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第202話
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「神、様……」
忌蛇が話したおとぎ話に、龍牙は目を輝かせた。
少し悲しい話ではあったものの、なんと幻想的で、美しいおとぎ話なのだろうかと、龍牙は関心ばかりだ。
「そんな神様がいたのか!?日向そっくりの!」
「あくまでおとぎ話、だから。本当にいたとは言いきれないけど……でも、日向の存在と、魁蓮さんが探しているっていう花を考えれば、無いことは無い、かな」
「そんじゃあ、魁蓮が探してたのは、日向じゃなくてその神様ってことか?でも、魁蓮が神様なんかに興味持つとは思えねぇし、探す理由も無くね?」
「んー……それは、僕も分からない……」
龍牙と忌蛇は、同時に腕を組んで首を傾げる。
確かに、おとぎ話に出てくる神様と、日向は瓜二つと言っていいほど同じ特徴を持っている。
だが、そこに何らかの繋がりはあるのか、その証拠となるようなものは無い。
それどころか、日向は最近まで自分の力を理解していなかったのだ。
たまたま似た見た目と力を持っただけなのか。
龍牙と忌蛇がうーんと考えをめぐらせる中、ただ1人、言葉を失っている者が……。
「おとぎ、話……」
「「?」」
ボソッと聞こえた声に、龍牙と忌蛇は顔を上げた。
やけに静かだと思っていたら、何やら虎珀は驚いたような表情を浮かべたまま、ポカンと固まっている。
「花蓮国の、おとぎ話っ……………………」
「虎?どした?」
「虎珀さん?」
ボソボソと小さく呟く虎珀に、2人は首を傾げたまま様子を伺う。
一体、虎珀は何を考え込んでいるのだろうか。
珍しい姿だと思いながら、龍牙と忌蛇はそのまま見つめていると……
「……まさかっ……!」
虎珀はハッと何かに気づくと、突然その場に立ち上がり、2人には何も言わずに走り出した。
いきなりの行動に、2人は戸惑っている。
城の中へと走る虎珀に、龍牙は声をかけた。
「ちょちょちょ、虎!?急にどうしたんだよ!」
しかし、虎珀は龍牙の声に反応することなく、そのまま城の中へと消えてしまった。
龍牙の声を無視するのは、虎珀としては珍しい。
それは忌蛇も感じていたようで、何も言わず、そして龍牙の声に振り向かなかった虎珀に、龍牙と忌蛇は驚いていた。
「どうしたのかな、虎珀さん……」
「さぁ……悪ぃ、忌蛇。ちょっと見てくるわ」
「あ、うん」
そう言うと龍牙は、虎珀の後を追うように城の中へと走り出した。
1人取り残された忌蛇は、心配の眼差しを向ける。
(なにか、嫌なことでも言っちゃったかな……)
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
一方……。
「僕が龍牙を泣かせたんかなぁぁぁ」
城に戻ってきた日向は、1人悩んでいた。
というのも、日向は未だに龍牙が泣いた理由を知らなかったからだ。
後味悪く切り上げてしまったため、結局龍牙が泣いた理由を知らず終い。
当然、スッキリすることなく、日向はずっと龍牙が泣いた理由が気になって仕方がなかったのだ。
「原因は何だ?昔の魁蓮を聞いたから?えぇ?泣くほど嫌な事だったんかなぁ!?聞かれるのが!」
思いつく理由としては、むしろそれしかない。
大した会話も無しに泣いたということは、その直前に触れた内容が原因だということが1番有力。
となると、龍牙が泣いた理由は、日向が昔の魁蓮がどんなだったのかを聞いたことになる。
だが日向は理解できなかった。
誰よりも魁蓮が大好きな龍牙が、魁蓮の過去を聞かれただけで涙を流すのだろうか。
それとも、日向は魁蓮の過去を聞くに値しないのか。
考えれば考えるほど、悪い方へと思考が巡る。
「と、とにかく、後で謝らんと……」
ちゃんと理由も聞かなければいけないが、このまま何もしないというのも日向には無理だった。
少なからず、自分が関係しているだろうと考え、日向は龍牙に謝罪をすることを決心した。
そして日向が、城の廊下の角を曲がろうとした……
直後のこと。
「人間!!!!!!!!!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!」
日向が角を曲がると同時に、その先から虎珀が飛び出してきた。
その勢いは、びっくり箱の何十倍もの勢い。
加えて日向を呼ぶ大声量、当たり前だが心臓が飛び跳ねる程の衝撃だ。
日向も、お化けでも見たのかと言うほどの絶叫を上げる。
「お、おまっ、虎珀っ、な、何いきなり出てきてんだよ!!!びっくりしたわ!!!心臓イカれる!!!ふざけんなコノヤロウ!!!(怒)」
日向はまるで生意気な子どものように、飛び出してきた虎珀に暴言を吐く。
だが虎珀は、そんな暴言が聞こえていないのか、ハァハァと荒い息を必死に整えながら、日向を見つめていた。
「ったく、久々に大声出した気がっ」
「人間!!!」
「だから何!?ちゃんと聞こえてっ」
「お前にっ、聞きたいことがある!!!」
「……あ?聞きたいこと?」
日向が首を傾げると、虎珀はガシッと日向の両肩を掴み、そして真っ直ぐに日向を見つめた。
「お前、本当は……
黒神を、知っているんじゃないのか!?」
「……えっ?」
虎珀の言葉に、日向は目を見開いた。
黒神、もう何度耳にしたか分からない名前。
魁蓮の過去を知ろうとしている日向が、今最も知り得たい情報の人物だ。
しかし、なぜその男のことを尋ねられているのか。
日向は理解が出来ないまま固まっていると、虎珀はどこか焦ったような表情で言葉を続ける。
「思い出したんだ!昔、龍禅が教えてくれたおとぎ話に、お前と黒神のことが語られていたんだ!」
「えっ、えっ?」
「龍禅は、お前たちを深く信仰していた!でも、その理由は教えてくれなかった……。
お前と黒神は、龍禅に一体何をっ」
「ちょちょちょちょ、ちょーっと待ってくんね!?」
いつまでも止まらない虎珀に、日向は無理やり言葉を挟んだ。
よく分からないうちに、虎珀は話を進めてしまっている気がする。
同時に、虎珀が何か勘違いをしてしまっているのを、日向は瞬時に理解した。
何から確かめればいいか戸惑いながらも、日向は冷静になりながら尋ねる。
「えっと、虎珀?さっきから、何の話してんの?」
「はぁ……?お前は、黒神を知っているだろう?会ったことがあるどころか、共に生きていたんじゃないのか?花蓮国の、守り神としてっ」
「いや待て待て待て。何一つ分からん。
黒神のことなんて、僕何も知らないし、そもそも黒神って1000年前の仙人だろ?それに黒神は、魁蓮に殺されたはず。僕が会うのは、確実に無理じゃね?」
「っ………………」
自分の言っていることが、かなり異常だと言うことに気づいたのか、虎珀はやっと冷静さを取り戻してきた。
日向はホッと胸を撫で下ろすと、もう一度虎珀に尋ねる。
聞き間違いでなければ、虎珀は今、あの名前を口にした気がしたから。
「ねぇ虎珀。その、龍禅って誰?
その人は、黒神というか、僕のことを知っていたの?」
「………………」
日向に尋ねられると、虎珀は言葉を詰まらせた。
先程、日向が忌蛇と庭で話していた時、忌蛇は龍禅という名の人物を、「虎珀の親友の名前」だと言っていた。
その可能性に賭け、日向は虎珀の答えを待つ。
すると虎珀は、少し戸惑ったような表情を浮かべ、日向を見つめた。
「本当に、お前じゃ無いのか……?」
「っ…………」
「……悪い、変なことを言った。忘れてくれ」
虎珀は、日向の質問に答えなかった。
どこか気まずい雰囲気をまといながら、虎珀はゆっくりと日向に背中を向ける。
だが、日向はもう諦めきれなかった。
「待って虎珀」
立ち去ろうとする虎珀の手を、日向はパシッと掴んだ。
虎珀は立ち止まると、横目で日向に振り返る。
そんな虎珀に、日向は真っ直ぐな瞳を向けた。
「お願い虎珀、逃げないで。虎珀が今言っていたこと、どういうことなのか教えてくれない?
君が、黒神の何かを知っているなら、僕に聞かせて欲しいんだ」
「っ……」
「誰にも言って欲しくないなら、言わないって約束する。でも、僕には教えて欲しい。
僕は今、その黒神のことが知りたい。だから何でもいい、知っていることを教えて」
思えば、日向が知り得たいものを探る第1歩として、虎珀は特に重要な人物だ。
花蓮国の歴史が隠されているという志柳で、かつて暮らしていた妖魔。
物知りな司雀ですら知らない何かを、彼は握っているかもしれない。
隠された歴史の1部を、知っているかもしれない。
そして、魁蓮と黒神の全ても……。
「………………」
日向にじっと見つめられ、虎珀は息を飲む。
おとぎ話に出てくる、美しい神様と同じ見た目の少年。
本当にこの世のものとは思えないほど、神秘的で、人間には見えない見た目。
まさに、おとぎ話の神様だ。
虎珀は暫く日向を見つめていると、ふと目を伏せる。
「……知っていることは、ほとんど無い。
黒神という存在も、龍禅から聞いたんだ」
「……龍禅って?」
「……俺の、親友だった妖魔だ」
そう話す虎珀は、どこか悲しそうだった。
一体、彼は過去に何があったのか。
そう疑問を感じた日向に答えるように、虎珀は日向へと視線を戻す。
「お前になら、話してもいいかもな。
志柳のこと、俺のこと……そして、龍禅のこと。これも、何かの縁かもしれない」
「……えっ?」
日向が目を見開くと、虎珀は日向へと体を向けて、自分の手を掴んでくる日向の手を、上から優しく包み込んだ。
そして、優しい眼差しで日向を見つめる。
「人間、最初に約束してくれ。今から俺が話すことは、誰にも言わないで欲しい。
特に、龍牙には、絶対に言うな」
「えっ……何で、龍牙?」
「……話せば分かる。受け入れてくれるか?」
「……うん、分かった。誰にも言わないって約束する」
日向は静かに見つめ返すと、コクリと頷いた。
その反応を見た瞬間、虎珀は意を決して、日向の手を掴んだまま歩き出す。
「ちょっ、虎珀?どこ行くん?」
「誰も居ないところに移動する。聞かれたら駄目だからな」
そう言って2人は、そそくさと歩き出した。
それから2人が向かったのは、黄泉の森の中。
他の妖魔の気配が全くない、文字通り2人きりになれる静かな場所だった。
2人は見晴らしがいい所に腰を下ろすと、遠くに見える黄泉の町並みを見渡す。
「こうして見渡すのは、いつぶりだろうか。魁蓮様が封印されていた間は、見もしなかったな……」
「っ………………」
「あ、悪い。話が逸れたな」
虎珀はコホンと咳払いをすると、黄泉の町並みを見渡したまま、話し始める。
「俺はかつて、どこにも居場所を作らず、この世を放浪していた妖魔だった。物事の全てを善悪で見極めて、何の目的も持たないつまらない生き方をしてた。
そんなある日、俺の元に一体の妖魔が来た。それが、龍禅だったんだ」
「……………………」
「アイツは当時、志柳を守る長だった。俺が志柳で暮らすようになったのは、龍禅が誘ってきたのがきっかけだった。この虎珀という名前も、龍禅が勝手につけた名前だ」
「親友が、名付け親だったんだね」
「まあ、勝手にだがな。名前にこだわりが無かったから、結局そのまま使ってるけどよ」
そう言うと虎珀は、自分の掌に視線を落とす。
その表情は、過去を懐かしんでいるようで。
共に生きていた親友を、思い出しているようで……。
「龍禅は……立派な男だった。皆、彼が好きだった。
アイツのおかげで、志柳は……幸せだったんだ」
「そんなに幸せだったなら、何で虎珀は志柳を離れてここに来たの?」
日向が尋ねると、虎珀は瞳に影を落とした。
「……俺が、壊したんだ」
「……えっ」
「魁蓮様が言っていただろう?志柳は、1度滅んだと。
その原因は、俺なんだ」
「なん、でっ……」
日向が戸惑っていると、虎珀は悲しみを含んだ笑顔を、日向へと向ける。
その瞳は、酷く濁っているように見えた。
「俺はかつて、志柳を滅ぼし、志柳で暮らしていた者たちを裏切り、そして……
龍禅を殺した、''裏切り者''なんだよ」
「っ…………!?」
それは、消えない傷、忘れられない罪。
何も求めず、何も得ようとしなかった無欲の妖魔が経験してしまった、苦痛の過去。
何も得ない方が良かったと思うほど、残酷な記憶だ。
忌蛇が話したおとぎ話に、龍牙は目を輝かせた。
少し悲しい話ではあったものの、なんと幻想的で、美しいおとぎ話なのだろうかと、龍牙は関心ばかりだ。
「そんな神様がいたのか!?日向そっくりの!」
「あくまでおとぎ話、だから。本当にいたとは言いきれないけど……でも、日向の存在と、魁蓮さんが探しているっていう花を考えれば、無いことは無い、かな」
「そんじゃあ、魁蓮が探してたのは、日向じゃなくてその神様ってことか?でも、魁蓮が神様なんかに興味持つとは思えねぇし、探す理由も無くね?」
「んー……それは、僕も分からない……」
龍牙と忌蛇は、同時に腕を組んで首を傾げる。
確かに、おとぎ話に出てくる神様と、日向は瓜二つと言っていいほど同じ特徴を持っている。
だが、そこに何らかの繋がりはあるのか、その証拠となるようなものは無い。
それどころか、日向は最近まで自分の力を理解していなかったのだ。
たまたま似た見た目と力を持っただけなのか。
龍牙と忌蛇がうーんと考えをめぐらせる中、ただ1人、言葉を失っている者が……。
「おとぎ、話……」
「「?」」
ボソッと聞こえた声に、龍牙と忌蛇は顔を上げた。
やけに静かだと思っていたら、何やら虎珀は驚いたような表情を浮かべたまま、ポカンと固まっている。
「花蓮国の、おとぎ話っ……………………」
「虎?どした?」
「虎珀さん?」
ボソボソと小さく呟く虎珀に、2人は首を傾げたまま様子を伺う。
一体、虎珀は何を考え込んでいるのだろうか。
珍しい姿だと思いながら、龍牙と忌蛇はそのまま見つめていると……
「……まさかっ……!」
虎珀はハッと何かに気づくと、突然その場に立ち上がり、2人には何も言わずに走り出した。
いきなりの行動に、2人は戸惑っている。
城の中へと走る虎珀に、龍牙は声をかけた。
「ちょちょちょ、虎!?急にどうしたんだよ!」
しかし、虎珀は龍牙の声に反応することなく、そのまま城の中へと消えてしまった。
龍牙の声を無視するのは、虎珀としては珍しい。
それは忌蛇も感じていたようで、何も言わず、そして龍牙の声に振り向かなかった虎珀に、龍牙と忌蛇は驚いていた。
「どうしたのかな、虎珀さん……」
「さぁ……悪ぃ、忌蛇。ちょっと見てくるわ」
「あ、うん」
そう言うと龍牙は、虎珀の後を追うように城の中へと走り出した。
1人取り残された忌蛇は、心配の眼差しを向ける。
(なにか、嫌なことでも言っちゃったかな……)
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
一方……。
「僕が龍牙を泣かせたんかなぁぁぁ」
城に戻ってきた日向は、1人悩んでいた。
というのも、日向は未だに龍牙が泣いた理由を知らなかったからだ。
後味悪く切り上げてしまったため、結局龍牙が泣いた理由を知らず終い。
当然、スッキリすることなく、日向はずっと龍牙が泣いた理由が気になって仕方がなかったのだ。
「原因は何だ?昔の魁蓮を聞いたから?えぇ?泣くほど嫌な事だったんかなぁ!?聞かれるのが!」
思いつく理由としては、むしろそれしかない。
大した会話も無しに泣いたということは、その直前に触れた内容が原因だということが1番有力。
となると、龍牙が泣いた理由は、日向が昔の魁蓮がどんなだったのかを聞いたことになる。
だが日向は理解できなかった。
誰よりも魁蓮が大好きな龍牙が、魁蓮の過去を聞かれただけで涙を流すのだろうか。
それとも、日向は魁蓮の過去を聞くに値しないのか。
考えれば考えるほど、悪い方へと思考が巡る。
「と、とにかく、後で謝らんと……」
ちゃんと理由も聞かなければいけないが、このまま何もしないというのも日向には無理だった。
少なからず、自分が関係しているだろうと考え、日向は龍牙に謝罪をすることを決心した。
そして日向が、城の廊下の角を曲がろうとした……
直後のこと。
「人間!!!!!!!!!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!」
日向が角を曲がると同時に、その先から虎珀が飛び出してきた。
その勢いは、びっくり箱の何十倍もの勢い。
加えて日向を呼ぶ大声量、当たり前だが心臓が飛び跳ねる程の衝撃だ。
日向も、お化けでも見たのかと言うほどの絶叫を上げる。
「お、おまっ、虎珀っ、な、何いきなり出てきてんだよ!!!びっくりしたわ!!!心臓イカれる!!!ふざけんなコノヤロウ!!!(怒)」
日向はまるで生意気な子どものように、飛び出してきた虎珀に暴言を吐く。
だが虎珀は、そんな暴言が聞こえていないのか、ハァハァと荒い息を必死に整えながら、日向を見つめていた。
「ったく、久々に大声出した気がっ」
「人間!!!」
「だから何!?ちゃんと聞こえてっ」
「お前にっ、聞きたいことがある!!!」
「……あ?聞きたいこと?」
日向が首を傾げると、虎珀はガシッと日向の両肩を掴み、そして真っ直ぐに日向を見つめた。
「お前、本当は……
黒神を、知っているんじゃないのか!?」
「……えっ?」
虎珀の言葉に、日向は目を見開いた。
黒神、もう何度耳にしたか分からない名前。
魁蓮の過去を知ろうとしている日向が、今最も知り得たい情報の人物だ。
しかし、なぜその男のことを尋ねられているのか。
日向は理解が出来ないまま固まっていると、虎珀はどこか焦ったような表情で言葉を続ける。
「思い出したんだ!昔、龍禅が教えてくれたおとぎ話に、お前と黒神のことが語られていたんだ!」
「えっ、えっ?」
「龍禅は、お前たちを深く信仰していた!でも、その理由は教えてくれなかった……。
お前と黒神は、龍禅に一体何をっ」
「ちょちょちょちょ、ちょーっと待ってくんね!?」
いつまでも止まらない虎珀に、日向は無理やり言葉を挟んだ。
よく分からないうちに、虎珀は話を進めてしまっている気がする。
同時に、虎珀が何か勘違いをしてしまっているのを、日向は瞬時に理解した。
何から確かめればいいか戸惑いながらも、日向は冷静になりながら尋ねる。
「えっと、虎珀?さっきから、何の話してんの?」
「はぁ……?お前は、黒神を知っているだろう?会ったことがあるどころか、共に生きていたんじゃないのか?花蓮国の、守り神としてっ」
「いや待て待て待て。何一つ分からん。
黒神のことなんて、僕何も知らないし、そもそも黒神って1000年前の仙人だろ?それに黒神は、魁蓮に殺されたはず。僕が会うのは、確実に無理じゃね?」
「っ………………」
自分の言っていることが、かなり異常だと言うことに気づいたのか、虎珀はやっと冷静さを取り戻してきた。
日向はホッと胸を撫で下ろすと、もう一度虎珀に尋ねる。
聞き間違いでなければ、虎珀は今、あの名前を口にした気がしたから。
「ねぇ虎珀。その、龍禅って誰?
その人は、黒神というか、僕のことを知っていたの?」
「………………」
日向に尋ねられると、虎珀は言葉を詰まらせた。
先程、日向が忌蛇と庭で話していた時、忌蛇は龍禅という名の人物を、「虎珀の親友の名前」だと言っていた。
その可能性に賭け、日向は虎珀の答えを待つ。
すると虎珀は、少し戸惑ったような表情を浮かべ、日向を見つめた。
「本当に、お前じゃ無いのか……?」
「っ…………」
「……悪い、変なことを言った。忘れてくれ」
虎珀は、日向の質問に答えなかった。
どこか気まずい雰囲気をまといながら、虎珀はゆっくりと日向に背中を向ける。
だが、日向はもう諦めきれなかった。
「待って虎珀」
立ち去ろうとする虎珀の手を、日向はパシッと掴んだ。
虎珀は立ち止まると、横目で日向に振り返る。
そんな虎珀に、日向は真っ直ぐな瞳を向けた。
「お願い虎珀、逃げないで。虎珀が今言っていたこと、どういうことなのか教えてくれない?
君が、黒神の何かを知っているなら、僕に聞かせて欲しいんだ」
「っ……」
「誰にも言って欲しくないなら、言わないって約束する。でも、僕には教えて欲しい。
僕は今、その黒神のことが知りたい。だから何でもいい、知っていることを教えて」
思えば、日向が知り得たいものを探る第1歩として、虎珀は特に重要な人物だ。
花蓮国の歴史が隠されているという志柳で、かつて暮らしていた妖魔。
物知りな司雀ですら知らない何かを、彼は握っているかもしれない。
隠された歴史の1部を、知っているかもしれない。
そして、魁蓮と黒神の全ても……。
「………………」
日向にじっと見つめられ、虎珀は息を飲む。
おとぎ話に出てくる、美しい神様と同じ見た目の少年。
本当にこの世のものとは思えないほど、神秘的で、人間には見えない見た目。
まさに、おとぎ話の神様だ。
虎珀は暫く日向を見つめていると、ふと目を伏せる。
「……知っていることは、ほとんど無い。
黒神という存在も、龍禅から聞いたんだ」
「……龍禅って?」
「……俺の、親友だった妖魔だ」
そう話す虎珀は、どこか悲しそうだった。
一体、彼は過去に何があったのか。
そう疑問を感じた日向に答えるように、虎珀は日向へと視線を戻す。
「お前になら、話してもいいかもな。
志柳のこと、俺のこと……そして、龍禅のこと。これも、何かの縁かもしれない」
「……えっ?」
日向が目を見開くと、虎珀は日向へと体を向けて、自分の手を掴んでくる日向の手を、上から優しく包み込んだ。
そして、優しい眼差しで日向を見つめる。
「人間、最初に約束してくれ。今から俺が話すことは、誰にも言わないで欲しい。
特に、龍牙には、絶対に言うな」
「えっ……何で、龍牙?」
「……話せば分かる。受け入れてくれるか?」
「……うん、分かった。誰にも言わないって約束する」
日向は静かに見つめ返すと、コクリと頷いた。
その反応を見た瞬間、虎珀は意を決して、日向の手を掴んだまま歩き出す。
「ちょっ、虎珀?どこ行くん?」
「誰も居ないところに移動する。聞かれたら駄目だからな」
そう言って2人は、そそくさと歩き出した。
それから2人が向かったのは、黄泉の森の中。
他の妖魔の気配が全くない、文字通り2人きりになれる静かな場所だった。
2人は見晴らしがいい所に腰を下ろすと、遠くに見える黄泉の町並みを見渡す。
「こうして見渡すのは、いつぶりだろうか。魁蓮様が封印されていた間は、見もしなかったな……」
「っ………………」
「あ、悪い。話が逸れたな」
虎珀はコホンと咳払いをすると、黄泉の町並みを見渡したまま、話し始める。
「俺はかつて、どこにも居場所を作らず、この世を放浪していた妖魔だった。物事の全てを善悪で見極めて、何の目的も持たないつまらない生き方をしてた。
そんなある日、俺の元に一体の妖魔が来た。それが、龍禅だったんだ」
「……………………」
「アイツは当時、志柳を守る長だった。俺が志柳で暮らすようになったのは、龍禅が誘ってきたのがきっかけだった。この虎珀という名前も、龍禅が勝手につけた名前だ」
「親友が、名付け親だったんだね」
「まあ、勝手にだがな。名前にこだわりが無かったから、結局そのまま使ってるけどよ」
そう言うと虎珀は、自分の掌に視線を落とす。
その表情は、過去を懐かしんでいるようで。
共に生きていた親友を、思い出しているようで……。
「龍禅は……立派な男だった。皆、彼が好きだった。
アイツのおかげで、志柳は……幸せだったんだ」
「そんなに幸せだったなら、何で虎珀は志柳を離れてここに来たの?」
日向が尋ねると、虎珀は瞳に影を落とした。
「……俺が、壊したんだ」
「……えっ」
「魁蓮様が言っていただろう?志柳は、1度滅んだと。
その原因は、俺なんだ」
「なん、でっ……」
日向が戸惑っていると、虎珀は悲しみを含んだ笑顔を、日向へと向ける。
その瞳は、酷く濁っているように見えた。
「俺はかつて、志柳を滅ぼし、志柳で暮らしていた者たちを裏切り、そして……
龍禅を殺した、''裏切り者''なんだよ」
「っ…………!?」
それは、消えない傷、忘れられない罪。
何も求めず、何も得ようとしなかった無欲の妖魔が経験してしまった、苦痛の過去。
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