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第262話
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「んー!相変わらずうめぇな!」
子どもたちとの遊びを終えた日向と桜は、家に戻って朝食を食べていた。
昨日同様、桜の料理は絶品で、日向は笑みを零しながらガツガツ頬張っていく。
そんな食べっぷりのいい日向を見ながら、桜も机に並べられた朝食を食べ進めていた。
「日向くんが手伝ってくれたから、いつもより楽に準備できたの。ありがとう」
「お礼なんていいっての!こっちは、泊めて貰ってんだから当然だ」
瑞杜を明るく照らす太陽の光。
その暖かさを感じながら食べる朝食は、ひと味違う。
何より桜は、こうして誰かと朝を迎え、向かい合わせでご飯を食べることがとても新鮮だった。
色んな話を聞かせてくれる日向との食事は、桜の楽しみの一つとなっていた。
「ん!このだし巻き玉子うっめぇ!」
そうして2人が朝食を食べ進めていく中。
ふと、桜はある疑問を抱いていた。
幸せそうにご飯を頬張る日向を見つめながら、桜はおもむろに口を開く。
「ねぇ、日向くん。聞きたいことがあるんだけど」
「ん?何だ?」
桜の表情を見た日向は、持っていた箸と皿を置いて、桜の話にちゃんと向き合おうとする。
桜も箸を置くと、少し不安そうに尋ねた。
「日向くんが、瑞杜に来た本当の理由って、何?」
「っ…………」
桜の質問に、日向は表情が固くなる。
不安そうに尋ねてきた姿を見るに、何か、桜にとっては引っかかることがあるのだろう。
そしてそれは、きっと悪い意味で。
日向は不快な気持ちにさせないよう、優しい声で答える。
「なんで、急にそんなことを?」
日向が尋ねると、桜は目を伏せて続けた。
「……瑞杜って、志柳と呼ばれていた頃から、外の人々には嫌われていた場所なの。大昔では、この地の方針に理解できないからと、壊滅させることを企てた人もいた。そしてその考えは、今も変わらない。
だから……誰一人として、この地について知ろうとする人は居なかった」
「っ……………………」
桜は、疑惑の眼差しを日向に向ける。
「日向くんが、何かを知るためにここへ来たことは分かっているけど……でもそれって、志柳の歴史じゃないよね?
貴方は……何が知りたくて、ここへ来たの?」
昨日、日向が言った瑞杜に来た理由が、実は嘘だということに桜は気づいていた。
ただ疑っているのは桜だけ、だから昨日は黙っていた。
でも、どれだけ助けられても、日向はあくまで余所者。
命の恩人故に真実を聞いてこなかったが、先程見せられた手品に、桜はずっと胸の内に閉じ込めていた不安が膨れ上がってしまった。
「……………………」
気づかれていたことに、日向は言葉を失う。
昨日来たばかりとはいえ、嘘をついてまで居座ろうとした行動は、桜への裏切りとも言えるだろう。
いつかは事実を話さなければいけないとは思っていたが、彼女の口からそれを言わせてしまったことに、日向は申し訳なくなってしまう。
日向はふと目を伏せると、意を決して口を開いた。
「ごめん……志柳の歴史を調べに来たってのは、桜の言う通り嘘だ。黙ってて、ごめん」
「どうして、本当の理由を隠しているのですか?」
「過去のことを知るために来たことは、事実なんだ。だけど、その調べたい人物が、そんな簡単に言える人じゃなくて……」
「人物……?誰のことを、調べに来たんですか?」
「……桜には、言っても大丈夫かな」
日向は、不安そうに尋ねる桜を見つめながら、少し複雑な表情を浮かべて口を開く。
「1000年以上前に死んだ、史上最強の仙人……黒神。彼と生きていたという神……天花寺雅。
そして、彼らと深い関係がある……鬼の王。その3人の過去の真実を知るために、僕はここに来たんだ」
「っ……………………!」
日向の言葉に、桜は目を見開いた。
日向はサッと目を伏せると、眉間に皺を寄せて続ける。
「少し前。僕に志柳のことを教えてくれた人がいて。その人が、この地には黒神の生涯が記された書物が残されていると言ってたんだ。その中には、彼と共に歩んでいたという、天花寺雅という人物のことも少し書かれていたとか……」
1000年以上前の、花蓮国。
仙人も妖魔も、今の時代より力や勢力が強くて、まさに全盛の時代と呼ばれていた頃。
史上最強の仙人と呼ばれた黒神と、彼の隣を歩いていたという天花寺雅は、鬼の王によってその生涯を終えた。
まだこの国に残っている歴史は、ざっくり言えばこんなものだ。
しかしこの歴史は、まだ明かされていない深い話がある。
(魁蓮の記憶喪失の原因も、きっと……)
当時、3人の間に何があったのか。
その事実を知るのは本人達だけだが、それを証言できる者はもういない。
日向はただ、知りたかった。
自分の愛する人に、一体何が起きたのか。
記憶喪失の原因と思われる天花寺雅と、どんな関係を持っていたのか。
その全てを知り、そして、彼にその記憶を取り戻して欲しい。
ただ、それだけ。
「だから、まだ何か残ってると信じて、僕はっ」
その時…………
「鬼の、王……?」
「……?」
小さな桜の声。
日向がその声に顔を上げると…………
「……桜?」
日向が顔を上げた先にあったのは……
怒りや憎しみなど、負の感情を滲ませた表情を浮かべる桜の姿だった。
桜は日向の話を聞いた途端、小さく歯を食いしばり、拳もギュッと握っている。
その姿はまるで、胸の内に溢れる憎悪を押さえ込んでいるかのようで。
日向はその姿に、嫌な予感がした。
「桜、どうした……?」
日向が恐る恐る尋ねると、桜はギュッと下唇を噛むと、いつもより少し低い声で話す。
「……そいつ、なの……鬼の王なの……」
「……えっ?何が?」
その時、桜は眉間に皺を寄せ、日向を睨みつけながら続けた。
「その男なのよっ……かつて志柳を滅ぼしたのはっ、
その、鬼の王なの…………!!!!!!」
「………………えっ………………」
桜の、怒りの声。
その声と言葉に、日向は頭が真っ白になった。
話そうとしていた目的も、もう言葉で言い表せない。
だって、今の話から察したのだ。
桜は恐らく……魁蓮を、酷く憎んでいる。
「……どういうこと、桜っ……?」
日向が震えた声で尋ねると、桜は深呼吸をして落ち着こうとすると、顔を歪ませたまま目を伏せた。
「昨日、言いそびれていたね。志柳が、誰によって滅ぼされたかを……かつてこの地を滅ぼし、この地に住んでいた者全てを殺した妖魔こそ、鬼の王なの」
「……な、何でそんなことをっ……」
「詳しいことは分からないの。でも長い年月、人と妖魔が幸せに暮らしていたこの地は、鬼の王によってたった1日で滅んでしまった。
以来、この地に妖魔を入れることは禁じられたの。もう二度と、妖魔の手によって滅ぼされないように」
日向からすれば、衝撃的な話だった。
鬼の王は、過去に暴虐の限りを尽くしていた。
人間を嫌い、弱者を嫌い、歯向かう者を嫌い……生まれ持った類まれなる力を、ただ破壊と支配の為だけに使っていた。
世の理と均衡が、激しく崩れた元凶である張本人。
その事は、日向も十分知っているが……まさか、志柳にまで手を出していたとは思わなかった。
その時、日向はふと疑問を抱いた。
(あれ……じゃあなんで、虎珀はっ……)
日向の頭に浮かんだ疑問。
それは、何故志柳出身である虎珀が、よもや志柳を滅ぼした男の元に居るのだろうかと。
【まあ結局、俺は魁蓮様の背中を追いかける決断をしたがな。黒神を深く崇拝していた龍禅には悪いが、これが俺の選んだ道だ】
虎珀はそう言っていたが、桜の話が事実だとすると、虎珀からすれば魁蓮は憎むべき相手。
むしろ、仇とも言える存在のはず。
だと言うのに、彼は魁蓮を憎むどころか、神のように崇拝している。
それが、日向にとっては不思議でたまらなかった。
そしてまた、新たな違和感にぶつかる。
(まさか……この話も、何か裏が……?)
日向が考えていると、桜は疑いの目を日向に向けた。
「日向くん、貴方っ……
まさか、鬼の王と繋がりでも……?」
「っ……!」
その言葉に、日向はビクッと反応する。
鋭いというのか、それとも日向が何か口走ったことでもあるのか。
あまりにも痛いところをついてくる桜に、日向は緊張のあまり、鼓動が早くなる。
何せ日向は、鬼の王と繋がりがあるどころか……彼の城で、彼と一緒に暮らしているのだから。
「……………………」
しかし、そんなこと桜に言えるはずもなく。
日向は静かに呼吸を整えると、いつもの笑顔を浮かべた。
「何言ってんだよ、桜!僕は人間だぜ?
繋がりなんて持てないよ」
ここは、何とか誤魔化すしかない。
もしここで、日向が鬼の王と繋がりがあるとバレてしまったら……桜だけでは無い、この瑞杜にいる皆に非難の目を向けられるかもしれない。
だって彼らからすれば、魁蓮は故郷を襲った極悪人だ。
「だったら、どうして鬼の王のことを知りたいなど……」
確かに、人間である日向が鬼の王を知りたいなど、おかしな話だろう。
頭がイカれた人か、或いは妖魔に心を奪われてしまった狂人か。
そう思われても不思議では無い。
だが日向には、諦められない理由がある。
「桜、変だと思うかもしれない。でも僕は、どうしても彼らのことを知りたい。いや、知らなければいけない。
彼らの全てが分かった時……救われる奴がいるんだ。僕はそいつを、何としてでも助けたいと思っている。それだけなんだ」
見返りなんていらない、何も得られなくても良い。
あるのは、愛する人を助けたい気持ちだけ。
たとえそれが、自身の恋愛をねじ曲げることになったとしても……魁蓮が救われ、そして誰かを愛する気持ちを得られるのなら、本望だった。
「不快な思いさせてごめん。知りたいことが分かったら、直ぐにここから出ていく。
だから、それまでは見逃してくれ」
日向はそう言いながら、深々と頭を下げた。
ここまで来たんだ、魁蓮にバレないように。
今引き返してしまったら、きっと後悔してしまう。
助けたい、思い出させてあげたい、1人で抱え込ませたくない。
天花寺雅を、思い出して欲しい………………。
「……………………」
そんな中、桜は頭を下げる日向をじっと見つめていた。
強い意志と、決して諦めない心。
彼の身に何が起きているのか、誰を助けたいと思っているのか、何一つ分からない。
憎むべき鬼の王の名前が出てきたことには驚いたが、日向に八つ当たりしたところで何も変わらない。
それはただ、日向を傷つけるだけ。
何より、桜は日向のことを恩人と思っている。
この地を滅ぼした鬼の王に対する憎悪より、日向の役に立ちたいという気持ちのほうが、桜は強かった。
桜は自分を落ち着かせると、申し訳なさそうな表情を浮かべて、ある話を切り出した。
「……なら、あの場所が丁度いいと思うわ」
「……えっ?」
桜の言葉に日向が顔を上げると、桜は少し小さな声で続けた。
「日向くんの得たいものが、全てあるかは分からないけれど……長きに渡ってこの地に残されているものがあるの。もしかしたら、そこにあるかもしれない」
「……どんなやつなの?」
日向が尋ねると、桜は目を伏せ、そして……
意を決して、あることについて話し出す。
「日向くん。かつて志柳には、この地を代表する長の存在があったことは、知ってる?」
「えっ?あぁ、うん。その話も聞いたけど……。
それがどうかしたのか?」
「なら、話が早いわね。
私の家の後ろにある森の、ずぅっと奥。
そこに、古い結界で守られた長の屋敷が残ってる。もしかしたら、日向くんの知りたいものが残ってるかも」
「っ!!!!」
それは、かつてこの地が志柳と呼ばれていた頃。
「龍禅」という名の妖魔が、最後に暮らした長の屋敷。
そしてそこは……
黒神に関する書物が隠された、秘密の場所だ。
子どもたちとの遊びを終えた日向と桜は、家に戻って朝食を食べていた。
昨日同様、桜の料理は絶品で、日向は笑みを零しながらガツガツ頬張っていく。
そんな食べっぷりのいい日向を見ながら、桜も机に並べられた朝食を食べ進めていた。
「日向くんが手伝ってくれたから、いつもより楽に準備できたの。ありがとう」
「お礼なんていいっての!こっちは、泊めて貰ってんだから当然だ」
瑞杜を明るく照らす太陽の光。
その暖かさを感じながら食べる朝食は、ひと味違う。
何より桜は、こうして誰かと朝を迎え、向かい合わせでご飯を食べることがとても新鮮だった。
色んな話を聞かせてくれる日向との食事は、桜の楽しみの一つとなっていた。
「ん!このだし巻き玉子うっめぇ!」
そうして2人が朝食を食べ進めていく中。
ふと、桜はある疑問を抱いていた。
幸せそうにご飯を頬張る日向を見つめながら、桜はおもむろに口を開く。
「ねぇ、日向くん。聞きたいことがあるんだけど」
「ん?何だ?」
桜の表情を見た日向は、持っていた箸と皿を置いて、桜の話にちゃんと向き合おうとする。
桜も箸を置くと、少し不安そうに尋ねた。
「日向くんが、瑞杜に来た本当の理由って、何?」
「っ…………」
桜の質問に、日向は表情が固くなる。
不安そうに尋ねてきた姿を見るに、何か、桜にとっては引っかかることがあるのだろう。
そしてそれは、きっと悪い意味で。
日向は不快な気持ちにさせないよう、優しい声で答える。
「なんで、急にそんなことを?」
日向が尋ねると、桜は目を伏せて続けた。
「……瑞杜って、志柳と呼ばれていた頃から、外の人々には嫌われていた場所なの。大昔では、この地の方針に理解できないからと、壊滅させることを企てた人もいた。そしてその考えは、今も変わらない。
だから……誰一人として、この地について知ろうとする人は居なかった」
「っ……………………」
桜は、疑惑の眼差しを日向に向ける。
「日向くんが、何かを知るためにここへ来たことは分かっているけど……でもそれって、志柳の歴史じゃないよね?
貴方は……何が知りたくて、ここへ来たの?」
昨日、日向が言った瑞杜に来た理由が、実は嘘だということに桜は気づいていた。
ただ疑っているのは桜だけ、だから昨日は黙っていた。
でも、どれだけ助けられても、日向はあくまで余所者。
命の恩人故に真実を聞いてこなかったが、先程見せられた手品に、桜はずっと胸の内に閉じ込めていた不安が膨れ上がってしまった。
「……………………」
気づかれていたことに、日向は言葉を失う。
昨日来たばかりとはいえ、嘘をついてまで居座ろうとした行動は、桜への裏切りとも言えるだろう。
いつかは事実を話さなければいけないとは思っていたが、彼女の口からそれを言わせてしまったことに、日向は申し訳なくなってしまう。
日向はふと目を伏せると、意を決して口を開いた。
「ごめん……志柳の歴史を調べに来たってのは、桜の言う通り嘘だ。黙ってて、ごめん」
「どうして、本当の理由を隠しているのですか?」
「過去のことを知るために来たことは、事実なんだ。だけど、その調べたい人物が、そんな簡単に言える人じゃなくて……」
「人物……?誰のことを、調べに来たんですか?」
「……桜には、言っても大丈夫かな」
日向は、不安そうに尋ねる桜を見つめながら、少し複雑な表情を浮かべて口を開く。
「1000年以上前に死んだ、史上最強の仙人……黒神。彼と生きていたという神……天花寺雅。
そして、彼らと深い関係がある……鬼の王。その3人の過去の真実を知るために、僕はここに来たんだ」
「っ……………………!」
日向の言葉に、桜は目を見開いた。
日向はサッと目を伏せると、眉間に皺を寄せて続ける。
「少し前。僕に志柳のことを教えてくれた人がいて。その人が、この地には黒神の生涯が記された書物が残されていると言ってたんだ。その中には、彼と共に歩んでいたという、天花寺雅という人物のことも少し書かれていたとか……」
1000年以上前の、花蓮国。
仙人も妖魔も、今の時代より力や勢力が強くて、まさに全盛の時代と呼ばれていた頃。
史上最強の仙人と呼ばれた黒神と、彼の隣を歩いていたという天花寺雅は、鬼の王によってその生涯を終えた。
まだこの国に残っている歴史は、ざっくり言えばこんなものだ。
しかしこの歴史は、まだ明かされていない深い話がある。
(魁蓮の記憶喪失の原因も、きっと……)
当時、3人の間に何があったのか。
その事実を知るのは本人達だけだが、それを証言できる者はもういない。
日向はただ、知りたかった。
自分の愛する人に、一体何が起きたのか。
記憶喪失の原因と思われる天花寺雅と、どんな関係を持っていたのか。
その全てを知り、そして、彼にその記憶を取り戻して欲しい。
ただ、それだけ。
「だから、まだ何か残ってると信じて、僕はっ」
その時…………
「鬼の、王……?」
「……?」
小さな桜の声。
日向がその声に顔を上げると…………
「……桜?」
日向が顔を上げた先にあったのは……
怒りや憎しみなど、負の感情を滲ませた表情を浮かべる桜の姿だった。
桜は日向の話を聞いた途端、小さく歯を食いしばり、拳もギュッと握っている。
その姿はまるで、胸の内に溢れる憎悪を押さえ込んでいるかのようで。
日向はその姿に、嫌な予感がした。
「桜、どうした……?」
日向が恐る恐る尋ねると、桜はギュッと下唇を噛むと、いつもより少し低い声で話す。
「……そいつ、なの……鬼の王なの……」
「……えっ?何が?」
その時、桜は眉間に皺を寄せ、日向を睨みつけながら続けた。
「その男なのよっ……かつて志柳を滅ぼしたのはっ、
その、鬼の王なの…………!!!!!!」
「………………えっ………………」
桜の、怒りの声。
その声と言葉に、日向は頭が真っ白になった。
話そうとしていた目的も、もう言葉で言い表せない。
だって、今の話から察したのだ。
桜は恐らく……魁蓮を、酷く憎んでいる。
「……どういうこと、桜っ……?」
日向が震えた声で尋ねると、桜は深呼吸をして落ち着こうとすると、顔を歪ませたまま目を伏せた。
「昨日、言いそびれていたね。志柳が、誰によって滅ぼされたかを……かつてこの地を滅ぼし、この地に住んでいた者全てを殺した妖魔こそ、鬼の王なの」
「……な、何でそんなことをっ……」
「詳しいことは分からないの。でも長い年月、人と妖魔が幸せに暮らしていたこの地は、鬼の王によってたった1日で滅んでしまった。
以来、この地に妖魔を入れることは禁じられたの。もう二度と、妖魔の手によって滅ぼされないように」
日向からすれば、衝撃的な話だった。
鬼の王は、過去に暴虐の限りを尽くしていた。
人間を嫌い、弱者を嫌い、歯向かう者を嫌い……生まれ持った類まれなる力を、ただ破壊と支配の為だけに使っていた。
世の理と均衡が、激しく崩れた元凶である張本人。
その事は、日向も十分知っているが……まさか、志柳にまで手を出していたとは思わなかった。
その時、日向はふと疑問を抱いた。
(あれ……じゃあなんで、虎珀はっ……)
日向の頭に浮かんだ疑問。
それは、何故志柳出身である虎珀が、よもや志柳を滅ぼした男の元に居るのだろうかと。
【まあ結局、俺は魁蓮様の背中を追いかける決断をしたがな。黒神を深く崇拝していた龍禅には悪いが、これが俺の選んだ道だ】
虎珀はそう言っていたが、桜の話が事実だとすると、虎珀からすれば魁蓮は憎むべき相手。
むしろ、仇とも言える存在のはず。
だと言うのに、彼は魁蓮を憎むどころか、神のように崇拝している。
それが、日向にとっては不思議でたまらなかった。
そしてまた、新たな違和感にぶつかる。
(まさか……この話も、何か裏が……?)
日向が考えていると、桜は疑いの目を日向に向けた。
「日向くん、貴方っ……
まさか、鬼の王と繋がりでも……?」
「っ……!」
その言葉に、日向はビクッと反応する。
鋭いというのか、それとも日向が何か口走ったことでもあるのか。
あまりにも痛いところをついてくる桜に、日向は緊張のあまり、鼓動が早くなる。
何せ日向は、鬼の王と繋がりがあるどころか……彼の城で、彼と一緒に暮らしているのだから。
「……………………」
しかし、そんなこと桜に言えるはずもなく。
日向は静かに呼吸を整えると、いつもの笑顔を浮かべた。
「何言ってんだよ、桜!僕は人間だぜ?
繋がりなんて持てないよ」
ここは、何とか誤魔化すしかない。
もしここで、日向が鬼の王と繋がりがあるとバレてしまったら……桜だけでは無い、この瑞杜にいる皆に非難の目を向けられるかもしれない。
だって彼らからすれば、魁蓮は故郷を襲った極悪人だ。
「だったら、どうして鬼の王のことを知りたいなど……」
確かに、人間である日向が鬼の王を知りたいなど、おかしな話だろう。
頭がイカれた人か、或いは妖魔に心を奪われてしまった狂人か。
そう思われても不思議では無い。
だが日向には、諦められない理由がある。
「桜、変だと思うかもしれない。でも僕は、どうしても彼らのことを知りたい。いや、知らなければいけない。
彼らの全てが分かった時……救われる奴がいるんだ。僕はそいつを、何としてでも助けたいと思っている。それだけなんだ」
見返りなんていらない、何も得られなくても良い。
あるのは、愛する人を助けたい気持ちだけ。
たとえそれが、自身の恋愛をねじ曲げることになったとしても……魁蓮が救われ、そして誰かを愛する気持ちを得られるのなら、本望だった。
「不快な思いさせてごめん。知りたいことが分かったら、直ぐにここから出ていく。
だから、それまでは見逃してくれ」
日向はそう言いながら、深々と頭を下げた。
ここまで来たんだ、魁蓮にバレないように。
今引き返してしまったら、きっと後悔してしまう。
助けたい、思い出させてあげたい、1人で抱え込ませたくない。
天花寺雅を、思い出して欲しい………………。
「……………………」
そんな中、桜は頭を下げる日向をじっと見つめていた。
強い意志と、決して諦めない心。
彼の身に何が起きているのか、誰を助けたいと思っているのか、何一つ分からない。
憎むべき鬼の王の名前が出てきたことには驚いたが、日向に八つ当たりしたところで何も変わらない。
それはただ、日向を傷つけるだけ。
何より、桜は日向のことを恩人と思っている。
この地を滅ぼした鬼の王に対する憎悪より、日向の役に立ちたいという気持ちのほうが、桜は強かった。
桜は自分を落ち着かせると、申し訳なさそうな表情を浮かべて、ある話を切り出した。
「……なら、あの場所が丁度いいと思うわ」
「……えっ?」
桜の言葉に日向が顔を上げると、桜は少し小さな声で続けた。
「日向くんの得たいものが、全てあるかは分からないけれど……長きに渡ってこの地に残されているものがあるの。もしかしたら、そこにあるかもしれない」
「……どんなやつなの?」
日向が尋ねると、桜は目を伏せ、そして……
意を決して、あることについて話し出す。
「日向くん。かつて志柳には、この地を代表する長の存在があったことは、知ってる?」
「えっ?あぁ、うん。その話も聞いたけど……。
それがどうかしたのか?」
「なら、話が早いわね。
私の家の後ろにある森の、ずぅっと奥。
そこに、古い結界で守られた長の屋敷が残ってる。もしかしたら、日向くんの知りたいものが残ってるかも」
「っ!!!!」
それは、かつてこの地が志柳と呼ばれていた頃。
「龍禅」という名の妖魔が、最後に暮らした長の屋敷。
そしてそこは……
黒神に関する書物が隠された、秘密の場所だ。
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