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第200話
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「……が……うが……龍牙…………龍牙!!!!!!」
「っ……………………」
ふと、龍牙の耳に日向の声が入り込んだ。
魁蓮の事で頭がいっぱいだった龍牙は、日向の大声でやっと我に返る。
下がっていた視線をあげると、何やら焦った表情を浮かべる日向がいた。
「龍牙……?」
「あっ……ごめん、日向、ちょっとボーッとしてた」
「ボーッとって……何言ってんだよ龍牙!
そんな、軽いもんじゃねえだろ!?」
「……えっ?」
龍牙は日向の言っていることが分からず、軽く首を傾げる。
すると日向は、龍牙の両肩をガシッと掴んで、真っ直ぐに龍牙を見つめた。
「お前っ、泣いてんじゃん!!!!!!!」
「っ……………………」
泣いている。
日向にそう言われた瞬間、龍牙は自分の視界が少しぼやけていることに気づく。
寝起きの時のぼやけでは無い、水の中で目を開けた時に、近い感覚……。
龍牙はそっと自分の目に触れると、目に触れた指が僅かに濡れた。
「あれ…………」
触って実感した、本当に泣いていた。
日向に指摘されるまで、龍牙は自分が泣いているなんて分からなかった。
そんな異変にすら気づけないほど、意識が遠のいていたのだろうか。
龍牙が濡れた手を見て固まっていると……
「龍牙っ!?」
「「っ……!」」
ふと、日向と龍牙の元に、ある声が聞こえてきた。
2人が同時に振り返ると、そこに居たのは、驚いたような表情を浮かべる虎珀の姿が。
虎珀は静かに涙を流している龍牙を見つけると、グッと眉間に皺を寄せて、日向を睨みつける。
「お前、何かしたのか!?」
「えっ、はっ!?ぼ、僕!?いやいやいや待って!?何もしてないって!!!」
いきなり矛先を向けられた日向は、焦って両手をブンブン振りながら否定する。
確かにこの状況を見れば、疑われても仕方ない。
だが、日向からすれば、まだ会話を始めた段階で起きたことだった。
当然、一緒にいた日向だって、龍牙に何が起きているのかが分かっていない。
でも、そんな日向の否定は1度で聞き入れてもらえない。
「嘘をつけ!ならば、何故龍牙は泣いている!?」
「そ、それが僕にも分かんないって!!!
えっ!?待って!?本当に僕のせい!?僕が何かしちゃったってこと!?」
「そうとしか考えられないだろ!!!!!」
「うっそ!?え!?龍牙マジ!?何がいけなかった!?僕何かした!?やっばいごめん分かんない!」
日向は顔を真っ青にして、オロオロとしている。
そんな中虎珀は怒りながら、ズカズカと日向たちの元へ近づいてくる。
どうやら虎珀は、完全に日向が龍牙を泣かしたと思い込んでいるらしい。
日向も虎珀の圧にやられ、本当に自分のせいなのでは、と思い込みを始めた。
しかし、そんな不穏な空気を、発端となった龍牙が2人に割って入る。
「違う虎、日向は何もしてねぇって」
「はっ……?じゃあ何で泣いてっ」
「俺が勝手に泣いてんだわ、だから日向は悪くねぇ」
「っ……………………」
「ったく、早とちりしやがってさ。勝手に日向を責めんじゃねえよアホ。しかもうるっせぇ」
龍牙は眉間に皺を寄せて、日向を意味無く責めた虎珀を静かに睨み付ける。
虎珀は少し申し訳なさを感じながらも、龍牙の様子を伺った。
龍牙が泣いているのは事実だ、心配をするのは変わらない。
すると龍牙は、目に溢れる涙を拭いながら目を伏せる。
「っ………………?」
その時、虎珀はある違和感に気づいた。
目を伏せる龍牙の姿を見た途端、虎珀は龍牙の前へとしゃがみこむ。
ほんの些細なことだが、少しばかりの違和感。
それに気づくと、虎珀は視線を日向に向けた。
「人間、すまないが外してくれないか」
「えっ」
「龍牙と話したい。2人きりで」
「あっ……わ、分かった……城に戻っとく」
虎珀に思うところがあるのかと思い、日向は何も尋ね返さなかった。
たとえ自分のせいではないにしても、やはり日向は気にしてしまう。
本当は、自分のせいで泣かせてしまったのでは、と。
しかし、これ以上ここに居ては、きっと虎珀にも迷惑をかけてしまうだろう。
日向は龍牙の様子を気にしながらも、龍牙と虎珀を2人きりにするために、城の中へと戻っていった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「全く、お前は忙しい奴だな」
日向が居なくなった後、虎珀は優しく龍牙に語りかけていた。
ここ最近、龍牙との間に気まずさを感じることはあるものの、やはり龍牙を心配する気持ちは本物で。
どんなことを言われようと、虎珀は龍牙が落ち着くまで傍にいた。
そしてやっと、虎珀は意を決して口を開く。
「それで、龍牙。今、何を考えている」
「……………………」
虎珀は、龍牙にそう尋ねた。
虎珀が日向を離した理由は、これだ。
いつもの龍牙ならば、もっと子どもっぽく泣く。
だが今回の龍牙は、泣いている割には随分と落ち着いていたのだ。
そこで虎珀は、龍牙は何かを考えていることを察した。
いつもと違う、些細な姿から感じ取っただけだが、虎珀には分かる。
その話を聞くために、2人きりになったのだ。
そして虎珀の予想は、まさに当たっていた。
「ハッ、相変わらずキメェなお前。なんで分かんだよ」
「お前のお守りを散々やったからな。簡単だ」
「はいはい、そりゃどーも。まあこれだけで分かってもらえるんなら、話が早くて助かるけどな。でも日向には悪いことしちまった。後で謝んなきゃ」
「その時は俺も行く、俺が外してくれと頼んだんだ」
「まあそん時は、2人で謝りに行くか。つーか、俺が泣いてるってだけで、周りにいた奴責めんなよな?まして日向とか、信じらんねぇお前」
「それは……ごめん」
「ハハッ、それも日向に謝んなきゃな」
龍牙は小さく笑うと、先程泣いていたのが嘘のように、ケロッと元気になった。
涙が止まり、少し赤くなった瞳を軽くこすりながら、龍牙は話し始める。
「いやぁ……ちょっと嫌なこと思い出しちまってさぁ」
「嫌なこと?お前が泣くほどとは珍しい」
「俺をなんだと思ってんだよお前は。だって理由は魁蓮だし、感情的になるっつーの。涙も出るわい」
「魁蓮様?泣いた理由は何なんだ。何を思い出した?」
「魁蓮が昔、すげぇ死にたがっていたことだよ。
お前も、知ってただろ?」
「っ!」
虎珀は、目を見開いた。
同時に胸の奥が、ズシリと重くなった感覚がする。
「………………そのことか。
まあ、知っていた。というか、気づいていた」
龍牙の言葉に、虎珀は目を伏せた。
この話は、虎珀にとっても良いものではない。
魁蓮が死を望んでいたことに気づいていたのは、龍牙だけではなかった。
肆魔全員が、そのことに気づいていたのだ。
何故知っているのか、理由は明白。
魁蓮をずっと見ていたのは、龍牙だけでは無い。
皆、魁蓮の背中を追ってきた妖魔たちだ。
「気づいた時は、嘘だと思いたかったがな。あんな神々しい方が、何故死を望むのか分からなかった」
「同感。俺たちは、魁蓮のこと大好きなのにさぁ。むしろ、死んだら嫌なのによ。日向に昔の魁蓮はどんなだったか聞かれて、つい思い出しちまった」
「それで?その話がどうしたんだ。お前が考え事をしていたのは、その事では無いだろう?」
「あぁ……」
虎珀が尋ね返すと、龍牙は真剣な眼差しで虎珀を見つめ返した。
「ひとつ、思い出したことがあってよ。魁蓮の死にたがっている姿の印象の方が強すぎて、忘れてたんだけど」
「何を思い出したんだ」
「魁蓮が昔求めていたっていう、あるもの」
「あるもの?」
「うん。えっと確か……
白くて、青くて、綺麗な花……だったかな」
「……花?」
虎珀は首を傾げた。
確かに、魁蓮は花が好きだ。
その中でも好きなものは蓮の花で、その情報は肆魔全員が知っている。
だが龍牙が言っているのは、2色の花であって、蓮の花では無い。
そんなもの、1度も聞いたことがない。
「魁蓮様が好きなのは、蓮の花だ。そんなまとまりのない2色の花など、聞いたこともないぞ」
「俺もたまたま聞いたんだよ。でも、嘘じゃねえ。
魁蓮は、本気でその花を探してた。そんな目をしてた気がする」
「そうは言っても、そんな特徴的な花なんてあるのか」
花は色とりどりといわれることもあるが、一輪の花に2色というのは想像しにくいもの。
まして白と青となると、色合い的にも美しい組み合わせで、もっと大々的に話題になってもおかしくはない。
別に花に詳しい訳では無いが、虎珀が知る限りでは、そんな花は全くと言っていいほど知らない。
だが、虎珀が顎に手を当て考えている中、龍牙はとんでもないことを口にする。
「白くて、青くて、綺麗な花……その花、なんか日向みたいだな。特徴が似てる」
「…………えっ?」
「ん?日向、みたい…………?
あああああ!!!!!なあ虎!も、もしかして、魁蓮が探してた花って日向のことなんじゃねえか!?」
「……………………は?」
虎珀は、ポカンと口を開けた。
龍牙はいつも唐突なことをするが、今回のは特に酷く、流石の虎珀も驚きすぎて一瞬困惑した。
何一つ理解が出来ないまま、軽く首を振る。
「ま、待て待て。何を言っているんだお前は」
「いやだって、日向の髪は白いだろ?それと、目が青い。おまけに超可愛い顔してるし、花の力がある!大当たりじゃん。白くて青くて綺麗な花!日向じゃん!」
「いや意味がわからん。魁蓮様が探していたのは、花なんだろ?人間じゃない」
「だーかーらー、その花が日向ってことよ!花って思うほど、可愛いだろぉ日向は!」
「馬鹿言え。当てずっぽうにも程がある理論だ」
「いやいや大真面目よ俺?そもそも魁蓮が他人を殺さず傍に置いたりとか、あんなに誰かに執着するの初めてじゃん。何かあるに決まってるって。俺は、魁蓮が探していたのが日向だってのに1票~」
「いや決めつけるな、そんなわけがっ」
「それ、一理ある、と思う」
「「っ!!!」」
コソコソと話す2人の耳に、1人の声が。
2人が同時にバッと振り返ると、そこには真剣な眼差しをして立ち尽くす忌蛇がいた。
「忌蛇っ……いつからそこにっ」
「さっき、城に入ってくる日向を見て、何か元気なかったから……こっちで、何かあったのかなって。
ごめんなさい、話、盗み聞きして」
忌蛇はペコッと軽く一礼すると、ゆっくりと2人に歩み寄ってくる。
そして、忌蛇は静かに話し始めた。
「虎珀さん。僕は龍牙さんの考え、案外当たってるんじゃないかなって、思う。魁蓮さんが探していたのが、日向だって、理論」
「なぜそう思うんだ」
「それは……何となく、だけど」
「浅はかだな。仮に龍牙の考えが当たっていたとしても、不明点が多いだろ。
俺たちが話しているのは、1000年前の魁蓮様だ。あの人間は、当然ながら生きていない。存在自体なかったというのに、何故魁蓮様は探す?」
「そう言われると、何も言えない、けど……。
でも……僕は、思うんだ」
忌蛇はそこまで言うと、2人がいる前で立ち止まり、そして同じようにしゃがみこむ。
小さく縮こまるように膝を抱えると、忌蛇は2人を見つめた。
「多分、だけど……。
日向は、1000年前に魁蓮さんと会っている、と思う」
「「っ………………」」
「っ……………………」
ふと、龍牙の耳に日向の声が入り込んだ。
魁蓮の事で頭がいっぱいだった龍牙は、日向の大声でやっと我に返る。
下がっていた視線をあげると、何やら焦った表情を浮かべる日向がいた。
「龍牙……?」
「あっ……ごめん、日向、ちょっとボーッとしてた」
「ボーッとって……何言ってんだよ龍牙!
そんな、軽いもんじゃねえだろ!?」
「……えっ?」
龍牙は日向の言っていることが分からず、軽く首を傾げる。
すると日向は、龍牙の両肩をガシッと掴んで、真っ直ぐに龍牙を見つめた。
「お前っ、泣いてんじゃん!!!!!!!」
「っ……………………」
泣いている。
日向にそう言われた瞬間、龍牙は自分の視界が少しぼやけていることに気づく。
寝起きの時のぼやけでは無い、水の中で目を開けた時に、近い感覚……。
龍牙はそっと自分の目に触れると、目に触れた指が僅かに濡れた。
「あれ…………」
触って実感した、本当に泣いていた。
日向に指摘されるまで、龍牙は自分が泣いているなんて分からなかった。
そんな異変にすら気づけないほど、意識が遠のいていたのだろうか。
龍牙が濡れた手を見て固まっていると……
「龍牙っ!?」
「「っ……!」」
ふと、日向と龍牙の元に、ある声が聞こえてきた。
2人が同時に振り返ると、そこに居たのは、驚いたような表情を浮かべる虎珀の姿が。
虎珀は静かに涙を流している龍牙を見つけると、グッと眉間に皺を寄せて、日向を睨みつける。
「お前、何かしたのか!?」
「えっ、はっ!?ぼ、僕!?いやいやいや待って!?何もしてないって!!!」
いきなり矛先を向けられた日向は、焦って両手をブンブン振りながら否定する。
確かにこの状況を見れば、疑われても仕方ない。
だが、日向からすれば、まだ会話を始めた段階で起きたことだった。
当然、一緒にいた日向だって、龍牙に何が起きているのかが分かっていない。
でも、そんな日向の否定は1度で聞き入れてもらえない。
「嘘をつけ!ならば、何故龍牙は泣いている!?」
「そ、それが僕にも分かんないって!!!
えっ!?待って!?本当に僕のせい!?僕が何かしちゃったってこと!?」
「そうとしか考えられないだろ!!!!!」
「うっそ!?え!?龍牙マジ!?何がいけなかった!?僕何かした!?やっばいごめん分かんない!」
日向は顔を真っ青にして、オロオロとしている。
そんな中虎珀は怒りながら、ズカズカと日向たちの元へ近づいてくる。
どうやら虎珀は、完全に日向が龍牙を泣かしたと思い込んでいるらしい。
日向も虎珀の圧にやられ、本当に自分のせいなのでは、と思い込みを始めた。
しかし、そんな不穏な空気を、発端となった龍牙が2人に割って入る。
「違う虎、日向は何もしてねぇって」
「はっ……?じゃあ何で泣いてっ」
「俺が勝手に泣いてんだわ、だから日向は悪くねぇ」
「っ……………………」
「ったく、早とちりしやがってさ。勝手に日向を責めんじゃねえよアホ。しかもうるっせぇ」
龍牙は眉間に皺を寄せて、日向を意味無く責めた虎珀を静かに睨み付ける。
虎珀は少し申し訳なさを感じながらも、龍牙の様子を伺った。
龍牙が泣いているのは事実だ、心配をするのは変わらない。
すると龍牙は、目に溢れる涙を拭いながら目を伏せる。
「っ………………?」
その時、虎珀はある違和感に気づいた。
目を伏せる龍牙の姿を見た途端、虎珀は龍牙の前へとしゃがみこむ。
ほんの些細なことだが、少しばかりの違和感。
それに気づくと、虎珀は視線を日向に向けた。
「人間、すまないが外してくれないか」
「えっ」
「龍牙と話したい。2人きりで」
「あっ……わ、分かった……城に戻っとく」
虎珀に思うところがあるのかと思い、日向は何も尋ね返さなかった。
たとえ自分のせいではないにしても、やはり日向は気にしてしまう。
本当は、自分のせいで泣かせてしまったのでは、と。
しかし、これ以上ここに居ては、きっと虎珀にも迷惑をかけてしまうだろう。
日向は龍牙の様子を気にしながらも、龍牙と虎珀を2人きりにするために、城の中へと戻っていった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「全く、お前は忙しい奴だな」
日向が居なくなった後、虎珀は優しく龍牙に語りかけていた。
ここ最近、龍牙との間に気まずさを感じることはあるものの、やはり龍牙を心配する気持ちは本物で。
どんなことを言われようと、虎珀は龍牙が落ち着くまで傍にいた。
そしてやっと、虎珀は意を決して口を開く。
「それで、龍牙。今、何を考えている」
「……………………」
虎珀は、龍牙にそう尋ねた。
虎珀が日向を離した理由は、これだ。
いつもの龍牙ならば、もっと子どもっぽく泣く。
だが今回の龍牙は、泣いている割には随分と落ち着いていたのだ。
そこで虎珀は、龍牙は何かを考えていることを察した。
いつもと違う、些細な姿から感じ取っただけだが、虎珀には分かる。
その話を聞くために、2人きりになったのだ。
そして虎珀の予想は、まさに当たっていた。
「ハッ、相変わらずキメェなお前。なんで分かんだよ」
「お前のお守りを散々やったからな。簡単だ」
「はいはい、そりゃどーも。まあこれだけで分かってもらえるんなら、話が早くて助かるけどな。でも日向には悪いことしちまった。後で謝んなきゃ」
「その時は俺も行く、俺が外してくれと頼んだんだ」
「まあそん時は、2人で謝りに行くか。つーか、俺が泣いてるってだけで、周りにいた奴責めんなよな?まして日向とか、信じらんねぇお前」
「それは……ごめん」
「ハハッ、それも日向に謝んなきゃな」
龍牙は小さく笑うと、先程泣いていたのが嘘のように、ケロッと元気になった。
涙が止まり、少し赤くなった瞳を軽くこすりながら、龍牙は話し始める。
「いやぁ……ちょっと嫌なこと思い出しちまってさぁ」
「嫌なこと?お前が泣くほどとは珍しい」
「俺をなんだと思ってんだよお前は。だって理由は魁蓮だし、感情的になるっつーの。涙も出るわい」
「魁蓮様?泣いた理由は何なんだ。何を思い出した?」
「魁蓮が昔、すげぇ死にたがっていたことだよ。
お前も、知ってただろ?」
「っ!」
虎珀は、目を見開いた。
同時に胸の奥が、ズシリと重くなった感覚がする。
「………………そのことか。
まあ、知っていた。というか、気づいていた」
龍牙の言葉に、虎珀は目を伏せた。
この話は、虎珀にとっても良いものではない。
魁蓮が死を望んでいたことに気づいていたのは、龍牙だけではなかった。
肆魔全員が、そのことに気づいていたのだ。
何故知っているのか、理由は明白。
魁蓮をずっと見ていたのは、龍牙だけでは無い。
皆、魁蓮の背中を追ってきた妖魔たちだ。
「気づいた時は、嘘だと思いたかったがな。あんな神々しい方が、何故死を望むのか分からなかった」
「同感。俺たちは、魁蓮のこと大好きなのにさぁ。むしろ、死んだら嫌なのによ。日向に昔の魁蓮はどんなだったか聞かれて、つい思い出しちまった」
「それで?その話がどうしたんだ。お前が考え事をしていたのは、その事では無いだろう?」
「あぁ……」
虎珀が尋ね返すと、龍牙は真剣な眼差しで虎珀を見つめ返した。
「ひとつ、思い出したことがあってよ。魁蓮の死にたがっている姿の印象の方が強すぎて、忘れてたんだけど」
「何を思い出したんだ」
「魁蓮が昔求めていたっていう、あるもの」
「あるもの?」
「うん。えっと確か……
白くて、青くて、綺麗な花……だったかな」
「……花?」
虎珀は首を傾げた。
確かに、魁蓮は花が好きだ。
その中でも好きなものは蓮の花で、その情報は肆魔全員が知っている。
だが龍牙が言っているのは、2色の花であって、蓮の花では無い。
そんなもの、1度も聞いたことがない。
「魁蓮様が好きなのは、蓮の花だ。そんなまとまりのない2色の花など、聞いたこともないぞ」
「俺もたまたま聞いたんだよ。でも、嘘じゃねえ。
魁蓮は、本気でその花を探してた。そんな目をしてた気がする」
「そうは言っても、そんな特徴的な花なんてあるのか」
花は色とりどりといわれることもあるが、一輪の花に2色というのは想像しにくいもの。
まして白と青となると、色合い的にも美しい組み合わせで、もっと大々的に話題になってもおかしくはない。
別に花に詳しい訳では無いが、虎珀が知る限りでは、そんな花は全くと言っていいほど知らない。
だが、虎珀が顎に手を当て考えている中、龍牙はとんでもないことを口にする。
「白くて、青くて、綺麗な花……その花、なんか日向みたいだな。特徴が似てる」
「…………えっ?」
「ん?日向、みたい…………?
あああああ!!!!!なあ虎!も、もしかして、魁蓮が探してた花って日向のことなんじゃねえか!?」
「……………………は?」
虎珀は、ポカンと口を開けた。
龍牙はいつも唐突なことをするが、今回のは特に酷く、流石の虎珀も驚きすぎて一瞬困惑した。
何一つ理解が出来ないまま、軽く首を振る。
「ま、待て待て。何を言っているんだお前は」
「いやだって、日向の髪は白いだろ?それと、目が青い。おまけに超可愛い顔してるし、花の力がある!大当たりじゃん。白くて青くて綺麗な花!日向じゃん!」
「いや意味がわからん。魁蓮様が探していたのは、花なんだろ?人間じゃない」
「だーかーらー、その花が日向ってことよ!花って思うほど、可愛いだろぉ日向は!」
「馬鹿言え。当てずっぽうにも程がある理論だ」
「いやいや大真面目よ俺?そもそも魁蓮が他人を殺さず傍に置いたりとか、あんなに誰かに執着するの初めてじゃん。何かあるに決まってるって。俺は、魁蓮が探していたのが日向だってのに1票~」
「いや決めつけるな、そんなわけがっ」
「それ、一理ある、と思う」
「「っ!!!」」
コソコソと話す2人の耳に、1人の声が。
2人が同時にバッと振り返ると、そこには真剣な眼差しをして立ち尽くす忌蛇がいた。
「忌蛇っ……いつからそこにっ」
「さっき、城に入ってくる日向を見て、何か元気なかったから……こっちで、何かあったのかなって。
ごめんなさい、話、盗み聞きして」
忌蛇はペコッと軽く一礼すると、ゆっくりと2人に歩み寄ってくる。
そして、忌蛇は静かに話し始めた。
「虎珀さん。僕は龍牙さんの考え、案外当たってるんじゃないかなって、思う。魁蓮さんが探していたのが、日向だって、理論」
「なぜそう思うんだ」
「それは……何となく、だけど」
「浅はかだな。仮に龍牙の考えが当たっていたとしても、不明点が多いだろ。
俺たちが話しているのは、1000年前の魁蓮様だ。あの人間は、当然ながら生きていない。存在自体なかったというのに、何故魁蓮様は探す?」
「そう言われると、何も言えない、けど……。
でも……僕は、思うんだ」
忌蛇はそこまで言うと、2人がいる前で立ち止まり、そして同じようにしゃがみこむ。
小さく縮こまるように膝を抱えると、忌蛇は2人を見つめた。
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