愛恋の呪縛

サラ

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第202話

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「神、様……」



 忌蛇が話したおとぎ話に、龍牙は目を輝かせた。
 少し悲しい話ではあったものの、なんと幻想的で、美しいおとぎ話なのだろうかと、龍牙は関心ばかりだ。



「そんな神様がいたのか!?日向そっくりの!」

「あくまでおとぎ話、だから。本当にいたとは言いきれないけど……でも、日向の存在と、魁蓮さんが探しているっていう花を考えれば、無いことは無い、かな」

「そんじゃあ、魁蓮が探してたのは、日向じゃなくてその神様ってことか?でも、魁蓮が神様なんかに興味持つとは思えねぇし、探す理由も無くね?」

「んー……それは、僕も分からない……」



 龍牙と忌蛇は、同時に腕を組んで首を傾げる。
 確かに、おとぎ話に出てくる神様と、日向は瓜二つと言っていいほど同じ特徴を持っている。
 だが、そこに何らかの繋がりはあるのか、その証拠となるようなものは無い。
 それどころか、日向は最近まで自分の力を理解していなかったのだ。
 
 たまたま似た見た目と力を持っただけなのか。
 龍牙と忌蛇がうーんと考えをめぐらせる中、ただ1人、言葉を失っている者が……。





「おとぎ、話……」

「「?」」





 ボソッと聞こえた声に、龍牙と忌蛇は顔を上げた。
 やけに静かだと思っていたら、何やら虎珀は驚いたような表情を浮かべたまま、ポカンと固まっている。



「花蓮国の、おとぎ話っ……………………」

「虎?どした?」

「虎珀さん?」



 ボソボソと小さく呟く虎珀に、2人は首を傾げたまま様子を伺う。
 一体、虎珀は何を考え込んでいるのだろうか。
 珍しい姿だと思いながら、龍牙と忌蛇はそのまま見つめていると……





「……まさかっ……!」





 虎珀はハッと何かに気づくと、突然その場に立ち上がり、2人には何も言わずに走り出した。
 いきなりの行動に、2人は戸惑っている。
 城の中へと走る虎珀に、龍牙は声をかけた。



「ちょちょちょ、虎!?急にどうしたんだよ!」



 しかし、虎珀は龍牙の声に反応することなく、そのまま城の中へと消えてしまった。
 龍牙の声を無視するのは、虎珀としては珍しい。
 それは忌蛇も感じていたようで、何も言わず、そして龍牙の声に振り向かなかった虎珀に、龍牙と忌蛇は驚いていた。



「どうしたのかな、虎珀さん……」

「さぁ……悪ぃ、忌蛇。ちょっと見てくるわ」

「あ、うん」



 そう言うと龍牙は、虎珀の後を追うように城の中へと走り出した。
 1人取り残された忌蛇は、心配の眼差しを向ける。



 (なにか、嫌なことでも言っちゃったかな……)





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 一方……。



「僕が龍牙を泣かせたんかなぁぁぁ」



 城に戻ってきた日向は、1人悩んでいた。
 というのも、日向は未だに龍牙が泣いた理由を知らなかったからだ。
 後味悪く切り上げてしまったため、結局龍牙が泣いた理由を知らず終い。
 当然、スッキリすることなく、日向はずっと龍牙が泣いた理由が気になって仕方がなかったのだ。



「原因は何だ?昔の魁蓮を聞いたから?えぇ?泣くほど嫌な事だったんかなぁ!?聞かれるのが!」



 思いつく理由としては、むしろそれしかない。
 大した会話も無しに泣いたということは、その直前に触れた内容が原因だということが1番有力。
 となると、龍牙が泣いた理由は、日向が昔の魁蓮がどんなだったのかを聞いたことになる。

 だが日向は理解できなかった。
 誰よりも魁蓮が大好きな龍牙が、魁蓮の過去を聞かれただけで涙を流すのだろうか。
 それとも、日向は魁蓮の過去を聞くに値しないのか。
 考えれば考えるほど、悪い方へと思考が巡る。



「と、とにかく、後で謝らんと……」



 ちゃんと理由も聞かなければいけないが、このまま何もしないというのも日向には無理だった。
 少なからず、自分が関係しているだろうと考え、日向は龍牙に謝罪をすることを決心した。

 そして日向が、城の廊下の角を曲がろうとした……
 直後のこと。





「人間!!!!!!!!!!」

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!」





 日向が角を曲がると同時に、その先から虎珀が飛び出してきた。
 その勢いは、びっくり箱の何十倍もの勢い。
 加えて日向を呼ぶ大声量、当たり前だが心臓が飛び跳ねる程の衝撃だ。
 日向も、お化けでも見たのかと言うほどの絶叫を上げる。



「お、おまっ、虎珀っ、な、何いきなり出てきてんだよ!!!びっくりしたわ!!!心臓イカれる!!!ふざけんなコノヤロウ!!!(怒)」



 日向はまるで生意気な子どものように、飛び出してきた虎珀に暴言を吐く。
 だが虎珀は、そんな暴言が聞こえていないのか、ハァハァと荒い息を必死に整えながら、日向を見つめていた。



「ったく、久々に大声出した気がっ」

「人間!!!」

「だから何!?ちゃんと聞こえてっ」

「お前にっ、聞きたいことがある!!!」

「……あ?聞きたいこと?」



 日向が首を傾げると、虎珀はガシッと日向の両肩を掴み、そして真っ直ぐに日向を見つめた。





「お前、本当は……
 を、知っているんじゃないのか!?」

「……えっ?」





 虎珀の言葉に、日向は目を見開いた。

 黒神、もう何度耳にしたか分からない名前。
 魁蓮の過去を知ろうとしている日向が、今最も知り得たい情報の人物だ。
 しかし、なぜその男のことを尋ねられているのか。
 日向は理解が出来ないまま固まっていると、虎珀はどこか焦ったような表情で言葉を続ける。



「思い出したんだ!昔、が教えてくれたおとぎ話に、お前と黒神のことが語られていたんだ!」

「えっ、えっ?」

「龍禅は、お前たちを深く信仰していた!でも、その理由は教えてくれなかった……。
 お前と黒神は、龍禅に一体何をっ」

「ちょちょちょちょ、ちょーっと待ってくんね!?」



 いつまでも止まらない虎珀に、日向は無理やり言葉を挟んだ。
 よく分からないうちに、虎珀は話を進めてしまっている気がする。
 同時に、虎珀が何か勘違いをしてしまっているのを、日向は瞬時に理解した。
 何から確かめればいいか戸惑いながらも、日向は冷静になりながら尋ねる。



「えっと、虎珀?さっきから、何の話してんの?」

「はぁ……?お前は、黒神を知っているだろう?会ったことがあるどころか、共に生きていたんじゃないのか?花蓮国の、守り神としてっ」

「いや待て待て待て。何一つ分からん。
 黒神のことなんて、僕何も知らないし、そもそも黒神って1000年前の仙人だろ?それに黒神は、魁蓮に殺されたはず。僕が会うのは、確実に無理じゃね?」

「っ………………」



 自分の言っていることが、かなり異常だと言うことに気づいたのか、虎珀はやっと冷静さを取り戻してきた。
 日向はホッと胸を撫で下ろすと、もう一度虎珀に尋ねる。

 聞き間違いでなければ、虎珀は今、を口にした気がしたから。



「ねぇ虎珀。その、って誰?
 その人は、黒神というか、僕のことを知っていたの?」

「………………」



 日向に尋ねられると、虎珀は言葉を詰まらせた。
 先程、日向が忌蛇と庭で話していた時、忌蛇は龍禅という名の人物を、「虎珀の親友の名前」だと言っていた。
 その可能性に賭け、日向は虎珀の答えを待つ。
 すると虎珀は、少し戸惑ったような表情を浮かべ、日向を見つめた。



「本当に、お前じゃ無いのか……?」

「っ…………」

「……悪い、変なことを言った。忘れてくれ」



 虎珀は、日向の質問に答えなかった。
 どこか気まずい雰囲気をまといながら、虎珀はゆっくりと日向に背中を向ける。

 だが、日向はもう諦めきれなかった。



「待って虎珀」



 立ち去ろうとする虎珀の手を、日向はパシッと掴んだ。
 虎珀は立ち止まると、横目で日向に振り返る。
 そんな虎珀に、日向は真っ直ぐな瞳を向けた。



「お願い虎珀、逃げないで。虎珀が今言っていたこと、どういうことなのか教えてくれない?
 君が、黒神の何かを知っているなら、僕に聞かせて欲しいんだ」

「っ……」

「誰にも言って欲しくないなら、言わないって約束する。でも、僕には教えて欲しい。
 僕は今、その黒神のことが知りたい。だから何でもいい、知っていることを教えて」



 思えば、日向が知り得たいものを探る第1歩として、虎珀は特に重要な人物だ。
 花蓮国の歴史が隠されているという志柳で、かつて暮らしていた妖魔。
 物知りな司雀ですら知らない何かを、彼は握っているかもしれない。
 隠された歴史の1部を、知っているかもしれない。

 そして、魁蓮と黒神の全ても……。



「………………」



 日向にじっと見つめられ、虎珀は息を飲む。
 おとぎ話に出てくる、美しい神様と同じ見た目の少年。
 本当にこの世のものとは思えないほど、神秘的で、人間には見えない見た目。
 まさに、おとぎ話の神様だ。

 虎珀は暫く日向を見つめていると、ふと目を伏せる。



「……知っていることは、ほとんど無い。
 黒神という存在も、龍禅から聞いたんだ」

「……龍禅って?」

「……俺の、親友妖魔だ」



 そう話す虎珀は、どこか悲しそうだった。
 一体、彼は過去に何があったのか。
 そう疑問を感じた日向に答えるように、虎珀は日向へと視線を戻す。



「お前になら、話してもいいかもな。
 志柳のこと、俺のこと……そして、龍禅のこと。これも、何かの縁かもしれない」

「……えっ?」



 日向が目を見開くと、虎珀は日向へと体を向けて、自分の手を掴んでくる日向の手を、上から優しく包み込んだ。
 そして、優しい眼差しで日向を見つめる。



「人間、最初に約束してくれ。今から俺が話すことは、誰にも言わないで欲しい。
 特に、には、絶対に言うな」

「えっ……何で、龍牙?」

「……話せば分かる。受け入れてくれるか?」

「……うん、分かった。誰にも言わないって約束する」



 日向は静かに見つめ返すと、コクリと頷いた。
 その反応を見た瞬間、虎珀は意を決して、日向の手を掴んだまま歩き出す。



「ちょっ、虎珀?どこ行くん?」

「誰も居ないところに移動する。聞かれたら駄目だからな」



 そう言って2人は、そそくさと歩き出した。

 それから2人が向かったのは、黄泉の森の中。
 他の妖魔の気配が全くない、文字通り2人きりになれる静かな場所だった。
 2人は見晴らしがいい所に腰を下ろすと、遠くに見える黄泉の町並みを見渡す。



「こうして見渡すのは、いつぶりだろうか。魁蓮様が封印されていた間は、見もしなかったな……」

「っ………………」

「あ、悪い。話が逸れたな」



 虎珀はコホンと咳払いをすると、黄泉の町並みを見渡したまま、話し始める。





「俺はかつて、どこにも居場所を作らず、この世を放浪していた妖魔だった。物事の全てを善悪で見極めて、何の目的も持たないつまらない生き方をしてた。
 そんなある日、俺の元に一体の妖魔が来た。それが、龍禅だったんだ」

「……………………」

「アイツは当時、志柳を守るおさだった。俺が志柳で暮らすようになったのは、龍禅が誘ってきたのがきっかけだった。この虎珀という名前も、龍禅が勝手につけた名前だ」

「親友が、名付け親だったんだね」

「まあ、勝手にだがな。名前にこだわりが無かったから、結局そのまま使ってるけどよ」



 そう言うと虎珀は、自分の掌に視線を落とす。
 その表情は、過去を懐かしんでいるようで。
 共に生きていた親友を、思い出しているようで……。



「龍禅は……立派な男だった。皆、彼が好きだった。
 アイツのおかげで、志柳は……幸せだったんだ」

「そんなに幸せだったなら、何で虎珀は志柳を離れてここに来たの?」



 日向が尋ねると、虎珀は瞳に影を落とした。



「……俺が、壊したんだ」

「……えっ」

「魁蓮様が言っていただろう?志柳は、1度滅んだと。
 その原因は、俺なんだ」

「なん、でっ……」



 日向が戸惑っていると、虎珀は悲しみを含んだ笑顔を、日向へと向ける。
 その瞳は、酷く濁っているように見えた。





「俺はかつて、志柳を滅ぼし、志柳で暮らしていた者たちを裏切り、そして……
 龍禅を、''裏切り者''なんだよ」

「っ…………!?」



 それは、消えない傷、忘れられない罪。
 何も求めず、何も得ようとしなかった無欲の妖魔が経験してしまった、苦痛の過去。

 何も得ない方が良かったと思うほど、残酷な記憶だ。
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