙な音がした。
 その音は、日向が予め持ってきていた矢籠から聞こえる。
 昨日と同じ……ある一種の矢が、結界に反応している。



 (やっぱり……)



 日向が視線を落とすと、カタカタと音を鳴らして揺れていたのは、虎珀の矢だ。
 つまり昨日と同様、この結界は虎珀のものなのだ。
 ならば、結界を破る方法は……ただ1つ。



「桜、少し下がっててくれねぇか」

「えっ?わ、分かった」



 日向は桜にそう言うと、虎珀の矢を1本取りだして、弓矢の準備を始めた。
 慣れた手つきで弓を構えると、大きな白い結界へと矢の先を向ける。



「日向くん?何をっ」



 桜が日向の行動の理由を尋ねようとした、直後……




 パンっ…………!!!!!!!!!!





 日向の構えた虎珀の矢が、真っ直ぐ結界へ伸びていく。
 そして矢が、結界へ強く当たった瞬間……





 バリンっ!!!!!!!!!!!!!!





 結界は……大きな音とともに、激しく割れた。
 直後、割れた衝撃で日向たちの方に突風が。



「っ!桜!!!」

「えっ?うわっ!!!」



 こちらに向かってくる風に、日向は咄嗟に桜を守ろうと彼女の腕を引っ張って、ギュッと抱きしめる。
 そして結界の方に背中を向けると、桜に怪我をさせないようにと彼女を包み込んだ。
 桜は日向の行動に、顔を真っ赤にしている。

 そしてようやく風が落ち着くと、日向は慌てて桜の様子を伺う。



「桜!大丈夫か!?怪我してないか!?」

「だ、だだ、大丈夫っ!」

「ほんとか?あぁ、良かった。いやぁビビったな」

「あの、日向くんは?大丈夫だった?」

「僕?何ともないぜ。ありがとな、心配してくれて」



 日向は桜を安心させようと、ニコッと笑う。
 いつも通りの日向に、桜もホッと胸を撫で下ろした。
 それから日向は桜の状態を確認し終えると、2人は一緒に結界の方へと向き直った。



「「……わあっ……」」



 激しく割れた結界、その中にあったもの。
 それは、とても大きく立派な屋敷だった。
 これこそまさに、桜が言っていた長の屋敷だろう。



「桜ぁ!大当たりじゃん!本当に屋敷があったぜ!」

「お、大きい……」



 まさに最高の手がかり。
 舞い上がって喜ぶ日向に対し、桜は突然現れた屋敷に圧倒されていた。
 結界に守られていたとはいえ、屋敷は少し古臭さを感じる。
 だが、長い年月が経っている割には、酷く廃っている感じは無かった。



 (この中に……黒神の全てがっ……!)



 自分の求めているものがあるかもしれない可能性に、日向はいてもたってもいられず、足を踏み出す。



「早く入ってみようぜ!」

「あ、ま、待って日向くん!」



 日向は興奮したまま、バッと屋敷へと駆け出した。
 桜は慌てて日向の後を追いかけて、2人は固く閉ざされた屋敷の扉を一緒に押す。
 ギギっ……と今にも壊れそうな軋む音をたてて、2人が扉を開けると……



「っ…………」



 開けた扉の先にあったのは……
 誰かが暮らしていた痕跡が残る、大きな部屋だった。
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