257 / 302
第255話
しおりを挟む
「……………………」
黄泉にある魁蓮の城では、虎珀が廊下の塀に腰を下ろして城下町を見下ろしていた。
塀の外にプラプラと足をふらつかせながら、ただ妖魔が行き交う光景を見つめている。
現世と違い年中過ごしやすい環境と、心地よい柔らかな風に身を寄せながら。
「虎珀」
その時、虎珀に声をかけてきた人物が1人。
虎珀がその声に首を回すと、優しい笑みを浮かべる司雀が立っていた。
「司雀様っ……!」
虎珀は司雀の姿に気づくと、慌てて塀から降りようと身を翻す。
しかし、虎珀が何をしようとしているのか察した司雀は、軽く手を挙げ首を振った。
「虎珀、そのままで構いませんよ」
「し、しかし!こんな無礼な態度……」
「では、私からのワガママだと思って受け取っていただけませんか?お気になさらず、力を抜いてください。ただ、貴方とお喋りがしたいだけなので」
「……司雀様がそう仰るのならば……承知しました」
虎珀は少しぎこちなさを感じながらも、再び塀に腰を下ろした。
司雀はそれに気づくと、虎珀の元へと近づいて、同じように城下町を見下ろす。
「相変わらず、町は賑やかですね」
「はい。彼らが安定した生活を送れるのは、全て魁蓮様のお陰です。あの方がいなければ、この黄泉にいる妖魔は全て、今より過酷な日々を過ごしていたでしょう」
「ふふっ、虎珀は本当に魁蓮を尊敬していますね。まるで神様のように崇めて」
「当然です。魁蓮様は、自分を救ってくれた恩人様ですから。むしろ、あの方は神以上です」
この城に来てからというもの、虎珀という妖魔は鬼の王の背中を追いかけ続けていた。
だが虎珀が魁蓮を追いかけているのは、龍牙のように魁蓮と同じくらいの強さを持てるようになりたいだとか、忌蛇のように魁蓮の役に立ちたいだとか、そんな理由では無い。
虎珀が魁蓮を追いかけ続ける理由……
ただ、魁蓮の見据える未来を見てみたいからだ。
「俺は一生かけて、魁蓮様に恩を返すつもりです。たとえそれが残酷な道を辿ることになろうと、魁蓮様のためならば、この命を捧げることなど容易い……。
今の俺は、魁蓮様が生きる理由なのです」
虎珀は真っ直ぐな瞳で、黄泉の空を見上げた。
淀んだ空気が漂う黄泉の世界、いつ仙人や現世の妖魔たちの手が届くか分からない。
この世界も、いつかは終わりが来るかもしれない。
それでも虎珀は……いや、肆魔は魁蓮について行くことを、彼を守ることを辞めはしない。
それこそが、彼らの望む未来だからだ。
「……やはり、彼は幸せ者ですね」
ふと、虎珀の言葉を聞いていた司雀が、柔らかな声音でポツリと呟いた。
虎珀がその声に反応して司雀へと視線を向けると、司雀は優しさを含んだ笑みで黄泉を見渡す。
「まだ、この黄泉という世界が誕生していなかった頃……魁蓮と2人で、現世を渡り歩いていたのが懐かしいです。あの頃の魁蓮は、敵しか居ませんでしたから。寝る時間さえ、安心して作る事が出来なかった……」
「司雀様……」
「私は、今の日々がとても幸せに感じます。
虎珀のように魁蓮を信じてくれる者たちがいて、寝台に横になって休める場所もあって、何より……家族が出来ましたから。
そして今は、人間でありながら彼を愛してくれる日向様がいます。私は……この上なく、嬉しいです」
司雀は、ゆっくりと目を閉じた。
はるか昔の記憶……崩壊寸前だった花蓮国で、司雀は魁蓮と出会った。
今の安定した生活からは想像できないほど、その頃の日々は過酷なものだった。
魁蓮ほど力が強くない司雀は、たとえ命をかけても彼を守り抜くことは出来ず。
ただ、四方八方から命を狙われ続ける魁蓮の傍に居ることしか出来なかった。
それが、当時は不甲斐なくて仕方がなかった。
「この幸せが、ずっと続いて欲しい……。
もう、魁蓮には辛い思いをして欲しくありません」
切なる願いだ。
命を狙われ続ける日々、瞬きさえ命取りの脅威。
そして……魁蓮を独りにしてしまった結果、どこにいるかも分からない場所で主を封印された地獄の1000年。
もう、些細な幸せさえ縋り付きたいくらいだ。
「……………………」
そんな、過去に思いを馳せながら目を閉じる司雀を、虎珀は見つめていた。
誰よりも魁蓮を理解している彼も、今の日々でも不安を抱える瞬間がある。
虎珀は、それがとても心苦しかった。
どうにかして、彼らの苦しみを取り除けないのだろうか、と……。
その時……虎珀は、あることを思い出した。
「……司雀様、無礼を承知でお聞きしたいことが……」
「聞きたいこと、ですか?えぇ、どうぞ」
虎珀の声に司雀は目を開け、優しい笑みを虎珀に向ける。
すると虎珀は、どこか言いにくそうな表情を浮かべたが、しばらくしてやっと口を開いた。
「あの……昔の魁蓮様って、どんな方だったのですか」
「……えっ?」
「その、えっと……。
司雀様が、魁蓮様に出会ったばかりの頃の……」
虎珀の質問に、司雀は目を見開いた。
一瞬、いつもの優しい笑みが崩れたが、司雀はすぐに立て直して聞き返す。
「……何故、そのようなことを?」
すると虎珀は、目を伏せて続ける。
「実は、ふと思い出したことがあって。俺が魁蓮様に黄泉へ招かれた日……。
魁蓮様が発した言葉が、気になっていたのです」
「言葉……?」
司雀が首を傾げると……
虎珀は、司雀を真っ直ぐに見つめ、あの頃の魁蓮の声音に似せながら続けた。
「『 我も……全てを失ったことがある 』」
「っ……!!!!!」
その言葉を聞いた途端……司雀の息が詰まった。
龍牙、虎珀、忌蛇は、魁蓮が誕生した後にこの世に生まれた妖魔のため、彼らはその頃の魁蓮をよく知らない。
噂や伝説上では、既に名を轟かせていたというが、当時からあの冷酷さはあったのか。
或いは、今とは違う性格だったのか。
そんな疑問が、虎珀の中で生まれていたのだ。
「この言葉を聞いた当時は、俺自身が精神的に落ち込んでいたため、深く考える余裕は無かったのです。
ですが、今思えば引っかかると思って……」
「…………………………」
「全てを失ったとは、どういうことなんですか?魁蓮様はこの世に誕生した時点で、大切なものでもあったのでしょうか……聞けば魁蓮様は誕生した瞬間、花蓮国で殺戮を起こし、仙人、人間、妖魔のほとんどが死んでしまったとか。そしてその中に、黒神も含まれていて…………ん?」
その時……ふと、虎珀は気づいた。
司雀が何も、反応してこないことに。
「……司雀、様……?」
虎珀は、質問を止めて様子を伺った。
この時の司雀に、何が起きているのか。
簡単に説明するとすれば…………恐怖を感じていた。
「はぁ…………はぁっ…………」
「司雀様……?いかが致しましたか……?」
僅かに小さいが、虎珀は司雀の呼吸が少し浅くなっていることに気づく。
この状態は、決して正常とは言えなくて。
虎珀は質問のことなど後回しにし、ただ司雀の様子の変化を確認していた。
対して司雀は、脳裏にある日のことが蘇っていた。
あの日……長い眠りから目覚めた直後のこと。
果てしない悪夢の時間が終わり、崩壊寸前だった花蓮国……仙人が拠点を置く中心地で、あの男はいた。
鼻を抑えたくなるほど強い血の匂い、目を閉じたくなるほどの惨い光景。
その真ん中で座り込み、絶望していた。
そしてその男は、今にも消えそうな声音で呟いたのだ。
縋るように、強く懇願するように。
【誰でもいい、何でもいい……頼むっ、頼むっ……。
…………俺をっ、殺してくれっ………………】
全身血だらけで、酷く錯乱し続けていた。
そこにいたのが…………魁蓮だった。
それが、残酷にも彼との出会いだった ────。
「っ……………………」
あの日の光景が蘇った途端、司雀の頭にズキっと痛みが走る。
頭を手で抑えて、少しよろけてしまい……。
「司雀様っ……!」
その時、司雀を見ていた虎珀が異変に気づき、サッと軽い身のこなしで司雀を支える。
司雀は虎珀に支えられると、1度深呼吸をして、無理やり笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい……少し、目眩が……」
「目眩っ……!?司雀様、今日は休まれた方が良いかと。魁蓮様が居ない間、睡眠もあまり取れていないのでは?」
「いえ……それに、体調も悪い訳では無いので。本当に、ただの目眩ですよ……ふふっ……」
「ですがっ」
頑なに大丈夫だと言い張る司雀。
仕事量とやるべきことが誰よりも多い司雀だ、過労で倒れるくらいあるだろう。
虎珀はそれを分かっているから、尚更心配だった。
先程の魁蓮に関する質問なんて、今はもうどうでも良くて、とにかく司雀には休んで欲しい一心だった。
だが……そう思っているのは、どうやら虎珀だけのようだった。
「司雀が頭痛を起こすのって……
決まって、魁蓮の過去を聞かれた時だよな」
「「っ……!」」
司雀と虎珀の耳に届いた、少し冷たい声。
2人がその声に視線を巡らせると……
2人の近くでは、鋭い目つきで司雀を見つめる龍牙と、その隣で不安げに立ち尽くす忌蛇がいた。
突然現れた2人の姿に、虎珀は目を見開く。
「龍牙、忌蛇……何故ここに」
虎珀が尋ねると、忌蛇が申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん、なさい……盗み聞きするつもりは、なかったんだけど……お二人の会話が、ちょっと気になって……それで、その……」
忌蛇はそこまで言いかけると、チラッと気まずそうに龍牙を見た。
その視線はまるで、「龍牙が我慢できなくなって、つい会話に割って入ってしまった」と言っているようだった。
忌蛇の視線の意味を察した虎珀は、少し睨みつけるように、龍牙へと質問をぶつける。
「龍牙……何故だ」
「何故?ハッ、一応ここは俺の家でもあるんだけど。家の中歩き回ったら悪ぃんかよ」
「そういうことを聞いているんじゃっ」
冷たい龍牙の返事。
虎珀がいつものように噛み付こうとした瞬間……龍牙は虎珀の反応を待つ前に、司雀へと矛先を戻した。
「なあ、司雀。もういい加減、俺も黙っとくの無理だわ。この際、ハッキリさせて欲しい」
龍牙はそう言うと、虎珀に支えられている司雀の元へと近づいて、そして司雀を睨みつけた。
それはもう、氷のように冷たい眼差しで。
そして、龍牙は真っ直ぐ問う。
「司雀、正直に話してくれ……。
魁蓮は本当に、黒神を殺したのか……?」
黄泉にある魁蓮の城では、虎珀が廊下の塀に腰を下ろして城下町を見下ろしていた。
塀の外にプラプラと足をふらつかせながら、ただ妖魔が行き交う光景を見つめている。
現世と違い年中過ごしやすい環境と、心地よい柔らかな風に身を寄せながら。
「虎珀」
その時、虎珀に声をかけてきた人物が1人。
虎珀がその声に首を回すと、優しい笑みを浮かべる司雀が立っていた。
「司雀様っ……!」
虎珀は司雀の姿に気づくと、慌てて塀から降りようと身を翻す。
しかし、虎珀が何をしようとしているのか察した司雀は、軽く手を挙げ首を振った。
「虎珀、そのままで構いませんよ」
「し、しかし!こんな無礼な態度……」
「では、私からのワガママだと思って受け取っていただけませんか?お気になさらず、力を抜いてください。ただ、貴方とお喋りがしたいだけなので」
「……司雀様がそう仰るのならば……承知しました」
虎珀は少しぎこちなさを感じながらも、再び塀に腰を下ろした。
司雀はそれに気づくと、虎珀の元へと近づいて、同じように城下町を見下ろす。
「相変わらず、町は賑やかですね」
「はい。彼らが安定した生活を送れるのは、全て魁蓮様のお陰です。あの方がいなければ、この黄泉にいる妖魔は全て、今より過酷な日々を過ごしていたでしょう」
「ふふっ、虎珀は本当に魁蓮を尊敬していますね。まるで神様のように崇めて」
「当然です。魁蓮様は、自分を救ってくれた恩人様ですから。むしろ、あの方は神以上です」
この城に来てからというもの、虎珀という妖魔は鬼の王の背中を追いかけ続けていた。
だが虎珀が魁蓮を追いかけているのは、龍牙のように魁蓮と同じくらいの強さを持てるようになりたいだとか、忌蛇のように魁蓮の役に立ちたいだとか、そんな理由では無い。
虎珀が魁蓮を追いかけ続ける理由……
ただ、魁蓮の見据える未来を見てみたいからだ。
「俺は一生かけて、魁蓮様に恩を返すつもりです。たとえそれが残酷な道を辿ることになろうと、魁蓮様のためならば、この命を捧げることなど容易い……。
今の俺は、魁蓮様が生きる理由なのです」
虎珀は真っ直ぐな瞳で、黄泉の空を見上げた。
淀んだ空気が漂う黄泉の世界、いつ仙人や現世の妖魔たちの手が届くか分からない。
この世界も、いつかは終わりが来るかもしれない。
それでも虎珀は……いや、肆魔は魁蓮について行くことを、彼を守ることを辞めはしない。
それこそが、彼らの望む未来だからだ。
「……やはり、彼は幸せ者ですね」
ふと、虎珀の言葉を聞いていた司雀が、柔らかな声音でポツリと呟いた。
虎珀がその声に反応して司雀へと視線を向けると、司雀は優しさを含んだ笑みで黄泉を見渡す。
「まだ、この黄泉という世界が誕生していなかった頃……魁蓮と2人で、現世を渡り歩いていたのが懐かしいです。あの頃の魁蓮は、敵しか居ませんでしたから。寝る時間さえ、安心して作る事が出来なかった……」
「司雀様……」
「私は、今の日々がとても幸せに感じます。
虎珀のように魁蓮を信じてくれる者たちがいて、寝台に横になって休める場所もあって、何より……家族が出来ましたから。
そして今は、人間でありながら彼を愛してくれる日向様がいます。私は……この上なく、嬉しいです」
司雀は、ゆっくりと目を閉じた。
はるか昔の記憶……崩壊寸前だった花蓮国で、司雀は魁蓮と出会った。
今の安定した生活からは想像できないほど、その頃の日々は過酷なものだった。
魁蓮ほど力が強くない司雀は、たとえ命をかけても彼を守り抜くことは出来ず。
ただ、四方八方から命を狙われ続ける魁蓮の傍に居ることしか出来なかった。
それが、当時は不甲斐なくて仕方がなかった。
「この幸せが、ずっと続いて欲しい……。
もう、魁蓮には辛い思いをして欲しくありません」
切なる願いだ。
命を狙われ続ける日々、瞬きさえ命取りの脅威。
そして……魁蓮を独りにしてしまった結果、どこにいるかも分からない場所で主を封印された地獄の1000年。
もう、些細な幸せさえ縋り付きたいくらいだ。
「……………………」
そんな、過去に思いを馳せながら目を閉じる司雀を、虎珀は見つめていた。
誰よりも魁蓮を理解している彼も、今の日々でも不安を抱える瞬間がある。
虎珀は、それがとても心苦しかった。
どうにかして、彼らの苦しみを取り除けないのだろうか、と……。
その時……虎珀は、あることを思い出した。
「……司雀様、無礼を承知でお聞きしたいことが……」
「聞きたいこと、ですか?えぇ、どうぞ」
虎珀の声に司雀は目を開け、優しい笑みを虎珀に向ける。
すると虎珀は、どこか言いにくそうな表情を浮かべたが、しばらくしてやっと口を開いた。
「あの……昔の魁蓮様って、どんな方だったのですか」
「……えっ?」
「その、えっと……。
司雀様が、魁蓮様に出会ったばかりの頃の……」
虎珀の質問に、司雀は目を見開いた。
一瞬、いつもの優しい笑みが崩れたが、司雀はすぐに立て直して聞き返す。
「……何故、そのようなことを?」
すると虎珀は、目を伏せて続ける。
「実は、ふと思い出したことがあって。俺が魁蓮様に黄泉へ招かれた日……。
魁蓮様が発した言葉が、気になっていたのです」
「言葉……?」
司雀が首を傾げると……
虎珀は、司雀を真っ直ぐに見つめ、あの頃の魁蓮の声音に似せながら続けた。
「『 我も……全てを失ったことがある 』」
「っ……!!!!!」
その言葉を聞いた途端……司雀の息が詰まった。
龍牙、虎珀、忌蛇は、魁蓮が誕生した後にこの世に生まれた妖魔のため、彼らはその頃の魁蓮をよく知らない。
噂や伝説上では、既に名を轟かせていたというが、当時からあの冷酷さはあったのか。
或いは、今とは違う性格だったのか。
そんな疑問が、虎珀の中で生まれていたのだ。
「この言葉を聞いた当時は、俺自身が精神的に落ち込んでいたため、深く考える余裕は無かったのです。
ですが、今思えば引っかかると思って……」
「…………………………」
「全てを失ったとは、どういうことなんですか?魁蓮様はこの世に誕生した時点で、大切なものでもあったのでしょうか……聞けば魁蓮様は誕生した瞬間、花蓮国で殺戮を起こし、仙人、人間、妖魔のほとんどが死んでしまったとか。そしてその中に、黒神も含まれていて…………ん?」
その時……ふと、虎珀は気づいた。
司雀が何も、反応してこないことに。
「……司雀、様……?」
虎珀は、質問を止めて様子を伺った。
この時の司雀に、何が起きているのか。
簡単に説明するとすれば…………恐怖を感じていた。
「はぁ…………はぁっ…………」
「司雀様……?いかが致しましたか……?」
僅かに小さいが、虎珀は司雀の呼吸が少し浅くなっていることに気づく。
この状態は、決して正常とは言えなくて。
虎珀は質問のことなど後回しにし、ただ司雀の様子の変化を確認していた。
対して司雀は、脳裏にある日のことが蘇っていた。
あの日……長い眠りから目覚めた直後のこと。
果てしない悪夢の時間が終わり、崩壊寸前だった花蓮国……仙人が拠点を置く中心地で、あの男はいた。
鼻を抑えたくなるほど強い血の匂い、目を閉じたくなるほどの惨い光景。
その真ん中で座り込み、絶望していた。
そしてその男は、今にも消えそうな声音で呟いたのだ。
縋るように、強く懇願するように。
【誰でもいい、何でもいい……頼むっ、頼むっ……。
…………俺をっ、殺してくれっ………………】
全身血だらけで、酷く錯乱し続けていた。
そこにいたのが…………魁蓮だった。
それが、残酷にも彼との出会いだった ────。
「っ……………………」
あの日の光景が蘇った途端、司雀の頭にズキっと痛みが走る。
頭を手で抑えて、少しよろけてしまい……。
「司雀様っ……!」
その時、司雀を見ていた虎珀が異変に気づき、サッと軽い身のこなしで司雀を支える。
司雀は虎珀に支えられると、1度深呼吸をして、無理やり笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい……少し、目眩が……」
「目眩っ……!?司雀様、今日は休まれた方が良いかと。魁蓮様が居ない間、睡眠もあまり取れていないのでは?」
「いえ……それに、体調も悪い訳では無いので。本当に、ただの目眩ですよ……ふふっ……」
「ですがっ」
頑なに大丈夫だと言い張る司雀。
仕事量とやるべきことが誰よりも多い司雀だ、過労で倒れるくらいあるだろう。
虎珀はそれを分かっているから、尚更心配だった。
先程の魁蓮に関する質問なんて、今はもうどうでも良くて、とにかく司雀には休んで欲しい一心だった。
だが……そう思っているのは、どうやら虎珀だけのようだった。
「司雀が頭痛を起こすのって……
決まって、魁蓮の過去を聞かれた時だよな」
「「っ……!」」
司雀と虎珀の耳に届いた、少し冷たい声。
2人がその声に視線を巡らせると……
2人の近くでは、鋭い目つきで司雀を見つめる龍牙と、その隣で不安げに立ち尽くす忌蛇がいた。
突然現れた2人の姿に、虎珀は目を見開く。
「龍牙、忌蛇……何故ここに」
虎珀が尋ねると、忌蛇が申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん、なさい……盗み聞きするつもりは、なかったんだけど……お二人の会話が、ちょっと気になって……それで、その……」
忌蛇はそこまで言いかけると、チラッと気まずそうに龍牙を見た。
その視線はまるで、「龍牙が我慢できなくなって、つい会話に割って入ってしまった」と言っているようだった。
忌蛇の視線の意味を察した虎珀は、少し睨みつけるように、龍牙へと質問をぶつける。
「龍牙……何故だ」
「何故?ハッ、一応ここは俺の家でもあるんだけど。家の中歩き回ったら悪ぃんかよ」
「そういうことを聞いているんじゃっ」
冷たい龍牙の返事。
虎珀がいつものように噛み付こうとした瞬間……龍牙は虎珀の反応を待つ前に、司雀へと矛先を戻した。
「なあ、司雀。もういい加減、俺も黙っとくの無理だわ。この際、ハッキリさせて欲しい」
龍牙はそう言うと、虎珀に支えられている司雀の元へと近づいて、そして司雀を睨みつけた。
それはもう、氷のように冷たい眼差しで。
そして、龍牙は真っ直ぐ問う。
「司雀、正直に話してくれ……。
魁蓮は本当に、黒神を殺したのか……?」
10
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる