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第257話
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ずっと、ずっと、隠されてきた真実。
尊敬の眼差しを常に向けられ、王として気高く君臨してきた魁蓮の、悲しき秘密。
一切の冗談や偽りを含まない司雀の言葉に、龍牙たちは絶望の表情を浮かべていた。
この1件は黄泉を、いや……この花蓮国の歴史から現在までの全てを揺るがす、非常に大きな真実だ。
「黒神がっ……まだ、生きてるだって……?」
今回のことについて尋ねた龍牙は、予想をはるかに超えた事実に、呼吸が少し浅くなっていく。
首を小さく横に振り続け、「そんなわけない」「嘘だろ?」と、現実を受け入れられないようだった。
龍牙としては、史上最強の仙人がまだ生きているという、化け物じみた現実が信じられないのだ。
「お、お待ちください……司雀様っ……!」
そして受け入れられないのは、龍牙だけでは無い。
ゆっくりと立ち上がり、龍牙の妖力によって傷つけられた腕を抑えながら、虎珀は司雀に声をかける。
「その話は、あまりにも常識の範疇を超えています……そもそも、妖力と霊力は相反するもので、混ざり合うことも隣り合わせで存在することも出来ません。万が一そのような事態が起きたとしても、お互いを攻撃し合い、その2つの力を宿した者の体は耐えられず崩壊するはずです!」
「……………………」
「何より……黒神は、人間なのでしょう?1000年以上経った今でも生きているなんて、有り得ません!仮に魁蓮様の中にいたとしてもっ……自我は無く、残るのは遺体だけなのでは無いですか!?」
虎珀の言葉に、間違いな点は無い。
何故なら、この話は実際に起きたことがある。
遠い昔の話だが、妖魔の強い生命力に興味を持ち、好奇心に駆られて妖力を取り込んだ仙人がいた。
その仙人の体に妖力が入り込んだ瞬間、体内で2つの力がぶつかり合い、永遠に終わらない激痛が仙人の中で繰り返され、遂には命を落としたという記録がある。
故に、霊力と妖力は常に敵対する運命にあり、お互いの力を2つ同時に宿した者は、器が耐えられなくなり、内側から崩壊していく。
だから司雀の話は、不可能だと否定することが出来るのだ。
「それはっ……」
虎珀の否定に、司雀は目を伏せた。
彼の反応から見るに、まだ、何か隠していることがあるらしい。
その事について、虎珀が更に尋ねようとした、その時……
「そっか……疑うべきは、その常識の方だ…………。
魁蓮さんは……いつも、大事なことを隠すから……」
「「「っ……………………」」」
弱々しい忌蛇の声。
その声に、全員の視線が彼に向けられる。
すると忌蛇は、目に涙を浮かべながら、司雀を見つめていた。
「司雀さんっ……黒神は、本当に人々の、英雄だったんですか……?あのおとぎ話も、ちゃんと事実です?」
「っ……何故、突然そんなことをっ……」
「今の司雀さんの話が、本当なら……魁蓮さんは、黒神を殺していない。でも世間は、魁蓮さんが黒神を殺したと思っている……そうですよね……?」
「……間違いでは、ないですが……」
「なら、現時点での司雀さんの話だと、魁蓮さんが黒神を自分の中に留めておく理由が、どこにもないんです。本当に黒神と敵対していたなら、中に留めておかず、その場で殺せばいい。いつもの魁蓮さんなら、そうするでしょう?」
忌蛇の言葉に、龍牙と虎珀はハッとした。
仮にも彼らは、鬼の王の背中を追ってきた妖魔たち。
少なからず、この世にいる誰よりも魁蓮という男をよく理解している。
だから、忌蛇が何を考えているのかも、自ずと分かったのだ。
そしてその考えを、代表して忌蛇が口にする。
「つまり、魁蓮さんが黒神を自分の中に留めると決めたのも、魁蓮さんが黒神を殺したという伝説があるのも、そしてそれを、魁蓮さんが一切否定しないのも……
魁蓮さんが、黒神の秘密……或いは真実を、隠蔽するため……」
「っ……………………」
「あの方は、何かを守り抜くためなら、自身の命すら犠牲にすることが出来る方です。非難の目を向けられるのも、命を狙われるのも、慣れているから、と……。
だって魁蓮さんは……あの冷酷さが嘘かと思うくらい、本当は優しい方だって、僕たちは知ってる……そしてそれを、公言しないことだって…………」
全てを壊し、そして殺す鬼の王。
世間の印象は、ざっくり言えばこんなものだ。
だが、魁蓮という人物をよく知り見てきた者は、皆口を揃えてこう言うのだ。
『不器用だが……彼こそ、真に優しいお方だ』と。
「僕たちはずっと、魁蓮さんのあの伝説が事実なのを前提に話し合ってきた。でももし、その伝説そのものが嘘だとしたら?あのおとぎ話も、真実を隠蔽して作られたものだとしたら?」
「………………」
「当事者である魁蓮さんが否定しない限り、世間は疑うことなく、伝説やおとぎ話を信じ続ける……そんな結末になることを、あの魁蓮さんが予想しないわけが無い。むしろ分かった上で、否定しなかった可能性だって十分有り得るんだ……」
忌蛇は、3人にゆっくり近づきながら、その考えを述べた。
いつだってそうだった、魁蓮は自分のことを語らない。
ただ、自分のことを知られるのが嫌なのか、単に面倒で話したくないのか、そんな理由だと思っていた。
しかし、鬼の王がそんな男では無いことは、もう分かりきっている。
彼は、なにか大きな理由がない限り、語らないという選択はしない。
自分の過去のことを話してこなかったのは、話す必要がないからでは無い。
知られてはいけないことが、あるからなのだ。
彼は多くを語らない…………何かを、守るためなら。
「かつて花蓮国は、魁蓮さんの大規模な虐殺により、崩壊寸前まで追いやられたと伝説で語られている。そしてその戦争で、黒神は殺された。でもこの戦争は、花蓮国のどこにも記録が残されていない。歴史的な大事件だというのに……」
「…………………………」
「でも、今回の話で分かりました。記録が残されていない理由は……その戦争には、まだ明かされていない事実があって、それを魁蓮さんが隠蔽し続けている。
魁蓮さんだけは、その事実を隠したり、消したりすることが出来ますよね。だって当事者ですから。となると、黒神を中に留めておくのも、一種の隠蔽と言える……」
忌蛇はそう言うと、司雀を真っ直ぐ見つめた。
あと少し、あと少しだと。
ずっと隠されてきた事実を知るまで、あと…………
「司雀さん、教えてください。
魁蓮さんと黒神の間に、本当は何があったのか。花蓮国が崩壊寸前まで追い込まれた日、何が起きたか」
忌蛇の、涙を我慢する震えた声が、廊下に響く。
何故、忌蛇がここまで必死なのか……理由は2つ。
1つは龍牙たちと同じく、魁蓮を救いたいというもの。
自分たちを救い、そして迎え入れてくれた命の恩人である魁蓮に、一生をかけて恩返しをしたい。
もう1つは……今は亡き愛する人、雪のためだ。
「雪はあのおとぎ話が大好きでした。おとぎ話に出てくる神様と黒神を、会ったこともないのに羨んでいたくらいです。でも……もし何か、違う部分があるなら、僕は彼女に教えたい。真実を、伝えたい。
だからっ……」
その時……。
忌蛇が言い終わる直前、司雀は首を横に振った。
どうやら、これ以上は言えないらしい。
きっと、その先の話こそが、魁蓮が明かすなと命令した重要な部分なのだろう。
もう少しで見えてくるはずの事実が、あと1歩のところで、再び閉ざされてしまった。
忌蛇は、悲しさと悔しさで目を伏せ、下唇を噛み締めた。
すると司雀は、そっと忌蛇の頭を撫でながら、重い口を開ける。
「ごめんなさい、忌蛇……私から言えるのは、ここまでです。この先は、魁蓮次第……。
この件は、魁蓮と黒神だけの話ではありません。この花蓮国全体を揺るがす内容故に、容易に伝えることが出来ないのです……申し訳ございません」
忌蛇は拳を握り、涙を流さないよう堪えた。
だが司雀の言葉からして、忌蛇の考えは間違いでは無いのは確定だった。
魁蓮の伝説も、あのおとぎ話も、嘘が含まれている。
そして魁蓮は、その事実を隠している。
でも、一体どうして……。
その時だった。
司雀の言葉を聞いていた龍牙が、ふと引っかかる。
「魁蓮と、黒神だけの話じゃない……?
どういうことだ?第三者でもいるのか?」
「っ!」
龍牙が尋ねた瞬間、忌蛇の頭を撫でていた司雀の手が、ピタッと止まった。
そして司雀は、「しまった」とでもいうように、目が泳いでいる。
すると、今聞いた情報をもとに冷静に考えを巡らせていた虎珀が、ハッとしたように、ある人物の名を口にする。
「天花寺、雅……」
虎珀が呟いたその時……
司雀は、今にも泣き出しそうな表情で顔を上げた。
それはまるで、図星のようで……。
虎珀は一瞬目を見開くと、顎に手を当てた。
「なるほど……確かに、あのおとぎ話に出てきたのは、神様・仙人・鬼の3人で、その正体は判明している。
神様は、覡である『天花寺雅』
仙人は、史上最強の仙人『黒神』
そして鬼は、鬼の王の『魁蓮様』
伝説では、魁蓮様と黒神しか語られていなかったため、すっかり忘れていた……」
虎珀はため息を吐くと、司雀へと視線を向ける。
「魁蓮様が全てを隠蔽する理由に、天花寺雅が関わっているのですね。いや、むしろ……
魁蓮様が重要視しているのは、黒神ではなく、天花寺雅の方とか……?」
「っ!虎珀っ……」
「ならば、日向を1人で志柳に行かせたのにも納得出来ますね。
ただの偶然かもしれませんが……七瀬日向は、天花寺雅と同じような力を持っている。だから、日向に志柳へ行くことを許した。彼に、天花寺雅とよく似ている彼に、魁蓮様の真実を知ってもらうため……」
「……………………」
「思えば、司雀様は初めから彼を受け入れていましたね。あの時点で、司雀様は、何か分かっていたのですか?
七瀬日向と天花寺雅に関する、何か…………」
虎珀が尋ねると、司雀は目を伏せた。
沈黙がしばらく流れ、龍牙たち3人は、司雀の返事を待ち続けた。
待っている間、司雀はずっと悲しそうな表情を浮かべていた。
事実を言えないことに苦しんでいるのか、それとも……
その時、虎珀はゆっくりと目を閉じると、龍牙と忌蛇に声をかける。
「龍牙、忌蛇。詮索するのはここまでだ。知りたい気持ちは理解できるが、これ以上司雀様を困らせる訳にはいかない」
「「……………………」」
虎珀の意見に、2人は口を閉じた。
2人にも、それは分かっていた。
確かに、ずっと隠され続けてきた魁蓮の過去や、全ての真実を知りたいのは、昔から変わらない。
何か知ることが出来れば、自分たちにも魁蓮を助けることが出来る手段が見つかるかもしれない、と。
だが、焦っても良い方向には進まない。
2人が虎珀の言葉に納得していると……続けて虎珀は、あることを話す。
「それから……命をかけて守るものが、増えた。今より、更に力をつけるべきだ。今からでも間に合うだろう」
虎珀のその言葉に、龍牙と忌蛇、そして司雀も顔を上げた。
虎珀はそう言うと、腕を組んで真剣な表情を浮かべる。
「2人共、よく聞け。これより俺たちは、命を懸けてでも七瀬日向という人間を、守り抜く」
「「えっ?」」
「今回の話で、俺たちは今まで知り得なかったことを知れた。当時に、魁蓮様が1人で全てを抱えていることを、改めて知ったはずだ」
出会った時からずっと、肆魔は魁蓮のためにその身全てを捧げてきた。
彼の背中を追い続け、守り抜いてきた。
それでも、誰一人として、魁蓮が抱える苦痛を和らげることも、まして取り除くことすら出来なかった。
空白となっている、後悔したあの1000年。
何度、魁蓮が封印される前の頃に戻りたいと、皆が願っただろう。
果てのない寂しさの中で、ただ王を待った寒い日々。
そして、王が戻ってきた今。
彼らの心にあるのは、ただ1つ。
「彼が、七瀬日向がこの黄泉に来てから、全てが変わり始めている。俺たちの関係性も、彼を通して深くなっていった。何もかもが、良い方向に向かっている。
だからもしかしたら……魁蓮様の永遠の苦しみも、彼ならば解放してあげられるかもしれない」
「「っ!」」
「ならば、俺たちがすることはただ1つ。七瀬日向を、魁蓮様の傍から離さないことだ。
彼なら、きっと……魁蓮様を、救える……」
半年前の虎珀は、何一つ理解が出来なかった。
何故、魁蓮は彼を連れ帰ったのか。
何故、司雀は彼を受け入れたのか。
崇拝している2人の行動は、彼にとって理解し難いものだったが……今は違う。
振り返れば、日向が来てから全てが変わった。
各々が背中を向けていた過去の出来事、どことなく壁を感じていた関係性、冷たい城の中。
それが、日向のおかげで繋がっていくのだ。
皆で食卓を囲み、雑談をして、「おはよう」「おやすみ」などと挨拶を交わす。
そんな日常が、当たり前となってきている。
そしてその変化は、誰もが感じているだろう。
そして気づいたのだ。
崇拝する魁蓮が、日向に向ける優しい眼差しに……。
「俺は、彼に全てを掛けたい。
全ては、魁蓮様に幸せになってもらうために」
そう話す虎珀の脳内では、ある考えが浮かんでいた。
司雀が、日向を受け入れた理由。
それはきっと、一言で言えるものでは無いだろう。
だが、先程の司雀の反応で察した。
おそらく、司雀は信じているのだ。
七瀬日向が…………天花寺雅、本人だと。
そして、魁蓮がはるか昔から追い求めていたのは……
「「……………………」」
虎珀の真剣な言葉に、龍牙と忌蛇は顔を見合せた。
そして直ぐに、頷き合う。
「命をかけて、日向を守る?ハッ!上等だ!
日向を傷つけるやつは、仙人だろうが妖魔だろうが、まして黒神だろうが、俺がぶっ殺す!」
「うん。日向は、魁蓮さんをちゃんと見てくれた、数少ない人だ。それに、日向の恋は、実って欲しい」
「俺もだ。いいぜ、虎。お前の提案、受けてやるよ。
日向と魁蓮を、何があっても守り抜く」
3人の決意に、司雀は目を見開いていた。
昔に比べ、さらに逞しくなった3人。
その成長を、司雀はずっと見守ってきた。
手を取り合うようになった3人の姿に、司雀は目に涙を浮かべる。
すると3人は、司雀の方へと振り返った。
「司雀様。まだ、お尋ねしたいことは多々あります。ですがそれは、全てが終わった後で。貴方が七瀬日向を守りたいと仰るならば、我々も賛同します。全ては、明るい未来のために」
「でもまあ、隠し事されんのは気に食わねぇけどな?だが、それが魁蓮のためってんなら、仕方ねぇ。特別に目を瞑ってやる!
まあ安心しろよ、司雀!日向は俺が守ってやる!」
「司雀さんが魁蓮さんのことを思うように、僕たちも、司雀さんのこと、大事に思ってる。
だから……もっと頼ってください。司雀さんだって、独りじゃないんですから」
「…………皆様っ…………」
3人の眼差しに、司雀は胸が暖かくなる。
その時……司雀の脳内で、ある人物の言葉が蘇った。
【なぁ、雀。我は、心から願っている。
この世界の者たちが、明るい未来を歩むことを。
そして、いつかその時が来たら……
我は……お前と共に見届けたい。他でもない、お前と】
(……貴方の願いは、もうすぐ叶いますっ……。
私たちの後継者が、いつか必ずやっ……!)
司雀は胸に手を当てると、3人に向き直った。
彼らと、魁蓮の行く末は……………………
「皆様……どうか、力を貸してください。
魁蓮と、日向様のためにっ」
「「「了解!!!!!」」」
尊敬の眼差しを常に向けられ、王として気高く君臨してきた魁蓮の、悲しき秘密。
一切の冗談や偽りを含まない司雀の言葉に、龍牙たちは絶望の表情を浮かべていた。
この1件は黄泉を、いや……この花蓮国の歴史から現在までの全てを揺るがす、非常に大きな真実だ。
「黒神がっ……まだ、生きてるだって……?」
今回のことについて尋ねた龍牙は、予想をはるかに超えた事実に、呼吸が少し浅くなっていく。
首を小さく横に振り続け、「そんなわけない」「嘘だろ?」と、現実を受け入れられないようだった。
龍牙としては、史上最強の仙人がまだ生きているという、化け物じみた現実が信じられないのだ。
「お、お待ちください……司雀様っ……!」
そして受け入れられないのは、龍牙だけでは無い。
ゆっくりと立ち上がり、龍牙の妖力によって傷つけられた腕を抑えながら、虎珀は司雀に声をかける。
「その話は、あまりにも常識の範疇を超えています……そもそも、妖力と霊力は相反するもので、混ざり合うことも隣り合わせで存在することも出来ません。万が一そのような事態が起きたとしても、お互いを攻撃し合い、その2つの力を宿した者の体は耐えられず崩壊するはずです!」
「……………………」
「何より……黒神は、人間なのでしょう?1000年以上経った今でも生きているなんて、有り得ません!仮に魁蓮様の中にいたとしてもっ……自我は無く、残るのは遺体だけなのでは無いですか!?」
虎珀の言葉に、間違いな点は無い。
何故なら、この話は実際に起きたことがある。
遠い昔の話だが、妖魔の強い生命力に興味を持ち、好奇心に駆られて妖力を取り込んだ仙人がいた。
その仙人の体に妖力が入り込んだ瞬間、体内で2つの力がぶつかり合い、永遠に終わらない激痛が仙人の中で繰り返され、遂には命を落としたという記録がある。
故に、霊力と妖力は常に敵対する運命にあり、お互いの力を2つ同時に宿した者は、器が耐えられなくなり、内側から崩壊していく。
だから司雀の話は、不可能だと否定することが出来るのだ。
「それはっ……」
虎珀の否定に、司雀は目を伏せた。
彼の反応から見るに、まだ、何か隠していることがあるらしい。
その事について、虎珀が更に尋ねようとした、その時……
「そっか……疑うべきは、その常識の方だ…………。
魁蓮さんは……いつも、大事なことを隠すから……」
「「「っ……………………」」」
弱々しい忌蛇の声。
その声に、全員の視線が彼に向けられる。
すると忌蛇は、目に涙を浮かべながら、司雀を見つめていた。
「司雀さんっ……黒神は、本当に人々の、英雄だったんですか……?あのおとぎ話も、ちゃんと事実です?」
「っ……何故、突然そんなことをっ……」
「今の司雀さんの話が、本当なら……魁蓮さんは、黒神を殺していない。でも世間は、魁蓮さんが黒神を殺したと思っている……そうですよね……?」
「……間違いでは、ないですが……」
「なら、現時点での司雀さんの話だと、魁蓮さんが黒神を自分の中に留めておく理由が、どこにもないんです。本当に黒神と敵対していたなら、中に留めておかず、その場で殺せばいい。いつもの魁蓮さんなら、そうするでしょう?」
忌蛇の言葉に、龍牙と虎珀はハッとした。
仮にも彼らは、鬼の王の背中を追ってきた妖魔たち。
少なからず、この世にいる誰よりも魁蓮という男をよく理解している。
だから、忌蛇が何を考えているのかも、自ずと分かったのだ。
そしてその考えを、代表して忌蛇が口にする。
「つまり、魁蓮さんが黒神を自分の中に留めると決めたのも、魁蓮さんが黒神を殺したという伝説があるのも、そしてそれを、魁蓮さんが一切否定しないのも……
魁蓮さんが、黒神の秘密……或いは真実を、隠蔽するため……」
「っ……………………」
「あの方は、何かを守り抜くためなら、自身の命すら犠牲にすることが出来る方です。非難の目を向けられるのも、命を狙われるのも、慣れているから、と……。
だって魁蓮さんは……あの冷酷さが嘘かと思うくらい、本当は優しい方だって、僕たちは知ってる……そしてそれを、公言しないことだって…………」
全てを壊し、そして殺す鬼の王。
世間の印象は、ざっくり言えばこんなものだ。
だが、魁蓮という人物をよく知り見てきた者は、皆口を揃えてこう言うのだ。
『不器用だが……彼こそ、真に優しいお方だ』と。
「僕たちはずっと、魁蓮さんのあの伝説が事実なのを前提に話し合ってきた。でももし、その伝説そのものが嘘だとしたら?あのおとぎ話も、真実を隠蔽して作られたものだとしたら?」
「………………」
「当事者である魁蓮さんが否定しない限り、世間は疑うことなく、伝説やおとぎ話を信じ続ける……そんな結末になることを、あの魁蓮さんが予想しないわけが無い。むしろ分かった上で、否定しなかった可能性だって十分有り得るんだ……」
忌蛇は、3人にゆっくり近づきながら、その考えを述べた。
いつだってそうだった、魁蓮は自分のことを語らない。
ただ、自分のことを知られるのが嫌なのか、単に面倒で話したくないのか、そんな理由だと思っていた。
しかし、鬼の王がそんな男では無いことは、もう分かりきっている。
彼は、なにか大きな理由がない限り、語らないという選択はしない。
自分の過去のことを話してこなかったのは、話す必要がないからでは無い。
知られてはいけないことが、あるからなのだ。
彼は多くを語らない…………何かを、守るためなら。
「かつて花蓮国は、魁蓮さんの大規模な虐殺により、崩壊寸前まで追いやられたと伝説で語られている。そしてその戦争で、黒神は殺された。でもこの戦争は、花蓮国のどこにも記録が残されていない。歴史的な大事件だというのに……」
「…………………………」
「でも、今回の話で分かりました。記録が残されていない理由は……その戦争には、まだ明かされていない事実があって、それを魁蓮さんが隠蔽し続けている。
魁蓮さんだけは、その事実を隠したり、消したりすることが出来ますよね。だって当事者ですから。となると、黒神を中に留めておくのも、一種の隠蔽と言える……」
忌蛇はそう言うと、司雀を真っ直ぐ見つめた。
あと少し、あと少しだと。
ずっと隠されてきた事実を知るまで、あと…………
「司雀さん、教えてください。
魁蓮さんと黒神の間に、本当は何があったのか。花蓮国が崩壊寸前まで追い込まれた日、何が起きたか」
忌蛇の、涙を我慢する震えた声が、廊下に響く。
何故、忌蛇がここまで必死なのか……理由は2つ。
1つは龍牙たちと同じく、魁蓮を救いたいというもの。
自分たちを救い、そして迎え入れてくれた命の恩人である魁蓮に、一生をかけて恩返しをしたい。
もう1つは……今は亡き愛する人、雪のためだ。
「雪はあのおとぎ話が大好きでした。おとぎ話に出てくる神様と黒神を、会ったこともないのに羨んでいたくらいです。でも……もし何か、違う部分があるなら、僕は彼女に教えたい。真実を、伝えたい。
だからっ……」
その時……。
忌蛇が言い終わる直前、司雀は首を横に振った。
どうやら、これ以上は言えないらしい。
きっと、その先の話こそが、魁蓮が明かすなと命令した重要な部分なのだろう。
もう少しで見えてくるはずの事実が、あと1歩のところで、再び閉ざされてしまった。
忌蛇は、悲しさと悔しさで目を伏せ、下唇を噛み締めた。
すると司雀は、そっと忌蛇の頭を撫でながら、重い口を開ける。
「ごめんなさい、忌蛇……私から言えるのは、ここまでです。この先は、魁蓮次第……。
この件は、魁蓮と黒神だけの話ではありません。この花蓮国全体を揺るがす内容故に、容易に伝えることが出来ないのです……申し訳ございません」
忌蛇は拳を握り、涙を流さないよう堪えた。
だが司雀の言葉からして、忌蛇の考えは間違いでは無いのは確定だった。
魁蓮の伝説も、あのおとぎ話も、嘘が含まれている。
そして魁蓮は、その事実を隠している。
でも、一体どうして……。
その時だった。
司雀の言葉を聞いていた龍牙が、ふと引っかかる。
「魁蓮と、黒神だけの話じゃない……?
どういうことだ?第三者でもいるのか?」
「っ!」
龍牙が尋ねた瞬間、忌蛇の頭を撫でていた司雀の手が、ピタッと止まった。
そして司雀は、「しまった」とでもいうように、目が泳いでいる。
すると、今聞いた情報をもとに冷静に考えを巡らせていた虎珀が、ハッとしたように、ある人物の名を口にする。
「天花寺、雅……」
虎珀が呟いたその時……
司雀は、今にも泣き出しそうな表情で顔を上げた。
それはまるで、図星のようで……。
虎珀は一瞬目を見開くと、顎に手を当てた。
「なるほど……確かに、あのおとぎ話に出てきたのは、神様・仙人・鬼の3人で、その正体は判明している。
神様は、覡である『天花寺雅』
仙人は、史上最強の仙人『黒神』
そして鬼は、鬼の王の『魁蓮様』
伝説では、魁蓮様と黒神しか語られていなかったため、すっかり忘れていた……」
虎珀はため息を吐くと、司雀へと視線を向ける。
「魁蓮様が全てを隠蔽する理由に、天花寺雅が関わっているのですね。いや、むしろ……
魁蓮様が重要視しているのは、黒神ではなく、天花寺雅の方とか……?」
「っ!虎珀っ……」
「ならば、日向を1人で志柳に行かせたのにも納得出来ますね。
ただの偶然かもしれませんが……七瀬日向は、天花寺雅と同じような力を持っている。だから、日向に志柳へ行くことを許した。彼に、天花寺雅とよく似ている彼に、魁蓮様の真実を知ってもらうため……」
「……………………」
「思えば、司雀様は初めから彼を受け入れていましたね。あの時点で、司雀様は、何か分かっていたのですか?
七瀬日向と天花寺雅に関する、何か…………」
虎珀が尋ねると、司雀は目を伏せた。
沈黙がしばらく流れ、龍牙たち3人は、司雀の返事を待ち続けた。
待っている間、司雀はずっと悲しそうな表情を浮かべていた。
事実を言えないことに苦しんでいるのか、それとも……
その時、虎珀はゆっくりと目を閉じると、龍牙と忌蛇に声をかける。
「龍牙、忌蛇。詮索するのはここまでだ。知りたい気持ちは理解できるが、これ以上司雀様を困らせる訳にはいかない」
「「……………………」」
虎珀の意見に、2人は口を閉じた。
2人にも、それは分かっていた。
確かに、ずっと隠され続けてきた魁蓮の過去や、全ての真実を知りたいのは、昔から変わらない。
何か知ることが出来れば、自分たちにも魁蓮を助けることが出来る手段が見つかるかもしれない、と。
だが、焦っても良い方向には進まない。
2人が虎珀の言葉に納得していると……続けて虎珀は、あることを話す。
「それから……命をかけて守るものが、増えた。今より、更に力をつけるべきだ。今からでも間に合うだろう」
虎珀のその言葉に、龍牙と忌蛇、そして司雀も顔を上げた。
虎珀はそう言うと、腕を組んで真剣な表情を浮かべる。
「2人共、よく聞け。これより俺たちは、命を懸けてでも七瀬日向という人間を、守り抜く」
「「えっ?」」
「今回の話で、俺たちは今まで知り得なかったことを知れた。当時に、魁蓮様が1人で全てを抱えていることを、改めて知ったはずだ」
出会った時からずっと、肆魔は魁蓮のためにその身全てを捧げてきた。
彼の背中を追い続け、守り抜いてきた。
それでも、誰一人として、魁蓮が抱える苦痛を和らげることも、まして取り除くことすら出来なかった。
空白となっている、後悔したあの1000年。
何度、魁蓮が封印される前の頃に戻りたいと、皆が願っただろう。
果てのない寂しさの中で、ただ王を待った寒い日々。
そして、王が戻ってきた今。
彼らの心にあるのは、ただ1つ。
「彼が、七瀬日向がこの黄泉に来てから、全てが変わり始めている。俺たちの関係性も、彼を通して深くなっていった。何もかもが、良い方向に向かっている。
だからもしかしたら……魁蓮様の永遠の苦しみも、彼ならば解放してあげられるかもしれない」
「「っ!」」
「ならば、俺たちがすることはただ1つ。七瀬日向を、魁蓮様の傍から離さないことだ。
彼なら、きっと……魁蓮様を、救える……」
半年前の虎珀は、何一つ理解が出来なかった。
何故、魁蓮は彼を連れ帰ったのか。
何故、司雀は彼を受け入れたのか。
崇拝している2人の行動は、彼にとって理解し難いものだったが……今は違う。
振り返れば、日向が来てから全てが変わった。
各々が背中を向けていた過去の出来事、どことなく壁を感じていた関係性、冷たい城の中。
それが、日向のおかげで繋がっていくのだ。
皆で食卓を囲み、雑談をして、「おはよう」「おやすみ」などと挨拶を交わす。
そんな日常が、当たり前となってきている。
そしてその変化は、誰もが感じているだろう。
そして気づいたのだ。
崇拝する魁蓮が、日向に向ける優しい眼差しに……。
「俺は、彼に全てを掛けたい。
全ては、魁蓮様に幸せになってもらうために」
そう話す虎珀の脳内では、ある考えが浮かんでいた。
司雀が、日向を受け入れた理由。
それはきっと、一言で言えるものでは無いだろう。
だが、先程の司雀の反応で察した。
おそらく、司雀は信じているのだ。
七瀬日向が…………天花寺雅、本人だと。
そして、魁蓮がはるか昔から追い求めていたのは……
「「……………………」」
虎珀の真剣な言葉に、龍牙と忌蛇は顔を見合せた。
そして直ぐに、頷き合う。
「命をかけて、日向を守る?ハッ!上等だ!
日向を傷つけるやつは、仙人だろうが妖魔だろうが、まして黒神だろうが、俺がぶっ殺す!」
「うん。日向は、魁蓮さんをちゃんと見てくれた、数少ない人だ。それに、日向の恋は、実って欲しい」
「俺もだ。いいぜ、虎。お前の提案、受けてやるよ。
日向と魁蓮を、何があっても守り抜く」
3人の決意に、司雀は目を見開いていた。
昔に比べ、さらに逞しくなった3人。
その成長を、司雀はずっと見守ってきた。
手を取り合うようになった3人の姿に、司雀は目に涙を浮かべる。
すると3人は、司雀の方へと振り返った。
「司雀様。まだ、お尋ねしたいことは多々あります。ですがそれは、全てが終わった後で。貴方が七瀬日向を守りたいと仰るならば、我々も賛同します。全ては、明るい未来のために」
「でもまあ、隠し事されんのは気に食わねぇけどな?だが、それが魁蓮のためってんなら、仕方ねぇ。特別に目を瞑ってやる!
まあ安心しろよ、司雀!日向は俺が守ってやる!」
「司雀さんが魁蓮さんのことを思うように、僕たちも、司雀さんのこと、大事に思ってる。
だから……もっと頼ってください。司雀さんだって、独りじゃないんですから」
「…………皆様っ…………」
3人の眼差しに、司雀は胸が暖かくなる。
その時……司雀の脳内で、ある人物の言葉が蘇った。
【なぁ、雀。我は、心から願っている。
この世界の者たちが、明るい未来を歩むことを。
そして、いつかその時が来たら……
我は……お前と共に見届けたい。他でもない、お前と】
(……貴方の願いは、もうすぐ叶いますっ……。
私たちの後継者が、いつか必ずやっ……!)
司雀は胸に手を当てると、3人に向き直った。
彼らと、魁蓮の行く末は……………………
「皆様……どうか、力を貸してください。
魁蓮と、日向様のためにっ」
「「「了解!!!!!」」」
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