愛恋の呪縛

サラ

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第177話

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「きゃあああああ!!!!!!!」



 町の人々は、突如現れた魁蓮に悲鳴をあげた。
 流石と言うべきか、何も危害を加えなくとも魁蓮は現れただけで恐怖を抱かれる。
 むしろ心做しか、異型妖魔が町を襲撃してきた時より、悲鳴の数が増えていた。



「お、鬼の王だっ!!!!!」

「な、何で今来るんだよ!!!」

「やばいぞっ、殺される!!!!!」

「双璧様は、無事なのか!?」



 あちこちから上がる悲鳴。
 その声が耳に突き刺さり、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
 四方八方から聞こえてくる人間の声は、魁蓮が不機嫌になるきっかけとしては十分だ。
 当然、金切り声のような人間たちの悲鳴に、魁蓮は不機嫌気味。



 (忌々しい……)



 はぁっと深いため息を吐くと、魁蓮は後ろにいる凪に声をかける。



「おい餓鬼、人間どもの声帯を完全に潰してこい。
 喧しくてかなわん」

「なっ……ぶ、物騒なことを言うな!!!」

「声帯が潰れたところで死にはせん、声が出せなくなるだけのことだ。殺さないだけ有難いだろう?」

「っ………」



 (い、イカれてる………………)



 異常な魁蓮の考えに、凪は若干引いていた。
 だがまあ、それでこそ鬼の王というものだろうか。
 それに、ここで凪が魁蓮の命令を聞かずとも、彼が自分の手で何とかする可能性もある。
 何はともあれ、魁蓮の機嫌を損ねてしまうことこそが、人間にとっては1番最悪だ。
 凪はゴクリと唾を飲み込んで、これ以上魁蓮の機嫌が悪化しないことを、静かに祈っていた。

 その頃…………。





「ア゛ア゛ッ……?」





 剣を受け止められたのが予想外だったのか、異型妖魔は疑問の声を上げていた。
 首を傾げ、何が起きているのかを理解しようとしている。
 いきなり現れた無数の鎖、足元に広がる謎の黒い影。
 一体何が起きているのか分からなかった。



「ア゙ア゙ア゙…………」

「っ…………」



 鎖の向こう側から聞こえてくる唸り声に、魁蓮はハッと気づく。
 相手は異型妖魔だとしても、使っている武器は霊力の籠った仙人の剣だ。
 流石の魁蓮でも、ヘタすれば損傷する可能性だって十分有り得る。
 異型妖魔の一つ一つの行動は、魁蓮にとっても油断は出来ない。



「餓鬼、この異型を寄越せ。我が相手をする」

「えっ……?」



 魁蓮はそう言うと、肩に羽織っていた黒色の長羽織を脱ぎ、足元の黒い影へと落とす。
 すると長羽織は、まるで吸い込まれるように、ゆっくりと影の中へと落ちていった。
 凪がその光景に驚いていると、魁蓮は着物を少し着崩して動きやすくしている。



「ア゙ア゙ッ……ア゙ア゙ア゙……」



 鎖の奥から聞こえる、異型妖魔の唸り声。
 先程より、その声が大きく聞こえる。
 魁蓮はそのことに気づくと、再び凪へと振り返った。



「おい餓鬼、乗馬はできるか」

「えっ?で、できるけど」

「ならば話は早い。
 ここより南に馬小屋を見かけた。まだ数頭残っている、借用してこい」

「……はっ?」



 何を言っているのか分からず、凪は間抜けな声が出る。
 すると魁蓮は、呆れたようにため息を吐くと、少しイライラしながら言葉を続けた。



「馬に乗り、まだ町にいる人間共をここから逃がせ。人間の足だけで誘導なんぞ、のろくてかなわん。
 地面に転がっている貴様の片割れには、我の楊を貸してやる。向こうは空から、貴様は馬に乗り地上から。ここより遠くへ、人間共を逃がせ」

「っ…………!」



 魁蓮の提案に、凪は目を見開いた。
 つまり魁蓮が言いたいのは、町に残っている人々を、ここから避難させろということだ。
 まさかの提案に、凪は言葉を失う。
 凪としては、人間がどこにいようとどうでもいいと思うのが、鬼の王の価値観なのだと思っていた。
 だが、そんな凪の考えを読み取ったのか、魁蓮は不服そうに口を開く。



「……知っているだろう。
 我は今、小僧との誓約により人間を殺せん。そこらにいる人間を殺さず異型と一戦交えるなど、面倒だ」

「っ…………」



 凪は理解した。
 魁蓮は、人間たちを守ろうとしてくれているのでは無い。
 一番最初に交わした「人間を1人も殺さない」という日向との約束を、守ろうとしているのだ。
 きっと、人間が死ぬことに対しては、魁蓮は何一つ興味を持たない。
 だがその死因が、自分のせいとなれば話が別なのだろう。

 だから瀧と凪に頼んだのだ。
 人間たちを逃がしたくても、誰も魁蓮の声には耳を傾けない。
 なので代わりに避難させろ、と。



 (あの約束……本気だったのか……)



 人間たちを逃がせと提案してきたことにも驚いたが、何よりも驚きなのは、魁蓮が日向との約束を守っていること。
 確かに、日向が魁蓮に連れ去られてから半年近く、魁蓮による人間への虐殺はひとつも無かった。
 それに関する報告もなく、彼は本当に人間を殺していないのだと分かる。
 逆に妖魔相手にはその遠慮は一切なく、己の強さを知らしめている。

 凪は、異型妖魔の様子をずっと伺う魁蓮を見つめた。



「……………………」



 凪は、ずっと考えていたことがあった。
 初めこそ信用出来ず、何とかして日向を取り戻そうと奮闘していた。
 だが、魁蓮は人間を殺さないどころか、傷つけることすらしない。
 むしろ、仙人と同じように異型妖魔を倒してくれるため、助かっている部分もあった。
 だから、ふと思う。
 彼は本当に、誰よりも恐れられた存在なのかと。
 何より……



 (日向の、気配がする……)



 ほんのわずか、魁蓮から懐かしい日向の気配を感じるのだ。
 その時点で、凪には理解ができる。

 日向は、ちゃんと生きている。
 鬼の王が、彼のそばにずっといる。
 日向との約束を守ってくれているだけでなく、きっと日向の安全も考慮しているのだ。



「おい餓鬼、いつまで待たせる気だ。
 やるのか、やらんのか」

「っ!」



 魁蓮の声に、凪はハッと我に返った。
 そうだ、今は一刻を争う状況。
 魁蓮が異型妖魔を止めてくれるというのならば、凪たちからすれば有難い話だ。

 その時……魁蓮がおもむろに、口を開いた。



「貴様らは、あの小僧が真に信頼する仙人だ。
 人間共も、貴様らの声ならば応えてくれるだろう」

「……?」

「守りたいものがあるならば、命をかけてみろ。
 その思いがある限り、内なる霊力は力を与えてくれる」



 魁蓮は言葉を零すと、横目で凪に振り返った。





「魅せてみろ、人間を丸ごと守りたいという……
 小僧のためにもな」

「っ…………………………」





 魁蓮の言葉が、脳内に響く。
 直後、凪は鞘に剣を収め、下にいる瀧へと視線を向けた。



「瀧!その鷲に乗って!君は空から、私は馬に乗って地上から!逃げ遅れた人々を、避難させる!」

「はぁ!?待てよ!この鷲、鬼の王の仲間だろ!?」

「大丈夫!今だけは、信じていい!
 鬼の王が、私たちの代わりに異型妖魔を止めてくれるんだ!その間に、私たちは人々の安全を優先する!」

「だ、だけど凪っ」

「お願い瀧、今だけでいいから」

「っ…………」



 凪の必死な顔に、瀧は言葉がつまる。
 いくら凪のお願いとはいえ、鬼の王の仲間の手を借りるなど、ハッキリ言って気が引ける。
 少しでも気を許した瞬間、彼らは何をするか分からない。
 でも、あの凪がここまで頼んでくるということは、何かしら確信があるのだろう。

 瀧は魁蓮へと視線を向けると、口を開いた。



「一つだけ聞かせろや……正直に言え、嘘は言うな。
 日向は……元気にしてんのか」



 瀧の質問に、魁蓮はピクっと反応する。
 現世で魁蓮に会う度に、瀧はいつも日向のことを尋ねていた。
 それはまるで、弟を大切に思う兄のように。
 魁蓮はしばらく黙っていると、嘘偽りなく答えた。



「案ずるな。小僧は黄泉の城で、我の部下と共にいる。我が信用している4人だ、問題は無い。それに…………
 小僧に手を出す下劣は、我が殺す」

「「っ……!」」



 魁蓮の意外な返答に、瀧と凪は目を見開いた。
 彼の声音、言葉、眼差し、その全てから見て、きっと本音を話してくれたのだ。
 つまり、日向は元気にしている。
 何も傷つけられず、妖魔の手で安全な場所にいるのだと分かる。
 そして1番は……魁蓮が、日向を守ってくれている。

 一体、この半年で何があったのかは知らないが、日向は問題ないようだ。
 瀧はそれを理解すると、ゆっくりとその場に立ち上がって、楊の元へと近づく。



「……テメェの主の力、借りていいんか」



 最終確認みたいなものだった。
 瀧は楊にそう尋ねると……



「うおっ!」



 突如、楊は瀧の衣を咥えて、ゆっくりと自分の背中に乗せた。
 瀧が驚いていると、楊は「ピィ!」と元気よく返事をした。
 何と言ったのかは分からないが、きっと「大丈夫」だと言ってくれたのだろう。
 楊の今の行動が、そう示している。
 瀧はギュッと拳を握ると、楊に身を任せた。



「凪!避難場所はどうする!」

「っ!樹に連れていこう!私たちの拠点なら、絶対に安全だから!」

「了解!」



 瀧と凪は、覚悟を決めた。
 もうこの際、魁蓮に抗っている暇は無い。
 わざわざ向こうから提案してくれた作戦なのだ、お言葉に甘えるしかない。
 瀧と凪が納得したのが分かると、魁蓮は楊へと視線を向けた。



「楊、この餓鬼を馬小屋まで連れて行け。行動するのはそれからだ、良いな?」

『はい!主君!』

「それから……」

『……?』



 その時、楊の脳内に魁蓮の声が響いてきた。
 この現象は、魁蓮が何かを強く考えている時に限り、楊にもその考えが伝わるもの。
 口頭では言えないことがある時、魁蓮は稀にこのやり方を使う。





 ''餓鬼共を、決して死なせるな。必ず守れ''





『……!!!』



 口にはしない、秘密の命令。
 楊も初めは驚いたものの、彼にとっては魁蓮に従うこと、手伝うことが全てだ。



『御意、主君』



 楊も無言で魁蓮に意志を送ると、魁蓮はニヤリと口角を上げた。



「頼りにしているぞ、楊。行け」

「ピィ!」



 すると楊は凪の元へと来て、凪も瀧と同じように背中に乗る。
 そしてそのまま、楊は2人を乗せて馬小屋へと向かった。
 遠ざかっていく楊たちを、魁蓮は静かに見守る。

 その時。





「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!!!」

「っ……!」





 突如、異型妖魔が大声を上げた。
 魁蓮は異型妖魔に視線を戻すと、異型妖魔はガシッと魁蓮の鎖を乱暴に掴んで、無理やり引きちぎろうとしている。
 どうやら、もう我慢の限界だったようだ。
 怒りに身を任せ、暴れようとしている。



「ほう?まだ暴れ足りんか、醜い欲だなぁ」



 だが魁蓮は、ニヤニヤと不気味に笑いながら面白がっている。
 彼からすれば、それなりに力がある者と戦うのは好きな方だ。
 いい暇つぶしになると、そう考えているのだろう。
 対して、1人で愉しそうにしている魁蓮に異型妖魔は更に雄叫びをあげる。
 煽られていると、分かっているようだ。



「まあ良い、そろそろ待つのも飽きた頃だろう」



 そう言うと魁蓮は、フッと手を軽く上げた。
 直後、異型妖魔が掴んでいた鎖は、パッと一瞬で消えてしまった。
 八つ当たりの対象が無くなると、異型妖魔はようやく魁蓮の姿を視界に入れる。
 目の前で不気味に笑う魁蓮の姿を見た途端、異型妖魔は全身に妖力を回した。



 (やはり、我を殺せと命じられているのか)



 目の前から伝わる怒り。
 それを感じた魁蓮は、更に笑みを浮かべた。
 そしてこちらも負けじと、妖力を強めていく。
 強い2つの妖力が、激しくぶつかりあった。



「さぁ来い、異型よ。我が相手だ」



 戦いの始まりを知らせるように、
 魁蓮の瞳が、僅かに光を帯びた……。
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