愛恋の呪縛

サラ

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第178話

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 黄泉。



「日向様……単刀直入に申し上げます。
 黒様と、縛りを結びませんか」

「……えっ……?」



 紅葉の提案に、日向は固まった。
 縛り……それは今、日向がかけられているとは少し違うのだろうか。
 大した知識も無かったため、日向は紅葉の言葉をしっかり理解出来ず、首を傾げる。
 すると紅葉は、コホンと咳払いをして言葉を続けた。



「簡単に言えば、手を組むということです」

「手を、組む……?僕が、黒と?」

「はい」

「え……何で?」

「互いの利益と、目的のためにです」



 紅葉の話に、日向は疑問を抱いた。
 手を組む、ということに関しては理解出来た。
 それに、縛りに関しても何となく。
 日向は今、何者かによって呪縛をかけられている。
 きっと紅葉が話している縛りも、条件などは違えど、似通ったものなのだろう。
 だがひとつ、引っかかるのは……



「わざわざ縛りを結ぶ意味は、何?」



 日向は、抱いた疑問を紅葉にぶつけた。
 手を組んだり、何か約束をするということならば、別に縛りを結ぶことにこだわらなくてもいいはずだ。
 手を組むためにいちいち縛りなんて結んでいたら、正直キリがない。
 まして提案者が黒となると、ますますその縛りを結ぶ利点が分からなくなる。
 日向は黒に縛りを提案されるほど、仲は深まっていないと考えているからだ。

 そんな疑問を抱く日向に、紅葉は答えた。



「貴方に信用してもらう為です。
 縛りを結んだとして、何か一つでも裏切るような行為をすれば、待つのは死だけ。裏切らないと自信を持って言えなければ、そもそも縛りなんて簡単には結べません」

「っ…………」

「我々は、貴方を傷つけないと約束します。それを含めた縛り……決して、我々は貴方を裏切らない。
 いえ……縛りを結んでしまったら、貴方を裏切ることが出来ないのですから」

「……………………」



 何となくだが、理解はした。
 口頭での約束は、ある意味縛りに似たようなものではあるが、簡単に破ることができる自由がある。
 いつだって、裏切ることができるというもの。
 対して縛りという形の約束をとれば、裏切った時点でその者は罪人。
 場合によっては、死に至る。
 
 紅葉や黒は、裏切る気などないから、縛りを結ぶことに対して抵抗がない。
 結果、日向に信用を与えることができる。
 そういう意味での、縛りの提案だった。



 (決して裏切ることが出来ない、縛りの約束……)



 縛りに対しての信憑性は、確かにある。
 絶対に裏切らない、が確定されるからだ。
 だが、今ここですぐに「はい、わかりました」と言える覚悟は、日向には無かった。



「悪いんだけど、それは受けられないかな。
 そもそも、黒が僕に縛りを提案してくる意味が分からないし。というか、今の僕は既に自由がない。
 魁蓮がいる限り、僕はあいつのもんだから。縛りなんてほぼ意味無いかも」



 日向が魁蓮のものになる代わりに、魁蓮は人間を決して殺さない。
 今となっては口約束ではあったが、なんだかんだ上手くいっている。
 魁蓮も、人間を1人も殺していないし、傷つけてもいない。
 ハッキリ言って、不安要素は無かった。

 だが日向の言葉に、紅葉は目を細める。



「本当に、よろしいのですか」

「えっ?」



 紅葉の言葉に、日向は片眉を上げた。
 すると紅葉は、真剣な眼差しで日向を見つめる。



「お言葉ですが、日向様。大事なことをお忘れでは」

「な、何が」

「貴方は、今の生活に満足していることでしょう。殺されることも、傷つけられることも無く、平和に生きているはずです」

「まぁ、確かにそうだけど」



 むしろ、今の生活は楽しい。
 初めは怖くて仕方なかった黄泉も、すっかり馴染んでしまった。
 何より、肆魔が日向を家族のように迎え入れてくれていることが、安心出来る理由でもある。
 それに……今は魁蓮を、愛おしく思う。
 だから、



「貴方は忘れています。何もかも」

「っ…………」



 紅葉は、否定ばかりだ。
 さすがの日向も少し引っかかり、ムッとなる。



「忘れてるって何さ。感謝の意とか?」



 良くしてもらっている自覚はあるが、何も返さなくていいなんて、そんな都合いいことは考えていない。
 日向ができる最大限を、ちゃんと感謝として返している。
 そしてここにいる皆は、それを受け取ってくれている。
 相手に与える量に傾きはあるかもしれないが、それなりに上手くいっている方だ。
 それに、魁蓮とだって……



 (ぶつかりは多いけど、何だかんだ大丈夫だし)



 そう考えていた。

 紅葉の指摘を聞くまでは……。




「貴方が今、信じている存在。
 それが、人間の天敵だということを忘れていませんか?」

「えっ?」

「鬼の王は、1000年前から人間にとっては害として扱われているのです。今も仙人たちが、血眼で彼を殺そうと奮闘している……」



 紅葉はそう言うと、ゆっくりと日向に近づいた。
 そして、全てを思い出させるかのように、熱意の籠った目で日向を見つめる。





「人間の貴方と、妖魔の鬼の王は、共に歩める関係ではありません。貴方たちは、敵同士なのです。今は大人しいかもしれませんが、これだけは覚えていてください。

 鬼の王は、必ず貴方を

「っ……………………」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「皆、急いで樹に向かってください!」



 その頃、現世では。
 無事に馬に乗ることが出来た凪が、馬に乗りながら人々を樹へと誘導していた。
 空からは、楊に乗った瀧が、逃げ遅れた人がいないかの確認。
 一刻を争う状況、2人とも必死だ。



「凪!向こうに逃げ遅れた奴がいる!」

「分かった!」



 元々あった2人の団結力、そのおかげで人々の避難は素早く行われていた。
 誰1人残らせないように、1人も死なせないように、ただひたすらに。
 まだ逃げ遅れた人がいるという方向に馬を走らせながら、凪は少し離れた場所へと視線を向けた。



 (鬼の王っ……)



 凪たちが避難誘導している場所から離れたところでは、魁蓮と異型妖魔が激突していた。
 戦っている場所は、既に避難を終えた場所。
 大暴れしても問題ないところで、魁蓮は戦っている。
 その姿から、本当に人間を襲う気がないのだと分かる。



「鬼の王が足止めしてくれているんだ。早く避難を終わらせないと……」



 凪は馬の手綱をパンっと叩いて、更に速度を上げた。

 一方……。





「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!!!」





 避難を終えた場所では、魁蓮と異型妖魔が大暴れしていた。
 無我夢中で攻撃をしかけてくる異型妖魔を、魁蓮は持ち前の強さで上手く回避する。
 そして隙あらば、一撃一撃を異型妖魔に刻んでいた。



「ハハッ、まさかこれが本気では無いだろうなぁ?」



 強者との戦い。
 魁蓮にとっては、最高の時間だ。
 今も異型妖魔の奇想天外な攻撃に、愉しさを感じている。
 だがその態度は、異型妖魔の神経を逆撫でするものだった。



「ア゙ア゙ア゙!!!!!!」



 煽られていると分かり、異型妖魔も怒りのままに攻撃を続ける。
 仙人の剣へと変化した腕を振り回し、無数の斬撃を魁蓮目掛けて飛ばし続けた。
 しかし、所詮は異型妖魔が扱う剣。
 仙人のように正確さが無いため、魁蓮は難なく斬撃を回避していく。



「何だ?それは飾りか?くだらんくだらん」



 余裕の態度。
 魁蓮は一切の隙を見せることなく、異型妖魔の攻撃を次々と対応していく。
 そして時には、異型妖魔が飛ばしてきた攻撃を、そのまま跳ね返すことも。
 既に鬼の王の強さが表れていた。



「ア゙ア゙っ」

「ククッ、くたばるなよ?異型。
 我は今、貴様の相手をしてやっているのだ。感謝の意を示すためにも、もっと我を愉しませろ」



 魁蓮からすれば、これは戯れ程度。
 魁蓮を殺しに来ている異型妖魔とは違い、本気の殺し合いを遊びとして捉えている。
 それ故に、異型妖魔は舐められているという事実が腹立たしく、攻撃が全て八つ当たりのようになっていた。
 だがそんな戦い方では、魁蓮には勝てないことなど誰にでも分かること。

 そもそも、負け戦も同然なのだ。



「このままつまらん戦いをするならば、さっさと終いにするぞ。生憎、我は暇では無いのでな」



 魁蓮が退屈そうに、そう言葉をこぼした。
 愉しむことはあっても、魁蓮は冷めるのも早い。
 まさに今の戦い方は、冷めるにはいい例だった。
 だが、その直後。



「……ん?」



 何故か異型妖魔が攻撃を止めて、その場に立ち止まった。
 いきなりの行動に、魁蓮も片眉を上げる。



 (何だ……何故、止めた……)



 魁蓮は様子を伺うように異型妖魔を見つめると、異型妖魔は、「ア゙……」と一言だけ声を漏らした。
 その時だった。





「ヤハリ……噂ドオリノ強サダ……」

「っ…………」





 カタコトだが、異型妖魔の口から言葉が出てきた。
 それは少し衝撃的なものだった。
 魁蓮もピクっと目が動き、驚いている。
 今まで言葉なんて1度も発さなかったというのに、ごく自然と言葉を話す異型妖魔。
 魁蓮はその姿に、ニヤリと口角を上げた。



「成程、そういう事か……。
 貴様、わざと手を抜いていたな?怒りに身を任せていたのも、我の動きを見図るための芝居……ククッ、随分と不愉快なことをしてくれる……」



 魁蓮は、少し引っかかっていた。
 気配、攻撃、威圧。
 その全てを汲み取っても、今までの異型妖魔の戦い方は、どうにも物足りなさがあった。
 まるで本気の戦い方を隠しているような、そんな感じがしていた。
 どこか手を抜いているような、気だるい感じの動き。
 そしてその予想は、見事に的中。
 こちらが本当の姿のようだ。



「なぜそのような手段を取った。このままでは、貴様は本気を出す前に殺されていたかもしれぬぞ?」

「ソレハ無イ。ソナタハ、私カラ情報ヲ引キ出スツモリダロウ?殺セバ、欲シイ物モ得ラレナイ」

「ハハッ、まあ確かにそうだな。ご最もだ。
 だが、言葉を発さぬ異型など塵同然。危うく殺してしまうところだった」

「ダカラ、今カラ望ミ通リ本気ノ殺シ合イヲシテヤル」

「ほう?そうか」



 すると魁蓮は、妖力を少しずつ強めていった。
 先程までの戦いだけでも分かる、目の前にいる異型は今までとは違う。
 あれが本気でないのならば、舐めた戦い方をしてしまえば、魁蓮といえど無傷で終わるなど到底できない。

 おまけに、律儀に宣戦布告を仕掛けてきた。
 少しは集中しなければいけないだろう。



「貴様の強さから推察するに、貴様は主とやらに近い存在なのだろう?まあどちらにせよ、貴様には用がある。
 良い情報が得られることを、期待しよう……」

「相手ヲシテヤル、鬼ノ王」

「ククッ……どの口が」



 2体の妖魔が、鋭く睨み合った。
 本気の戦い、本気の殺し合いが、始まる。



 (此奴も小僧狙いだろう……ならば……
  生かしてはおけんなぁ……)



 魁蓮は異型妖魔を見つめながら、静かに決意を固めた。
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