愛恋の呪縛

サラ

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第254話

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「このでっけぇ穴、自然に出来たもんじゃねえよな……?」



 解放された、白い結界の内側。
 そこに現れたのは、謎の大きな穴。
 その大きさは、大人の男が1人横になって眠れそうな幅と深さがあった。
 日向は不思議に思いながら、その穴へと近づく。

 穴の中は何も入っておらず、本当にただ穴が空いているだけだった。



「……意図的に、掘られたものだよな……多分……」



 誰がどう見ても、この穴が何かしらの目的で掘られたのは一目瞭然だった。
 しかし、その肝心な中身は見当たらず、あるのは穴だけなのだ。
 それがあまりにも、妙で仕方がない。
 日向も首を傾げ、その場に膝をついて深く確かめる。
 その時……





 フワッ……………





 またも先程の暖かい風が、日向の周りを舞う。
 日向がその風に顔を上げると、風は何やらゆっくりとある場所へと向かった。
 日向がその方向を目で追うと……風は、穴の近くに添えられていたを巻き込んで風に乗せた。



「……あれはっ……」



 日向は立ち上がり、風がゆらゆらと優しく乗せているものに近づく。
 風が巻き込んだもの…………

 それは、1輪の蓮の花だった。

 日向が蓮の花を巻き込んで舞う風の元へと寄ると、風はゆっくりと蓮の花を元の場所に落とした。
 そして風はその場から離れるように、近くの木の上へと移動する。
 日向はその動きを見届けたあと、地面に置かれた1輪の蓮の花を見つめた。



「……どうして、地上にあるんだ……」



 日向は首を傾げた。

 蓮の花とは、水生植物だ。
 基本的には池や沼など、必ず水がある場所でその姿を咲かす。
 だというのに、この蓮の花は水面どころか、周りに水なんてない森の中にある。
 それだけでは無い、いつ添えられたのか分からないが、この蓮の花は一切枯れていなかったのだ。
 実に不思議で、奇妙な蓮だ。



「一体、誰が」



 そう言いながら、日向が蓮の花に触れると………





「……っ……」





 大きな穴の近くに添えられた、奇妙な蓮。
 その蓮に日向の指先が触れた瞬間、日向の体の中で、何かが反応した。
 ゾワッと胸騒ぎのような感覚で、共鳴するかのように何かが違和感として現れている。
 でも嫌な感じは全くなく、むしろ……どこか、懐かしさか安心感を抱く。



「っ……」



 日向は咄嗟に手を引っこめてしまい、眉間に皺を寄せて蓮の花を見つめた。
 今の妙な違和感は何なのか全く検討もつかないが、ただ言えるのは、この蓮の花が普通の植物ではないということ。
 そもそも水面の上で咲いていないのだから、普通の蓮と違うことはすぐに分かるが。



「……何だ、これ……」



 ただの植物では無い……ならば。
 
 真実を、確かめればいい。



「………………………」



 日向は静かに自分の体に力を込めた。
 日向の力は、自然にも関係している。
 だから何か、分かるかもしれない。

 日向は全身に全快の力を回すと、ゴクリと唾を飲み込んで決意を固め、目の前にある蓮の花を見つめる。
 そして力が宿っている手のひらを、再び蓮の花へと近づけた。
 何が起こるか分からない、この蓮の花が本当は何なのか、危険なものの可能性だってある。
 だが先程抱いた違和感を、そのままにしておくことも出来なかった。
 日向はゆっくりと手を近づけ、そっと蓮の花に触れた。

 その時……………







『何故……ここまでするんだ』







 蓮の花に触れた途端……微かな声が聞こえた。
 日向がその声に肩をビクッと跳ね上がらせると……日向の視界に、誰かの姿が入り込む。
 だがその姿は、どこかうっすらとしていて、透けているようだった。
 まるで、幽霊のように。



 (誰っ……)



 日向は顔を青ざめながら、ゆっくりと顔を上げた。
 そしてそこに居たのは……





 (…………魁、蓮……………?)





 顔を上げた先にいたのは……
 膝をつき、蓮の花の前で手を合わせ、目を閉じる魁蓮の姿が。
 そしてその魁蓮のすぐ近くには、彼をじっと見つめて立ち尽くす虎珀の姿も。
 これは一体、どういう事なのか。



 (どうして、2人が……?いや、おかしすぎる……)



 そこにいるのは、確かに魁蓮と虎珀だ。
 だが2人の姿は淡く透けていて、そもそもここに居るはずがないのだから。
 では何故、どうして2人の姿が、透けている理由は。
 日向が混乱していると、ふと魁蓮が口を開いた。





『死者を悼むことは、間違いか?当然の礼儀だろう』





 静かで冷たい魁蓮の声。
 その声に、近くにいた虎珀はギュッと拳を握ると、苦痛に歪んだ表情で答える。





『これは……俺の問題だ。貴方は、関係ない……』

『あぁ、そうだな』

『分かっているなら何故……』

『聞いてどうする。どうでもいいだろう』

『答えてくれ……!俺自身が、納得出来ないんだ。
 先程の志柳で起きたこともそうだ……何故、ここへ来た仙人を皆殺しにした……?貴方は、この土地の者じゃない……娯楽とはいえ、面倒事には首を突っ込みたくないだろう!?それにっ、龍禅のこともっ……』





 虎珀の目には、涙が溜まっていた。
 その瞳は暗く澱んでいて、いつもしっかりしている虎珀からは、全く想像ができない。
 それに、虎珀が魁蓮に対して敬語を使っていないことが、何よりも違和感だった。
 すると魁蓮は、ゆっくりとその場に立ち上がって腕を組むと、森の中へと視線を巡らせる。





『虎珀よ……己を憎むな』

『っ……………』

『友を失い、居場所も失い、身に覚えのない罪を被せられた……今のお前は辛い現実に苛まれ、この世の全てが、己が、何もかも憎いはずだ。だが自我を失うな。元も子もないぞ。
 お前の抱えている苦痛は、我にも理解できる』

「……分かる、だと……」





 すると虎珀は、グッと全身に妖力を流した。
 歯を食いしばって、怒りの眼差しを魁蓮に向ける。





『貴方にっ……鬼の王のあんたに、何がわかる!?
 あんたは、他者を殺すことを何とも思わない!残虐非道な鬼の王と呼ばれているあんたが、この苦痛を理解できるものか!!適当なことを言わないでくれ!』





 虎珀は妖力で刀を作ると、その切っ先を魁蓮に向けた。
 これは、いつの出来事なのか。
 誰よりも魁蓮を崇拝している虎珀が、ましてその魁蓮に武器を突きつけるなど。
 人が変わったような虎珀の姿は、日向を絶句させるには十分だった。
 日向は目を見開き、目の前で起きている光景に不安が広がる。

 その時……魁蓮は目を伏せ、そして口を開いた。





『我も……全てを失ったことがある』

『……っ』





 魁蓮はそう呟くと、静かで冷たい風に上衣をなびかせながら、遠くを見つめて続けた。







『数百年前の、ある一夜のことだった。
 あの頃は、見るもの全てが憎く、感じるもの全てが恐ろしく……何より、己を酷く呪っていた。司雀と出会うまで、何度錯乱し、何度己の心臓を数多の武器で貫いたか分からぬ』

『えっ……』

『それほど、我には耐え難い現実だったのだ。
 どれほど、時を巻き戻したいと願ったか。出来ることならば、悲劇が起きる前の時間に戻りたいと。だがこの世は、実に残酷なものだ。我の願いは届かぬだけでなく、犯した大罪を生涯見つめ続ける宿命を突きつけられた。救いなど……初めから無かった』





 そう話す魁蓮の声は、酷く悲しそうに聞こえた。
 表情も立ち振る舞いも、いつも日向が見る魁蓮と何ら変わらないのに、この魁蓮は本当に孤独を感じる。
 その大きな背中に、肩に乗っているのは、どんな過去なのか。
 すると魁蓮は、虎珀へと向き直る。





『故に、お前の苦痛は理解できる。
 今は辛いかもしれぬが、己を失うな。決してな』





 その時、魁蓮は虎珀へと近づいた。
 虎珀は、魁蓮の話に驚いたのか、魁蓮に刀を向けたまま動かない。
 魁蓮はその刀を避けて虎珀に近づくと……ポンっと、虎珀の頭に手を置いた。
 そして先程の悲しい雰囲気とは違い、その恐ろしい異名からは考えられないほど優しい声で、虎珀に語りかけた。







『虎珀……お前は何も悪くない。我には分かる』

『っ……………』

『辛ければ、溜め込むな。吐き出すことも大事だからな。お前は独りでは無い。我が、傍にいてやろう。
 虎珀……我と共に来い。歓迎する』







 直後、虎珀の目から涙が溢れ出した。
 何かの糸が切れたように、虎珀はボロボロと涙を零すと、持っていた刀をその場に落として、大声をあげながら泣き始めた。
 そんな虎珀を、魁蓮は片腕で優しく抱き寄せ、そして虎珀が落ち着くまで頭を撫で続けた。

 その時……2人の姿は風と共に消えた。



「……今のって、もしかして……」



 日向は唖然としたまま、目を伏せた。
 恐らく今の光景は、虎珀が黄泉へ行くことになったきっかけの場面だろう。
 となるとこれは、過去の光景だ。

 虎珀は、魁蓮に救われたと言っていた。
 一体過去に何が起きたのかは分からないが、少なくとも全てに絶望していた虎珀に、魁蓮が手を差し伸べたのだろう。
 そしてそれ以降、虎珀が魁蓮を崇拝するようになったのだ。



「みんな、魁蓮に救われてきたんだな……」



 日向は蓮の花から手を離し、腕を組む。

 日向は、肆魔が魁蓮と出会った時のことを何度も聞いてきた。
 初めは、何故彼らがあんなにも魁蓮を慕っているのか理解できなかった。
 人間からすれば魁蓮は最大の天敵で、この世で最も死ぬことを望まれている。
 だが黄泉で暮らし始めてからというもの、日向も魁蓮の優しさを何度も目にしてきた。
 だからこそ、魁蓮が悪だと一概に言えなくなっていた。



「でも、何で過去の光景が……?」



 気がかりなのは、その光景が見えたこと。
 原因はきっと蓮の花なのだろうが……これ以上は、何も分からないだろう。
 ここに結界が張られていたことだって、今は分からない。



「…………魁蓮…………」



 ただ、日向の脳裏には……



 過去を語る、切ない魁蓮の姿が焼き付いていた。
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