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第261話
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翌日。
「ん……」
深い眠りに落ちていた桜は、優しい鳥のさえずりにゆっくりと目を開けた。
窓から差し込む朝の日差し、桜は上体を起こして目を擦る。
そして辺りを見渡して……桜は気づいた。
「……日向くん?」
昨夜、隣で寝ていたはずの日向の姿がない。
桜は日向が不在だと気づくと、寝ぼけていた頭が一気に覚めると同時に、バッと寝台から降りた。
今の時刻は、まだ朝6時前。
どこかに出かけるにしても、早すぎる。
その時……
「日向にぃに!僕もしたい!」
「お、やるかー!よし、おいで!」
ふと、窓の外から聞こえた楽しげな声。
キャッキャと騒ぐ複数の子どもの声に紛れていたのは、日向の声だった。
桜はその声に導かれ、窓から顔を出すと……
家の外では、数人の子どもと日向が遊んでいた。
日向は子どもたちに囲まれながら、順番に肩車をしている所だった。
「行くぞー?ほら、びゅーん!」
「きゃははは!早い早いー!」
まだ瑞杜の町は、眠りについているような朝方。
こんな朝早く、何故彼らは遊んでいるのだろうか。
不思議に思った桜は、素早く着替えると、子どもたちと遊ぶ日向の元へと駆け寄った。
「日向くんっ」
「ん?あっ、桜!おはよう。悪ぃ、起こした?」
「ううん、大丈夫。それより……こんな朝早くに、どうしたの?」
桜が日向に尋ねると、日向は子どもたちの相手をしながら答えた。
「いやぁそれがさ、この子たちが朝早くに桜の家の窓を叩いててさ。その音で目が覚めたんだけどよ……外に出たら急に「お兄ちゃん、遊んで!!」なんて言い出したんだぜ?」
「えっ……?」
日向の説明に、桜は子どもたちへと視線を移した。
子どもたちは日向と遊ぶのが楽しいのか、2人の話なんて一切聞いておらず、「だっこ!」「肩車して!」「兄ちゃん、お話しよ!」「ダメ!あたしが先!」などとワガママ言い放題。
日向は桜と話しながら「はいはい」と受け流しているものの、何故こうなったのか。
桜は日向の足にしがみついていた男の子に近づいて、同じ目線になるように屈む。
「ね、ねぇ」
「ん?」
「みんな、どうしてこんな朝早くここへ来たんです?」
桜が尋ねると、男の子は日向の足にギュッとしがみつきながら、口を開いた。
「大人たちが、話してた。このおうちに、お兄ちゃんが遊びに来たって。
それで昨日、みんなと約束したの。お兄ちゃんに会いに行こうって」
「えっ」
男の子の説明に、桜は唖然とした。
そういう理由だとしても、まさか昨日のうちから、こんな朝早くに集まろうと約束していたのか。
子どもは想像以上に元気だとは分かっているが、ここまでとは。
その時、日向は足にしがみついていた男の子を立たせると、子どもたちに向かって声をかける。
「ほら、お前ら!遊びは桜が起きるまでって約束だったろー?だから、これで終わりな~」
「「「「「ええええ!!!!!」」」」」
子どもたちは、不機嫌そうに顔をしかめる。
約束したとはいえ、余程日向との遊びが終わるのが嫌なのだろう。
しかし、約束は約束。
日向は困ったように微笑むと、軽くため息を吐いて子どもたちの背中を押す。
「おら、行った行った!空も明るくなってきたから、朝飯食わねぇと。それに、パパやママが心配すんぞー」
「やーだー!まだ遊びたいー!」
「俺も!もう1回肩車してよー!」
「ダメだ。それに、桜が起きるまでで良いって言ったのは、お前らの方だろ?
また遊んでやっから、朝飯食ってこい」
どれだけお願いしても、日向は首を縦に振らない。
頑なに遊んでくれない日向に、子どもたちはいじけて顔を伏せた。
子どもというのは、約束は出来ても守ってくれるとは限らない。
いつだって好奇心や楽しいことが最優先、「話が違う!」ということも沢山あるだろう。
だが、日向もただ注意するだけなんてつまらない。
不貞腐れた子どもたちの反応を見ると、日向は両手に腰を当てた。
「よし。それじゃあ最後に、不思議なもん見せてやる」
「「「「「???」」」」」
日向の突然の提案に、子どもたちは首を傾げた。
対して日向は、隣で待っていた桜に向き直る。
「桜、ちょっと手伝ってくれねぇか?」
「え、わ、私?いいけど……」
「じゃあ、手出してくんね?」
「手?」
桜は戸惑いながらも、両手を差し出した。
すると日向は、コホンっとわざとらしく咳払いをして、立ち尽くす桜の周りをゆっくりと歩きながら口を開いた。
「やぁやぁ皆さん、今日はお集まり頂き感謝する!ではこれから、日向お兄ちゃんがとっておきの手品を披露してやろう!」
「えっ?」
日向の言葉に、桜は片眉を上げた。
子どもたちも、いきなり何が始まったのだろうかと、それぞれが顔を見合せている。
だが日向はそんなの気にせず、まるで見世物を披露する大道芸人のように続けた。
「皆の衆。「桜の花」は、知っているかな?」
日向の質問に、子どもたちは手を挙げる。
「そんなの知ってるよ!春のお花でしょ?」
「おー!季節も知ってるとは、賢いじゃねえか!」
「えへへ、あったりまえだろ~!」
「そう、桜は春に咲く綺麗な花だ。だが桜はな、長くても約2週間程度しか咲くことが出来ない。春が来た!と思ったら、桜は先に枯れてるなんてことがあるだろう?それに、春しか見れない。あんなに綺麗なのに、勿体ないとは思わないか?」
日向の語りに、先程まで元気を無くしていた子どもたちが、興味津々に耳を傾ける。
桜も何が始まるのだろうかと、手を差し出したまま待っていた。
その時、日向はパチンっと指を鳴らし、ニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、その桜が……
今、ここに現れるって言ったら……どうする?」
日向の言葉に、全員が目を見開いた。
それはあまりにも現実味が無く、子ども騙しにしても無理があるもの。
当然、桜の花を知っている子どもたちは、ムスッとつまらなさそうな顔を浮かべた。
「何言ってんだよ兄ちゃん。そんなの無理だろ」
「そうだよー。あたしたちが子どもだからって、馬鹿にしてるんでしょー?」
「兄ちゃん、変なのー」
ついさっきまで興味を持っていた子どもたちが、また機嫌を悪くし始めた。
「これはまずい」と感じ取った桜は、どうにかしようと子どもたちに声をかけようとする。
「み、みんな。日向くんはっ」
だが……。
子どもたちに声をかけようとしていた桜を、日向は優しく手を掴んで止める。
桜がそのことに驚くと、日向は優しい笑みを浮かべ、桜にしか聞こえない声で囁いた。
「ありがと、でも大丈夫だ」
「っ…………」
その言葉に、桜は胸が高鳴ると同時に、コクリと頷く。
どうして日向の言葉は、こんなにも安心するのだろうか。
子どもたちだって、いつかは泣き出してしまうかもしれない。
でも、日向の大丈夫という言葉が、桜の心配をスっと取り除いていく。
桜が口を閉じると、日向は桜の手を優しく掴んだまま、子どもたちに向き直る。
「よく聞け皆の衆!
これより僕が、お得意の手品を使って、ここに綺麗な桜の木を咲かせてみよう!」
「「「「「えっ?」」」」」
日向のとんでもない発言に、子どもたちは間抜けな声が出る。
これには安心していた桜も、ポカンとする勢いだ。
すると日向は、掴んでいた桜の手を子どもたちの方へと差し出しながら、話を続ける。
「だが、僕だけの力では無理なんだ。だから……同じ名前を持った桜お姉ちゃんに、桜の花を咲かせる手伝いをしてもらうぞ!」
「えっ!?」
突然の話に、桜は大きい声が出てしまう。
桜からすれば、手品なんてしたことがないし、そもそもここに桜の花を咲かせるなんて不可能だ。
大丈夫だと言っていたが、まさか本当に子ども騙しなのでは……。
と、桜が不安になっていると、日向が桜に向き直り、桜の耳元に口を近づけた。
「大丈夫だ、桜。僕の言う通りにして」
「っ……!」
「今から僕が、5秒数える。それで僕が数え終わったら、桜は両手を地面につけてくれ。それだけでいい」
「えっ……?で、でもっ……もし失敗したらっ」
「心配しないで、絶対成功するよ。僕を信じてくれ」
「っ………………」
すると日向は、桜に優しく微笑んだ。
「桜が喜ぶような、綺麗な桜の花……見せてやるよっ」
あまりにも非現実的な話。
それなのに、日向は自信ありげにそう話す。
何が起きるのか分からない、子ども騙しかもしれないし、桜に似た別の何かかもしれない。
でも、日向がここまで言うのならば……桜は、日向を信じる以外の選択はしない。
「……分かった」
「ははっ、あんがとな。桜」
2人は話し終えると、それぞれ子どもたちに向き直る。
桜は深呼吸をしてその場に膝を着くと、再び手を差し出した。
絶対に失敗しないようにしなきゃ、そう思いながら。
日向は桜の行動を見守ると、桜を安心させるかのように、背後に立って桜の肩に手を置く。
「それでは皆さん、今から最高の桜の花を見せてやる!想像よりデケェかもしれないから、みんな下がれ!」
子どもたちは不思議に思いながらも、言われた通り後ろに下がる。
そして、日向たちと子どもたちに距離ができた途端、日向は子どもたちにも聞こえる声で叫んだ。
「では皆さん!僕と一緒に、5秒数えてくれ!
いくぞー?」
そうして日向と子どもたちは、数を数え始めた。
「「「「「「5!4!……」」」」」」
その時……
日向は片手を後ろに隠し、子どもたちに気づかれないよう力を体中に巡らせながら、手で周りの自然に合図を送る。
その合図を感じ取ったのか、周りにあった木々がガサガサと優しく揺れ始めた。
同時に日向の力は強さを増し、この場にいる全てを支配するかのような勢いだ。
(うん……いい感じだ。体も温まってきた)
体内から感じる温かな感触……その温もりは日向の体を巡り、静かに地面へと流れ込んでいく。
「っ!」
その時、桜は背後から感じる不思議な力に気づいた。
それは全く不快なものではなく、むしろどこか優しい温もりを感じるもので。
桜はバッと顔を上げて日向を見つめると、日向は「大丈夫」と言うように、パチッと片目を閉じる。
そして遂に、数が数え終わる時…………
「「「「「「3!2!1!…………0!!!!」」」」」」
子どもたちの声を合図に、桜は差し出していた両手を、バンっと地面に着いた。
その、直後………………
メキメキメキ…………!!!!!!
桜の触れた場所から、ぴょこっと芽が出たかと思うと……芽はどんどん伸びていき、そして大きな幹へと成長し、木へと変化する。
ゆっくりと大きくなる木は、細い枝をいくつも伸ばし、その枝の先にも蕾を付けた。
その時……その蕾がゆっくりと開くと、ある花が姿を現した。
それは、春を彩る代表的な花。
新たな環境と暖かな春を感じる、愛されるべきもの。
蕾は……桜の花を無数に咲かせた。
「「「「「「わああああああ!!!!!!!」」」」」」
目の前に現れた大きな桜の木に、子どもたちは目を輝かせた。
「すげぇ!すげぇぇ!!!」
「ほんとに咲いた!綺麗!」
「桜だ!!!」
子どもたちは喜びを全面に表し、桜の木の周りを走り回ったり、飛び跳ねたりしている。
手品……なんて言葉では言い表せないような規模に、桜も口を開けて驚いていた。
そして、桜は昨日のことを思い出す。
瑞杜の外で、日向が手品と称して現れた、あの木の実が沢山実った不思議な木を。
(まさか……これ、手品なんかじゃなくてっ)
桜は日向へと首を回した。
その時……
「ゴホッゴホッ……」
桜の後ろにいた日向が、何やら酷く咳き込んでいた。
桜はその姿に目を見開くと、慌てて立ち上がる。
「日向くんっ!?大丈夫!?」
「ゲホッ……あぁ、悪ぃな。平気だよ」
「でも、なんか顔色悪くない?もしかして、どこか具合が?」
「無問題!本当に大丈夫だよ、ありがとな」
日向は咳き込んでいたのが嘘だったかのように、ニコッといつも通り笑った。
だが日向の額には、じんわりと汗が滲んでいる。
桜からすれば、日向が何か無理をしているのは分かっていた。
しかし、これ以上しつこく聞いても困らせるだけだと思い、桜は心配な気持ちを押し殺して頷く。
「何かあったら、遠慮なく言ってね」
「あっはは!頼もしいぜ、桜っ」
そして2人は、突然現れた桜の木に喜ぶ子どもたちを見つめた。
たまに桜の木に登ったり、桜の花びらを集めて、バッと飛ばしてみたり。
各々が、桜の木の下で、思う存分遊んでいる。
そしてその遊びは、子どもたちがお腹を空かせるまで続き、日向と桜はそれまで子どもたちを見守っていた。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
『夜叉様っ』
瑞杜から遠く離れた森の中。
その森の木々たちが、森にいた妖魔の集団を倒したばかりの殲魔夜叉に声をかける。
「何だ」
殲魔夜叉は仮面についた返り血を拭うと、何やら慌てたように葉を揺らす木々たちに耳を傾けた。
『ご報告が2つ。
西の方角で、異型妖魔が人々の集落へ向かっているのを目撃しました』
「またか……近頃、妙に見かけるな。全く、懲りない奴らだ……分かった、すぐ行く」
『……少し、休まれてはいかがですか?』
「不要だ。話を逸らすな、もう1つは何だ」
『し、失礼しました。もう1つは……
先程、瑞杜の方角から殿下の力を感じ取りました』
「……何?」
『ですが、あまり強くはありません。危険な状況では無いと思いますが……一応、ご報告を』
木々たちの言葉に、殲魔夜叉は妖魔に刺していた刀を抜き取ると、ブンっと血を振り払う。
そして、体中に力を巡らせながら足を進めた。
「ご苦労、引き続き頼む。我はもう行く」
『っ……殿下の元へは、行かないのですか?今、鬼の王に近づくのはやめた方がっ』
「何を言う。我は、鬼の王を見張らなければならない。それに、我の役目は妖魔の殺業だけだ。故に、鬼の王との関わりを断ち切ることは不可能」
『そ、そうですが……大丈夫、なのですか?その、鬼の王と昨夜接触してしまったのですよね?少なからず、あちらは夜叉様を警戒するかと……こちらにいつ気づくのかも分かりません』
「案ずるな。鬼の王とて、我の気配を探るのは困難だ。それより、鬼の王を見失う方が危険だろう。
西の異型は、今から行く。では、またいずれ」
そう言うと、殲魔夜叉は黒い瘴気に包まれた瞬間、その場から姿を消した。
そしてまたどこかで、殲魔夜叉によって殺される、妖魔たちの悲鳴が響き渡った。
「ん……」
深い眠りに落ちていた桜は、優しい鳥のさえずりにゆっくりと目を開けた。
窓から差し込む朝の日差し、桜は上体を起こして目を擦る。
そして辺りを見渡して……桜は気づいた。
「……日向くん?」
昨夜、隣で寝ていたはずの日向の姿がない。
桜は日向が不在だと気づくと、寝ぼけていた頭が一気に覚めると同時に、バッと寝台から降りた。
今の時刻は、まだ朝6時前。
どこかに出かけるにしても、早すぎる。
その時……
「日向にぃに!僕もしたい!」
「お、やるかー!よし、おいで!」
ふと、窓の外から聞こえた楽しげな声。
キャッキャと騒ぐ複数の子どもの声に紛れていたのは、日向の声だった。
桜はその声に導かれ、窓から顔を出すと……
家の外では、数人の子どもと日向が遊んでいた。
日向は子どもたちに囲まれながら、順番に肩車をしている所だった。
「行くぞー?ほら、びゅーん!」
「きゃははは!早い早いー!」
まだ瑞杜の町は、眠りについているような朝方。
こんな朝早く、何故彼らは遊んでいるのだろうか。
不思議に思った桜は、素早く着替えると、子どもたちと遊ぶ日向の元へと駆け寄った。
「日向くんっ」
「ん?あっ、桜!おはよう。悪ぃ、起こした?」
「ううん、大丈夫。それより……こんな朝早くに、どうしたの?」
桜が日向に尋ねると、日向は子どもたちの相手をしながら答えた。
「いやぁそれがさ、この子たちが朝早くに桜の家の窓を叩いててさ。その音で目が覚めたんだけどよ……外に出たら急に「お兄ちゃん、遊んで!!」なんて言い出したんだぜ?」
「えっ……?」
日向の説明に、桜は子どもたちへと視線を移した。
子どもたちは日向と遊ぶのが楽しいのか、2人の話なんて一切聞いておらず、「だっこ!」「肩車して!」「兄ちゃん、お話しよ!」「ダメ!あたしが先!」などとワガママ言い放題。
日向は桜と話しながら「はいはい」と受け流しているものの、何故こうなったのか。
桜は日向の足にしがみついていた男の子に近づいて、同じ目線になるように屈む。
「ね、ねぇ」
「ん?」
「みんな、どうしてこんな朝早くここへ来たんです?」
桜が尋ねると、男の子は日向の足にギュッとしがみつきながら、口を開いた。
「大人たちが、話してた。このおうちに、お兄ちゃんが遊びに来たって。
それで昨日、みんなと約束したの。お兄ちゃんに会いに行こうって」
「えっ」
男の子の説明に、桜は唖然とした。
そういう理由だとしても、まさか昨日のうちから、こんな朝早くに集まろうと約束していたのか。
子どもは想像以上に元気だとは分かっているが、ここまでとは。
その時、日向は足にしがみついていた男の子を立たせると、子どもたちに向かって声をかける。
「ほら、お前ら!遊びは桜が起きるまでって約束だったろー?だから、これで終わりな~」
「「「「「ええええ!!!!!」」」」」
子どもたちは、不機嫌そうに顔をしかめる。
約束したとはいえ、余程日向との遊びが終わるのが嫌なのだろう。
しかし、約束は約束。
日向は困ったように微笑むと、軽くため息を吐いて子どもたちの背中を押す。
「おら、行った行った!空も明るくなってきたから、朝飯食わねぇと。それに、パパやママが心配すんぞー」
「やーだー!まだ遊びたいー!」
「俺も!もう1回肩車してよー!」
「ダメだ。それに、桜が起きるまでで良いって言ったのは、お前らの方だろ?
また遊んでやっから、朝飯食ってこい」
どれだけお願いしても、日向は首を縦に振らない。
頑なに遊んでくれない日向に、子どもたちはいじけて顔を伏せた。
子どもというのは、約束は出来ても守ってくれるとは限らない。
いつだって好奇心や楽しいことが最優先、「話が違う!」ということも沢山あるだろう。
だが、日向もただ注意するだけなんてつまらない。
不貞腐れた子どもたちの反応を見ると、日向は両手に腰を当てた。
「よし。それじゃあ最後に、不思議なもん見せてやる」
「「「「「???」」」」」
日向の突然の提案に、子どもたちは首を傾げた。
対して日向は、隣で待っていた桜に向き直る。
「桜、ちょっと手伝ってくれねぇか?」
「え、わ、私?いいけど……」
「じゃあ、手出してくんね?」
「手?」
桜は戸惑いながらも、両手を差し出した。
すると日向は、コホンっとわざとらしく咳払いをして、立ち尽くす桜の周りをゆっくりと歩きながら口を開いた。
「やぁやぁ皆さん、今日はお集まり頂き感謝する!ではこれから、日向お兄ちゃんがとっておきの手品を披露してやろう!」
「えっ?」
日向の言葉に、桜は片眉を上げた。
子どもたちも、いきなり何が始まったのだろうかと、それぞれが顔を見合せている。
だが日向はそんなの気にせず、まるで見世物を披露する大道芸人のように続けた。
「皆の衆。「桜の花」は、知っているかな?」
日向の質問に、子どもたちは手を挙げる。
「そんなの知ってるよ!春のお花でしょ?」
「おー!季節も知ってるとは、賢いじゃねえか!」
「えへへ、あったりまえだろ~!」
「そう、桜は春に咲く綺麗な花だ。だが桜はな、長くても約2週間程度しか咲くことが出来ない。春が来た!と思ったら、桜は先に枯れてるなんてことがあるだろう?それに、春しか見れない。あんなに綺麗なのに、勿体ないとは思わないか?」
日向の語りに、先程まで元気を無くしていた子どもたちが、興味津々に耳を傾ける。
桜も何が始まるのだろうかと、手を差し出したまま待っていた。
その時、日向はパチンっと指を鳴らし、ニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、その桜が……
今、ここに現れるって言ったら……どうする?」
日向の言葉に、全員が目を見開いた。
それはあまりにも現実味が無く、子ども騙しにしても無理があるもの。
当然、桜の花を知っている子どもたちは、ムスッとつまらなさそうな顔を浮かべた。
「何言ってんだよ兄ちゃん。そんなの無理だろ」
「そうだよー。あたしたちが子どもだからって、馬鹿にしてるんでしょー?」
「兄ちゃん、変なのー」
ついさっきまで興味を持っていた子どもたちが、また機嫌を悪くし始めた。
「これはまずい」と感じ取った桜は、どうにかしようと子どもたちに声をかけようとする。
「み、みんな。日向くんはっ」
だが……。
子どもたちに声をかけようとしていた桜を、日向は優しく手を掴んで止める。
桜がそのことに驚くと、日向は優しい笑みを浮かべ、桜にしか聞こえない声で囁いた。
「ありがと、でも大丈夫だ」
「っ…………」
その言葉に、桜は胸が高鳴ると同時に、コクリと頷く。
どうして日向の言葉は、こんなにも安心するのだろうか。
子どもたちだって、いつかは泣き出してしまうかもしれない。
でも、日向の大丈夫という言葉が、桜の心配をスっと取り除いていく。
桜が口を閉じると、日向は桜の手を優しく掴んだまま、子どもたちに向き直る。
「よく聞け皆の衆!
これより僕が、お得意の手品を使って、ここに綺麗な桜の木を咲かせてみよう!」
「「「「「えっ?」」」」」
日向のとんでもない発言に、子どもたちは間抜けな声が出る。
これには安心していた桜も、ポカンとする勢いだ。
すると日向は、掴んでいた桜の手を子どもたちの方へと差し出しながら、話を続ける。
「だが、僕だけの力では無理なんだ。だから……同じ名前を持った桜お姉ちゃんに、桜の花を咲かせる手伝いをしてもらうぞ!」
「えっ!?」
突然の話に、桜は大きい声が出てしまう。
桜からすれば、手品なんてしたことがないし、そもそもここに桜の花を咲かせるなんて不可能だ。
大丈夫だと言っていたが、まさか本当に子ども騙しなのでは……。
と、桜が不安になっていると、日向が桜に向き直り、桜の耳元に口を近づけた。
「大丈夫だ、桜。僕の言う通りにして」
「っ……!」
「今から僕が、5秒数える。それで僕が数え終わったら、桜は両手を地面につけてくれ。それだけでいい」
「えっ……?で、でもっ……もし失敗したらっ」
「心配しないで、絶対成功するよ。僕を信じてくれ」
「っ………………」
すると日向は、桜に優しく微笑んだ。
「桜が喜ぶような、綺麗な桜の花……見せてやるよっ」
あまりにも非現実的な話。
それなのに、日向は自信ありげにそう話す。
何が起きるのか分からない、子ども騙しかもしれないし、桜に似た別の何かかもしれない。
でも、日向がここまで言うのならば……桜は、日向を信じる以外の選択はしない。
「……分かった」
「ははっ、あんがとな。桜」
2人は話し終えると、それぞれ子どもたちに向き直る。
桜は深呼吸をしてその場に膝を着くと、再び手を差し出した。
絶対に失敗しないようにしなきゃ、そう思いながら。
日向は桜の行動を見守ると、桜を安心させるかのように、背後に立って桜の肩に手を置く。
「それでは皆さん、今から最高の桜の花を見せてやる!想像よりデケェかもしれないから、みんな下がれ!」
子どもたちは不思議に思いながらも、言われた通り後ろに下がる。
そして、日向たちと子どもたちに距離ができた途端、日向は子どもたちにも聞こえる声で叫んだ。
「では皆さん!僕と一緒に、5秒数えてくれ!
いくぞー?」
そうして日向と子どもたちは、数を数え始めた。
「「「「「「5!4!……」」」」」」
その時……
日向は片手を後ろに隠し、子どもたちに気づかれないよう力を体中に巡らせながら、手で周りの自然に合図を送る。
その合図を感じ取ったのか、周りにあった木々がガサガサと優しく揺れ始めた。
同時に日向の力は強さを増し、この場にいる全てを支配するかのような勢いだ。
(うん……いい感じだ。体も温まってきた)
体内から感じる温かな感触……その温もりは日向の体を巡り、静かに地面へと流れ込んでいく。
「っ!」
その時、桜は背後から感じる不思議な力に気づいた。
それは全く不快なものではなく、むしろどこか優しい温もりを感じるもので。
桜はバッと顔を上げて日向を見つめると、日向は「大丈夫」と言うように、パチッと片目を閉じる。
そして遂に、数が数え終わる時…………
「「「「「「3!2!1!…………0!!!!」」」」」」
子どもたちの声を合図に、桜は差し出していた両手を、バンっと地面に着いた。
その、直後………………
メキメキメキ…………!!!!!!
桜の触れた場所から、ぴょこっと芽が出たかと思うと……芽はどんどん伸びていき、そして大きな幹へと成長し、木へと変化する。
ゆっくりと大きくなる木は、細い枝をいくつも伸ばし、その枝の先にも蕾を付けた。
その時……その蕾がゆっくりと開くと、ある花が姿を現した。
それは、春を彩る代表的な花。
新たな環境と暖かな春を感じる、愛されるべきもの。
蕾は……桜の花を無数に咲かせた。
「「「「「「わああああああ!!!!!!!」」」」」」
目の前に現れた大きな桜の木に、子どもたちは目を輝かせた。
「すげぇ!すげぇぇ!!!」
「ほんとに咲いた!綺麗!」
「桜だ!!!」
子どもたちは喜びを全面に表し、桜の木の周りを走り回ったり、飛び跳ねたりしている。
手品……なんて言葉では言い表せないような規模に、桜も口を開けて驚いていた。
そして、桜は昨日のことを思い出す。
瑞杜の外で、日向が手品と称して現れた、あの木の実が沢山実った不思議な木を。
(まさか……これ、手品なんかじゃなくてっ)
桜は日向へと首を回した。
その時……
「ゴホッゴホッ……」
桜の後ろにいた日向が、何やら酷く咳き込んでいた。
桜はその姿に目を見開くと、慌てて立ち上がる。
「日向くんっ!?大丈夫!?」
「ゲホッ……あぁ、悪ぃな。平気だよ」
「でも、なんか顔色悪くない?もしかして、どこか具合が?」
「無問題!本当に大丈夫だよ、ありがとな」
日向は咳き込んでいたのが嘘だったかのように、ニコッといつも通り笑った。
だが日向の額には、じんわりと汗が滲んでいる。
桜からすれば、日向が何か無理をしているのは分かっていた。
しかし、これ以上しつこく聞いても困らせるだけだと思い、桜は心配な気持ちを押し殺して頷く。
「何かあったら、遠慮なく言ってね」
「あっはは!頼もしいぜ、桜っ」
そして2人は、突然現れた桜の木に喜ぶ子どもたちを見つめた。
たまに桜の木に登ったり、桜の花びらを集めて、バッと飛ばしてみたり。
各々が、桜の木の下で、思う存分遊んでいる。
そしてその遊びは、子どもたちがお腹を空かせるまで続き、日向と桜はそれまで子どもたちを見守っていた。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
『夜叉様っ』
瑞杜から遠く離れた森の中。
その森の木々たちが、森にいた妖魔の集団を倒したばかりの殲魔夜叉に声をかける。
「何だ」
殲魔夜叉は仮面についた返り血を拭うと、何やら慌てたように葉を揺らす木々たちに耳を傾けた。
『ご報告が2つ。
西の方角で、異型妖魔が人々の集落へ向かっているのを目撃しました』
「またか……近頃、妙に見かけるな。全く、懲りない奴らだ……分かった、すぐ行く」
『……少し、休まれてはいかがですか?』
「不要だ。話を逸らすな、もう1つは何だ」
『し、失礼しました。もう1つは……
先程、瑞杜の方角から殿下の力を感じ取りました』
「……何?」
『ですが、あまり強くはありません。危険な状況では無いと思いますが……一応、ご報告を』
木々たちの言葉に、殲魔夜叉は妖魔に刺していた刀を抜き取ると、ブンっと血を振り払う。
そして、体中に力を巡らせながら足を進めた。
「ご苦労、引き続き頼む。我はもう行く」
『っ……殿下の元へは、行かないのですか?今、鬼の王に近づくのはやめた方がっ』
「何を言う。我は、鬼の王を見張らなければならない。それに、我の役目は妖魔の殺業だけだ。故に、鬼の王との関わりを断ち切ることは不可能」
『そ、そうですが……大丈夫、なのですか?その、鬼の王と昨夜接触してしまったのですよね?少なからず、あちらは夜叉様を警戒するかと……こちらにいつ気づくのかも分かりません』
「案ずるな。鬼の王とて、我の気配を探るのは困難だ。それより、鬼の王を見失う方が危険だろう。
西の異型は、今から行く。では、またいずれ」
そう言うと、殲魔夜叉は黒い瘴気に包まれた瞬間、その場から姿を消した。
そしてまたどこかで、殲魔夜叉によって殺される、妖魔たちの悲鳴が響き渡った。
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BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
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