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第256話
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この世界において、鬼の王に適う者はいない。
これは、この世界の常識のようなものだった。
鬼の王は1000年以上前から恐れられ、人間を嫌い、仙人を嫌い、数多の人々を殺してきた。
日々挑んでくる花蓮国の妖魔たちとも、彼は夜通し戦いに明け暮れ、その名は悪名高いものとなった。
鬼の王……たった3文字で、人々は震えた。
それほど、彼の存在はおぞましいものだった。
そのきっかけとなったのは……黒神殺害の件。
鬼の王の名が轟き、且つ彼こそが花蓮国の最強となった原因でもある話だ。
今となっては伝説に近いものだが、確かにその事件は、戦いは、この国で起きたものだった。
そしてその事は、古き時代から生きている者ならば、頭の片隅程度には記憶に残っている。
「司雀、正直に話してくれ……。
魁蓮は本当に、黒神を殺したのか……?」
だからこの質問は、本来されるはずがないのだ。
龍牙は魁蓮と黒神の戦いも、まして黒神という人物すら見たことは無い。
故に龍牙の知り得る情報は、他者から聞いたものか、或いは書物に記載されている僅かな記録だけ。
でも龍牙はそんな僅かな情報でも、魁蓮が黒神を殺したことを、誰よりも喜んで話していた。
人間の日向にだって、「凄いだろ」と話すくらいだ。
魁蓮こそ史上最強の男で、妖魔が人間に負ける未来などありえない、と……そう言い続けて。
そんな龍牙が、誰よりも魁蓮を尊敬している龍牙が、黒神の件の根本的な部分から疑問を抱くなど、一体誰が予想出来ただろう。
「……どういう質問だ、龍牙……」
当然、その場にいた全員は唖然としている。
虎珀は眉間に皺を寄せて、龍牙を見つめながらそう尋ね、忌蛇は後方でピタッと固まり、司雀は目を見開いていた。
対して龍牙は冗談抜きの本気の質問なのか、ただ冷たい眼差しで司雀を見つめている。
「司雀、早く答えろよ。簡単だろ?はい、或いはいいえで済む質問だぜ?
それとも……答えられない理由でもあんのか?俺たちに言ったらマズイ理由が……」
「っ…………」
淀みのない、でも困惑しているような龍牙の瞳。
真っ直ぐ向けられているはずの瞳は、未だ困惑の中にいるように揺れ動き、今すぐにでも解放されたいと、そう訴えているようだった。
それが怒りと混ざり合い、冷酷な瞳に見える。
互いに見つめ合う、司雀と龍牙。
沈黙が流れ続けると、耐えられなくなった虎珀が、意を決して前へ出ようとする。
「おい、龍牙……お前、変な質問をっ」
だが……
「良いのです、虎珀。元より私は、このような事が起きるのは、時間の問題だと覚悟していましたから」
「「「っ………」」」
止めに入ろうとした虎珀の声を遮ったのは、司雀だった。
司雀がポツリとそう呟くと、龍牙たち3人は一斉に司雀へと視線を向ける。
その返事は、すぐには理解が追いつかないものだった。
「司雀、様……それは、どういう……」
「…………」
虎珀が恐る恐る尋ねると、司雀は目を閉じた。
そしてすぐに顔を上げると、自分を支えてくれていた虎珀の手から離れ、そっと龍牙に近づく。
司雀はそのまま近づいていくと、自分の胸に手を当てた。
「貴方が知りたがっていることが何か、察しはつきます。本当はずっと、真実を尋ねたいと思っていたのに、それでも魁蓮を困らせたくないからと我慢していたのですね」
「っ………………」
「ごめんなさい、気づいていないフリをしてしまって。貴方は魁蓮が認めるほどの実力者、そんな貴方が、彼の違和感に気づかないわけが無いと、分かっていたのに……」
意外な展開だった。
いつもは軽く誤魔化したり、笑顔を浮かべて話を逸らすはずの司雀が、普段とは違う反応を見せたのだ。
だがそれは同時に……彼、いや、彼らには何かしらの秘密があることは、明確になったとも言える。
「龍牙……ここには魁蓮も、そして日向様もいらっしゃいません。
貴方が不満を隠す意味は…………全く無い」
「っ…………」
司雀がそう言った、直後……………………
「……そうだな」
龍牙が低く呟いた瞬間、龍牙は一瞬で全身に妖力を流すと、妖力が込められた拳を握りしめ、司雀へと振り下ろした。
その行動はまさに……司雀を、殺そうとしているかのようで。
「「っ!!!!!」」
瞬時にその殺意を感じ取った虎珀と忌蛇は、ゾワッとした胸騒ぎを抱えながら、すぐさま二人の間に入る。
そして、龍牙の拳が司雀の体に当たる直前、虎珀と忌蛇は妖力をガッと回し、龍牙に立ち向かう。
虎珀は妖力で作った頑丈な盾で、忌蛇は分厚い氷の壁で、それぞれが龍牙の拳を止める。
複数の妖力がその場でぶつかり合い、ブワッと衝撃で突風が巻き起こった。
「龍牙っ!!!貴様っ、何のつもりだ!!!!」
バチバチとぶつかり合う中、虎珀は怒りの声を龍牙にぶつけた。
相手は龍牙だ、少しでも気を緩めてしまえば、間違いなく虎珀と忌蛇は突き飛ばされる。
しかし虎珀としては、龍牙のこの行動の意味が分からず、何より司雀に対して拳を振り下ろした龍牙が許せなかった。
無礼なんて通り越して、これは裏切りのようにも見える。
当然、忌蛇もこの展開には困惑しており、「どうして?」と疑問を抱くような表情を浮かべていた。
「……………………」
だが、龍牙は1歩も引くことは無い。
虎珀と忌蛇に止められながらも、その殺意に溢れた視線は、司雀から一度も外さなかった。
殺意を向けられている司雀は、龍牙の圧倒的な強さに目を見開く。
そして、命の危険すら感じていた。
すると龍牙は、目を細め、更に睨みつけながら口を開く。
「何驚いてんだよ。テメェは俺に殺されるかもしれないってことくらい、予想は出来てたんじゃねえか?」
「っ………………!」
龍牙はそう言うと、自分の拳を止める虎珀と忌蛇を、じわじわと追い込んでいく。
今でさえ止めるのに必死だと言うのに、龍牙はまだ本気の力を出していなかったのだ。
現時点で余裕がある龍牙の強さに、2人は驚愕しながらも、司雀を守ろうと歯を食いしばる。
だが、忘れてはいけないことがある。
龍牙という妖魔は、魁蓮が認めた真の実力者。
そして当の本人すら……未だ自分の本気の力を、出したことがないということを。
「……邪魔だ」
「「っ!!!」」
龍牙が呟いた直後、ずっと耐え続けていた虎珀と忌蛇は、龍牙の更なる妖力によって突き飛ばされてしまう。
バンっと廊下の壁に叩きつけられると、2人は同時に床へと倒れ込んだ。
壁にぶつかった衝撃に加え、追い打ちをかけるように襲いかかる龍牙の妖力。
まさに、肆魔の中では1番の力を持つ男だ。
「てめぇらは、そこでくたばってろ」
龍牙は冷たく2人に言い放つと、妖力を全身に流したまま、司雀へと視線を戻した。
そして、氷のような眼差しで続ける。
「なぁ司雀……何も俺は、家族を殺したいとは思ってねぇんだ。これでも1000年以上、俺たちの王を待ってた間柄なんだからよ。だがなぁ、俺にとっての1番は魁蓮なわけで、たとえ身内でも優先順位ってのがある。時には、どうしようもねぇことがあるんだ」
「……………………」
「でも、俺はまだ覚悟が足りない。お前を殺す覚悟が。だからお前に、真実を尋ねたいと思っている。まあ、最後の機会ってやつかな。
だから頼む……俺に、お前を殺させないでくれ。ちゃんと話してくれりゃ、俺も手は出さねぇから」
そう言うと龍牙は、ゆっくりと妖力を弱めた。
しかし、僅かに体の中では妖力が回り続けていて、いつでも司雀を殺せるように備えている。
一切の油断も与えない、龍牙の行動。
司雀がその事に気づくと、龍牙は低い声で、ある話題を持ちかけた。
「単刀直入に聞く、司雀。
どうして魁蓮の体の中に…………
黒神の霊力が、混ざってるんだ?」
「「「っ……!!!!!!!!」」」
その質問の直後、辺りは静寂に包まれた。
龍牙の妖力に苦しみもがいていた虎珀と忌蛇も、その質問に絶句している。
そして司雀も、想像をはるかに超えた質問だったのか、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべていた。
司雀は口を震わせながら、答える。
「……貴方っ、いつからそれをっ……」
「てことは、やっぱ勘違いじゃねえのか」
「っ……………………」
司雀が龍牙の言葉に肩をビクッと跳ね上がらせると、龍牙は腕を組んだ。
「気づいたのは、魁蓮がこの城に日向を連れて帰ってきた日だ」
「……つまり、半年前っ……」
遡ること、半年前。
鬼の王 魁蓮が、七瀬日向という人間によって封印から解放された、7月7日のこと。
日向を連れて城へと戻ってきた魁蓮を、龍牙は今か今かと待っていた。
1000年振りの再会、彼にとってそれは、過去最大の喜びだった。
そして遂に、魁蓮との再会の時…………
だが……龍牙は、ふと違和感を抱いた。
大好きな魁蓮から感じる、異質の気配に……。
「初めはそれが何なのか分からなかった。それに、この違和感に気づいているのは、どうやら俺だけだったらしいしな。だから俺も、その時はただの勘違いだと思ったよ。
でも魁蓮と過ごすにつれて、その違和感は確信に変わっていった」
魁蓮から感じるのは、昔と変わらない冷酷さ。
圧倒的な強さと圧を放ち、王としての風格は勿論あった。
でも、その中で感じる違和感。
1000年前は感じなかった異質の気配は、日々が流れるにつれて、龍牙の疑いを誘った。
そしてふと、龍牙は気づいたのだ。
魁蓮から感じる異質の気配が、仙人が持つ霊力だということに。
だがその霊力は、龍牙が今まで感じてきたものとは何もかも違ったのだ。
簡単に言えば、力が強すぎる。
あまりに強い霊力は、仙人が持つ力だと判断しにくいほど、異質な気配を放っていた。
そして龍牙は、その特徴からある人物が自然と導き出された。
この霊力が……今は亡き、黒神のものだということに。
「俺は黒神に会ったことねぇし、どんな強さだったのかも知らねぇ。だけど、あれは誰が探っても脅威の力だって判断する。あんなの、むしろ化け物だぜ。
だから分かったんだ、あの気配は黒神の霊力だって。この俺が、怖気付いたくらいだからな」
すると龍牙は、ギリッと司雀を睨んだ。
「なぁ、司雀……俺はこの半年間、1人でこっそり黒神のことを調べてた。苦手な書物や巻物だって、頑張って読みまくった。でも、黒神のことは全くと言っていいほど残ってなかった。そう、全くだ……。
なのに世間が語り継ぐ伝説では、黒神は魁蓮が殺したことになってる。どこにも証拠なんて残ってないのに」
「……………………」
「変だと思わないか?かの有名な黒神様が、まるで初めから存在していませんでしたって言うように、どの書物にも記録されてないなんて。仮にも、人間の英雄だった男が、だ」
そこで司雀は察した。
龍牙が半年間過ごして抱いた……ある疑問が何かを。
「噂によれば、黒神の遺体と剣は見つかってないようだな。殺されたはずなのに、どこにも残ってない。
なあ司雀、てめぇは何か知ってんだろ?この伝説の真実を」
「……何故、そう思うのですか」
「簡単だ。俺たちが過去のことを聞くと、魁蓮と司雀はいつもはぐらかしてきた。昔からずっとな。今までは、話すようなことでも無いからだと思ってたけど……本当は違ぇんだろ。知られてはいけないことがあるから、話せねぇんだろ」
「っ……………………」
「司雀、俺はもう十分我慢した。だから教えろ。
魁蓮は、本当に黒神を殺したのか?そもそも黒神は、この世にいたのか?……いや、違うな……。
黒神は……本当に、死んだんだよな…………?
それとも……まだ、生きてんのか……?」
冷たい風が、龍牙たちを包み込む。
殺意の眼差しを向ける龍牙は、過去の真実を聞き、そして納得するまで司雀を逃すつもりは無い。
だがこれは、何も脅しのつもりでしているのではない。
龍牙にとって、魁蓮は親も同然で大好きな存在だ。
そんな存在のことをもっと知りたいと思うのは、不自然なことでは無いだろう。
龍牙は魁蓮の役に立ちたい、この城に来る前から変わらない考えだ。
「……やはり、貴方を誤魔化すのは苦難の道でしたか」
その時、司雀はそう答えた。
龍牙がその反応にピクっと眉を動かすと、司雀は目を伏せ、少し気まずそうに続ける。
「龍牙……貴方が今仰ったことは、殆どが正解です。確かにその伝説は、真実とは異なる部分があります。ですが……ごめんなさい。その真実を、私は貴方達に伝えることは出来ません」
「……あ?」
「ですが、それは何も、貴方たちを馬鹿にしているわけでも、仲間はずれにしているわけでもありません。
これは全て、魁蓮の命令です。魁蓮が、過去の真実を誰にも明かすな、と。かつて私に命じました」
「…………魁蓮が?」
「はい……そのため、私も誤魔化し続けていました。貴方たちを裏切るようなことをしたことは、謝罪致します。恐らく、傷つけるようなこともしたはずです。
ですが……全てを隠し通すことは、もう不可能でしょう。真実はいつかは明るみになると、魁蓮だって分かっているはずです。ですから、私から教えられることをお伝えしましょう。そもそも私は、この真実を隠したくは無かったので……」
すると司雀は、3人を順番に見渡した。
秘密というのは、いつかはバレてしまうものだ。
それが大きな秘密であればあるほど、隠し通すのは難しい。
魁蓮ならば、それが可能だったのだろうが……
司雀は、その真実を隠し通すことは、苦痛そのものだった。
なぜならこの真実は……隠してはいけないものだからだ。
「黒神は……確かにこの世に存在していました。人々の英雄だったことも事実です。ですが……魁蓮が黒神を殺したという点に関しては…………
半分は正解で、半分は間違いです」
「っ……どういう事?」
龍牙が首を傾げると……
司雀は、ある衝撃の事実を口にする。
「黒神の剣は、私が独断で保管しております。故に、剣の在り処については魁蓮も存じません。そして黒神の遺体は…………
魁蓮の、中に隠されています。いえ、もっと正しく言い方を変えるならば……
黒神は、魁蓮の中で、まだ生きています。
魁蓮の体に黒神の霊力がある理由は……彼がまだ、真の意味で死んでおらず、彼の中で存在しているからです」
「「「っ!?!?!?」」」
これは、この世界の常識のようなものだった。
鬼の王は1000年以上前から恐れられ、人間を嫌い、仙人を嫌い、数多の人々を殺してきた。
日々挑んでくる花蓮国の妖魔たちとも、彼は夜通し戦いに明け暮れ、その名は悪名高いものとなった。
鬼の王……たった3文字で、人々は震えた。
それほど、彼の存在はおぞましいものだった。
そのきっかけとなったのは……黒神殺害の件。
鬼の王の名が轟き、且つ彼こそが花蓮国の最強となった原因でもある話だ。
今となっては伝説に近いものだが、確かにその事件は、戦いは、この国で起きたものだった。
そしてその事は、古き時代から生きている者ならば、頭の片隅程度には記憶に残っている。
「司雀、正直に話してくれ……。
魁蓮は本当に、黒神を殺したのか……?」
だからこの質問は、本来されるはずがないのだ。
龍牙は魁蓮と黒神の戦いも、まして黒神という人物すら見たことは無い。
故に龍牙の知り得る情報は、他者から聞いたものか、或いは書物に記載されている僅かな記録だけ。
でも龍牙はそんな僅かな情報でも、魁蓮が黒神を殺したことを、誰よりも喜んで話していた。
人間の日向にだって、「凄いだろ」と話すくらいだ。
魁蓮こそ史上最強の男で、妖魔が人間に負ける未来などありえない、と……そう言い続けて。
そんな龍牙が、誰よりも魁蓮を尊敬している龍牙が、黒神の件の根本的な部分から疑問を抱くなど、一体誰が予想出来ただろう。
「……どういう質問だ、龍牙……」
当然、その場にいた全員は唖然としている。
虎珀は眉間に皺を寄せて、龍牙を見つめながらそう尋ね、忌蛇は後方でピタッと固まり、司雀は目を見開いていた。
対して龍牙は冗談抜きの本気の質問なのか、ただ冷たい眼差しで司雀を見つめている。
「司雀、早く答えろよ。簡単だろ?はい、或いはいいえで済む質問だぜ?
それとも……答えられない理由でもあんのか?俺たちに言ったらマズイ理由が……」
「っ…………」
淀みのない、でも困惑しているような龍牙の瞳。
真っ直ぐ向けられているはずの瞳は、未だ困惑の中にいるように揺れ動き、今すぐにでも解放されたいと、そう訴えているようだった。
それが怒りと混ざり合い、冷酷な瞳に見える。
互いに見つめ合う、司雀と龍牙。
沈黙が流れ続けると、耐えられなくなった虎珀が、意を決して前へ出ようとする。
「おい、龍牙……お前、変な質問をっ」
だが……
「良いのです、虎珀。元より私は、このような事が起きるのは、時間の問題だと覚悟していましたから」
「「「っ………」」」
止めに入ろうとした虎珀の声を遮ったのは、司雀だった。
司雀がポツリとそう呟くと、龍牙たち3人は一斉に司雀へと視線を向ける。
その返事は、すぐには理解が追いつかないものだった。
「司雀、様……それは、どういう……」
「…………」
虎珀が恐る恐る尋ねると、司雀は目を閉じた。
そしてすぐに顔を上げると、自分を支えてくれていた虎珀の手から離れ、そっと龍牙に近づく。
司雀はそのまま近づいていくと、自分の胸に手を当てた。
「貴方が知りたがっていることが何か、察しはつきます。本当はずっと、真実を尋ねたいと思っていたのに、それでも魁蓮を困らせたくないからと我慢していたのですね」
「っ………………」
「ごめんなさい、気づいていないフリをしてしまって。貴方は魁蓮が認めるほどの実力者、そんな貴方が、彼の違和感に気づかないわけが無いと、分かっていたのに……」
意外な展開だった。
いつもは軽く誤魔化したり、笑顔を浮かべて話を逸らすはずの司雀が、普段とは違う反応を見せたのだ。
だがそれは同時に……彼、いや、彼らには何かしらの秘密があることは、明確になったとも言える。
「龍牙……ここには魁蓮も、そして日向様もいらっしゃいません。
貴方が不満を隠す意味は…………全く無い」
「っ…………」
司雀がそう言った、直後……………………
「……そうだな」
龍牙が低く呟いた瞬間、龍牙は一瞬で全身に妖力を流すと、妖力が込められた拳を握りしめ、司雀へと振り下ろした。
その行動はまさに……司雀を、殺そうとしているかのようで。
「「っ!!!!!」」
瞬時にその殺意を感じ取った虎珀と忌蛇は、ゾワッとした胸騒ぎを抱えながら、すぐさま二人の間に入る。
そして、龍牙の拳が司雀の体に当たる直前、虎珀と忌蛇は妖力をガッと回し、龍牙に立ち向かう。
虎珀は妖力で作った頑丈な盾で、忌蛇は分厚い氷の壁で、それぞれが龍牙の拳を止める。
複数の妖力がその場でぶつかり合い、ブワッと衝撃で突風が巻き起こった。
「龍牙っ!!!貴様っ、何のつもりだ!!!!」
バチバチとぶつかり合う中、虎珀は怒りの声を龍牙にぶつけた。
相手は龍牙だ、少しでも気を緩めてしまえば、間違いなく虎珀と忌蛇は突き飛ばされる。
しかし虎珀としては、龍牙のこの行動の意味が分からず、何より司雀に対して拳を振り下ろした龍牙が許せなかった。
無礼なんて通り越して、これは裏切りのようにも見える。
当然、忌蛇もこの展開には困惑しており、「どうして?」と疑問を抱くような表情を浮かべていた。
「……………………」
だが、龍牙は1歩も引くことは無い。
虎珀と忌蛇に止められながらも、その殺意に溢れた視線は、司雀から一度も外さなかった。
殺意を向けられている司雀は、龍牙の圧倒的な強さに目を見開く。
そして、命の危険すら感じていた。
すると龍牙は、目を細め、更に睨みつけながら口を開く。
「何驚いてんだよ。テメェは俺に殺されるかもしれないってことくらい、予想は出来てたんじゃねえか?」
「っ………………!」
龍牙はそう言うと、自分の拳を止める虎珀と忌蛇を、じわじわと追い込んでいく。
今でさえ止めるのに必死だと言うのに、龍牙はまだ本気の力を出していなかったのだ。
現時点で余裕がある龍牙の強さに、2人は驚愕しながらも、司雀を守ろうと歯を食いしばる。
だが、忘れてはいけないことがある。
龍牙という妖魔は、魁蓮が認めた真の実力者。
そして当の本人すら……未だ自分の本気の力を、出したことがないということを。
「……邪魔だ」
「「っ!!!」」
龍牙が呟いた直後、ずっと耐え続けていた虎珀と忌蛇は、龍牙の更なる妖力によって突き飛ばされてしまう。
バンっと廊下の壁に叩きつけられると、2人は同時に床へと倒れ込んだ。
壁にぶつかった衝撃に加え、追い打ちをかけるように襲いかかる龍牙の妖力。
まさに、肆魔の中では1番の力を持つ男だ。
「てめぇらは、そこでくたばってろ」
龍牙は冷たく2人に言い放つと、妖力を全身に流したまま、司雀へと視線を戻した。
そして、氷のような眼差しで続ける。
「なぁ司雀……何も俺は、家族を殺したいとは思ってねぇんだ。これでも1000年以上、俺たちの王を待ってた間柄なんだからよ。だがなぁ、俺にとっての1番は魁蓮なわけで、たとえ身内でも優先順位ってのがある。時には、どうしようもねぇことがあるんだ」
「……………………」
「でも、俺はまだ覚悟が足りない。お前を殺す覚悟が。だからお前に、真実を尋ねたいと思っている。まあ、最後の機会ってやつかな。
だから頼む……俺に、お前を殺させないでくれ。ちゃんと話してくれりゃ、俺も手は出さねぇから」
そう言うと龍牙は、ゆっくりと妖力を弱めた。
しかし、僅かに体の中では妖力が回り続けていて、いつでも司雀を殺せるように備えている。
一切の油断も与えない、龍牙の行動。
司雀がその事に気づくと、龍牙は低い声で、ある話題を持ちかけた。
「単刀直入に聞く、司雀。
どうして魁蓮の体の中に…………
黒神の霊力が、混ざってるんだ?」
「「「っ……!!!!!!!!」」」
その質問の直後、辺りは静寂に包まれた。
龍牙の妖力に苦しみもがいていた虎珀と忌蛇も、その質問に絶句している。
そして司雀も、想像をはるかに超えた質問だったのか、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべていた。
司雀は口を震わせながら、答える。
「……貴方っ、いつからそれをっ……」
「てことは、やっぱ勘違いじゃねえのか」
「っ……………………」
司雀が龍牙の言葉に肩をビクッと跳ね上がらせると、龍牙は腕を組んだ。
「気づいたのは、魁蓮がこの城に日向を連れて帰ってきた日だ」
「……つまり、半年前っ……」
遡ること、半年前。
鬼の王 魁蓮が、七瀬日向という人間によって封印から解放された、7月7日のこと。
日向を連れて城へと戻ってきた魁蓮を、龍牙は今か今かと待っていた。
1000年振りの再会、彼にとってそれは、過去最大の喜びだった。
そして遂に、魁蓮との再会の時…………
だが……龍牙は、ふと違和感を抱いた。
大好きな魁蓮から感じる、異質の気配に……。
「初めはそれが何なのか分からなかった。それに、この違和感に気づいているのは、どうやら俺だけだったらしいしな。だから俺も、その時はただの勘違いだと思ったよ。
でも魁蓮と過ごすにつれて、その違和感は確信に変わっていった」
魁蓮から感じるのは、昔と変わらない冷酷さ。
圧倒的な強さと圧を放ち、王としての風格は勿論あった。
でも、その中で感じる違和感。
1000年前は感じなかった異質の気配は、日々が流れるにつれて、龍牙の疑いを誘った。
そしてふと、龍牙は気づいたのだ。
魁蓮から感じる異質の気配が、仙人が持つ霊力だということに。
だがその霊力は、龍牙が今まで感じてきたものとは何もかも違ったのだ。
簡単に言えば、力が強すぎる。
あまりに強い霊力は、仙人が持つ力だと判断しにくいほど、異質な気配を放っていた。
そして龍牙は、その特徴からある人物が自然と導き出された。
この霊力が……今は亡き、黒神のものだということに。
「俺は黒神に会ったことねぇし、どんな強さだったのかも知らねぇ。だけど、あれは誰が探っても脅威の力だって判断する。あんなの、むしろ化け物だぜ。
だから分かったんだ、あの気配は黒神の霊力だって。この俺が、怖気付いたくらいだからな」
すると龍牙は、ギリッと司雀を睨んだ。
「なぁ、司雀……俺はこの半年間、1人でこっそり黒神のことを調べてた。苦手な書物や巻物だって、頑張って読みまくった。でも、黒神のことは全くと言っていいほど残ってなかった。そう、全くだ……。
なのに世間が語り継ぐ伝説では、黒神は魁蓮が殺したことになってる。どこにも証拠なんて残ってないのに」
「……………………」
「変だと思わないか?かの有名な黒神様が、まるで初めから存在していませんでしたって言うように、どの書物にも記録されてないなんて。仮にも、人間の英雄だった男が、だ」
そこで司雀は察した。
龍牙が半年間過ごして抱いた……ある疑問が何かを。
「噂によれば、黒神の遺体と剣は見つかってないようだな。殺されたはずなのに、どこにも残ってない。
なあ司雀、てめぇは何か知ってんだろ?この伝説の真実を」
「……何故、そう思うのですか」
「簡単だ。俺たちが過去のことを聞くと、魁蓮と司雀はいつもはぐらかしてきた。昔からずっとな。今までは、話すようなことでも無いからだと思ってたけど……本当は違ぇんだろ。知られてはいけないことがあるから、話せねぇんだろ」
「っ……………………」
「司雀、俺はもう十分我慢した。だから教えろ。
魁蓮は、本当に黒神を殺したのか?そもそも黒神は、この世にいたのか?……いや、違うな……。
黒神は……本当に、死んだんだよな…………?
それとも……まだ、生きてんのか……?」
冷たい風が、龍牙たちを包み込む。
殺意の眼差しを向ける龍牙は、過去の真実を聞き、そして納得するまで司雀を逃すつもりは無い。
だがこれは、何も脅しのつもりでしているのではない。
龍牙にとって、魁蓮は親も同然で大好きな存在だ。
そんな存在のことをもっと知りたいと思うのは、不自然なことでは無いだろう。
龍牙は魁蓮の役に立ちたい、この城に来る前から変わらない考えだ。
「……やはり、貴方を誤魔化すのは苦難の道でしたか」
その時、司雀はそう答えた。
龍牙がその反応にピクっと眉を動かすと、司雀は目を伏せ、少し気まずそうに続ける。
「龍牙……貴方が今仰ったことは、殆どが正解です。確かにその伝説は、真実とは異なる部分があります。ですが……ごめんなさい。その真実を、私は貴方達に伝えることは出来ません」
「……あ?」
「ですが、それは何も、貴方たちを馬鹿にしているわけでも、仲間はずれにしているわけでもありません。
これは全て、魁蓮の命令です。魁蓮が、過去の真実を誰にも明かすな、と。かつて私に命じました」
「…………魁蓮が?」
「はい……そのため、私も誤魔化し続けていました。貴方たちを裏切るようなことをしたことは、謝罪致します。恐らく、傷つけるようなこともしたはずです。
ですが……全てを隠し通すことは、もう不可能でしょう。真実はいつかは明るみになると、魁蓮だって分かっているはずです。ですから、私から教えられることをお伝えしましょう。そもそも私は、この真実を隠したくは無かったので……」
すると司雀は、3人を順番に見渡した。
秘密というのは、いつかはバレてしまうものだ。
それが大きな秘密であればあるほど、隠し通すのは難しい。
魁蓮ならば、それが可能だったのだろうが……
司雀は、その真実を隠し通すことは、苦痛そのものだった。
なぜならこの真実は……隠してはいけないものだからだ。
「黒神は……確かにこの世に存在していました。人々の英雄だったことも事実です。ですが……魁蓮が黒神を殺したという点に関しては…………
半分は正解で、半分は間違いです」
「っ……どういう事?」
龍牙が首を傾げると……
司雀は、ある衝撃の事実を口にする。
「黒神の剣は、私が独断で保管しております。故に、剣の在り処については魁蓮も存じません。そして黒神の遺体は…………
魁蓮の、中に隠されています。いえ、もっと正しく言い方を変えるならば……
黒神は、魁蓮の中で、まだ生きています。
魁蓮の体に黒神の霊力がある理由は……彼がまだ、真の意味で死んでおらず、彼の中で存在しているからです」
「「「っ!?!?!?」」」
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だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
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彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
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