愛恋の呪縛

サラ

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第201話

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「人間が1000年前、魁蓮様に会っている、だと?」



 忌蛇の突然の発言に、龍牙と虎珀は固まった。
 それはなんとも言えない、いや、言葉では到底言い表せない驚愕の発言で。
 ほんの少しの可能性だって無かった、まさにありえないと感じてしまうものだった。



 (一体、どうしてっ……)



 虎珀が思考をめぐらせていると、彼の隣にいた男がグワッと大口を開けた。



「ちょっ、ちょっと待ったぁぁ!?日向が魁蓮に会ったことがあるって……それじゃあ日向は、1000歳ってこと!?」

「…………あ?」

「俺たちと同じくらいの年月を生きてる、超おじいちゃんの人間ってこと!?まさかの老いぼれ!?!?あの可愛い日向が!?人間って奥が深いのな!?」



 こういう時の馬鹿は、空気を和らげるのが得意だ。
 一体何から聞けばいいのか分からないと言わんばかりの虎珀を跳ね除けて、龍牙は子どもじみた考えをそのまま口にする。
 着眼点が少しズレているような気がして、虎珀は呆れたような表情を浮かべた。
 しかし、驚愕の発言をした忌蛇は、龍牙の疑問に首を横に振る。



「正確には……
 日向に見た目が似ている人、或いは、日向と同じ力を持ってた人、かな……」

「……同じ力を持った人?他にも居たというのか?人間と同じ力を持った人物が」



 今度は虎珀が尋ね返すと、忌蛇は衣の中から、かつてずっと着けていた鬼のお面を取り出し、壊れ物を扱うように撫でる。



「実は昔、雪が、話してくれたことなんだけど……」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「……おとぎ話?」



 それはまだ、忌蛇が雪との時間を過ごしていた頃。
 いつものように会いに来てくれた雪が、突然持ちかけたある話がきっかけだった。



「そう!この国が舞台のおとぎ話なの!」



 空想的な話や、胸がときめくような話が大好きな雪は、当然おとぎ話というものは好みで。
 さっきまで作っていた花かんむりの手を止めてまで、忌蛇にそのおとぎ話を聞かせようとしてくる。
 しかし、忌蛇は対して興味を持っていなかった。



「おとぎ話なんて、嘘の話、でしょ。つまらないよ。それに僕、この国のこと、よく知らないし……」

「つまらなくないわ蛇さん!謎が多いこの国だからこそ、この話は素敵なのよ?私は好き!
 ねえねえ聞いてよ蛇さん~」

「えぇ、でも……」

「私、この話は蛇さんにも聞いて欲しいの!」

「……わ、わかった。そこまで言うなら」



 珍しくこんなに勧めてくるなと思いながら、忌蛇は雪の圧に押されてあっさり折れた。
 話をする許可が出た瞬間、雪はパッと笑顔になると、途中まで終わらせている花かんむりを急いで作り上げ、その花かんむりを自分の頭に乗せた。
 そして雪は、まるで子どもに読み聞かせるように、言葉に感情を乗せて語り出す。





「むか~しむかし、その昔。美しい花が咲き誇る、「花蓮国」という国がありました。花蓮国は、年中色とりどりの花を咲かせ、その国に生きる人々をいつも見守っていたのです。

 そんな花蓮国には……あるが居ました」

「……神様?」

「うん。
 その神様は、雪のような純白の長い髪に、海のように綺麗な青い瞳を持った美しい方でした。その神様は、優しく明るく真っ直ぐなお方でした。そして神様は美しい花の力を宿しており、花蓮国で咲き誇る花々と、国や民を心から愛していたのです」

「………………」

「そんな神様には、たった1人のがいました。その者は、類まれない強い力を持ち、無敗を誇っていた最強の仙人でした」

「……仙人?」

「そうなの!
 神様は誰よりもその者を愛していて、そしてその仙人も、誰よりもその神様を愛していたのです。
 花蓮国は、そんな2人の力によって守られていました」

「神様と、仙人が、愛し合っていたっていうの?種族もまるで、違うはずなのに……?」

「詳しいことは分からないけれど、おとぎ話の中では、2人は愛で結ばれていたって書かれてるわ。もしかしたらその仙人も、だったのかしら?ふふっ、なんてね」

「……ま、まあとにかく……続き、聞かせて」

「いいよ。
 時に2人は民と触れ合い、時に2人は国と民を守るために戦い、時に2人は愛を深く育みあっていた。何にも変えられない、平和と幸せな時間が、2人を筆頭に流れていました。
 そして2人はある日、生涯を共にすると誓ったのです。花蓮国の象徴である、に……」

「蓮……それが、蓮の花が花蓮国の象徴になった理由?」

「可能性はあるかもね!まあでも、元々名前に蓮の漢字が入っているから、そうだと言いきれないけど」

「それで、その後は?2人は幸せに暮らしたの?」

「……ううん。それは、叶わなかったわ」

「えっ……?どういうこと?」

「続きは、こう言われてる。
 けれど、幸せは長くは続きませんでした。
 それは、1年の中で蓮の花が1番綺麗に咲き誇る日の夜のこと。
 あるが、この世に目覚めたのです」

「……鬼……?」

「鬼は、生まれた時から持っていた強い力で、美しかった花蓮国を襲いました。美しく咲き誇っていた花々を枯らし、笑顔が溢れていた民を襲い……

 そして、国を守り抜いていた最強の仙人を殺し、その仙人と共に生きると誓った神様を、滅亡させたのです」

「っ…………!!!!!」

「結果、国は崩壊。花蓮国に生きる人々のほとんどが、帰らぬ人となったのです。鬼の力によって起きた、たった一夜の悲劇でした。
 それでも、花蓮国の花々は諦めませんでした。神様と仙人、そして民の思いを繋ぐために、国を元に戻そうと力を振り絞りました。何年、何十年、何百年………。
 そしてその努力が実り、花蓮国はあの頃の美しさを取り戻していったのです」

「……………………」

「花蓮国は、今や花々に守られた国となりました。そして国に咲く花々は、今も尚、待ち続けています。
 国を導いていた、神様と仙人、2人の存在を……」



 雪はそこまで話すと、頭に乗せていた花かんむりを手に取り、そして膝に置いた。
 おとぎ話にしては、少し悲しい話だった。
 忌蛇はもっと、子どもたちに読み聞かせるような、明るい話だとばかり思っていた。
 でも実際には、明かされていない花蓮国の悲劇を、簡潔に伝えられた気がして。
 初めは興味を持っていなかった忌蛇も、あまりの悲劇に言葉を失う。



「私ね……このおとぎ話は、本当の話だって思ってる」



 ふと、雪がそう言葉をこぼした。
 忌蛇が顔を上げると、雪は花かんむりに視線を落として目を伏せる。



「事実と違う部分はあるかもしれないけど、この国に神様はいたと思う。そして、その神様と共に生きていた仙人様も。きっと、この国に……。
 だって今もこの国は、綺麗な花で満ちているから。2人が守り抜いてきた美しさを、残しているもの」



 雪はそう言いながら、辺りを見渡した。
 そのおとぎ話の通り、花は綺麗に咲き誇り、優しい風に揺られながら甘い香りを漂わせる。
 自然の美しさなんて、妖魔からすればどうでもいい事だが、今この瞬間は、忌蛇も感じることが出来た。
 きっと、この国の素晴らしいところはどこかと聞かれれば、真っ先に花だと答えられるほどには美しい光景が広がっている。

 忌蛇が咲き誇る花々を見ていた、その時だった。



「ねえ、蛇さん。
 どうして鬼は、この国を襲ったのかしら……」

「えっ……?」



 そう呟いた雪の声は、酷く震えていた。
 忌蛇が雪に視線を戻すと、雪は拳を静かに握っていて、遠くを見つめている。
 その姿は、何かを我慢しているようで。



「鬼は、この国の何がいけなかったのかな……。
 この国は、ただ幸せに包まれていただけ。そして神様と仙人も、互いを深く愛し合っていた。全てが幸せで、平和だったの。ただそれだけなのに……。
 どうして、それを壊してしまったのかしら……」



 雪はそう言いながら、静かに1粒の涙を流した。
 本当かどうかも分からない話だが、実際にあった話だとするならば、この国の歴史というものは残酷なものだろう。
 当たり前にあった幸せの生活が、たった一夜にして崩されてしまった。
 そして、おとぎ話に出てくる神様と仙人も、ただ純粋に愛し合っていただけだったろうに。
 ある鬼の存在によって、全て壊されるなど、腹立たしいものだ。



「蛇さんは、どう思う……?国を襲った鬼は、何を思っていたのか」

「それは……分からない、けど……何か、理由があったんじゃないかな……この世に生まれた瞬間に襲ったほど、壊したいものが、花蓮国にあった、とか……」

「でも、とても悲しいわ。
 私、このおとぎ話の神様と仙人様を見た訳じゃないけど、ずっと一緒に生きてて欲しかったって、この話を読み返す度に思ってる。きっと2人は、お互いが大切で大切で、たまらなかったはずだから」

「……雪がそのおとぎ話が好きな理由って、その神様と、仙人?」

「……うん。ほんの少ししか書かれてないけど、2人の愛は素敵だなって。なんだか憧れちゃう。愛する人と一緒に、愛する国と民を守っていたなんて、とても誇らしいことだもの。
 私、この2人が、とても好き。この国が今も残っているのは、この2人のおかげだから」

「…………………」

「同じ時代に生きていたら、会いたかったわ。
 きっと、素敵な人たちだったんでしょうね」



 そう話す雪は、優しく笑っていた。
 それでも、おとぎ話の内容が悲しいのか、目には涙が溜まっていた。

 あの頃は、ただただ聞いていただけだった。
 でも、今まさに、その話が重要になりつつあるのではと、忌蛇は思っていたのだ。
 日向と魁蓮、2人に出会って全てが変わる気がした。
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