愛恋の呪縛

サラ

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第203話

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 今から1200年前。
 毎日変わらず世を放浪していた虎珀が、龍禅という妖魔に出会って数週間のこと。



「こーはーくー。どこ行くのー」

「っるせぇな!着いてくんな!!!」



 今日も今日とて放浪している虎珀の元には、最近よく来る龍禅がいた。
 虎珀が敵が居ないかどうかを探している中、龍禅は何度も何度も虎珀の名前を呼び続けている。
 一定の距離を保ちながら、後ろを着いてきて。



「なぁ虎珀~、ちょっと話そうぜ~?」



 (クソったれ……何なんだコイツぁ……!!!)



 虎珀は日々、苛立ちが募っていた。
 当然だ、ずっと1人で不満無く放浪していたと言うのに、ほぼ毎日嫌悪感を抱く妖魔に絡まれて、挙句名前を勝手に決められたのだから。
 1人行動を好んでいた当時の虎珀にとって、それはまさに邪魔でしか無かった。
 そして厄介なのが、龍禅は気配だけでも分かるくらい強い力を持っている妖魔だった。
 そのため、虎珀が全力で逃げようにも、いつかどこかで見つかるのがオチ。
 試したことは無いが、虎珀にはその未来が想像できていた。

 そのため、ある意味もう逃げられなかった。



「そんなキョロキョロしたって、ここらじゃ仙人も妖魔もいないよ~?この近くには志柳があるんだ。誰も近寄らないって~」



 言い聞かせるように、龍禅はそう口にする。
 だがそれは、あながち間違いでは無いのだ。

 確かに虎珀が見渡しているその場所は、少し離れたところに志柳がある。
 そしてその志柳は、虎珀と同じように志柳に対して良い印象を持たない者たちに、避けられている場所でもある。
 加えて、志柳という場所が瞬く間に世間に広まってしまい、志柳は部外者は近づかない場所となってしまった。
 故に、志柳の周りには、仙人も妖魔もほとんど居ない。
 虎珀が見回りをするような場所には適していなかった。



 (まあ、余計なことが起きないのはいい事だが……)



 不謹慎だが、今はなにか起きて欲しかった。
 でなければ、この厄介な龍禅という妖魔をうまく交わせない。
 用事があるわけでもないし、この場を逃れる方法が思いつかなかった。
 結果、ずっと付きまとわれる形に。



「こーーーはーーーくーーー」

「っだああああ!っるせぇなテメェ!!!」



 流石の虎珀も、我慢の限界だった。
 だんだんと早くなっていた足をピタッと止めて、虎珀は怒りに身を任せる勢いで、グルっと背後にいる龍禅に振り返る。
 そしてビシッと、龍禅に指を指した。



「いい加減にしろよテメェ!!!何故そこまで邪魔してくるんだ!!!」

「はぁ!?邪魔してるんじゃない!俺は君と話がしたいだけだって!」

「それが邪魔だっつってんだよ!俺はテメェと話すことなんかねぇし、話すつもりもねぇ!帰れ!!」

「嫌だね!俺は君と話すまで帰らないって決めたんだから。君にもし縄張りがあるのなら、その縄張りがある場所までついて行くつもりだかんね!?」



 (クソッタレ……まっじでうぜぇ……!!!!!)



 妖魔は、あまり感情を持たない。
 その理論がまるで嘘だと思うほど、虎珀は怒りというものが溢れだしそうになっていた。
 この妖魔は、一体どうすれば消え去るのか。
 一刻も早く龍禅から離れたい虎珀は、普段使わない脳の部分まで使って対策を練る。

 だが、結局うまくいく方法は、思いつかなかった。



「俺は志柳の連中とつるむ気は無い。
 さっさと帰れ、異質者」

「酷い言われようだな。志柳はすっごい良い場所なのに、何でみんな分からないのかねぇ?」

「そう思ってんのはテメェらだけだ。世間論で考えれば、おかしいのはそっちなんだよ」

「えー!?そんなわけないって!1回見てみ?最高なのにぃ」

「どうでもいいし、見たくもねぇ。早くどっか行け」

「だーかーらー、俺は君と話したいの!」

「いやだから俺はっ」

「もう何も聞かないからねー。俺諦めないからー」

「っ……………………」



 口でも態度でも、どんな手を使おうと、龍禅が退くことは一切ない。
 その雰囲気すらも感じず、虎珀は次第に諦めかけていた。



「チッ……うぜぇ」

「あ、ちょっと待てって!」



 とりあえず、龍禅がやかましいことには変わりないため、完全にこの場にいないものと思い込むことにした。
 いくら声をかけられようと、距離を詰められようと、全て無視すればいい。
 気にしているから、相手にしているから駄目なんだ。
 虎珀はそう言い聞かせ、後ろから聞こえてくるうるさい龍禅の声を、意識的に遮断した。

 その、直後のこと…………。





「待ってくれ虎珀!
 俺はずっと、君みたいな善良な男を探してたんだ!」

「っ……………………」





 突然、龍禅がそんなことを口にした。
 嫌でも聞こえてくる龍禅の言葉は、無視をしたい虎珀の脳内にまで届いて、彼から逃げるために動かしていた足まで止まってしまう。
 言っていることの意味が分からず、でも聞きたくないような、そんな微妙な気持ちのまま、虎珀はギロリと睨むように振り返った。



「おっ!やっとこっち向いた!ははっ」



 しかし、そんな視線を向けられようと、龍禅が怯むことは無い。
 むしろ、何処か自信に満ち溢れた笑みで、睨んでくる虎珀を見つめ返している。
 その態度にもイラッとしながら、虎珀は口を開いた。



「……今の、どういう意味だ」

「えっ?そのままの意味」

「それが分かんねぇわ。何言ってんだテメェ」

「何って……虎珀は、善良な妖魔だよね?」

「…………いや知らん」



 話が噛み合っているようないないような。
 虎珀が不快感を抱いていると、龍禅は真面目な顔を浮かべて言葉を続けた。



「本当に、そのままの意味。
 君は、他の妖魔とは違う。善良な妖魔だ。俺は虎珀みたいな存在をずっと探してたんだよ」

「はぁ?」

「君みたいな妖魔は、この世界に必要だと思う。世間の理論に囚われることなく、ちゃんと正しい道を進み続ける。どれだけ批判されても、自分の道を外すことは無い」

「……何が言いてぇ」

「あっはは、言い方回りくどかった?
 まあ要するに、君ほど善と悪をしっかり見極めることが出来る男は、そうそう居ないって褒めてんの。俺が住んでいる志柳は、君みたいな存在を求めているから、尚更魅力を感じちゃって。きっと皆も、君を凄い男だって褒めるだろうね」

「……………………」



 いきなり何を言い出すのかと思えば。
 聞けば聞くほど意味がわからず、分かったところで知りたくなかったと思ってしまう。
 虎珀にとって他人の評価なんてどうでもいいのだが、今龍禅が出した理論というものは、彼が住んでいる志柳の世界観を基に分析されているようで不快だった。
 世界から見ても異質だと分かる空間に必要とされるような存在と言われ、良かったなどと喜ぶ者がいるものか。



「お前の評価なんてどうでもいい。褒められたところで、嬉しくねぇわ」

「そんな冷たいこと言わないでくれよ。俺は本気で褒めてんだからさぁ」

「それを要らないっつってんだよ。
 もういい加減にしろ、疲れるからどっか行け」



 痺れを切らす直前、自分の精神の安定を保つためにも、虎珀はそう言い放った。

 だが…………



「いいや、俺は君という素晴らしい男を見つけたんだ。
 このまま食い下がる訳にはいかない」

「…………あ?」



 その時、僅かに龍禅の瞳に光が入る。
 その眼差しは、宝物でも見つけた時のような高揚感を漂わせ、そして憧れを見つめるような期待の眼差しだった。





「虎珀。無理を承知で、君にお願いがある。
 どうか、俺と一緒に志柳へ来て欲しい」

「……はっ?」

「君はきっと、これから凄い妖魔になる。世界が、君を素晴らしい男だって認めるんだ。そしていつか、俺が憧れ続けているのような……

 のような男になって、そして彼の意志を継ぐ男になる!」

「っ……………………?」





 まるで、夢見たような龍禅の言葉。
 虎珀は片眉を上げて、少し不気味そうに見つめた。
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